未来のサイズ (日本語) 単行本 – 2020/10/2
俵 万智
(著)
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本の長さ184ページ
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言語日本語
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出版社KADOKAWA
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発売日2020/10/2
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ISBN-104048843818
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ISBN-13978-4048843812
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
子どもを育てることは時代と社会に直面していくことだった。何気ない日常にこぼれ落ちる奇跡のような瞬間を切り取った歌の数々は、短歌という定型だからこそ獲得できた、三十一文字の箴言集ともいえる。未来への希望をつかんで放さない、俵万智の真髄がここに。
著者について
●俵 万智:1962年生まれ。「心の花」所属。1986年、第32回角川短歌賞受賞。第1歌集『サラダ記念日』はベストセラー。最新刊は『牧水の恋』(文藝春秋)。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
俵/万智
1962年、大阪府生まれ。85年、早稲田大学第一文学部卒業。86年、「八月の朝」50首で第32回角川短歌賞を受賞。87年、第1歌集『サラダ記念日』を刊行、翌年同歌集で第32回現代歌人協会賞を受賞。96年より読売歌壇選者を務める。歌集に『プーさんの鼻』(第11回若山牧水賞)『オレがマリオ』など。評論に『愛する源氏物語』(第14回紫式部文学賞)『牧水の恋』(第29回宮日出版文化賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1962年、大阪府生まれ。85年、早稲田大学第一文学部卒業。86年、「八月の朝」50首で第32回角川短歌賞を受賞。87年、第1歌集『サラダ記念日』を刊行、翌年同歌集で第32回現代歌人協会賞を受賞。96年より読売歌壇選者を務める。歌集に『プーさんの鼻』(第11回若山牧水賞)『オレがマリオ』など。評論に『愛する源氏物語』(第14回紫式部文学賞)『牧水の恋』(第29回宮日出版文化賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : KADOKAWA (2020/10/2)
- 発売日 : 2020/10/2
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 184ページ
- ISBN-10 : 4048843818
- ISBN-13 : 978-4048843812
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Amazon 売れ筋ランキング:
- 9,497位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 6位歌集
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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2021年1月30日に日本でレビュー済み
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俵万智さんの短歌疲れないんですよ^_^サラダ記念日から。世情も鋭いし。
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ベスト50レビュアー
歌集『未来のサイズ』(俵万智著、角川文化振興財団)には、俵万智の20132020年の作品が収められています。
●なにすんねんまだ咲いとるわというように小さなトゲを立てる一輪
●島らっきょうの泥落としつつ考えるネギ科の女、イモ科の男
●海の香を焦がさぬように半日の時間煮つめて作る佃煮
●「群(むり)か星(ぶし)」耳にやさしき八重山の音韻で聞く星の伝説
●誰よりも知っているのにああ君をネットで検索する夜がある
●我のため今朝色づける赤イチゴ蟻に食われる前にもぎとる
●人参を抜いて尻もちつく真昼 絵本のような畑に一人
●三月の資源ごみの日きっちりと束ねられたる参考書あり
●地頭鶏(じとっこ)のモモ焼き噛めば心までいぶされて飲む芋のお湯割り
●世界まだ知らぬ息子が暗記するアンデス山脈バチカン市国
●シチューよし、高菜漬けよし、週末は五合の米を炊いて子を待つ
●理系文系迷う息子が半日を「星の王子さま」読んでおり
●子の髪に焚火の匂い新調のダウンジャケット焦がして戻る
●シャーペンをくるくる回す子の右手「短所」の欄のいまだ埋まらず
●ふいうちの「好き」を投げればストライク「ずるい」と言われることにも慣れて
●ひとことで私を夏に変えるひと白のブラウスほめられている
●「死ぬまでの待合室」と父が言う老人ホーム見学に行く
●『失われた時を求めて』未読なり縄文杉への道未踏なり
●生きながら死につつもある人間は勝ちながら負け、負けながら勝つ
●レシピ通りの恋愛なんてつまらないぐつぐつ煮えるエビのアヒージョ
『サラダ記念日』や『チョコレート革命』の俵万智もよかったが、本書に収録されている短歌も心に沁みます。
短歌にあれこれいう説明は要りませんね。好きな歌を声に出して読み上げ、味わえばいいのですから。
●なにすんねんまだ咲いとるわというように小さなトゲを立てる一輪
●島らっきょうの泥落としつつ考えるネギ科の女、イモ科の男
●海の香を焦がさぬように半日の時間煮つめて作る佃煮
●「群(むり)か星(ぶし)」耳にやさしき八重山の音韻で聞く星の伝説
●誰よりも知っているのにああ君をネットで検索する夜がある
●我のため今朝色づける赤イチゴ蟻に食われる前にもぎとる
●人参を抜いて尻もちつく真昼 絵本のような畑に一人
●三月の資源ごみの日きっちりと束ねられたる参考書あり
●地頭鶏(じとっこ)のモモ焼き噛めば心までいぶされて飲む芋のお湯割り
●世界まだ知らぬ息子が暗記するアンデス山脈バチカン市国
●シチューよし、高菜漬けよし、週末は五合の米を炊いて子を待つ
●理系文系迷う息子が半日を「星の王子さま」読んでおり
●子の髪に焚火の匂い新調のダウンジャケット焦がして戻る
●シャーペンをくるくる回す子の右手「短所」の欄のいまだ埋まらず
●ふいうちの「好き」を投げればストライク「ずるい」と言われることにも慣れて
●ひとことで私を夏に変えるひと白のブラウスほめられている
●「死ぬまでの待合室」と父が言う老人ホーム見学に行く
●『失われた時を求めて』未読なり縄文杉への道未踏なり
●生きながら死につつもある人間は勝ちながら負け、負けながら勝つ
●レシピ通りの恋愛なんてつまらないぐつぐつ煮えるエビのアヒージョ
『サラダ記念日』や『チョコレート革命』の俵万智もよかったが、本書に収録されている短歌も心に沁みます。
短歌にあれこれいう説明は要りませんね。好きな歌を声に出して読み上げ、味わえばいいのですから。
殿堂入りNo1レビュアーベスト500レビュアー
私にとっては第五歌集『
オレがマリオ
』(文藝春秋/2013年)以来の俵歌集です。あとがきにもあるように、2012年から2020年まで足かけ8年の間に詠まれた歌が収められています。
この8年の間に作者は住まいを移しています。石垣島から宮崎へ。そして息子さんも中学生へと着実に成長していて、この歌集には作者の母としての日々がさまざまに詠みこまれています。
●あたりまえのことしか書いていないなと憲法読めり十代の夏
●ベランダに朝顔青しサンディエゴの夏の中なる息子を思う
●最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て
そしてなんといっても今年2020年の春先からのコロナ禍を歌った作品はずしりと重く響きます。
●「前向きな疎開」を検討するという人よ田舎は心が密だよ
●第二波の予感の中に暮らせどもサーフボードを持たぬ人類
●トランプの絵札のように集まって我ら画面に蜜を楽しむ
突然訪れた非日常に惑い、でもその非日常に心が麻痺するかのように慣れていつしか新たな日常に変化(へんげ)していくことの恐ろしさと悲しさがあります。
最後に私のお気に入りの一首を引き写しておきます。
●健康のためなら死ぬるというように平和を守るための戦争
これもまた、非日常が日常と変化していくことの麻痺の感覚を詠んだ一首といえないでしょうか。
.
この8年の間に作者は住まいを移しています。石垣島から宮崎へ。そして息子さんも中学生へと着実に成長していて、この歌集には作者の母としての日々がさまざまに詠みこまれています。
●あたりまえのことしか書いていないなと憲法読めり十代の夏
●ベランダに朝顔青しサンディエゴの夏の中なる息子を思う
●最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て
そしてなんといっても今年2020年の春先からのコロナ禍を歌った作品はずしりと重く響きます。
●「前向きな疎開」を検討するという人よ田舎は心が密だよ
●第二波の予感の中に暮らせどもサーフボードを持たぬ人類
●トランプの絵札のように集まって我ら画面に蜜を楽しむ
突然訪れた非日常に惑い、でもその非日常に心が麻痺するかのように慣れていつしか新たな日常に変化(へんげ)していくことの恐ろしさと悲しさがあります。
最後に私のお気に入りの一首を引き写しておきます。
●健康のためなら死ぬるというように平和を守るための戦争
これもまた、非日常が日常と変化していくことの麻痺の感覚を詠んだ一首といえないでしょうか。
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2020年12月31日に日本でレビュー済み
足かけ8年の第6歌集『未来のサイズ』というタイトルを知って、俵万智さんは本当に「ラリルレロ」が好きな歌人なんだなぁと思いました。
菊地信義さんによる装丁ですが、表と裏の表紙には、歌集に収録された短歌の中から15首が選ばれて、ずらりと並んでいます。とても斬新な装丁です。
そして、歌集を読み終わって、表紙の歌を1つ1つ読んでいったら、それらの短歌のすべてにラリルレロが含まれていました。
どこまで意識的なのか、それはわかりませんが、『サラダ記念日』『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『プーさんの鼻』『オレがマリオ』『未来のサイズ』の6歌集の中で、題名にラリルレロが入っていないのは『プーさんの鼻』だけです。
前歌集『オレがマリオ』には「子と我と『り』の字に眠る秋の夜のりりりるりりりあれは蟋蟀(こおろぎ)」というラリルレロ好きが極まったような名歌がありました。
☆
今歌集の表題歌となった「制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている」では、石垣島で「り」の字に眠って育てた長男が、宮崎県の全寮制の中学校へ入り、その入学式の様子を歌っています。成長を見込んで、みなゆったりと大きめなサイズの制服を着ていますが、その制服のように子どもたちの未来も「ゆったり」と自由に満ちたものであってほしいと願う歌です。
☆
この歌とも呼応していると思いますが、今歌集『未来のサイズ』の中で、随一の歌と感じたのは「第二波の予感の中に暮らせどもサーフボードを持たぬ人類」です。
歌集冒頭部に、コロナ時代を反映した歌が収録されているのですが、「サーフボード」の歌は、そのたくさんのコロナ歌群の中心に立つような味わいがあります。すっと背筋が伸び、コロナ禍の只中に生きながら、今とこれからの世界を見つめる感覚が伝わってきました。
☆
前歌集『オレがマリオ』随一の歌はやはり「子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え」だと思います。東日本大震災と原発事故による惨禍から、2021年で、10年の歳月が経ちますが、この歌は残りました。詩歌全体が人びとの記憶の中に残りづらい時代。東日本大震災と原発事故後の世界の中で、この歌は人びとの心の中に生き続けているのです。
「西へ西へ」「言うならば言え」。「どの子もどの子も」「未来のサイズ」「未来着ている」。短い三十一字の詩型で同じ言葉を繰り返したら、意味の幅が狭くなるはずなのに、同じ言葉を重ねながら詠う俵万智さんの歌は強く深い響き持っています。きっと歌の核心に揺るぎないものがあるのでしょう。
☆
そして、歌集全体を通して迫ってきたのは、社会派歌人としての俵万智さんでした。
「テンポよく刻むリズムの危うさのナショナリズムやコマーシャリズム」という歌が裏表紙にも挙げてありますが、この歌に「なるほど」と、うなずきました。
隣国韓国で大型客船セウォル号が沈没し、修学旅行中の高校生を含む300人以上の死者・行方不明者を出した事件を詠った「未来を汚す」という連作には「異様なる広告宣伝費はありて安全よりも安全神話」「あの世には持っていけない金のため未来を汚す未来を殺す」などの歌もあります。隣国の事故ばかりではない、日本を含めた人類全体の未来への警鐘が詠われていると感じました。
連作「寅さんだったら」の中には「『ただちには』ないってことか戦争も徴兵制も原発事故も」の歌もあります。
☆
「あとがき」によれば、「子育てを通して、社会のありようへの関心を深めた」そうです。その言葉通り、子どもの未来に向けて、歌人としての覚悟のようなものが伝わってくる歌集です。西へ西へと逃げた場所から逃げていない俵万智さんの心の形がしっかり伝わってくるのです。
「五十肩の両腕そろりと上げゆけば中年われのファイティングポーズ」。未来のために現実の社会と闘う、社会派歌人・俵万智さんの誕生を示す重要な歌集だと思いました。
☆
長いレビューの終わりに1つだけ加えます。
でもそれなら、恋愛歌人としての面は棄てられたのか……というと、どうもそうでもないみたいなんです。
「レシピ通りの恋愛なんてつまらないぐつぐつ煮えるエビのアヒージョ」という歌もあります。
そして歌集の掉尾を飾る歌は「別れ来し男たちとの人生の『もし』どれもよし我が『ラ・ラ・ランド』」。
どこまでも、ラリルレロが好きな俵万智さんなんだなぁと思います。
菊地信義さんによる装丁ですが、表と裏の表紙には、歌集に収録された短歌の中から15首が選ばれて、ずらりと並んでいます。とても斬新な装丁です。
そして、歌集を読み終わって、表紙の歌を1つ1つ読んでいったら、それらの短歌のすべてにラリルレロが含まれていました。
どこまで意識的なのか、それはわかりませんが、『サラダ記念日』『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『プーさんの鼻』『オレがマリオ』『未来のサイズ』の6歌集の中で、題名にラリルレロが入っていないのは『プーさんの鼻』だけです。
前歌集『オレがマリオ』には「子と我と『り』の字に眠る秋の夜のりりりるりりりあれは蟋蟀(こおろぎ)」というラリルレロ好きが極まったような名歌がありました。
☆
今歌集の表題歌となった「制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている」では、石垣島で「り」の字に眠って育てた長男が、宮崎県の全寮制の中学校へ入り、その入学式の様子を歌っています。成長を見込んで、みなゆったりと大きめなサイズの制服を着ていますが、その制服のように子どもたちの未来も「ゆったり」と自由に満ちたものであってほしいと願う歌です。
☆
この歌とも呼応していると思いますが、今歌集『未来のサイズ』の中で、随一の歌と感じたのは「第二波の予感の中に暮らせどもサーフボードを持たぬ人類」です。
歌集冒頭部に、コロナ時代を反映した歌が収録されているのですが、「サーフボード」の歌は、そのたくさんのコロナ歌群の中心に立つような味わいがあります。すっと背筋が伸び、コロナ禍の只中に生きながら、今とこれからの世界を見つめる感覚が伝わってきました。
☆
前歌集『オレがマリオ』随一の歌はやはり「子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え」だと思います。東日本大震災と原発事故による惨禍から、2021年で、10年の歳月が経ちますが、この歌は残りました。詩歌全体が人びとの記憶の中に残りづらい時代。東日本大震災と原発事故後の世界の中で、この歌は人びとの心の中に生き続けているのです。
「西へ西へ」「言うならば言え」。「どの子もどの子も」「未来のサイズ」「未来着ている」。短い三十一字の詩型で同じ言葉を繰り返したら、意味の幅が狭くなるはずなのに、同じ言葉を重ねながら詠う俵万智さんの歌は強く深い響き持っています。きっと歌の核心に揺るぎないものがあるのでしょう。
☆
そして、歌集全体を通して迫ってきたのは、社会派歌人としての俵万智さんでした。
「テンポよく刻むリズムの危うさのナショナリズムやコマーシャリズム」という歌が裏表紙にも挙げてありますが、この歌に「なるほど」と、うなずきました。
隣国韓国で大型客船セウォル号が沈没し、修学旅行中の高校生を含む300人以上の死者・行方不明者を出した事件を詠った「未来を汚す」という連作には「異様なる広告宣伝費はありて安全よりも安全神話」「あの世には持っていけない金のため未来を汚す未来を殺す」などの歌もあります。隣国の事故ばかりではない、日本を含めた人類全体の未来への警鐘が詠われていると感じました。
連作「寅さんだったら」の中には「『ただちには』ないってことか戦争も徴兵制も原発事故も」の歌もあります。
☆
「あとがき」によれば、「子育てを通して、社会のありようへの関心を深めた」そうです。その言葉通り、子どもの未来に向けて、歌人としての覚悟のようなものが伝わってくる歌集です。西へ西へと逃げた場所から逃げていない俵万智さんの心の形がしっかり伝わってくるのです。
「五十肩の両腕そろりと上げゆけば中年われのファイティングポーズ」。未来のために現実の社会と闘う、社会派歌人・俵万智さんの誕生を示す重要な歌集だと思いました。
☆
長いレビューの終わりに1つだけ加えます。
でもそれなら、恋愛歌人としての面は棄てられたのか……というと、どうもそうでもないみたいなんです。
「レシピ通りの恋愛なんてつまらないぐつぐつ煮えるエビのアヒージョ」という歌もあります。
そして歌集の掉尾を飾る歌は「別れ来し男たちとの人生の『もし』どれもよし我が『ラ・ラ・ランド』」。
どこまでも、ラリルレロが好きな俵万智さんなんだなぁと思います。
ベスト100レビュアー
まったく心の琴線に触れない短歌。
頑張ってひねり出してるのは分かるがそこまで。
この人は終わったように思う。言葉にキレがない。
「なんでだろうつまらない20ページで本閉じる」
頑張ってひねり出してるのは分かるがそこまで。
この人は終わったように思う。言葉にキレがない。
「なんでだろうつまらない20ページで本閉じる」