本書の意義や重要性に関しては他の評者が書いておられるので、そちらに譲ろう。
寔に興味深い内容だから、万人に読んで欲しい本ではある。
ただここでは敢えて苦言を呈しておくこととする。
原著者がベネズエラ出身なので、古代オリエント・エジプトから初めてギリシャ・ローマ、そして欧州(後にはその植民地とされた「アメリカ」等の新大陸)へと基軸が移って行き、それ以外の旧くからの文明圏に就いては僅かに「アラブ世界」や「中国」に触れられているに過ぎない。
したがって「インド亜大陸」や「日本」といった重要な地域の文献破壊史は殆ど何も語られてはいない(それでも20世紀欧米人の著述の凄まじい迄の「東洋無視」に較べれば遙かにましになったものである)。
此の訳書の最大の欠点はたいそう有意義な内容だというのに、邦訳に誤記が目立つというところである。
例えば、古代ギリシア・ラテン語の表記が、「アレハンドラ」(100頁)の如くスペイン語風にカナ書きされている箇所が目立つ点(母音の長短を無視しても「アレクサンドラ」としなくては、大半の読者には不分明であろう)。さらに詳しく現地の状況を知らない一般読者には何を指しているのか判明し難い表現が放置されている部分などである---一例を挙げれば、164頁の「エフェソスの遺跡」にある図書館を「セルシウス図書館」と訳しているが、正しくは「ケルススCelsus の図書館」であるし、当該図書館はローマの建築家「ヴィトゥルオヤが設計」したのでは無く「ウィトルーウィウスの建築理念に基づいて築かれた」が正しい(そもそも「ヴィトゥルオヤ」だなどというラテン語人名が存在するだなどと誰が思うだろうか)、等々---。
こういった誤表記が頻出するのは、古代ギリシア・ローマを中心とする地中海世界を知るには必須の大作『
西洋古典学事典
』 を参照しなかったからに相違ない。
手に余る言語に関しては良書の助けを得るのが常道であろう。
なお読み辛かったのは、242頁の後ウマイヤ朝カリフ、ハカム二世が図書館に収集させたという「書物四〇万冊」の蔵書、それらの「図書目録は少なくとも四四巻作成された」、並びに次(243)頁の「今日、ハカム二世の図書館にあった蔵書は、九七〇年と記された一冊が現存しているだけである」と訳されている辺りである。
これは間違い無く読者を混乱させる不親切な翻訳文であろう。
当時のイスラーム世界に於いて「冊子本」はどれだけ普及していたのだろうか?
「冊子本」か「巻子本」かの区別は、書物の破壊史にまつわる本書にあっては重大な問題である。
にも拘わらず余りにも杜撰な訳文には些か呆れ果てた次第。
因みにイスラーム学者の執筆した概説書には「四〇万巻」と明記されていた。
よってスペイン語を読める方々には是非とも原文を繙いて頂きたいと願う(英訳本も刊行されている様子だが、翻訳に必ず伴う誤記を覚悟しなくては成らないだろう)。
手厳しい批評になったきらいはあるが、誤訳が目に余ったが為に斟酌なく書かせて頂いた。
妄言多謝。
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![[フェルナンド・バエス, 八重樫克彦, 八重樫由貴子]の書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで](https://m.media-amazon.com/images/I/513f2d84QVL._SY346_.jpg)
書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで Kindle版
「もはやわれわれの記憶は存在しない。
文字や法律の揺りかご、文明発祥の地は焼失した。
残っているのは灰だけだ」
(2003年、バグダード大学教員のことば)
「55世紀もの昔から書物は破壊されつづけているが、その原因のほとんどは知られていない。本や図書館に関する専門書は数あれど、それらの破壊の歴史を綴った書物は存在しない。何とも不可解な欠如ではないか?」
シュメールの昔から、アレクサンドリア図書館の栄枯盛衰、ナチスによる“ビブリオコースト"、イラク戦争下の略奪行為、電子テロまで。
どの時代にも例外なく書物は破壊され、人類は貴重な遺産、継承されるべき叡智を失ってきた。
ことは戦争や迫害、検閲だけでなく、数多の天災・人災、書写材の劣化、害虫による被害、人間の無関心さにおよぶ。
幼少期に地元図書館を洪水によって失った著者が、やがて膨大量の文献や実地調査により、世界各地の書物の破壊の歴史をたどった一冊。
17か国で翻訳。
「感銘を受けた。同テーマを扱ったなかで最高の書」ノーム・チョムスキー
「この本は必読。震撼させられる」ウンベルト・エーコ
文字や法律の揺りかご、文明発祥の地は焼失した。
残っているのは灰だけだ」
(2003年、バグダード大学教員のことば)
「55世紀もの昔から書物は破壊されつづけているが、その原因のほとんどは知られていない。本や図書館に関する専門書は数あれど、それらの破壊の歴史を綴った書物は存在しない。何とも不可解な欠如ではないか?」
シュメールの昔から、アレクサンドリア図書館の栄枯盛衰、ナチスによる“ビブリオコースト"、イラク戦争下の略奪行為、電子テロまで。
どの時代にも例外なく書物は破壊され、人類は貴重な遺産、継承されるべき叡智を失ってきた。
ことは戦争や迫害、検閲だけでなく、数多の天災・人災、書写材の劣化、害虫による被害、人間の無関心さにおよぶ。
幼少期に地元図書館を洪水によって失った著者が、やがて膨大量の文献や実地調査により、世界各地の書物の破壊の歴史をたどった一冊。
17か国で翻訳。
「感銘を受けた。同テーマを扱ったなかで最高の書」ノーム・チョムスキー
「この本は必読。震撼させられる」ウンベルト・エーコ
- 言語日本語
- 出版社紀伊國屋書店
- 発売日2019/3/22
- ファイルサイズ18739 KB
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
「50世紀以上も前から書物は破壊され続けているが、その原因のほとんどは知られていない。本や図書館に関する専門書は数あれど、それらの破壊の歴史を綴った書物は存在しない。何とも不可解な欠如ではないか?」―ことは戦争や迫害、検閲だけでなく、数多の天災・人災、書写材の劣化、害虫による被害、人間の無関心さに及ぶ。幼少期以来、たび重なる書物の悲劇に居合わせてきた著者が、膨大な量の文献や実地調査をもとに、世界各地の書物の破壊の歴史をたどった一冊。17か国で翻訳。 --このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。
著者について
【著者】フェルナンド・バエス(Fernando Báez)
ベネズエラ出身の図書館学者・作家・反検閲活動家。
図書館の歴史に関する世界的権威として知られ、複数の団体で顧問をつとめるほか、
2003年にはユネスコの使節団の一員としてイラクにおける図書館や博物館・美術館の被害状況を調査した。
2004年に本作『書物の破壊の世界史』(2013年に増補改訂)でヴィンティラ・ホリア国際エッセイ賞を受賞、17か国で翻訳された。
【訳者】八重樫克彦(やえがし・かつひこ)、八重樫由貴子(やえがし・ゆきこ)
翻訳家。訳書に、『ヴェネツィアの出版人』『悪い娘の悪戯』『誕生日』『チボの狂宴』(作品社)、『パウロ・コエーリョ 巡礼者の告白』『ペルーの異端審問』(新評論)、
『明かされた秘密』『三重の叡智』『失われた天使』『プラド美術館の師』(ナチュラルスピリット)など多数。
--このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。
ベネズエラ出身の図書館学者・作家・反検閲活動家。
図書館の歴史に関する世界的権威として知られ、複数の団体で顧問をつとめるほか、
2003年にはユネスコの使節団の一員としてイラクにおける図書館や博物館・美術館の被害状況を調査した。
2004年に本作『書物の破壊の世界史』(2013年に増補改訂)でヴィンティラ・ホリア国際エッセイ賞を受賞、17か国で翻訳された。
【訳者】八重樫克彦(やえがし・かつひこ)、八重樫由貴子(やえがし・ゆきこ)
翻訳家。訳書に、『ヴェネツィアの出版人』『悪い娘の悪戯』『誕生日』『チボの狂宴』(作品社)、『パウロ・コエーリョ 巡礼者の告白』『ペルーの異端審問』(新評論)、
『明かされた秘密』『三重の叡智』『失われた天使』『プラド美術館の師』(ナチュラルスピリット)など多数。
--このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
バエス,フェルナンド
ベネズエラ出身の図書館学者・作家・反検閲活動家。図書館の歴史に関する世界的権威として知られ、過去にベネズエラ国立図書館の館長を務めたほか、現在も複数の団体で顧問を担当している。2003年にはユネスコの使節団の一員としてイラクにおける図書館や博物館、美術館の被害状況を調査した。2004年にスペインで刊行されたHistoria Universal de la Destrucci´on de Libros:De las tablillas sumerias a la guerra de Irak(書物の破壊の世界史―シュメールの粘土板からイラク戦争まで)でヴィンティラ・ホリア国際エッセイ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。
ベネズエラ出身の図書館学者・作家・反検閲活動家。図書館の歴史に関する世界的権威として知られ、過去にベネズエラ国立図書館の館長を務めたほか、現在も複数の団体で顧問を担当している。2003年にはユネスコの使節団の一員としてイラクにおける図書館や博物館、美術館の被害状況を調査した。2004年にスペインで刊行されたHistoria Universal de la Destrucci´on de Libros:De las tablillas sumerias a la guerra de Irak(書物の破壊の世界史―シュメールの粘土板からイラク戦争まで)でヴィンティラ・ホリア国際エッセイ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B07NJQT47Q
- 出版社 : 紀伊國屋書店 (2019/3/22)
- 発売日 : 2019/3/22
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 18739 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 828ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 244,690位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 1,692位世界史 (Kindleストア)
- - 1,957位ヨーロッパ史一般の本
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カスタマーレビュー
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最近、図書館と戦争をテーマにした翻訳書を目にすることが多く、関心を持っていましたが、同テーマの集大成のような一冊。シュメールの粘土板、アレクサンドリア大図書館、魔術書、グノーシス文書、占星術書、ナチス、ユーゴ紛争、イラク戦争、最新のデジタル書籍までーーありとあらゆる時代の書物破壊史に圧倒されます。「なぜ“焚書”という方法で人は書物破壊を行うのか?」「書物破壊者に通底する思想とは何なのか?」など、本と人間の本質についての考察も為されており興味深い。数奇にも幼い頃から本が破壊されていく数々の光景に立ち会ってきた著者ならではの、何か導かれるものを感じさずにはおかない迫力と怒涛の情報量です。レンガのような厚さの大冊ですが、翻訳が非常に読みやすく、読むのが苦ではありません。本好き・図書館好きの方、歴史好き(特にオリエントや西洋の)の方、思想・哲学好きの方、戦争に関心がある方にオススメです。
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2019年3月16日に日本でレビュー済み
最近、図書館と戦争をテーマにした翻訳書を目にすることが多く、関心を持っていましたが、同テーマの集大成のような一冊。シュメールの粘土板、アレクサンドリア大図書館、魔術書、グノーシス文書、占星術書、ナチス、ユーゴ紛争、イラク戦争、最新のデジタル書籍までーーありとあらゆる時代の書物破壊史に圧倒されます。
「なぜ“焚書”という方法で人は書物破壊を行うのか?」「書物破壊者に通底する思想とは何なのか?」など、本と人間の本質についての考察も為されており興味深い。数奇にも幼い頃から本が破壊されていく数々の光景に立ち会ってきた著者ならではの、何か導かれるものを感じさずにはおかない迫力と怒涛の情報量です。
レンガのような厚さの大冊ですが、翻訳が非常に読みやすく、読むのが苦ではありません。
本好き・図書館好きの方、歴史好き(特にオリエントや西洋の)の方、思想・哲学好きの方、戦争に関心がある方にオススメです。
「なぜ“焚書”という方法で人は書物破壊を行うのか?」「書物破壊者に通底する思想とは何なのか?」など、本と人間の本質についての考察も為されており興味深い。数奇にも幼い頃から本が破壊されていく数々の光景に立ち会ってきた著者ならではの、何か導かれるものを感じさずにはおかない迫力と怒涛の情報量です。
レンガのような厚さの大冊ですが、翻訳が非常に読みやすく、読むのが苦ではありません。
本好き・図書館好きの方、歴史好き(特にオリエントや西洋の)の方、思想・哲学好きの方、戦争に関心がある方にオススメです。

最近、図書館と戦争をテーマにした翻訳書を目にすることが多く、関心を持っていましたが、同テーマの集大成のような一冊。シュメールの粘土板、アレクサンドリア大図書館、魔術書、グノーシス文書、占星術書、ナチス、ユーゴ紛争、イラク戦争、最新のデジタル書籍までーーありとあらゆる時代の書物破壊史に圧倒されます。
「なぜ“焚書”という方法で人は書物破壊を行うのか?」「書物破壊者に通底する思想とは何なのか?」など、本と人間の本質についての考察も為されており興味深い。数奇にも幼い頃から本が破壊されていく数々の光景に立ち会ってきた著者ならではの、何か導かれるものを感じさずにはおかない迫力と怒涛の情報量です。
レンガのような厚さの大冊ですが、翻訳が非常に読みやすく、読むのが苦ではありません。
本好き・図書館好きの方、歴史好き(特にオリエントや西洋の)の方、思想・哲学好きの方、戦争に関心がある方にオススメです。
「なぜ“焚書”という方法で人は書物破壊を行うのか?」「書物破壊者に通底する思想とは何なのか?」など、本と人間の本質についての考察も為されており興味深い。数奇にも幼い頃から本が破壊されていく数々の光景に立ち会ってきた著者ならではの、何か導かれるものを感じさずにはおかない迫力と怒涛の情報量です。
レンガのような厚さの大冊ですが、翻訳が非常に読みやすく、読むのが苦ではありません。
本好き・図書館好きの方、歴史好き(特にオリエントや西洋の)の方、思想・哲学好きの方、戦争に関心がある方にオススメです。
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ベスト50レビュアー
『書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで』(フェルナンド・バエス著、八重樫克彦・八重樫由貴子訳、紀伊國屋書店)は、古代オリエントから今日のデジタル時代までの書物の破壊の歴史が詳細に綴られています。
「書物の破壊の歴史という恥辱の年代記を破壊の原因別に見ると、全体の60パーセントは故意の破壊によるものだ。古代オリエントのシュメールの粘土板だろうが、2002年にヘブライ語の書物を焼いたフランス人司書だろうが関係なく、書物を破壊する者たちは、あらゆる文化に共通して見受けられる態度を示している。それは世の中の人間を『彼ら』と『私たち』に区別する傾向だ。これが行き過ぎると『私たち』以外は全員敵となる。そういった他者否定の基準のもとで、つねに検問は課され、知る権利は侵害されてきた。残りの40パーセントはそれ以外の要因で、内訳は1位が自然災害(火災、台風、洪水、地震、津波など)、次いで事故(火災、海難事故など)、天敵による被害(本につく虫、ネズミ、昆虫など)、文化の変化(言語の消滅、文学様式の移り変わりなど)、書写材の劣化(19世紀の酸性紙は何百万もの作品を破壊しつつある)と続く」。
個人的に興味深い記述にいくつも出会うことができました。
●プラトンの書物蒐集癖をよく知っているディオゲネス・ラエルティオスは、プラトンがライバル視していたデモクリトスへの言及すら拒み、著作を集めて燃やそうと考えたことを非難している。
●1920年、米国の裁判所は『アベラールとエロイーズ』の流通を禁じる判決を下した。その理由は彼(ピエール・アベラール)の著作が、過剰に人間の情緒を擁護し、知識人らを官能や性行為に導くからだという。
●(1555年に出版された、ノストラダムスの名で知られるミシェル・ド・ノートルダムの『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』の)初版本は今や完全な稀覯本となっている。出版されて以来、定期的に破壊されたためだ。
●ドイツ・ビーレフェルト大学のヴォルフガング・ユッテによると、ナチス政権下では5500人以上の作家の著作が破壊された。20世紀初頭のドイツ文化を代表する人々の作品が拒絶され、容赦なく焚書にされたということだ。・・・ドイツ敗戦直後の1945年春、米軍第101空挺師団が、バイエルン州ベルヒテスガーデンの町に程近い塩鉱山の坑道から、ヒトラーの個人蔵書を発見した。・・・後年、米国の歴史家ティモシー・W・ライバックの研究で興味深い事実が判明した。ヒトラーは無類の読書家であると同時に、古書にこだわる書物蒐集家でもあった。『ロビンソン・クルーソー』『ガリバー旅行記』『ドン・キホーテ』を高く評価し、『アンクル・トムの小屋』を愛読。聖書に精通し、ゲーテやシラーよりもシェイクスピアを好み、ショーペンハウアーやニーチェのみならず、米国の(反ユダヤ主義者)ヘンリー・フォード『国際ユダヤ人』やマディソン・グラント『偉大な人種の消滅』からも影響を受けていた。オカルトに入れ込み、エルンスト・シュルテルの『魔術――その歴史および理論と実践』に傾倒していたこともわかっている。その本に彼自らが下線を引いた箇所がある。<自分のなかに悪魔的な種を宿さぬ者に、けっして新たな世界を生み出すことはない>。
740ページという大部の各ページの隅々にまで、書物の破壊の研究に対する著者の執念が籠もっています。
「書物の破壊の歴史という恥辱の年代記を破壊の原因別に見ると、全体の60パーセントは故意の破壊によるものだ。古代オリエントのシュメールの粘土板だろうが、2002年にヘブライ語の書物を焼いたフランス人司書だろうが関係なく、書物を破壊する者たちは、あらゆる文化に共通して見受けられる態度を示している。それは世の中の人間を『彼ら』と『私たち』に区別する傾向だ。これが行き過ぎると『私たち』以外は全員敵となる。そういった他者否定の基準のもとで、つねに検問は課され、知る権利は侵害されてきた。残りの40パーセントはそれ以外の要因で、内訳は1位が自然災害(火災、台風、洪水、地震、津波など)、次いで事故(火災、海難事故など)、天敵による被害(本につく虫、ネズミ、昆虫など)、文化の変化(言語の消滅、文学様式の移り変わりなど)、書写材の劣化(19世紀の酸性紙は何百万もの作品を破壊しつつある)と続く」。
個人的に興味深い記述にいくつも出会うことができました。
●プラトンの書物蒐集癖をよく知っているディオゲネス・ラエルティオスは、プラトンがライバル視していたデモクリトスへの言及すら拒み、著作を集めて燃やそうと考えたことを非難している。
●1920年、米国の裁判所は『アベラールとエロイーズ』の流通を禁じる判決を下した。その理由は彼(ピエール・アベラール)の著作が、過剰に人間の情緒を擁護し、知識人らを官能や性行為に導くからだという。
●(1555年に出版された、ノストラダムスの名で知られるミシェル・ド・ノートルダムの『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』の)初版本は今や完全な稀覯本となっている。出版されて以来、定期的に破壊されたためだ。
●ドイツ・ビーレフェルト大学のヴォルフガング・ユッテによると、ナチス政権下では5500人以上の作家の著作が破壊された。20世紀初頭のドイツ文化を代表する人々の作品が拒絶され、容赦なく焚書にされたということだ。・・・ドイツ敗戦直後の1945年春、米軍第101空挺師団が、バイエルン州ベルヒテスガーデンの町に程近い塩鉱山の坑道から、ヒトラーの個人蔵書を発見した。・・・後年、米国の歴史家ティモシー・W・ライバックの研究で興味深い事実が判明した。ヒトラーは無類の読書家であると同時に、古書にこだわる書物蒐集家でもあった。『ロビンソン・クルーソー』『ガリバー旅行記』『ドン・キホーテ』を高く評価し、『アンクル・トムの小屋』を愛読。聖書に精通し、ゲーテやシラーよりもシェイクスピアを好み、ショーペンハウアーやニーチェのみならず、米国の(反ユダヤ主義者)ヘンリー・フォード『国際ユダヤ人』やマディソン・グラント『偉大な人種の消滅』からも影響を受けていた。オカルトに入れ込み、エルンスト・シュルテルの『魔術――その歴史および理論と実践』に傾倒していたこともわかっている。その本に彼自らが下線を引いた箇所がある。<自分のなかに悪魔的な種を宿さぬ者に、けっして新たな世界を生み出すことはない>。
740ページという大部の各ページの隅々にまで、書物の破壊の研究に対する著者の執念が籠もっています。
VINEメンバー
「書物の破壊は、公的機関によるものでも個人によるものでも、必ずといっていいほど、規制、排斥、検閲、略奪、破壊という暗澹たる段階を経る」と著者はいう。本、書籍を物理的に破壊するという一連の動きは、単なるモノの破壊ではない。それは記憶の痕跡を消すことだ。著者はボルヘスを引用する。「人間が創り出したさまざまな道具のなかでも、最も驚異的なのは紛れもなく書物である。それ以外の道具は身体の延長にすぎない。たとえば望遠鏡や顕微鏡は目の延長でしかないし、電話は声の、鋤や剣は腕の延長でしかない。しかしながら書物はそれらとは違う。書物は記憶と創造力の延長なのである」。そして、書く。「書物は記憶を神聖化・永続化させる手段である。それだけに今一度、社会の重要な文化遺産の一部として捉え直す必要がある。文化は各民族の最も代表的な遺産であるという前提で物事を理解しなければならない。文化遺産そのものが伝達可能な所有物なのだという思いを人々に抱かせるだけに、領土内の帰属意識、民族アイデンティティを高める性質がある。図書館、古文書館、博物館はまさにその文化遺産であり、各民族はそれらを記憶の殿堂として受け入れている」。そしてさらに、書く。「記憶のないアイデンティティは存在しない。自分が何者かを思い出すことなしに、自分を認識はできない。何世紀にもわたってわれわれは、ある集団や国家が他の集団や国家を隷属させる際、最初にするのが、相手のアイデンティティを形成してきた記憶の痕跡を消すことだという事実を見せつけられてきた」。(以上「括弧」部分は、「イントロダクション」からの抜粋)。
本書は、そのような問題意識をもった人物による著作である。当該翻訳はその最新版。以下に、「最新版を手にした読者の皆さまへ」からも引用してみる。「私の父は『書物と図書館は無処罰特権や教条主義、情報の操作や隠蔽に対処する伏兵だ。その事実を人々はすっかり忘れてしまっているが、けっして忘れるべきではない』と強く主張していたが、彼の言い分は正しかった。抑圧者や全体主義者は書物や新聞を恐れるものである。それらが “記憶の塹壕” であり、記憶は公正さと民主主義を求める戦いの基本であるのを理解しているからだ」。「2004年に『書物の破壊の世界史』初版が刊行されると、あまりの反響の大きさに、私は自分が文明の古傷に触れたのを実感した。何よりも書物が伝える記憶の価値を大勢の読者に認識してもらえたことが嬉しかった」。
書物の破壊は、単なるモノの破壊ではない。それは、自分の、われわれの、他者の、彼らの記憶と関係し、アイデンティティの問題に繋がる。書物を破壊する一連の動きが今生じているということはないだろうか。各々のアイデンティティを危うくする事態が進展しているということは、ないだろうか。今、現在、身辺に生じている出来事を吟味する上で過去の事例はおおいに役立つ。
本書は、そのような問題意識をもった人物による著作である。当該翻訳はその最新版。以下に、「最新版を手にした読者の皆さまへ」からも引用してみる。「私の父は『書物と図書館は無処罰特権や教条主義、情報の操作や隠蔽に対処する伏兵だ。その事実を人々はすっかり忘れてしまっているが、けっして忘れるべきではない』と強く主張していたが、彼の言い分は正しかった。抑圧者や全体主義者は書物や新聞を恐れるものである。それらが “記憶の塹壕” であり、記憶は公正さと民主主義を求める戦いの基本であるのを理解しているからだ」。「2004年に『書物の破壊の世界史』初版が刊行されると、あまりの反響の大きさに、私は自分が文明の古傷に触れたのを実感した。何よりも書物が伝える記憶の価値を大勢の読者に認識してもらえたことが嬉しかった」。
書物の破壊は、単なるモノの破壊ではない。それは、自分の、われわれの、他者の、彼らの記憶と関係し、アイデンティティの問題に繋がる。書物を破壊する一連の動きが今生じているということはないだろうか。各々のアイデンティティを危うくする事態が進展しているということは、ないだろうか。今、現在、身辺に生じている出来事を吟味する上で過去の事例はおおいに役立つ。