本書は、歴史探偵の半藤さんと、昭和史研究者の加藤先生が、廣田弘毅、近衛文麿、松岡洋右、木戸幸一、昭和天皇の五人について、対中・対米英開戦、終戦に関する責任を問うものです。親子ほど年齢差がある二人は、ともに一体どうして日本は太平洋戦争に突入したか、という疑問を生涯問い続けています。本書でも相互に敬意を表しながら、仲良く議論を続けています。私には新しい情報もたくさんありました。
5人の個別の書物上の裁判については、昭和天皇を除き、加藤先生が弁護士として無罪ないし減刑を主張し、半藤さんがその逆の検事の立場です。本書では4人についての判決はハッキリ宣告されていません。昭和天皇については、二人の立場(弁護士と検事)は逆転するかのようですが、結局、二人ともが、昭和天皇についてはその道義的・政治的責任を問うて、有罪と認めている、という印象がします。
実際、大日本帝国憲法では、天皇は大元帥として軍部を指揮する権限を持っています。さらに、鈴木貫太郎首相の腹芸で、聖断がもたらされ、それによってようやくポツダム宣言受諾に至りました。
著者二人は、大日本帝国憲法のもと、天皇の大元帥としての権限や、聖断による政治判断ができるという点について、議論を積み重ねていきます。それは、廣田、近衛、松岡、木戸の章を追うごとに昭和天皇の責任に近づいて行き、ついに昭和天皇に関する第五章でクライマックスに到達します。大日本帝国憲法のもと、昭和天皇は西園寺公望、牧野伸顕、木戸幸一等のアドバイスに翻弄され、自信の権限や責任に明確でないまま、つまり、無責任なまま、戦争の拡大を許していきます。憲法が明確であったなら、昭和天皇は自らの権限で日中戦争や対米戦争を避ける事ができたでしょうか?どうしたら国民や軍は、平和主義者の決裁権限者の決裁に従っていったでしょうか?本書の提供する議論は国民や軍や政治家や側近や天皇自身の間の相互の責任の在り方に核心を持ちます。(本書は、決裁権限者のガバナンスは如何に確保されるべきか、という問題までには踏む込めませんでした。)
大日本帝国憲法は曖昧だったので、昭和天皇個人に法的な責任を問うことは困難でした。本書は、天皇の聖断があったとしても、数回の御前会議の経緯から、対米開戦を避ける事は困難だったとしています。本書は、そういう国を失いかねない重要事項の責任と権限について曖昧であったという点が大日本帝国憲法にあったことを明確にすることによって、すなわち、集団で全員に責任があることがすなわちだれも責任を持たないとすることに至る、日本の慣習の大きな弱点を指摘ないし暗示していると思います。
さあ、同じ過ちを将来も起こさないため、あるいは似たような集団責任個別無責任の悪い習慣を変えていくため、日本人はどうしたらよいでしょうか?憲法や重要な法律でも権限と責任を明確にすることで、日本は大きな過ちをしないようにできるでしょうか?法律は、法律を含む文化の一部に過ぎません。法律を明確にすることで、文化や慣習、あるいは思考の弱さを変えられるでしょうか?
日本人が脆弱な思考方法を変えられないならば、同じような、国を亡ぼすような過ちは、二度も三度も起こるでしょう。その恐ろしさを暗示しているのが、本書の価値であると考えます。
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半藤一利
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加藤陽子
(著)
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言語日本語
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出版社文藝春秋
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発売日2014/2/10
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ファイルサイズ4524 KB
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
「軍部が悪い」だけでは済まされない。七十年前のリーダーたちは、なにをどう判断し、どこで間違ったのか。いま「失敗の本質」を白日のもとに晒すべく徹底的に検証する。
--このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
半藤/一利
昭和5年(1930)東京・向島生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋に入社。「週刊文春」「文藝春秋」編集長、専務取締役などを経て、作家に。『漱石先生ぞな、もし』で新田次郎文学賞、『ノモンハンの夏』で山本七平賞、『昭和史1926‐1945』『昭和史戦後篇1945‐1989』で毎日出版文化賞特別賞受賞
加藤/陽子
昭和35年(1960)埼玉県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京大学大学院人文社会系研究科教授。『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』で小林秀雄賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
昭和5年(1930)東京・向島生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋に入社。「週刊文春」「文藝春秋」編集長、専務取締役などを経て、作家に。『漱石先生ぞな、もし』で新田次郎文学賞、『ノモンハンの夏』で山本七平賞、『昭和史1926‐1945』『昭和史戦後篇1945‐1989』で毎日出版文化賞特別賞受賞
加藤/陽子
昭和35年(1960)埼玉県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京大学大学院人文社会系研究科教授。『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』で小林秀雄賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B00J8ELW7E
- 出版社 : 文藝春秋 (2014/2/10)
- 発売日 : 2014/2/10
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 4524 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
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評者は、半藤一利さんの昭和史関係の書籍は今までかなり読んできたが、加藤陽子さんの本は数年前に『それでも 日本人は 戦争を選んだ』と加藤陽子さんが勧めていたE・H・ ノーマン著『クリオの顔―歴史随想集』を最近読んだのみである。
が、加藤陽子さんが東大大学院教授の日本の歴史学者であることは知ってはいた。
昨年、就任早々の菅義義偉首相が日本学術会議メンバーから任命を拒否された六人のなかの一人として評者には鮮明な印象を与えてくれた人でもある。
この本のタイトルが「昭和史裁判」という少し変わっていたので興味をもって読むことにした。
特に「軍部が悪い」だけではなく太平洋戦争以前のこの国のリーダーだった広田弘毅、近衛文麿、松岡洋右、木戸幸一、昭和天皇、の五人を被告人として半藤さんが検察官、加藤さんが弁護人として裁判といっても対談形式で昭和史の細部に触れながら進めてゆく中身の濃い興味ある内容の本である。(編集部が出典すべてに当たって典拠となる史料を引用している。)
昭和天皇だけは「臣・一利」が弁護側へと入れ代わったのだが、加藤検察官の追求に「臣・一利」もたびたび旗色が悪くなり気の毒であった。
評者も昭和史についてかなり勉強してきたつもりであったが、本書で両氏が進めていく裁判であらためて知ることが多く興味深く読むことができた。
表者が本書を読み終えてあらためて感じたことはこの本の被告たちに共通しているのが大所高所から世界を俯瞰するということに鈍感だったということである。
もちろんすべての情報が各人が把握できたとは思えないが、すくなくとも地球儀を見れば小さな極東の島国日本の国力を認識するくらいのことは可能ではなかったのかと思ってしまったのである。
この時代には、軍部だけでなく政治家も外務官僚も夜郎自大であったのは間違いないと本書を読み進みながら確信してしまったのです。
1939年9月にドイツはポーランドへ侵攻し、第二次世界大戦は始まっが、ナチスドイツの勢いは日本のリーダーたちの予想をはるかに超えて勢いを増し、イギリス上陸も確実という認識を持ったから「バスに乗り遅れるな」という合言葉から三国同盟を結んでしまった。
戦勝国の仲間入りをすれば英米蘭仏が支配している亜細亜諸国を得ることが可能となり、第一次大戦で獲得したパラオやマーシャル諸島などの赤道以北の南洋諸島もドイツから改めて買い取ることも出来る。
それもこれも日清戦争後から戦争で勝てば領土を広げ、賠償金まで得られるという成功体験が仇となったことは否めないだろう。
やはり日本のインテリジェンスが稚拙だったこともあるが、リアルな情報も得ていたものの上層部まで届かなかった(意図的に廃棄した輩もいた。)ことも多かったようである。
歴史に「もしも」は禁句であるが、二二・六事事件後になると文官の腰が引けたことも日本にとっての不幸であったような気がしてならないのです。
事件後、西園寺公の邸籠りなどもどいい例であろう。
この西園寺公がもうすこし元気で長生きしていたら歴史の局面も少しは変わっていたかも知れないと評者は愚考したのです。
本書を読み終え、刑の軽重は別にして五人の被告はすべてに「Guilty」と評者が裁判官なら判決を下したと思いながらページ数の多い本書『昭和史裁判』を年越しで読み終えました。
が、加藤陽子さんが東大大学院教授の日本の歴史学者であることは知ってはいた。
昨年、就任早々の菅義義偉首相が日本学術会議メンバーから任命を拒否された六人のなかの一人として評者には鮮明な印象を与えてくれた人でもある。
この本のタイトルが「昭和史裁判」という少し変わっていたので興味をもって読むことにした。
特に「軍部が悪い」だけではなく太平洋戦争以前のこの国のリーダーだった広田弘毅、近衛文麿、松岡洋右、木戸幸一、昭和天皇、の五人を被告人として半藤さんが検察官、加藤さんが弁護人として裁判といっても対談形式で昭和史の細部に触れながら進めてゆく中身の濃い興味ある内容の本である。(編集部が出典すべてに当たって典拠となる史料を引用している。)
昭和天皇だけは「臣・一利」が弁護側へと入れ代わったのだが、加藤検察官の追求に「臣・一利」もたびたび旗色が悪くなり気の毒であった。
評者も昭和史についてかなり勉強してきたつもりであったが、本書で両氏が進めていく裁判であらためて知ることが多く興味深く読むことができた。
表者が本書を読み終えてあらためて感じたことはこの本の被告たちに共通しているのが大所高所から世界を俯瞰するということに鈍感だったということである。
もちろんすべての情報が各人が把握できたとは思えないが、すくなくとも地球儀を見れば小さな極東の島国日本の国力を認識するくらいのことは可能ではなかったのかと思ってしまったのである。
この時代には、軍部だけでなく政治家も外務官僚も夜郎自大であったのは間違いないと本書を読み進みながら確信してしまったのです。
1939年9月にドイツはポーランドへ侵攻し、第二次世界大戦は始まっが、ナチスドイツの勢いは日本のリーダーたちの予想をはるかに超えて勢いを増し、イギリス上陸も確実という認識を持ったから「バスに乗り遅れるな」という合言葉から三国同盟を結んでしまった。
戦勝国の仲間入りをすれば英米蘭仏が支配している亜細亜諸国を得ることが可能となり、第一次大戦で獲得したパラオやマーシャル諸島などの赤道以北の南洋諸島もドイツから改めて買い取ることも出来る。
それもこれも日清戦争後から戦争で勝てば領土を広げ、賠償金まで得られるという成功体験が仇となったことは否めないだろう。
やはり日本のインテリジェンスが稚拙だったこともあるが、リアルな情報も得ていたものの上層部まで届かなかった(意図的に廃棄した輩もいた。)ことも多かったようである。
歴史に「もしも」は禁句であるが、二二・六事事件後になると文官の腰が引けたことも日本にとっての不幸であったような気がしてならないのです。
事件後、西園寺公の邸籠りなどもどいい例であろう。
この西園寺公がもうすこし元気で長生きしていたら歴史の局面も少しは変わっていたかも知れないと評者は愚考したのです。
本書を読み終え、刑の軽重は別にして五人の被告はすべてに「Guilty」と評者が裁判官なら判決を下したと思いながらページ数の多い本書『昭和史裁判』を年越しで読み終えました。
2015年8月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
方や半藤一利(自称 歴史探偵)、此方加藤陽子(気鋭の歴史学者)。敢えて攻守に分かれることにより、視点を多角化し、深堀りを目指そうとの企てか。実際二人の指向は共通するところ多分とは思うが、こうした立ち位置への拘りから、史実が様々な角度から提示される。また歴史裁判と称しながらも判定役を置かずに、読者に委ねるかの編集意図も心憎い。歴史の判定は、新たな史料の発掘等により、絶えず更新を受ける定めにあるが、それをも織り込んでの企画であろうか。
昭和天皇を木戸幸一とともに対象とした意気に拍手。広田弘毅と近衛文麿の取り合わせも面白い。松岡洋右の登場も時期が重なるだけに、内容を一層厚くしている。視点が複合的、重層的になるし、思わぬ着眼や解釈も生まれる。しかしながら結局のところ、明治憲法体制を絶対君主制とするか、立憲君主制とするかの陥穽を前に、これを適切に埋め得ずして悲劇を招いた、ということか。
翻って現在はどうであろうか。昭和憲法第9条の平和主義を巡って、心情や観念に引きずられて、ひたすら願望(安全、平和)にしがみ付こうとするのではなく、冷静かつ明哲な分析から、世界に通用する現実的対応を、巧みに引き出すことができれば、手痛い歴史から漸くに学び得た、ということになるのだが。
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