日々様々な情報を得る事が可能な今日では極めて稀な事なのだが、タランティーノの最新作「ヘイトフル・エイト」を殆ど何の予備知識もなしで鑑賞した。
3時間近くの上映時間でさぞ大作なのかと思いきや、本編の3/4が深雪吹き荒れる人里離れたロッジで展開する密室劇だったのが意外だった。
オモシロく観終った後、実は、今作はタランティーノの積年の思いで“ウルトラ・パナビジョン70”という撮影上映方式で撮られていた事を知った。
えっ、それってナニ、と感じた当方の疑問にきちんと応えてくれたのが「映画秘宝」最新号だ。
唐突に日本公開が始まった「ヘイトフル・エイト」と角川映画の40年史を振り返るとの二大特集が組まれた今号、それぞれタランティーノや大林宣彦へのロング・インタビューをメインに多彩な記事で盛りたくさんだが、特に「ヘイトフル・エイト」については、美術監督種田陽平、音楽監督エンニオ・モリコーネにも大きくページを割かれているのが嬉しい処だろう。
で、ウルトラ・パナビジョン70だけど、以下、記事を引用すると、これは65mmフィルム専用の大型カメラにアナモティックレンズを装着し、画面の水平方向を圧縮撮影した上、これを70mmプリントで上映する時は、専用レンズで圧縮を解いた映像を左右に拡大映写するシステム。
これで投影されるとスクリーンの画面比率はシネマスコープよりもさらに横に拡がるサイズとなるという。
タランティーノはかってワクワクしながら観た「ベン・ハー」や「戦艦バウンティ」の70mmシネラマ体験を今の観客に味あわせたい、しかも映画の中盤には休憩を設けオーバーチェア(序曲)を掛けたいと壮大なプランを持っていた。
実際、この方式で全米100館の映画館を始め、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリアの各地でも順次公開されたらしい。
にも拘わらず、日本では結局この方式で公開される事はなかった。
それは、もはや70mm映写機がない、この方式を堪能できるような大劇場がない、70mmプリントを製作する労力が大変、そして70mmフィルムを回せる映写技師もいない、との理由からだそうだ。
なるほど、そうか、、、。
我々が映画に夢と憧れを抱き始めスクリーンを見つめていた時代は、大都市圏にはシネラマ方式と呼ばれる70mmシネマスコープを楽しめる大劇場があった。
東京にはテアトル東京、大阪にはOS劇場、そして名古屋には中日シネラマ劇場がど~んと屹立していた。
自分は「2001年宇宙の旅」も「スター・ウォーズ」も「地獄の黙示録」もみんなシネラマの大迫力の中で観たのだ。
それだけに、それらの映画館が次々と姿を消し、ショッピング・モールやパチンコ店に隣接されたシネマコンプレックスでの、利便性と効率化だけが取り柄の無味乾燥で画一された空間で映画を観る事が大勢を占める状況になった事は、時代の流れとは言え寂しいし、この日本では、もはやただの一館もシネラマ方式で映画を観る事が叶わないという現実に(それは映画はフィルム映写ではなくデジタル上映が主流となった証左でもある)、唖然としてしまうのだが、でもね、この記事を書いたライターの岡村尚人氏は、誌上でこの高い4つのハードルについて、それを超えるには何が必要か提示し、コストが幾ら掛かるのか試算してくれるのだ。
それは到底実現不可な数字であり、途方もない労力を伴う事でもあるのだが、そんな突拍子もない事を具体的に算出してしまう姿勢が良いなぁ。
岡村氏は、フィルムとデジタルが共生する道はないかと問う、それは、タランティーノの願いでもあると。
同感である、その道は高く困難でも、映画館で観る映画とはフィルムで投影された光彩の結晶である事に拘り続ける映画ファンは多い筈だから。
角川映画史について言うならば、自分にとっては大林監督のインタビュー記事は大変興味深いものだった。
それは、薬師丸ひろ子や原田知世のデビュー当時の逸話に触れられているから、ではなくて、製作者角川春樹の知られざる一面を知る事が出来たからだ。
角川映画の中で最も印象深い人物、それはひろ子でも知世でもなく角川春樹当人であろう。
私が10代の頃から、角川映画は始まり、それは原作小説とのあからさまな複合型メディア・ビジネスであった訳だが、角川春樹はその仕掛け人であり、広告塔であり、カリスマ・プロデューサーであり、商魂逞しい経営者であった。
ナルシスチックで時代の寵児を気取るような発言は多方面で反発を呼んだし、実際、初期の角川映画は映画ジャーナリズムからクソみそに叩かれていたと思う。
そのエキセントリックで尊大なイメージがある意味払拭されるようなシャイで心優しい意外なエピソードの数々、笑えるし、個人的には新たな一面が窺えてちょっと好感を持ったな(笑)。
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