増村保造、山梨県生まれ(1924年8/25~1986年11/23)、最近、やたらと増村さんのDVDが出ていると思ったら、
生誕90周年だったんですね!おかげで、非常に嬉しいんですけど見る暇がない・・・一応現役で仕事をしているもので・・・、
本書は、以前、ワイズ出版から出ていた単行本が、再編集され、上、下に分けて文庫化されたものです・・これも生誕90周年関係?・・・
ということで、上巻には、増村さん自身の映画評論、作家論、
そして、若尾文子さん、左幸子さん、白坂依志夫さん、新藤兼人さん・・・・ 等、
いわゆる、増村組のメンバー全18人へのインタビューが収録され、最後は、増村組、助監督の座談会で締めくくられています。
増村さんは、東大法学部卒業後(ずっと学年で一番だった、という噂があるくらい頭がよかった)、1957年、大映に助監督で入社、そして、
1952年には1年間イタリア留学・・・本書にも書かれていますが、この体験が映画監督として、大きな礎となったようです・・・・、
帰国後、溝口健二、市川昆の助監督を務め、1957年「くちずけ」で監督デビュー、そして、第2作「青空娘」から20作、
若尾文子さんとコンビを組み、数々の佳作、名作をものにしています。
大映倒産後は、大映テレビを中心に活躍し、ザ・ガードマン、赤のシリーズ、などいわゆる大映ドラマの基礎を作りました。
生涯の作品数は、57作です。本文庫の前半1/3は、増村さんの評論で、この評論を読むと、彼の頭がいいのが、はっきりとわかります。
例えば、黒沢監督に対しては、彼の作品に深さが欠けているのは、彼が思想性のある作家と言われているにもかかわらず、
その知性が豊かではないから、彼の本質は思想家でも小説家でもなく、画家である・・・・、断わっておきますが、
増村さんは決して黒澤監督をけなしているわけではありません!!!
私が長年抱いていた黒澤監督に対する違和感が、これで一気に氷解しました。同じく、師匠の溝口に関する監察にも鋭いものがあります。
そして、後半のインタビュー集、若尾さんの「からっ風野郎」での監督から三島さんへのしごき?に対する感想、
岸田さんの監督に対する見方、・・・・ 興味深いエピソード満載です。増村ファンは必読です!!!
この商品をお持ちですか?
マーケットプレイスに出品する

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません 。詳細はこちら
Kindle Cloud Readerを使い、ブラウザですぐに読むことができます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
映画監督 増村保造の世界〈上〉“映像のマエストロ”映画との格闘の記録1947‐1986 (ワイズ出版映画文庫) 文庫 – 2014/7/1
- 本の長さ713ページ
- 言語日本語
- 出版社ワイズ出版
- 発売日2014/7/1
- ISBN-104898302785
- ISBN-13978-4898302781
この商品を買った人はこんな商品も買っています
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
人間とは何か…人間の“個”としての解放を確固たる論理と強烈な演出で描き続けた映画監督・増村保造の世界。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
増村/保造
1924年、山梨県生。東京大学法学部卒。1947年、大映株式会社に入社後、東京大学文学部哲学科へ再入学。1925年、イタリア国立映画実験センター留学し、フェデリコ・フェリーニ監督、ルキノ・ヴィスコンティ監督等に師事。帰国後、溝口健二監督、市川崑監督の助監督をつとめ、1957年『くちづけ』で監督デビュー。1971年、大映倒産後に藤井浩明、白坂依志夫とともに独立プロダクション「行動社」を設立。1986年11月23日、62歳で死去
藤井/浩明
1927年、岡山県生。早稲田大学文学部英文科卒。大映株式会社に入社後、東京撮影所企画部に配属。1968年企画部長、1971年取締役企画本部長。大映退社後、行動社を設立、映画プロデューサーとして現在に至る(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1924年、山梨県生。東京大学法学部卒。1947年、大映株式会社に入社後、東京大学文学部哲学科へ再入学。1925年、イタリア国立映画実験センター留学し、フェデリコ・フェリーニ監督、ルキノ・ヴィスコンティ監督等に師事。帰国後、溝口健二監督、市川崑監督の助監督をつとめ、1957年『くちづけ』で監督デビュー。1971年、大映倒産後に藤井浩明、白坂依志夫とともに独立プロダクション「行動社」を設立。1986年11月23日、62歳で死去
藤井/浩明
1927年、岡山県生。早稲田大学文学部英文科卒。大映株式会社に入社後、東京撮影所企画部に配属。1968年企画部長、1971年取締役企画本部長。大映退社後、行動社を設立、映画プロデューサーとして現在に至る(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
Kindle化リクエスト
このタイトルのKindle化をご希望の場合、こちらをクリックしてください。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
このタイトルのKindle化をご希望の場合、こちらをクリックしてください。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
カスタマーレビュー
5つ星のうち5.0
星5つ中の5
3 件のグローバル評価
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。