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映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲

 (266)7.71時間30分2001すべて
ある日、春日部で突然「20世紀博」というテーマパークが開催された。昔のテレビ番組や映画、暮らしなどを再現し、懐かしい世界にひたれる遊園地に大人たちは大喜び。でも、しんのすけをはじめとする子供たちには、ちっとも面白くない。毎日のように夢中になって遊びに行く大人たち…。 そのうちにひろしは会社に行かなくなり、みさえは家事をやめ、しんのすけがひまわりの面倒をみる始末。実はこれは、“ケンちゃんチャコちゃん”をリーダーとするグループの、大人だけの楽しい世界を作って時間を止めてしまう、恐るべき“オトナ”帝国化計画だった!(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2001
監督
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ジャンル
アニメキッズ
オーディオ言語
日本語
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レビュー

5つ星のうち4.7

266件のグローバルレーティング

  1. 83%のレビュー結果:星5つ
  2. 8%のレビュー結果:星4つ
  3. 7%のレビュー結果:星3つ
  4. 1%のレビュー結果:星2つ
  5. 1%のレビュー結果:星1つ
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Amazon カスタマー2019/03/16に日本でレビュー済み
5.0/星5つ中
未来と過去の間で
確認済みの購入
私は平成一桁の時代に生まれ、この春から就活を始める者です。この映画を初めて見たのは幼稚園児か小学生くらいの、まったく子どもといった年齢の頃でした。当時は、作中でオトナが懐かしむ昭和の産物自体が何なのかすら分からず、それらはすべて遺産でしかない、そもそも現実に存在したのかすらわからない、そんな見識を前提に見ていたから、ケンらが守りたいものが何なのか、なぜそんなよくわからないものを守ることに大の大人が同調しているのかも理解できませんでした。それから10数年が経ち、いまになってそれが何なのか少しわかったように思います。今、就職を経て名実ともに大人になろうとしている私は、これから自分を待ち受けているであろう様々な艱難辛苦の前に辟易し、この世界が作り出そうとしている未来が何なのかさえ分からず、自分が本当にそうすることで幸せになれるのかも全く分からずに、たくさんの企業に対して自分自身を商品かのように売り込んでいます。我々人類は前進することで本当に幸福になれるのか、そもそも前進とは何なのか、そんな疑念やぶつける先のない不満を抱え、自分の青春であった平成が終わることに名状しがたい淋しさを感じます。友人と中学・高校時代の話をしたり、昔ハマったゲームの話をしてみる時、どうしようもない安寧に近い気持ちを覚えます。「昔は楽しかった」「これから先はずっと大変だけど生きるために働かなくちゃ」そんな言葉が当たり前に口から出て、ふと、これから先の人生には絶望しかないのではないかという失意に満たされます。平成は楽しかったです。新しい機械がたくさん生まれ、それでも体を動かす遊びはやめられず、天災や不況に見舞われながらも、なんとなく楽しく生きていました。私の人生の最盛期は平成とともに終わったのかも知れない、楽しかった平成が終わって、自分の時代が終わって、新しい何かの礎に身を投じていく人生が残っている。「もう一度あの頃に戻れたなら」そう思います。では未来と向き合うことをやめて、ここで時間を止めるのか。ここでやっと、チャコの「死にたくない」に共感できる瞬間がきました。まだ来ていない時代は不安と絶望ばかりかもしれない、でも私は死ぬことも私自身をやめることもできない。未婚の私が、もしかしたらひろしの言う家族がいる幸せに触れることが出来るかもしれない、まだ見ぬ幸せもあるのかもしれない、これからの時代は平成よりもっと楽しいかもしれない、そう思わせてくれる作品でした。昭和から平成へ、平成からその先へ。どの時代が正しいとか、美しいとか、きっとそういうものはなくて、皆思い出という安寧と、未来という不安の狭間に生きているのでしょう。どうか次の時代が、平和で温かい時代であってほしいです。
894人のお客様がこれが役に立ったと考えています
Kosuke2016/10/19に日本でレビュー済み
5.0/星5つ中
”善悪の戦い”ではない、”前後の選択”
確認済みの購入
久しぶりに観ましたが、大変感動しました。以下、極私的レビュー。

 冒頭、「人類の進歩と調和」がテーマの万博を破壊する怪獣と正義のヒーロー「ひろしSUN」が相対するところから、この映画は始まります。そこで描かれているのは善対悪の構造であり、本作のテーマと対置されているようにも見えます。

 確かに、ケンとチャコは、「匂い」を用いて時間という秩序に変革を起こそうとするある種のテロリストであり、野原一家がそれに立ち向かうということからしても、明確に「敵」として描かれています。しかしその一方で、彼らは支配や搾取までを企んでいるのではありません。20世紀という時代に価値を見出し、時を遡る・止めることこそ、人々を幸せにするのであると考えているのです。さらにいえば、「匂い」により「オトナ」となった者たちも、理性的ではないにしても本能的に「オトナ」になることを”選択”しているようにもみえます。とすれば、ケンとチャコは、時の流れに身を委ね「進歩」していく現代社会に対してオルタナティブを提示する指導者、あるいは思想犯なのであって、必ずしも「悪」ではないと見ることもできます。そして、本作の「敵」役がとても魅力的である理由は、ここにあるように思われるのです。

 他方で、ケンとチャコが提示する「帝国」に全く魅力を感じない者たちがいます。春日部防衛隊をはじめとした子どもたちです。懐かしむべき過去をまだ持たないのですから、彼らが過去を志向しないのは当然です。物語は、彼ら、とりわけしんのすけを梃子にして展開していきます。ひろしは、しんのすけの呼びかけと現在の「臭い」をきっかけに自身の立場を変えることになります。ひろしの回想は、この映画のクライマックスの一つであり、実に心揺さぶられます。この回想は、ひろしが「大人」になるにつれて、彼の苦労や困難の描写が増えていきますが、その一方で家族という大きく、しかし日常的な幸福も描かれており、全体としてはとてもポジティブなものとなっています。そして、ひろしは涙ながらに「オトナ」から「大人」へと戻ることを”選択”するのです。

 本作のテーマは善対悪の戦いではありません。子どもを放置して「オトナ」へとなっていくことの道徳的問題は確かにありますが、それは決して主題ではありません。現在を中心として、未来へ進むべきか、過去へ戻るべきかという選択が本作の基本構造になっているのです。とすれば、「オトナ帝国の逆襲」というタイトルとは裏腹に、本作で真に対比されているのは”子どもとおとな”ではなく、むしろ「オトナ帝国」内部の”ケンとひろし”でしょう。映画前半で風間くんが「懐かしいってそんなにいいものなのかな」と言っているように、しんのすけたちには戻る先の過去がない以上、彼らの進むべき方向は常に未来です。しかし、ケンによる「匂い」の開発により、ひろしはじめ「大人」たちは過去か未来かという選択肢を有するに至り、ケンは過去を、ひろしは未来をそれぞれ選択します。

 もっとも、ひろしは悩みなしに未来を選択しているわけではありません。当初、「オトナ」となっていたことはもとより、「大人」へと戻った後も「懐かしさで頭がおかしくなりそうなんだよ!」と心は揺れています。そして、ケンでさえ、自身の立場に全く迷いがないとは言い切れないのではないでしょうか。さもなくば、わざわざ野原一家を自宅に招き入れ、勝負の場を用意するようなことはしなかったでしょうし、無慈悲に「匂い」を拡散させていたはずです。

 私が本作に強く魅了されたのは、この「大人」たちの割り切れなさという点にあります。家族想いのひろしでさえ、「イェスタデイワンスモア」首謀者のケンでさえ、己の立場に絶対の自信を持てないのです。過去の持つ価値を決して否定せず、また未来が希望に満ちあふれているとの全肯定もせず、あくまで中立的に「大人」の迷いあるいは弱さを正面から認めているところがとても人間的で、ここに制作者のある種の公平さが感じられます。それが本作の結末・メッセージをより一層説得力のあるものにしているのだと思います。すなわち、”それでもなお”未来は素晴らしいのであると。

 さて、現実においては時を止める・遡ることなどおよそ不可能です。だからこそ、懐古は趣味にとどまっていられます。本作では、過去が選択可能であったならばどうなるかという仮想的・実験的なifが舞台となり、「大人」たちは、過去か未来かという比較不能な価値の間でギリギリの衡量を迫られます。もし仮に「イエスタデイワンスモア」が私たちの前に現れたなら、私たちはひろしやみさえのように「匂い」に抗うことはできるでしょうか。「あの頃に戻れたならな」と考えてしまうのは人の常です。本作においてしんのすけは、未来を象徴しています。そのしんのすけがボロボロになりながらも家族と自分自身のためにタワーを駆け上るクライマックスシーンを観ているとき、未来を生きていく上での難渋、それでも前へ進むことの意義、過去への執着・未練といった様々な考えが頭の中でごった煮になり、涙を流さずにはいられませんでした。「匂い」がなくなってしまった後、別の方法で時を止めようとするケンとチャコにしんのすけが放った言葉は、二人にとって――そして私にとっても――図らずもドキッとしてしまうものでした。それは、趣味としての懐古にかまけて上記の難題に背を向ける現実の「オトナ」たちにもまた響くのでしょう。
 
745人のお客様がこれが役に立ったと考えています
齋藤弥市2017/10/18に日本でレビュー済み
5.0/星5つ中
人生を豊かに彩ってくれる至高のアニメ作品。
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☆1つを付けている人間が居る事に吃驚した。
展開がご都合主義と感じる部分はクレヨンしんちゃんの映画としてのフォーマットも大事にしているからでしょう。
そして、その方が何故か批判的に書いているこの作品の寓話性、そこからこそ大事なことを読み取るべきだと思う。
物語を軽んじてはいけない。人間は物語の中でしか生きられないから。

そして、この作品の真のテーマはきっと「家族」では無いのだと思う。
その証拠に中盤から後半にかけて明らかにヒロシが主人公になっているが、映画が始まって1時間9分後くらいの
わずかな時間に「何故か」作り手が初めてヒロシの心象を描いていないカットがある。(子供向けのアニメ映画なのに!)
それは描いてしまったら上辺で描いている「家族愛」が成り立たなくなってしまうから。あのオート三輪に乗っている時、ヒロシはなおも家族を棄てたい衝動に駆られてしまっていたのだ。
つまりこの作品、「心の葛藤」こそが真のテーマなのではないかと。

しんちゃんも「ケンカしたり頭にきたりしても一緒がいいから」と言っているが、彼ですらケンカや頭にくることがあるたびに家族や自分の立場を棄ててしまいたい衝動に駆られることがあるのだ。
だからこそラストでケンとチャコが葛藤していくことを放棄しようとした時、しんちゃんは叫んだのだ。

「ずるいぞ!!!」と。

葛藤していくことを受け入れることこそが「生きていく」ということ、というメッセージだと僕は受け取った。
決してくだらなくなんかない、素晴らしい作品です。
190人のお客様がこれが役に立ったと考えています
Amazon カスタマー2019/03/13に日本でレビュー済み
5.0/星5つ中
最高の映画
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2019年3月13日現在、星5が脅威の78%
私も文句なしに星5を付けられるが、他の人も同じ気持ちに違いない。
とにかく泣ける、感動する。子供向けアニメとは思われないほど哲学性(過去と未来の問題、なぜ「懐かしさ」はこんなにわれわれを支配するかについての問題)に溢れている。
けだし21世紀はネガティブな時代である。国民全体での夢というものがない。国民全体で熱狂し、感動できる出来事がない。「豊か」だけど、「豊か」じゃない(スマホ、パソコン、テレビ、美味しい食べ物など「モノ」は豊かだが、夢がない、将来が不安、良いことがない)。だけど、私は21世紀(未来)を生きたいと思う。21世紀の日本社会は必ず良くなるはずだから。
60人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レイヴン2019/03/11に日本でレビュー済み
5.0/星5つ中
子供の頃に見て、大人になってから見て、しんのすけの言う言葉が理解できる映画
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子供の頃、この映画を見て率直な感想は、風間くんの言う言葉の通りだった。
懐かしいってそんなに良い物なのかな。子供の頃には無限の可能性があって、目の前の物、人、自分の行動にすら未来があると信じていた。無条件に。
大人になっていつの間にか擦れていって、未来に何の希望も抱く事が出来なくて、大人になんてなりたくなかったと言う程の今の大人が、果たしてしんのすけ達の言葉と正面から向かい合う事が出来るだろうか?
彼は未来と言う希望だ、小さいころ、自分たちが無邪気にまっすぐに突き進んでいた頃の未来だったんだと。
大人になって、未来を創る力を手にしたのに、子供の言う事にすら自分たちは向き合えなくなっている。
果たしてそんな自分が正しいのだろうか?ふと、過去の無邪気な自分を思い出す一作です。
もう一度この映画を見て、大人になって失ってしまった何かを取り戻せるようになりたい………そう思わせてくれました。
52人のお客様がこれが役に立ったと考えています
Amazon カスタマー2016/08/30に日本でレビュー済み
5.0/星5つ中
世界で最も有意義な一時間半
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最もクレヨンしんちゃんがクレヨンしんちゃんをしている映画の一つ、と言っても過言ではないだろう。
コミカルに見えるが、その場にいる誰もが全力を尽くして目標に向かっている。
家族と幸せになるためには、みんなと幸せな生活を営むには大きな努力が必要となる。
しかしその先でこそ誰もが笑っていられる未来があるのだと教えてくれる。
なんだか安っぽい感想に思えるかもしれないが、本当にそう思えた。
ちょっと何かにつかれている人、未来が見えない人、先のことが不安な人。
そういう人にはぜひ見て欲しい。
未来を生きる希望のにおいが、貴方の鼻孔をくすぐってくれるはずだ。
119人のお客様がこれが役に立ったと考えています
楚々2019/05/04に日本でレビュー済み
5.0/星5つ中
大人になりたい、そう思えるような世の中に
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 物語冒頭で風間くんが「懐かしいってそんなにいいものなのかな」と呟きます。懐かしいって一見正の感情に見えますけど、負の感情にも捉えられるんですよね。懐かしさ、それは言ってしまえば現在抱える問題や葛藤によって生まれた空虚な穴。だからそれを埋めようと、過去の輝かしい時を振り返り、その穴を埋めようとする。でも、それだと前には進まない。それでは停滞したまま進んでいかない。なら、懐かしさとは人を停滞させてしまうような、そんな負の感情なのか。
 違いますよね。ひろしの回想では、お父さんと釣りに行った日々、学生の頃の苦い失恋、みさえとの恋愛、仕事で失敗して居酒屋で同僚たちが励ましてくれる、そして家庭を持つ。そんな回想がありました。あのお父さんがいたから、失恋があったから、みさえと出会えたから、しんちゃんやひまわりやシロがいる幸せを感じられる。懐かしさは今の幸せを味わうためにもあるんです。
 でも、将来への不安だったり、現在が全く幸せじゃなかったりと、過去に縋りつきたい時があるんです。その過去に溺れて、輝かしい未来が待っているはずのあの場所に戻りたい。大人になるって、こんなにもつまらないものだったんだ、なんて感情を抱いたりします。
 きっと、大人の役割とか責任というのは、子供に大人になりたいと思わせることなんじゃないかって思います。未來がつまらないものならば、子供はきっと大人になりたくない。だからイエスタデイワンスモアは子供のまま、あの優しい夕焼けの世界で生きたかったんだと思います。だけど、しんちゃんは終盤で、大人になりたいと言いました。これはきっと、ひろしやみさえの夫婦漫才や和気藹々とした空気をその身に受けて、自分も早く大人になりたいと思ったんだと思います。その意味では、ひろしとみさえは大人の役割を果たしているんだと思います。
 随分前の作品なのに、平成から令和という年号が変わっているのに、考えさせられることには枚挙に暇がないです。果たして、自分は子供に未来を生きたいと思わせられるような大人になっているだろうか。イエスタデイワンスモアが求めていた、心ある人間になれていただろうか。素晴らしい作品だと思う反面、身につまされる思いのする少しビターな作品でした。
24人のお客様がこれが役に立ったと考えています
キュン2019/04/09に日本でレビュー済み
5.0/星5つ中
平成アニメ史に残る最高傑作
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平成元年に生まれた私にとって、クレヨンしんちゃんは物心つく前から慣れ親しんでいた作品です。

この作品をリアルタイムで映画館で観たとき、私は11歳。
しんのすけよりかは幾分かお兄さんでしたが、当時はまだまだ子ども寄りの視点でこの作品を観ていました。
もちろん子どもながらに非常に楽しみながら観ましたが、この作品のもう一つの意味に気付くことはありませんでした。

そして長かった平成も終わろうとしている今。私は29歳。
平成最後の日である平成31年4月30日に入籍を控えています。
そんな中で改めてこの作品を観たら、すっかり視点が大人側になってしまったのを実感しました。

もう数年後、令和の時分にこの作品を、自分の子どもと一緒にもう一度観たら、私は何を感じるでしょうか。
ケンとチャコに感情移入してしまうのでしょうか。
それとも未来へ向けて自信を持って足を踏み出せているでしょうか。

公開から18年。今なお色褪せない名作を、もう一度違う立場で観られる日を、楽しみにしています。
17人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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