静謐感。透明感。澄んだ雰囲気で綴られる日本人青年とカナダ人少女の物語。
時間軸と平行するのはフリースタイルスキーの歴史。黎明期の輝きや情熱、フ
リースタイルスキーがオリンピック競技となるまでの混乱と荒波、翻弄される者
たちの様子までもが静謐感の中で表現されているように感じる。
自分はまだKindle版しかないこの作品をスマートフォンで読んだ。静かな夜、
遠くからほんのかすかに静かな蛙の鳴き声が聞こえていた。著者はブログに「最
後の四分の一くらいは、ぜひ静かなところで、じっくりとお読みいただけました
ら幸いです」と書いている。著者のその言葉は忘れていたが、作品の後半を読み
進めるうちに窓を閉め、完璧な静寂の中で作品を読み終えた。PCでもソフトを入
れれば読むことはできるが、無音PCでなければ勧められない。少なくとも自分は
ファンの音が作品の静謐感を損ねるように感じた。
著者はノンフィクションで受賞歴のある作家にしてフリースタイルスキー黎明
期からのフリースタイラー。エピソードのいくつかは著者の体験に基づいて書か
れている。雑誌やネットで知っていたエピソードをこの作品で再読することによ
り、現実感が増し、自分はあたかもこの作品がノンフィクションであるかのよう
に感じ、どうかこの悲しい話はフィクションであってくれと祈るような気持ちで
後半を読んだ。涙で活字は滲み、鼻の奥にツンとした刺激を感じた。かろうじて
落涙をまぬがれたが、もしもいかなるエピソードも知らずにこの作品を読んだな
ら落涙を禁じ得なかっただろう。
静謐感と悲しみ。この作品を印象付けるのはそれだけではないが、それを言葉
にはしたくない。それをすることはこの作品をまだ読んでいない方と、作品その
ものへの冒涜に感じられるから。
勿論、「この言葉にはこんな思いが込められているのではないか」、「この表
現は著者のあのときの体験が下敷きにあるのではないか」と語りたい衝動はあ
る。しかしそれはこの作品の感想が様々なところで語られるようになってからに
しようと思う。
世の中に広く知られる作品となって欲しい。著者のエピソードを知る人、知ら
ない人、多くの方に読んで欲しい。この文章がその妨げとならないことを願う。
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