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日本語の歴史 (岩波新書) 新書 – 2006/5/19

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

現代の日本語はどのようにして出来上がってきたのだろうか。やまとことばと漢字との出会い、日本語文の誕生、係り結びはなぜ消えたか、江戸言葉の登場、言文一致体を生み出すための苦闘…。「話し言葉」と「書き言葉」のせめぎあいからとらえた日本語の歴史。誰にでも納得のいくように、めりはりの利いた語り口で、今、説き明かされる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

山口/仲美
1943年静岡県生まれ。お茶の水女子大学卒業、東京大学大学院修士課程修了、文学博士。埼玉大学教授。専攻、日本語学(日本語史、擬声語研究)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


登録情報

  • 新書: 230ページ
  • 出版社: 岩波書店 (2006/5/19)
  • ISBN-10: 4004310180
  • ISBN-13: 978-4004310181
  • 発売日: 2006/5/19
  • 商品パッケージの寸法: 17.2 x 10.6 x 1.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.4 33件のカスタマーレビュー
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形式: 新書
 タイトル通り日本語の変遷を奈良時代から現代にいたるまでコンパクトにまとめた一冊です。
 本書冒頭で著者は「日本語の歴史を知りたいと思っても、実は一般向けに分かりやすく興味を持てるように書かれた本が、残念ながら、今のところ出ていません」と記しています。類書がないというのは言いすぎではないかとは思うものの、本書が大変分かりやすい書であることは確かです。新書が百花繚乱というか玉石混交という昨今、さすが岩波新書といえる、信頼のおける内容で、安心して読めたというのが率直な感想です。

 千年以上にわたる日本語の変遷を見ていく上で、どこに焦点を当てるかは迷うところですが、本書は時代ごとに特色を次のように区分してみせます。
 隣国から導入した漢字という異文化を自家薬籠中の物としていこうとした奈良時代。
 仮名を生み出したことによって新たな文体を生んだ平安時代。
 貴族社会から武家社会への移行が係り結びなどの文法の変化をもたらした室町時代。
 政治の中心が江戸に移って発音や語彙の近代化が進んだ徳川時代。
 そして幾度も挫折の危機に直面しながら言文一致体を達成した明治・大正時代。
 気の遠くなるような時間を経て現代の日本語へとたどり着いたこの歴史を顧みると、先人たちの言葉に対する苦闘の跡がしのばれます。
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形式: 新書
 読みやすいのはいいけれど、この著者、音声学に関しては勉強不足。特に、132ページから133ページにかけて、現代と江戸時代の発音に関して「じ・ぢ」はともに[dろi]だけ、「ず・づ」もともに[dzu]だけとくりかえし述べているが、それはまちがい。音声記号で[d]は、発音の際、舌先が歯茎に接触することを意味している。現代語では語頭の場合や撥音「ん」、促音「っ」のあとなら、その「じ・ぢ」「ず・づ」は舌先が歯茎に接触する[dろi][dzu]の発音(破擦音)になる。しかし、それ以外の場合、舌先が歯茎に接触しない発音[ろi][zu](摩擦音)になるのが普通。例えば、「じじい」という単語の場合、一音目の「じ」は舌先が歯茎につくことが多いはずだか、二音目の「じ」は舌先が歯茎につかないのが普通。つまり、現代日本語の「じ・ぢ」「ず・づ」の四文字にはそれぞれ二種類の音があり、無意識のうちにその音の現れる環境の中で発音し分けている。ただし、「現代仮名遣い」ではそれを例えば舌先がつく「ジ」は「ぢ」で書くとか、舌先のつかない「ジ」は「じ」と書くというようにはしていないということ。江戸時代の『蜆縮涼鼓集』においても、「ぢ」「づ」は舌先が歯茎につく、「じ」「ず」は舌先がつかない、これをわきまえて書けといっている。でも、実際には聞き分けができなくなるとともに、発音も、その違いのわかる前の世代に比べて、語頭以外の破擦...続きを読む ›
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形式: 新書
非常に面白い本である。日本語の変遷が時代毎に説明されており、上代の日本語がどのように現在の日本語へと変化していったのかをざっと見通すことができる。特に鎌倉・室町時代における文の構造の変化に関する説明は非常にわくわくさせられた。本書を読んで、より詳しく日本語の歴史について知りたいと思うようになった。類書を探してより深く学んでみたいと思っている。

しかし、一方で、本書を読んでいて私は随所に違和感を感じてしまった。私は、この本の著者は非常に思い込みの強い人間であると感じた。そして、その思い込みと私の考えが必ずしも合わないことが多く、それが読んでいてひっかかったのである。それらは本書の内容には直接関係のない部分であるため、なお一層残念に感じられた。これは多分に個人的な好みの問題であると思うが、私には苦手なタイプの文章であった。

例えば、序章に
「世界中の言語がすべて英語だけに統一されてしまったとします。すると、どの地域からも英語という糸で織り成される織物しか出来てきません。それぞれの地域のもっていた独特の風合いが失われ、どの地域に行っても、どこに住んでも、同じ織物しかないのです。ということは、異なる織物同士の間で競争したり、刺激あったりすることがないということです。人は、努力をしなくなります。人類の文化そのものが痩せて廃れていきます。一
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形式: 新書 Amazonで購入
本書は通時的にトピックをかいつまみ、雑学的に興味深いことを多く伝えており、それなりにおもしろい(係り結びの消滅は、格助詞で論理関係を明示していく構造への日本語の推移を意味した等)。だが著者の各種「意見」を目にするとき、「え?」ということも多かった。

特に最後、著者は熱心に言文一致を擁護するが、その意図がわからない。「油断をすると、書き言葉はつねに話し言葉から離れようとします」(211頁)。「せっかく長い時間をかけて昔の日本人が勝ち取った言文一致の成果を大事にしたい、そう思っています」(212頁)。確かに言文一致は大きなコストをかけて成ったものだろうけど、著者自身は言文不一致の状況を生きたことはないのに、なんとなく明治の人の苦心に自分を重ね、言文不一致だと困るだろうという憶測だけで論じている風である。明治の人が切り捨てた漢文的伝統への愛惜も、著者には一つもないらしい。さらに漢字に読み方が多いことや、語彙の多さを日本語の問題とし、同音異義語を「整理」する必要があるという。整理って、語彙や読み方を制限することですか?

「日本語は、その時代に合わせて姿を変えてきています。私たちが日本語をどうしたいか、どうすべきなのかという考え方一つで変えることの出来る面があるのです。」(220頁)と著者。確かに言文一致成立史をみるとそんな気はする(坪内逍遥が二葉
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