富士山自体が神様であるということ。つまりこの山を畏敬の念で見ることです。
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日本人はなぜ富士山を求めるのか: 富士講と山岳信仰の原点 (徳間ポケット 20) 単行本 – 2013/9/24
島田裕巳
(著)
新幹線の車窓、雲の切れ目、銭湯の壁画。私たち日本人が、富士山を見ると心躍らせてしまうのはなぜなのか。それは、富士山には特別な「ご利益」があるからだ。古くは奈良時代から歌や絵に書かれ、平安時代からは密教や修験道と結びつきながら信仰の対象として崇拝されてきた。江戸時代になると行かずに拝む「富士講」が発展して、庶民からも圧倒的な信仰を集めた。「信仰のテーマパーク」富士山の歴史を紐解き日本人の「富士山好き」の謎を読み解く。
- 本の長さ223ページ
- 言語日本語
- 出版社徳間書店
- 発売日2013/9/24
- ISBN-104198636745
- ISBN-13978-4198636746
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商品の説明
著者について
1953年生まれ、東京都生まれ。宗教学者、作家。東京大学大学院人文科学研究会博士課程終了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。著書に『神道はなぜ教えがないのか』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『葬式は、要らない』など多数。
登録情報
- 出版社 : 徳間書店 (2013/9/24)
- 発売日 : 2013/9/24
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 223ページ
- ISBN-10 : 4198636745
- ISBN-13 : 978-4198636746
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,129,367位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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宗教学者、作家。東京大学文学部卒業、同大学大学院人文科学研究会博士課程修了(専攻は宗教学)。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。
現代における宗教現象、新宗教運動、世界の宗教、葬式を中心とした冠婚葬祭など、宗教現象については幅広く扱う。
カスタマーレビュー
星5つ中4.6つ
5つのうち4.6つ
3グローバルレーティング
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2014年4月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
もともと江戸時代の冨士講とか神社の富士塚に興味があり、手にとりましたが、本書は富士山がなぜ他の山と違う存在になっていったのか、を山岳自然信仰、神仏習合、平安時代の密教伝来など、歴史を含むさまざまな角度から、解き明かしてくれる視野の広い一冊でした。
あたかもいろいろな方角から富士山にのぼるように、その全貌が見えてくる感じです。
興味深かったいくつかの点をあげます。ことに二章では「更級日記」のころには本当に噴煙をあげていたこと、歌舞伎のなかの富士山、銭湯の絵、と芸術的側面をたどり、そして世界遺産となるにいたった理由が「芸術」「巡礼」の両面であることをあげています。宗教面では、浅間神社の由来、ご神体としての富士山の解説から、神道ではもともと宮がなく、山自体を遠くから拝んでおり、祭りのみが存在したこと、など神道と仏教の違いに入ってゆきます。
三章では神仏習合の歴史、廃仏希釈の影響の下の富士山をとりあげますが、西欧のキリスト教世界ではなぜ山岳信仰が存在しなかったのか、また「岩陰」に神を見る日本の神道のありかたなど、あちことに興味深い視点がちりばめられています。
四章は富士山における修験道の展開を述べており、修験道こそは神仏習合の徹底した形態であったため明治政府に弾圧されたこと、修験道のルーツには密教があったこと、修験道独特の、日本にしかない習合の神が「権現」であること、山伏はへめぐる者であったため、「勧進帳」で義経主従が身をやつすのに適していただけでなく、山伏の呪力はおそれられており、弁慶らはそれで富樫を恫喝して通ろうとしたこと、など著者の広い視野からの語り口に引き込まれます。
そして、なんとも面白かったのが第五章「信仰のテーマパーク」です。富士山自体に巡礼を救済するさまざまな仕掛けがあり(これは仏教的なものであり、神道には救済という発想はないとのこと)、山頂の浄土やふもとの人穴(地獄)、胎内樹型(戒壇めぐりのようなものだが、自然の洞窟)、「お鉢めぐり」「中道めぐり」、そして富士塚などがまとめられています。これらの多くは「世界遺産」の中に含まれているのだそうです。お伊勢まいりと同じように、富士参りにも御師がいて、物見遊山的なツアコンの役目を引き受けていたことも。
本書は富士山そのものだけでなく、日本人の信仰のありかたの象徴としての富士山を解き明かすことで、日本人の宗教心のありかたをも照らしだします。
新宗教について触れた最終章もあります。
なぜ「世界遺産」になったのか、霊峰富士の歴史的・精神的存在の意味が彫り深くたちあげられた一冊です。
あたかもいろいろな方角から富士山にのぼるように、その全貌が見えてくる感じです。
興味深かったいくつかの点をあげます。ことに二章では「更級日記」のころには本当に噴煙をあげていたこと、歌舞伎のなかの富士山、銭湯の絵、と芸術的側面をたどり、そして世界遺産となるにいたった理由が「芸術」「巡礼」の両面であることをあげています。宗教面では、浅間神社の由来、ご神体としての富士山の解説から、神道ではもともと宮がなく、山自体を遠くから拝んでおり、祭りのみが存在したこと、など神道と仏教の違いに入ってゆきます。
三章では神仏習合の歴史、廃仏希釈の影響の下の富士山をとりあげますが、西欧のキリスト教世界ではなぜ山岳信仰が存在しなかったのか、また「岩陰」に神を見る日本の神道のありかたなど、あちことに興味深い視点がちりばめられています。
四章は富士山における修験道の展開を述べており、修験道こそは神仏習合の徹底した形態であったため明治政府に弾圧されたこと、修験道のルーツには密教があったこと、修験道独特の、日本にしかない習合の神が「権現」であること、山伏はへめぐる者であったため、「勧進帳」で義経主従が身をやつすのに適していただけでなく、山伏の呪力はおそれられており、弁慶らはそれで富樫を恫喝して通ろうとしたこと、など著者の広い視野からの語り口に引き込まれます。
そして、なんとも面白かったのが第五章「信仰のテーマパーク」です。富士山自体に巡礼を救済するさまざまな仕掛けがあり(これは仏教的なものであり、神道には救済という発想はないとのこと)、山頂の浄土やふもとの人穴(地獄)、胎内樹型(戒壇めぐりのようなものだが、自然の洞窟)、「お鉢めぐり」「中道めぐり」、そして富士塚などがまとめられています。これらの多くは「世界遺産」の中に含まれているのだそうです。お伊勢まいりと同じように、富士参りにも御師がいて、物見遊山的なツアコンの役目を引き受けていたことも。
本書は富士山そのものだけでなく、日本人の信仰のありかたの象徴としての富士山を解き明かすことで、日本人の宗教心のありかたをも照らしだします。
新宗教について触れた最終章もあります。
なぜ「世界遺産」になったのか、霊峰富士の歴史的・精神的存在の意味が彫り深くたちあげられた一冊です。
