『日本を創った12人(後編)』(堺屋太一著、PHP新書)に収められている「石田梅岩(ばいがん)――『勤勉と倹約』の庶民哲学」のおかげで、石田梅岩という人物の本質を知ることができました。
「石田梅岩は『石門心学』の始祖である。石門心学とは、『石田派の心の学』の意味だ。現在ではさほど知られていないが、その門流の講釈所『心学塾』は、江戸時代の後半から明治初期まで全国にあり、大きな勢力を持った精神修養団体だった。もちろん武士や大名も参加したが、石門心学の説く清廉で勤勉な精神は圧倒的に庶民の中に広まり、『勤勉と倹約』という町人哲学を生み出した」。
「(商家)奉公引退後の享保14(1729)年、45歳の時、初めて京都車屋町の自宅に心学の塾を開いた。当時の45歳というと隠居の年齢であり、現代の感覚でいうと60歳近くなって定年退職した後に私塾を開いたような感じだろう。これから60歳で世を去るまでの約15年間、塾の先生として門弟の指導もすれば著作もするという人生を送った」。
梅岩が説いたのは何だったのでしょうか。「まさに勤勉に働くこと、倹約して清貧に生きること。そして勤勉と倹約の2つを両立させるにはどうずべきか、という問題への解答だった。単に勤勉だけでなく、同時に倹約を説き、その両立を目指す倫理を発表したところが重要である。その根源は、彼が独自に考えた『諸業即修行』に集約できる。勤勉に働くことは人生修行だ、というのである」。
「梅岩の著作『倹約斉家論』や、門人との共著『都鄙問答』、弟子の質問に対する答えを弟子が記録した『石田先生語録』は、結局のところ『勤勉に働けば人格修行になる』ということを繰り返し述べている」。
「それまで女性を対象にした学校などはなかったが、石門心学が女性を歓迎したのは驚くべき進歩性である」。
石門心学の紹介で終わっていないのは、さすが堺屋太一です。「石田梅岩という風変わりな商家の番頭がはじめた心学の思想は、その後の日本と日本人に大きな影響を残しており、今日の激しい時代変化の中でも考えるべき課題となっている。・・・享保時代の統制社会の中で庶民の知恵として興った石門心学は、まさに日本人がつくり出したきわめて独創性豊かな哲学である。今や、われわれは生産性が高くなり、豊かになった。そのわれわれに必要なのは、石田梅岩の哲学を超える新しい倫理と美意識である」。
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日本を創った12人 後編 (PHP新書 6) 新書 – 1997/5/1
堺屋 太一
(著)
- ISBN-104569553893
- ISBN-13978-4569553894
- 出版社PHP研究所
- 発売日1997/5/1
- 言語日本語
- 本の長さ224ページ
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登録情報
- 出版社 : PHP研究所 (1997/5/1)
- 発売日 : 1997/5/1
- 言語 : 日本語
- 新書 : 224ページ
- ISBN-10 : 4569553893
- ISBN-13 : 978-4569553894
- Amazon 売れ筋ランキング: - 412,935位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,047位PHP新書
- - 20,100位歴史・地理 (本)
- - 61,118位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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作家、元経済企画庁長官。1935年大阪府生まれ。60年東京大学経済学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。62年の通商白書で「水平分業論」 を展開して注目され、70年には日本万国博覧会を手がけた。78年同省を退官し、作家としての執筆活動を開始。98年7月から2000年12月まで、小渕 恵三内閣、森喜朗内閣で経済企画庁長官を務めた(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『東大講義録 文明を解く』(ISBN-10:4532195632)が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2020年1月2日に日本でレビュー済み
2013年2月26日に日本でレビュー済み
後編はちょっと意外な以下の6人。
1.石田梅岩
元禄時代になると経済発展が頭打ちになり、投資不足の資金過剰となり、歌舞伎や文楽などが流行した。やがて享保の改革で縮小均衡へ向かう。今のように、生産過剰を輸出に向けることもできない。となると贅沢を薦めるか(需要創出)、勤勉をやめて余暇を楽しむか(生産調整)。しかし、倹約令ゆえに贅沢はできないし、勤勉も捨てられない。梅岩は、勤勉と清貧を説く。勤勉に働くことは人生修業、という思想。長時間労働で生産性が下がろうとも、それでも働くことに意味を見出す。働くことを目的化し「遊んでいるのはもったいない」という思想。宗教的熱心さや知識習得に邁進して清貧を保つという思想はめずらしくないが、生産そのものへの勤勉さと清貧を両立させる思想はめずらしい。生産性度外視の人生修業なので人の気がつかない細部にすらこだわるし、それができる人が高潔とされた。日本的美意識だが、日本のコスト高の一因ともなった。世界一人件費が高い国になってしまうと、細部に拘る思想だけが残り高コスト社会となる。しかも、丁寧な作りでない商品を製造している人は人格下劣とみなされる。このため、日本企業(特に大企業)は廉価品を作りたがらない。日本市場が閉鎖的といわれるのは、日本人が細部の丁寧さを要求するから。しかも、日本人は余暇を楽しむのが下手(なにしろ、遊んでいるのはもったいない)。規制緩和して自由競争社会を作るためには、ある程度のルーズさを許容すべき。
2.大久保利通
産業革命を起こしたイギリスでは、多くのガラクタが発明されている。寝ながらコーヒーを飲める機械とか。詐欺まがいの商売も多く、100年の紆余曲折により良い物が残り近代工業が発達した(消費者主権)。後発のドイツ(ビスマルク)は、その結果をみて良い物だけを取り入れて工業化する。イギリスの前例に詳しい官僚と大学教授が産業を方向づける。大久保はこのやり方を取り入れる。内務卿となり、外国技術を紹介してこれを国民に作らせる。ところが大久保や山県有朋などの大物政治家が死ぬと、横の調整ができなくなり、官僚機構の縦割りだけが残る。あちこちの省庁が規制をかけるのでコスト高になる。各省庁が自分のセクションを固守しようとするため、外交交渉がうまく行かなくなる。ドイツと日本が世界を敵に回したのもこのあたりに遠因がある。大久保のおかげで発展したが、大久保の残した官僚システムに苦しめられてもいる。
3.渋沢栄一
渋沢栄一は数百の企業に関与し、共同出資の環境を作った。これが「財界」の礎となる。岩崎弥太郎の三菱は、三菱本社が株主(ヘッドクォーター)となり、傘下企業から利益をいったん吸い上げて、次の事業を興していく形態。傘下企業群は、出資者が共通するものの、基本的には独立経営体。一方、渋沢栄一は、会社は一人のものでなく、みんなで出資しあってみんなでもつべきという考え方。渋沢は「顔役」であり、どこか一つの事業に賭けることはしない。渋沢は雇われ経営者のグループとして財界をつくった。この合本主義思想は護送船団方式につながる。特定の会社だけ経営がうまくいき、それ以外の企業が困る、ということがないように、財界で調整することを考える。
4.マッカーサー
日本の大家族制度を階級制度とみなし(その最たるものが天皇制という考え方)、「平等」を押し広げようとする。再び軍国主義にならないように精神主義を否定。アメリカの豊かさに感服させようとする。これが唯物主義的価値観、ひいては効率重視の価値観につながっていく。平等主義は結果の平等につながり、年功序列などの「自由のない平等」につながっていく。特攻隊のような死を恐れぬ国民性を変えるため「安全・清潔」も広めようとするが、これが過度の安全基準、官僚統制へとつながっていく。効率重視は物量崇拝、金銭崇拝の風潮を生む。
5.池田勇人
所得倍増計画により「経済大国」を日本の理想に据えた。官僚として出世は遅かったが、終戦時にGHQが公職追放を行ったことで、急速に出世する(吉田茂の独裁癖による引き上げも大きい)。安保闘争で倒れた岸内閣のスキームの中にあるが、外交らしいことはやらない。外交無策で、安保体制の中で静かにしてればいい、という政治。その一方、アメリカン・ライフを美化し、対米追随を正当化した。所得倍増計画は、官僚主導計画経済でもあるので、官僚主導体制が強化され、政官財の癒着も定着する。
6.松下幸之助
最初の製品は二股ソケットだが、当時、ソケット1つでいくら、という電気料金体系であったため、二股ソケットだと得をする、ということで売れた。昭和初期は、都市労働者は農家の次男坊・三男坊なので、いつでも田舎に戻って農業ができるのだから問題ない(という理由づけで)、簡単にクビにできた。サラリーマンは浮草稼業だった。幸之助は、昭和恐慌でも従業員を解雇せず、「企業が従業員の人生に責任をもつ」という発想を実行した。ダム式経営を提唱し、内部留保優先主義・低配当を肯定。経営者として成功しつつ、哲学者・改革提唱者としても活動したので「経営者は偉い」という風潮が生まれた。日本では、審議会や国際行事などでトップに経営者が就くのが通例だが、戦前は経営者は私益が仕事と考えられていたためこういう会のトップにつくことはなく、貴族や軍人、議員経験者などがトップについていた。外国でも王族や退役軍人、あるいは、企業経営から離れた資本家(ロックフェラーなど)が委員になる。
1.石田梅岩
元禄時代になると経済発展が頭打ちになり、投資不足の資金過剰となり、歌舞伎や文楽などが流行した。やがて享保の改革で縮小均衡へ向かう。今のように、生産過剰を輸出に向けることもできない。となると贅沢を薦めるか(需要創出)、勤勉をやめて余暇を楽しむか(生産調整)。しかし、倹約令ゆえに贅沢はできないし、勤勉も捨てられない。梅岩は、勤勉と清貧を説く。勤勉に働くことは人生修業、という思想。長時間労働で生産性が下がろうとも、それでも働くことに意味を見出す。働くことを目的化し「遊んでいるのはもったいない」という思想。宗教的熱心さや知識習得に邁進して清貧を保つという思想はめずらしくないが、生産そのものへの勤勉さと清貧を両立させる思想はめずらしい。生産性度外視の人生修業なので人の気がつかない細部にすらこだわるし、それができる人が高潔とされた。日本的美意識だが、日本のコスト高の一因ともなった。世界一人件費が高い国になってしまうと、細部に拘る思想だけが残り高コスト社会となる。しかも、丁寧な作りでない商品を製造している人は人格下劣とみなされる。このため、日本企業(特に大企業)は廉価品を作りたがらない。日本市場が閉鎖的といわれるのは、日本人が細部の丁寧さを要求するから。しかも、日本人は余暇を楽しむのが下手(なにしろ、遊んでいるのはもったいない)。規制緩和して自由競争社会を作るためには、ある程度のルーズさを許容すべき。
2.大久保利通
産業革命を起こしたイギリスでは、多くのガラクタが発明されている。寝ながらコーヒーを飲める機械とか。詐欺まがいの商売も多く、100年の紆余曲折により良い物が残り近代工業が発達した(消費者主権)。後発のドイツ(ビスマルク)は、その結果をみて良い物だけを取り入れて工業化する。イギリスの前例に詳しい官僚と大学教授が産業を方向づける。大久保はこのやり方を取り入れる。内務卿となり、外国技術を紹介してこれを国民に作らせる。ところが大久保や山県有朋などの大物政治家が死ぬと、横の調整ができなくなり、官僚機構の縦割りだけが残る。あちこちの省庁が規制をかけるのでコスト高になる。各省庁が自分のセクションを固守しようとするため、外交交渉がうまく行かなくなる。ドイツと日本が世界を敵に回したのもこのあたりに遠因がある。大久保のおかげで発展したが、大久保の残した官僚システムに苦しめられてもいる。
3.渋沢栄一
渋沢栄一は数百の企業に関与し、共同出資の環境を作った。これが「財界」の礎となる。岩崎弥太郎の三菱は、三菱本社が株主(ヘッドクォーター)となり、傘下企業から利益をいったん吸い上げて、次の事業を興していく形態。傘下企業群は、出資者が共通するものの、基本的には独立経営体。一方、渋沢栄一は、会社は一人のものでなく、みんなで出資しあってみんなでもつべきという考え方。渋沢は「顔役」であり、どこか一つの事業に賭けることはしない。渋沢は雇われ経営者のグループとして財界をつくった。この合本主義思想は護送船団方式につながる。特定の会社だけ経営がうまくいき、それ以外の企業が困る、ということがないように、財界で調整することを考える。
4.マッカーサー
日本の大家族制度を階級制度とみなし(その最たるものが天皇制という考え方)、「平等」を押し広げようとする。再び軍国主義にならないように精神主義を否定。アメリカの豊かさに感服させようとする。これが唯物主義的価値観、ひいては効率重視の価値観につながっていく。平等主義は結果の平等につながり、年功序列などの「自由のない平等」につながっていく。特攻隊のような死を恐れぬ国民性を変えるため「安全・清潔」も広めようとするが、これが過度の安全基準、官僚統制へとつながっていく。効率重視は物量崇拝、金銭崇拝の風潮を生む。
5.池田勇人
所得倍増計画により「経済大国」を日本の理想に据えた。官僚として出世は遅かったが、終戦時にGHQが公職追放を行ったことで、急速に出世する(吉田茂の独裁癖による引き上げも大きい)。安保闘争で倒れた岸内閣のスキームの中にあるが、外交らしいことはやらない。外交無策で、安保体制の中で静かにしてればいい、という政治。その一方、アメリカン・ライフを美化し、対米追随を正当化した。所得倍増計画は、官僚主導計画経済でもあるので、官僚主導体制が強化され、政官財の癒着も定着する。
6.松下幸之助
最初の製品は二股ソケットだが、当時、ソケット1つでいくら、という電気料金体系であったため、二股ソケットだと得をする、ということで売れた。昭和初期は、都市労働者は農家の次男坊・三男坊なので、いつでも田舎に戻って農業ができるのだから問題ない(という理由づけで)、簡単にクビにできた。サラリーマンは浮草稼業だった。幸之助は、昭和恐慌でも従業員を解雇せず、「企業が従業員の人生に責任をもつ」という発想を実行した。ダム式経営を提唱し、内部留保優先主義・低配当を肯定。経営者として成功しつつ、哲学者・改革提唱者としても活動したので「経営者は偉い」という風潮が生まれた。日本では、審議会や国際行事などでトップに経営者が就くのが通例だが、戦前は経営者は私益が仕事と考えられていたためこういう会のトップにつくことはなく、貴族や軍人、議員経験者などがトップについていた。外国でも王族や退役軍人、あるいは、企業経営から離れた資本家(ロックフェラーなど)が委員になる。
2019年6月25日に日本でレビュー済み
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やっぱり立派な人たちですね今の日本があるのはこんな人がたちがたくさんいた
2014年3月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
昔、上巻だけ買って読まずにいたのを最近読み下巻が欲しくて探しました。
中古でもとてもきれいでよかったです。
中古でもとてもきれいでよかったです。
2010年8月26日に日本でレビュー済み
書店でこの本のタイトルを見たとき「この本は『日本を創ったとも言える人物の中から12人を厳選しました。この人たちの偉大さを知りましょう」といった感じのものだと思った。
しかし、確かにそういった面もあったが、ただそれだけではなかった。
賛美もあるが、批判もする、そしてただの賛否ではなくて、そのひとの行ったことでどのような面でどのように日本に、日本人に影響していったのかが書かれている。
それは上巻でも感じたことだけど、下巻ではより強くそれを感じた。
境屋太一の本は初めて読んだから、著者に対する感想はかけないのだけれど、本書からは日本に対する「愛」と日本人に対する「信頼」が感じられた。
歴史が苦手な人には読んで欲しい。
きっと、この12人が生きた時代と生き方を学びたくなることだろう。
しかし、確かにそういった面もあったが、ただそれだけではなかった。
賛美もあるが、批判もする、そしてただの賛否ではなくて、そのひとの行ったことでどのような面でどのように日本に、日本人に影響していったのかが書かれている。
それは上巻でも感じたことだけど、下巻ではより強くそれを感じた。
境屋太一の本は初めて読んだから、著者に対する感想はかけないのだけれど、本書からは日本に対する「愛」と日本人に対する「信頼」が感じられた。
歴史が苦手な人には読んで欲しい。
きっと、この12人が生きた時代と生き方を学びたくなることだろう。
2003年2月14日に日本でレビュー済み
本書は後編であるが、前編とあわせて読むと、日本を創った12人、すべてに通底するキー・ワードが浮かび上がってくる。
それは、少し大げさにいえば「死と再生」である。
本書に登場する12人は、日本を創った偉大な人たちだ。その業績も素晴らしい。その輝かしい業績を、著者は筆を尽くして褒めたたえている。
しかし、その素晴らしい日本を創った12人すべてに、これからの日本はそれでいいのか? と最後に引っくり返し、疑問を呈している。ここが堺屋史観の圧巻ともいうべき視点だろう。
そして私たちに、新しい発想こそ日本再生の道なのだと、著者は提言しているのである。
私たちが自らの手で、古きをたずねて、次々に新しい発想をし、それを現実化して、日本をよりよく生き生きとした社会に育てなければいけないのだと痛感した。
エネルギーの湧く刺激的な、実に面白い12巻であった。名著である。
それは、少し大げさにいえば「死と再生」である。
本書に登場する12人は、日本を創った偉大な人たちだ。その業績も素晴らしい。その輝かしい業績を、著者は筆を尽くして褒めたたえている。
しかし、その素晴らしい日本を創った12人すべてに、これからの日本はそれでいいのか? と最後に引っくり返し、疑問を呈している。ここが堺屋史観の圧巻ともいうべき視点だろう。
そして私たちに、新しい発想こそ日本再生の道なのだと、著者は提言しているのである。
私たちが自らの手で、古きをたずねて、次々に新しい発想をし、それを現実化して、日本をよりよく生き生きとした社会に育てなければいけないのだと痛感した。
エネルギーの湧く刺激的な、実に面白い12巻であった。名著である。
2006年1月19日に日本でレビュー済み
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現代の日本がどのように変化していくのか、
こういったことを考えるには、
まず、日本と日本人の歴史の流れを知ることが重要である、
として、歴史上の人物を紹介し、
そこに日本社会の特色を作り上げてきた根源を見ている。
後編である本書では、
石田梅岩
大久保利通
渋沢栄一
マッカーサー
池田勇人
松下幸之助
が取り上げられている。
前編と同じく、人物紹介を行いながら、
現代社会における構造的欠陥に対する批判的見解を交えている。
例えば、大久保利通がドイツ帝国を参考に導入した
官僚制度は政府機構が進むにつれ、
各省の分立が進み、
大久保利通や伊藤博文といった仕切り役の大政治家が亡くなると、
各省が自分の業界だけしか考えず、相互調整ができないという官僚機構のタテ割りの弊害が生まれるという。
世間ではこれを「縄張り根性」や「権限意識」というが、
そもそも官僚制度は、
高度の企画や方針は官僚が定めるから、民間企業は現場のことだけをやっていれば良い、
という国民蔑視・愚民視思想に基づくものなので、
権限意識がなくなり、俺のやっている仕事はたいしたことがない、
などと思ってしまうと、官僚は働けない、とする。
少し古いかもしれないし、決して論証し切れているわけではないが、
こういった捕え方もできるだろうし、
このような側面が実際にあることも事実だとは思う、
こんな見解が結構ある。
言い過ぎと感じながらも、なるほどなあ、と思う。
興味深く読めた。
こういったことを考えるには、
まず、日本と日本人の歴史の流れを知ることが重要である、
として、歴史上の人物を紹介し、
そこに日本社会の特色を作り上げてきた根源を見ている。
後編である本書では、
石田梅岩
大久保利通
渋沢栄一
マッカーサー
池田勇人
松下幸之助
が取り上げられている。
前編と同じく、人物紹介を行いながら、
現代社会における構造的欠陥に対する批判的見解を交えている。
例えば、大久保利通がドイツ帝国を参考に導入した
官僚制度は政府機構が進むにつれ、
各省の分立が進み、
大久保利通や伊藤博文といった仕切り役の大政治家が亡くなると、
各省が自分の業界だけしか考えず、相互調整ができないという官僚機構のタテ割りの弊害が生まれるという。
世間ではこれを「縄張り根性」や「権限意識」というが、
そもそも官僚制度は、
高度の企画や方針は官僚が定めるから、民間企業は現場のことだけをやっていれば良い、
という国民蔑視・愚民視思想に基づくものなので、
権限意識がなくなり、俺のやっている仕事はたいしたことがない、
などと思ってしまうと、官僚は働けない、とする。
少し古いかもしれないし、決して論証し切れているわけではないが、
こういった捕え方もできるだろうし、
このような側面が実際にあることも事実だとは思う、
こんな見解が結構ある。
言い過ぎと感じながらも、なるほどなあ、と思う。
興味深く読めた。




