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日本を創った12人 前編 (PHP新書 5) 新書 – 1996/10/1
堺屋 太一
(著)
- ISBN-104569553419
- ISBN-13978-4569553412
- 出版社PHP研究所
- 発売日1996/10/1
- 言語日本語
- 本の長さ204ページ
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著者について
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作家、元経済企画庁長官。1935年大阪府生まれ。60年東京大学経済学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。62年の通商白書で「水平分業論」 を展開して注目され、70年には日本万国博覧会を手がけた。78年同省を退官し、作家としての執筆活動を開始。98年7月から2000年12月まで、小渕 恵三内閣、森喜朗内閣で経済企画庁長官を務めた(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『東大講義録 文明を解く』(ISBN-10:4532195632)が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2006年1月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
現代の日本がどのように変化していくのか、
こういったことを考えるには、
まず、日本と日本人の歴史の流れを知ることが重要である、
として、歴史上の人物を紹介し、
そこに日本社会の特色を作り上げてきた根源を見ている。
前編である本書では、
聖徳太子
光源氏
源頼朝
織田信長
石田光成
徳川家康
が取り上げられている。
例えば、「思想上の構成」であった光源氏は政治家として何もしなかった。
これは強力な指導者が必要な動乱期(戦国時代など)以外の安定期において、
光源氏のような上品な人は他人と争うような指揮監督はしないという伝統から、
リーダーシップ拒否現象や集団意思決定構造を生んだ。
これは現代政治における無指導型・調整型政治家に典型的に見られ、
「なんとなく決めたらいい」という雰囲気のもと、
会議はするものの集まるだけで、
結局は事務局案が通る、というもの。
こういうところには、
会うだけで満足するものの会うことは必要だから、
日本では交際費、旅費交通費、福利厚生施設に莫大な費用がかけられていて、
アメリカの3倍、ドイツの16倍という指摘をし、
本書には随所に現代政治批判が挟み込まれている。
また、先ほどの事務局案が通るということから、
石田光成のような中堅官僚であっても、
関が原の戦いのようなビッグプロジェクトを立ち上げることができる、
つまり日本は偉くなくても大きな企画を推進できる国であるとする。
そりゃ言い過ぎやろ、ようそこまでゆうなあ、
と思いつつも、へぇー、そんな考え方あるんやぁ、
面白いなあその論理、
という感じの本。
こういったことを考えるには、
まず、日本と日本人の歴史の流れを知ることが重要である、
として、歴史上の人物を紹介し、
そこに日本社会の特色を作り上げてきた根源を見ている。
前編である本書では、
聖徳太子
光源氏
源頼朝
織田信長
石田光成
徳川家康
が取り上げられている。
例えば、「思想上の構成」であった光源氏は政治家として何もしなかった。
これは強力な指導者が必要な動乱期(戦国時代など)以外の安定期において、
光源氏のような上品な人は他人と争うような指揮監督はしないという伝統から、
リーダーシップ拒否現象や集団意思決定構造を生んだ。
これは現代政治における無指導型・調整型政治家に典型的に見られ、
「なんとなく決めたらいい」という雰囲気のもと、
会議はするものの集まるだけで、
結局は事務局案が通る、というもの。
こういうところには、
会うだけで満足するものの会うことは必要だから、
日本では交際費、旅費交通費、福利厚生施設に莫大な費用がかけられていて、
アメリカの3倍、ドイツの16倍という指摘をし、
本書には随所に現代政治批判が挟み込まれている。
また、先ほどの事務局案が通るということから、
石田光成のような中堅官僚であっても、
関が原の戦いのようなビッグプロジェクトを立ち上げることができる、
つまり日本は偉くなくても大きな企画を推進できる国であるとする。
そりゃ言い過ぎやろ、ようそこまでゆうなあ、
と思いつつも、へぇー、そんな考え方あるんやぁ、
面白いなあその論理、
という感じの本。
2006年2月14日に日本でレビュー済み
本書は、歴史上の人物の中で特に現代社会まで影響を及ぼし続けている歴史上の人物について書かれています。
本書で紹介されているそれぞれの人物が行った政策により現代日本社会へ与えている影響について書かれています。
歴史上の背景は自分が知っているものと異なる点もあり、非常に興味深かったです。
本書で紹介されているそれぞれの人物が行った政策により現代日本社会へ与えている影響について書かれています。
歴史上の背景は自分が知っているものと異なる点もあり、非常に興味深かったです。
2013年2月22日に日本でレビュー済み
タイトルから想像されるような伝記モノではなく、日本人のメンタリティを形成するのに影響が大きかった12人をチョイスし、そこから堺屋太一さんが日本人論を展開していくというもの。
曰く・・
日本には遊牧・牧畜時代がない。ゆえに「意思あるもの」を制御する手法が諸外国と大きく異なる。
日本は「狭くない海」で隔てられている。文化はやってくるが、軍事組織が来るのは難しいくらいの距離。しかも、その微妙な隣りが、中国という文化先進地域だった。
日本の4つの島はまとまりがいい。内戦があっても、日本とは別の国を宣言する勢力もなかった。
上巻に登場するのは以下の6人。
1.聖徳太子
土着宗教である神道と、先進宗教である仏教、道徳律としての儒教を「習合」した。融合したのではなく(ちなみに中国は融合型)、いいところどりのパッチワーク(併存型)にした。このために、日本は宗教戦争とは無縁になった(せいぜい蘇我稲目VS物部守屋くらい)。信長は一向一揆を弾圧したが宗教弾圧はしていない。秀吉や家康のキリシタン禁制は、外国勢力を恐れたから。習合なので、あたらしいモノが入ってきてもコンフリクトしない。「いいもの」が一つ増えただけ。それゆえに、明治維新などで外国の技術をスムーズに取り込めた。中国などは、これを取り入れたら自分たちの文化体系にどんな影響があるかという議論になる。日本はもっと気楽に「ええとこどり」的に取り入れる。めんどくさい宗教的戒律や集会行事を避けるため、宗教コミュニティが育たない。神との関係も希薄。西洋では神と個人が対峙するので、自分が神に恥じないなら仲間に嫌われることも厭わない。ゆえに、個性と独創が育つ。
2.光源氏
実在の人物ではないが、源氏物語を通して日本人の価値基準に影響を与えたという意味でセレクト。光源氏は「上品な人」の原型(見本)。一見上品で人柄がいいが現実には実務にタッチしない政治家を許容する土壌が日本にはある。近衛文麿は、空疎なキャッチフレーズとポーズばかりの無為無能な総理で、実務は軍人と官僚任せ(貴族でいえば地頭任せ)だったが人気があった。近衛内閣の時に大政翼賛会ができている。全議員が「何もしない政治家」の指揮下に入ってしまった。欧米の貴族は慢性戦争状態で領地を守った武将だったが、平安貴族は宮廷文化人であったため、光源氏的な細かいことをいわないトップこそ上品で大物という発想がある。ゆえに最終責任の所在がわからなくなる。幕末や戦国ではリーダーが出てくるが、世の中が安定するとすぐにリーダーシップ拒否現象があらわれる。雰囲気でものごとがなんとなく決まる、という構造があるため、サロンが重要で、日本の交際費はアメリカの3倍、ドイツの16倍もある。
ヨーロッパ貴族は戦士なので、意思決定はするし、ケンカも強いし、体格もいいし、辛抱強い。徴兵にも応じる。死を恐れない勇気こそ上品(ノーブル)であるとする。家柄や資産を守らなければならないので用心深い。隙のない服装、巧妙な会話もここに起因する。大胆かつ用心深いノーブルな貴族。
中国は主知主義で、科挙に合格するほどの知識を養うことが上流階級の必須条件。野に遺賢なし、が理想であるため、詩人も画家も発明者も官僚出身が多い。フランスも似ている。
光源氏は、美男で上品だったが、和歌の名人とかでずば抜けているわけでもない。これが「人格満点、能力零点」な上品な人を許容する土壌をつくる。日本の金持ちは子女を上品に育てようとするので、子どもに甘く、金持ちはなかなか3代続かない。上流階級の子弟教育は失敗続き。
3.源頼朝
後白河法皇の私文書で得た守護地頭任命権を利用して、征夷大将軍(東部軍司令官)の下に武士をどさくさにまぎれて編入する。頼朝は、律令制に手をつけないで、権威と権力を分離するという独創性がある。律令制の外側に令外の官(りょうげのかん)をつくる。建前と本音の使い分けともいえる。この国には唯一絶対のものが精神的にも(聖徳太子による)、政治的にもなくなり(頼朝による)、日本人は妥協上手で実際的になった。皮肉なことに、北条氏がさらに同じかたちで権威と権力を分離して実権を握ることになったが。ともあれ、京都の公家は権力もなく金もないが権威だけは残った。貴族は文化供給者として小型で誰にでも出来るもののなかに美意識を探求しようとする(だって貧乏だし)。また、頼朝は義経や多くの功臣を殺している。これが鬱積した同情を生み、「社会的には成功しなかった努力家」を賞賛したくなる日本人気質の形成に寄与した。
4.織田信長
信長は兵農分離した。下級武士を金で雇う。配下の豪族が部隊長になり、各豪族がムラから壮丁を徴発するという従来のやり方ではない。下級武士とはいえ、もともとは、流民や乞食みたいな食い詰めモノ(ホームレス)にすぎない。戦国時代には人口が急増しており、ホームレスが多かった。彼らには帰るべき共同体がないので、戦争中にもよく逃げる(ムラに帰ってバカにされる心配もない)。その代わり、農繁期は戦争できない、という制約はない。弱兵だが金で補充し、いつでも執拗に攻める。相手もたまらないので、いっそ信長の配下に入ろうとする。軍資金は楽市楽座による規制緩和政策で経済を活性化させることであがなう。こういう一枚板の組織なので大きな鉄砲隊も組織できた。もともと、日本はひとつにまとまってはいても、日本が1つという国家意識は希薄になってきていた。信長は天下布武のスローガンのもと、武士の一元支配による絶対王政というビジョンがあった。宗教は個人の心の中に押し込め、公家と皇室は儀式と文化の世界にとどまらせる。信長のビジョンと行動が、日本の国家統一を確実にし、この国は改革可能という神話を残した。
5.石田三成
秀吉が死んだときの三成は豊臣会社の社長室長みたいなもの。やり手だが、社員持株制で多少株を持っていたという程度の地位。家康は、豊臣会社と対等合併した大企業のオーナーでいまは副社長で最大株主、みたいなもの。しかも、その後、三成は佐和山に引退させられたので、地方支店左遷の状態で、この副社長と対等の決戦にもちこんだ。まずは「豊臣の恩」という大義をもちだす。人は、性善なる愛情、下劣な利益、弱さゆえの恐怖、のいずれかで動く、と堺屋さんはいう。人間が奇妙なのは、自分は大義では動かないくせに、それで動く者がいるに違いないと思い、結果的に、大義あるところに人が集まると買いかぶってしまう。三成は次に宇喜多秀家をスポンサーにする。こうなると三成のプロジェクトが有望そうにみえてくる。家老レベルの実務者ネットワークをつくり、毛利輝元を総大将にかつぎあげる。虚構に虚構を重ねたが、関ヶ原にあつまった武将にはなんとなくやってきたので戦意(もりあがり)がない。で、負ける。ただ、石田三成は日本的なプロジェクト・メーキングを開発した人(個人的には、石田三成については12人にノミネートするのは賛成しかねるところもあるが)
6.徳川家康
家康は神君として美化された。家康を肯定するため、それにあわせた倫理観や美意識がつくられた。律儀と辛抱と倹約が美徳(単にきらびやかな文化が趣味に合わないだけでケチってわけでもなかった、とのこと)。この律儀さが会社への忠誠重視につながっている(もっとも、家康が信長に盲従したのはマジで信長が怖かったからだろうというのが堺屋さんの見立てである)。鎌倉幕府のころは、公家や寺社の土地が全体の4割くらいあった。足利幕府は、管領・守護の連邦政権。徳川幕府は、仏寺を住民登録機関にして、宮廷を儀典要員にするという官僚制度により全国支配した。この封建秩序(下克上禁止)が「お上意識」を生んだ。ちなみに後に参勤交代をするようになると、江戸ことばを標準語とした全国共通文化圏ができ、日本が均質化し、首都重視・中央政府重視のシステムをつくった。国家公務員(旗本・御家人)は最高に偉い、ということになる。信長や秀吉のころは、下克上OKの成長志向社会。しかし、天下が定まると、安定重視にマインドチェンジする必要がある。そこで、血の気の多そうな福島正則とかをみせしめ的に処断。ちなみに秀吉は朝鮮出兵という新事業を企画したが失敗(家康のように自分を助けてくれた人たちをクビにできなかった。家康より人間味があったともいえる?)。
安定優先の鎖国により、経済の自給自足主義と外国人不信が残った。技術ワンセット主義、国際的孤立体質も家康のせいだとか。
曰く・・
日本には遊牧・牧畜時代がない。ゆえに「意思あるもの」を制御する手法が諸外国と大きく異なる。
日本は「狭くない海」で隔てられている。文化はやってくるが、軍事組織が来るのは難しいくらいの距離。しかも、その微妙な隣りが、中国という文化先進地域だった。
日本の4つの島はまとまりがいい。内戦があっても、日本とは別の国を宣言する勢力もなかった。
上巻に登場するのは以下の6人。
1.聖徳太子
土着宗教である神道と、先進宗教である仏教、道徳律としての儒教を「習合」した。融合したのではなく(ちなみに中国は融合型)、いいところどりのパッチワーク(併存型)にした。このために、日本は宗教戦争とは無縁になった(せいぜい蘇我稲目VS物部守屋くらい)。信長は一向一揆を弾圧したが宗教弾圧はしていない。秀吉や家康のキリシタン禁制は、外国勢力を恐れたから。習合なので、あたらしいモノが入ってきてもコンフリクトしない。「いいもの」が一つ増えただけ。それゆえに、明治維新などで外国の技術をスムーズに取り込めた。中国などは、これを取り入れたら自分たちの文化体系にどんな影響があるかという議論になる。日本はもっと気楽に「ええとこどり」的に取り入れる。めんどくさい宗教的戒律や集会行事を避けるため、宗教コミュニティが育たない。神との関係も希薄。西洋では神と個人が対峙するので、自分が神に恥じないなら仲間に嫌われることも厭わない。ゆえに、個性と独創が育つ。
2.光源氏
実在の人物ではないが、源氏物語を通して日本人の価値基準に影響を与えたという意味でセレクト。光源氏は「上品な人」の原型(見本)。一見上品で人柄がいいが現実には実務にタッチしない政治家を許容する土壌が日本にはある。近衛文麿は、空疎なキャッチフレーズとポーズばかりの無為無能な総理で、実務は軍人と官僚任せ(貴族でいえば地頭任せ)だったが人気があった。近衛内閣の時に大政翼賛会ができている。全議員が「何もしない政治家」の指揮下に入ってしまった。欧米の貴族は慢性戦争状態で領地を守った武将だったが、平安貴族は宮廷文化人であったため、光源氏的な細かいことをいわないトップこそ上品で大物という発想がある。ゆえに最終責任の所在がわからなくなる。幕末や戦国ではリーダーが出てくるが、世の中が安定するとすぐにリーダーシップ拒否現象があらわれる。雰囲気でものごとがなんとなく決まる、という構造があるため、サロンが重要で、日本の交際費はアメリカの3倍、ドイツの16倍もある。
ヨーロッパ貴族は戦士なので、意思決定はするし、ケンカも強いし、体格もいいし、辛抱強い。徴兵にも応じる。死を恐れない勇気こそ上品(ノーブル)であるとする。家柄や資産を守らなければならないので用心深い。隙のない服装、巧妙な会話もここに起因する。大胆かつ用心深いノーブルな貴族。
中国は主知主義で、科挙に合格するほどの知識を養うことが上流階級の必須条件。野に遺賢なし、が理想であるため、詩人も画家も発明者も官僚出身が多い。フランスも似ている。
光源氏は、美男で上品だったが、和歌の名人とかでずば抜けているわけでもない。これが「人格満点、能力零点」な上品な人を許容する土壌をつくる。日本の金持ちは子女を上品に育てようとするので、子どもに甘く、金持ちはなかなか3代続かない。上流階級の子弟教育は失敗続き。
3.源頼朝
後白河法皇の私文書で得た守護地頭任命権を利用して、征夷大将軍(東部軍司令官)の下に武士をどさくさにまぎれて編入する。頼朝は、律令制に手をつけないで、権威と権力を分離するという独創性がある。律令制の外側に令外の官(りょうげのかん)をつくる。建前と本音の使い分けともいえる。この国には唯一絶対のものが精神的にも(聖徳太子による)、政治的にもなくなり(頼朝による)、日本人は妥協上手で実際的になった。皮肉なことに、北条氏がさらに同じかたちで権威と権力を分離して実権を握ることになったが。ともあれ、京都の公家は権力もなく金もないが権威だけは残った。貴族は文化供給者として小型で誰にでも出来るもののなかに美意識を探求しようとする(だって貧乏だし)。また、頼朝は義経や多くの功臣を殺している。これが鬱積した同情を生み、「社会的には成功しなかった努力家」を賞賛したくなる日本人気質の形成に寄与した。
4.織田信長
信長は兵農分離した。下級武士を金で雇う。配下の豪族が部隊長になり、各豪族がムラから壮丁を徴発するという従来のやり方ではない。下級武士とはいえ、もともとは、流民や乞食みたいな食い詰めモノ(ホームレス)にすぎない。戦国時代には人口が急増しており、ホームレスが多かった。彼らには帰るべき共同体がないので、戦争中にもよく逃げる(ムラに帰ってバカにされる心配もない)。その代わり、農繁期は戦争できない、という制約はない。弱兵だが金で補充し、いつでも執拗に攻める。相手もたまらないので、いっそ信長の配下に入ろうとする。軍資金は楽市楽座による規制緩和政策で経済を活性化させることであがなう。こういう一枚板の組織なので大きな鉄砲隊も組織できた。もともと、日本はひとつにまとまってはいても、日本が1つという国家意識は希薄になってきていた。信長は天下布武のスローガンのもと、武士の一元支配による絶対王政というビジョンがあった。宗教は個人の心の中に押し込め、公家と皇室は儀式と文化の世界にとどまらせる。信長のビジョンと行動が、日本の国家統一を確実にし、この国は改革可能という神話を残した。
5.石田三成
秀吉が死んだときの三成は豊臣会社の社長室長みたいなもの。やり手だが、社員持株制で多少株を持っていたという程度の地位。家康は、豊臣会社と対等合併した大企業のオーナーでいまは副社長で最大株主、みたいなもの。しかも、その後、三成は佐和山に引退させられたので、地方支店左遷の状態で、この副社長と対等の決戦にもちこんだ。まずは「豊臣の恩」という大義をもちだす。人は、性善なる愛情、下劣な利益、弱さゆえの恐怖、のいずれかで動く、と堺屋さんはいう。人間が奇妙なのは、自分は大義では動かないくせに、それで動く者がいるに違いないと思い、結果的に、大義あるところに人が集まると買いかぶってしまう。三成は次に宇喜多秀家をスポンサーにする。こうなると三成のプロジェクトが有望そうにみえてくる。家老レベルの実務者ネットワークをつくり、毛利輝元を総大将にかつぎあげる。虚構に虚構を重ねたが、関ヶ原にあつまった武将にはなんとなくやってきたので戦意(もりあがり)がない。で、負ける。ただ、石田三成は日本的なプロジェクト・メーキングを開発した人(個人的には、石田三成については12人にノミネートするのは賛成しかねるところもあるが)
6.徳川家康
家康は神君として美化された。家康を肯定するため、それにあわせた倫理観や美意識がつくられた。律儀と辛抱と倹約が美徳(単にきらびやかな文化が趣味に合わないだけでケチってわけでもなかった、とのこと)。この律儀さが会社への忠誠重視につながっている(もっとも、家康が信長に盲従したのはマジで信長が怖かったからだろうというのが堺屋さんの見立てである)。鎌倉幕府のころは、公家や寺社の土地が全体の4割くらいあった。足利幕府は、管領・守護の連邦政権。徳川幕府は、仏寺を住民登録機関にして、宮廷を儀典要員にするという官僚制度により全国支配した。この封建秩序(下克上禁止)が「お上意識」を生んだ。ちなみに後に参勤交代をするようになると、江戸ことばを標準語とした全国共通文化圏ができ、日本が均質化し、首都重視・中央政府重視のシステムをつくった。国家公務員(旗本・御家人)は最高に偉い、ということになる。信長や秀吉のころは、下克上OKの成長志向社会。しかし、天下が定まると、安定重視にマインドチェンジする必要がある。そこで、血の気の多そうな福島正則とかをみせしめ的に処断。ちなみに秀吉は朝鮮出兵という新事業を企画したが失敗(家康のように自分を助けてくれた人たちをクビにできなかった。家康より人間味があったともいえる?)。
安定優先の鎖国により、経済の自給自足主義と外国人不信が残った。技術ワンセット主義、国際的孤立体質も家康のせいだとか。
2011年2月11日に日本でレビュー済み
こんな人に特にオススメ
・歴史を改めて勉強したい人
以下、本の内容に触れます。
内容
・聖徳太子
・光源氏
・源頼朝
・織田信長
・石田光成
・徳川家康
それぞれの偉人(光源氏は架空の人物)が
後の日本社会にいかに影響を与えたかを
堺屋太一が語ります。
感想
どの人物の話も面白いのですが、
私は特に聖徳太子の話に興味を引かれました。
日本では、思想的な混乱や葛藤もなく、
神社でお参りしたり(神道)、
寺で墓参りしたり(仏教)、
チェペルで挙式したり(キリスト教)しますが、
この文化の土壌は聖徳太子が作ったという話です。
宗教をめぐる争いが絶えない世界の中で、
本格的な宗教戦争・紛争を経験せずに済んでいるのは、
聖徳太子のおかげのようです。
節操がないと批判されることがあっても、
あらゆる思想や文化を取り込める懐の深さは、
日本が世界に誇れることではないかと思いました。
・歴史を改めて勉強したい人
以下、本の内容に触れます。
内容
・聖徳太子
・光源氏
・源頼朝
・織田信長
・石田光成
・徳川家康
それぞれの偉人(光源氏は架空の人物)が
後の日本社会にいかに影響を与えたかを
堺屋太一が語ります。
感想
どの人物の話も面白いのですが、
私は特に聖徳太子の話に興味を引かれました。
日本では、思想的な混乱や葛藤もなく、
神社でお参りしたり(神道)、
寺で墓参りしたり(仏教)、
チェペルで挙式したり(キリスト教)しますが、
この文化の土壌は聖徳太子が作ったという話です。
宗教をめぐる争いが絶えない世界の中で、
本格的な宗教戦争・紛争を経験せずに済んでいるのは、
聖徳太子のおかげのようです。
節操がないと批判されることがあっても、
あらゆる思想や文化を取り込める懐の深さは、
日本が世界に誇れることではないかと思いました。
2004年9月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
堺屋さんの歴史小説は常に、経済的な背景や現代の立場との差異を明確に記しているため非常に参考になります。特にこの本は現在の日本の骨子を創った人物として堺屋さん独自の視点で12人の人物をピックアップしており、中でも「光源氏」や「石田光成」を上げているところはいかにも堺屋さんらしいなと感心させられました。現代の日本人として、当たり前に思っている事が、実は数百年前のこの人物のこの事件からの名残であったりとか、我々の日常に歴史上のDNAが引き継がれていることを実感できます。
2006年4月12日に日本でレビュー済み
この常識って、いつから常識なんだろう...。
社会人なら特に誰しもが一度は思うことだろう。また、それが常識なのだと気がつかないことすら多い。
そのような疑問を抱いた方にとって、いまだ有効な参考文献になるのではないだろうか。
本書では、たとえば戦国時代のやり取りをまるで、「ある企業の出来事」のように置き換え説明しているところが多々ある。
徳川家、豊臣家を企業と見立て、部下の一人であった石田三成が一大プロジェクト(関ヶ原の合戦)を企画するといった表現はとても面白い。
時代は変わりつつあるが、それでも本書で記されている内容はすぐ身近にあることを再確認でき、「日本にはそのような無意識の意識があるのだな」と認識した上で行動することは、無自覚よりもはるかに良いように思う。
社会人なら特に誰しもが一度は思うことだろう。また、それが常識なのだと気がつかないことすら多い。
そのような疑問を抱いた方にとって、いまだ有効な参考文献になるのではないだろうか。
本書では、たとえば戦国時代のやり取りをまるで、「ある企業の出来事」のように置き換え説明しているところが多々ある。
徳川家、豊臣家を企業と見立て、部下の一人であった石田三成が一大プロジェクト(関ヶ原の合戦)を企画するといった表現はとても面白い。
時代は変わりつつあるが、それでも本書で記されている内容はすぐ身近にあることを再確認でき、「日本にはそのような無意識の意識があるのだな」と認識した上で行動することは、無自覚よりもはるかに良いように思う。
2010年8月24日に日本でレビュー済み
なんとなくタイトルに惹かれて読んでみたが、とても面白い。
一編が大体30ページづつと短くて、サクサクと読めるし、短いからといって内容が薄いわけでもない。
要点をしっかりつかんで、なおかつ読んでいるものを納得させる文章はとても参考になる。
すべて魅力的で面白く、納得させられるものばかりだったが、印象に残っているのは、聖徳太子と光源氏、徳川家康だ。
聖徳太子では、日本人の宗教は仏教がほとんどのはずなのに、クリスマスやバレンタインデーを祝う長年の疑問が解けた感じだった。
光源氏では、日本の組織がなぜ海外と比べて特異なのかがわかった気がする。
徳川家康はずっと日本人の原型を作ったと思っていたが、よりそう思った。
本当に面白く、納得させられるものばかりだった。
しかし、面白がっているだけではこの本を読んだ意味がないし、著者もそれではがっかりするだけだろう。
「はじめに」に書かれていたように、これから大変革していく社会にたいして学ぶことが必要だ。
一編が大体30ページづつと短くて、サクサクと読めるし、短いからといって内容が薄いわけでもない。
要点をしっかりつかんで、なおかつ読んでいるものを納得させる文章はとても参考になる。
すべて魅力的で面白く、納得させられるものばかりだったが、印象に残っているのは、聖徳太子と光源氏、徳川家康だ。
聖徳太子では、日本人の宗教は仏教がほとんどのはずなのに、クリスマスやバレンタインデーを祝う長年の疑問が解けた感じだった。
光源氏では、日本の組織がなぜ海外と比べて特異なのかがわかった気がする。
徳川家康はずっと日本人の原型を作ったと思っていたが、よりそう思った。
本当に面白く、納得させられるものばかりだった。
しかし、面白がっているだけではこの本を読んだ意味がないし、著者もそれではがっかりするだけだろう。
「はじめに」に書かれていたように、これから大変革していく社会にたいして学ぶことが必要だ。





