本書は、2018年から2019年にかけて文芸春秋の所有する建物で行われた池上彰氏の全10回の夜間授業(一種の市民講座のようなものであると思われる)「"戦後"に挑んだ10人の日本人」の内容を再構成して書籍化したもの(2019年11月刊)。実際には12人を主題として採り上げたことから、「日本の戦後を知るための12人」と改題されている。
その12人とは、「日本列島改造論」と「ロッキード事件」で知られる元・首相の田中角栄、昭和・平成の情報産業の雄・リクルートを創った江副浩正、「郵政解散」で知られる元首相の小泉純一郎、ダイエーの創業者として価格破壊をリードした中内巧、読売グループを率いるナベツネこと渡邉恒雄、解体されたセゾン・グループ・西武百貨店を率いてパルコ・無印良品・LIBROなどを創り作家・辻井喬としても活動した堤清二、平成の株式投資ブームの寵児となりながらライブドアのニッポン放送株買収とライブドア事件をめぐりそれぞれ有罪判決を受けた村上世彰とホリエモンこと堀江貴文、元東京都知事の石原慎太郎、与党・公明党の支持母体である宗教団体・創価学会の三代目にして名誉会長である池田大作、の諸氏と、平成の天皇・皇后である、上皇・上皇后両陛下の12人であり、まさに、戦後の日本社会の歴史と社会構造を知るには格好の人選であるといえよう。(個人的には、私が選ぶのであれば、他の人も選んだだろうとも思うし、科学者がいないな、とも思うが、本文中でノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹氏についても言及されている。)
皇室はさておき、採り上げられた民間人については、故人もいれば存命人物もいるが、その人選は、「戦後に挑んだ」といえる面があること、功罪両面あり、その両面から何かを学ぶことができる人、というのが、企画者である文春側の希望もあって、考慮されたという。
一部を除き、まず池上氏の講義があって、その後、聴講生(マスコミ関係者から小学生まで多種多様な人が聴講した模様である)からの質疑応答のコーナーを設けている。
池上氏はジャーナリストの使命について「基本は事実をきちんと伝えること」とし、「民主主義社会は、一人一人が自分の頭で判断することが大事で、そのための材料を提供するのがジャーナリストの役割」という。その点は同意できるし、また池上氏は、現在のマスメディアの中にあっては、概ねその役割を適切に果たしている方であると思うが、自覚しているかどうかは別として、どのような事実を切り取るか、そして、その事実をどのように伝えるかには、多かれ少なかれ、立場や主義主張が反映される面もあると思う。
そういう意味では、全体的に、池上氏は、庶民感覚を持った、いわゆる中道右派なのではないかと私は感じた。
権力者にも容赦なく本質を突いた質問をつきつける池上氏の報道は俗に「池上無双」などとも呼ばれ、本書にもその片鱗は現れているが(現在の安倍政権のずさんな公文書管理を糾弾するような表現があったり、読売内部の言論の不自由を糾弾したり、ホリエモンに説教したり、、)、いわゆる中道左派と自分を位置づけている私から見ると、その解説には補足意見や反対意見を差し挟みたくなる部分もある。
たとえば、脱・官僚主導をいうのであれば、小泉の前に自・社・さ政権の菅直人厚生大臣(当時)をまず挙げるべきだろうと思う。
小泉首相のハンセン症訴訟での控訴断念の、トップダウンでの判断は確かに「功罪」の「功」の部分とはいえるが、同様のトップダウンの判断は、自・社・さ政権時代に、菅直人が薬害エイズ訴訟の解決に際し既に行っている手法である。
(ただ、小泉政権を、その新自由主義的政策によって格差を拡大した「罪」の部分もあると正しく捉えていることは評価できる。)
また、創価学会についての言及も手ぬるい。本書で初めて知ったことであるが池上氏は祖母が創価学会に折伏(創価学会の入信の説得をこのように言う)されて入信したという、いわば創価3世のような立場で、批判的な視点ではあっても創価学会の聖教新聞を読んで育ったということであり、創価学会の強引な勧誘、言論出版妨害事件への言及はあるものの、言論出版妨害事件の解説などは、ほぼ創価側の言い分の垂れ流しに等しい。
私から見ると、池上氏は本当に自分で藤原弘達氏の「創価学会を斬る」を読んだのだろうか?とさえ疑いたくなる。
池上氏は、創価学会による言論出版妨害事件の対象となった同書について、創価の言論出版妨害工作員らと同様、「正直に言って罵詈雑言がちりばめられた、池田大作をヒトラーになぞらえるような乱暴な本ではあったんです。」とする。しかし、同書がどういう状況のもとで執筆・出版されたのかといえば、まさに創価学会幹部・公明党議員らにより選挙管理委員のお年寄りらが殴る蹴るの集団的暴行を加えられるという、「練馬投票所襲撃事件」(公明党の圧力により一人が逮捕・処罰されるにとどまったとはいえ)が起こった直後であり、また当時は創価学会は天皇を創価に帰依させて国教化をめざす、という乱暴な方針をとっていたのであるから、創価学会に猛烈な非難が浴びせられ、池田大作がヒトラーになぞらえられたとしても何ら不当ではない状況だった、ということを指摘しなければならない(その後、池田大作が謝罪し、国教化の方針は撤回を余儀なくされるが)。その後も形を変え、言論出版妨害事件に類する事件が繰り返されてきたことも勘案すれば、実に手ぬるい言及だといわざるをえない(また「政教分離」についても、創価学会・公明党の主張を垂れ流すだけで、そもそも憲法20条1項後段・2項・3項の「政教分離」と、創価・公明のいう「政教分離」とで意味が違うことを理解しているのか疑わしい)。ただ、質疑応答での、反主流派の学会員の発言を収録するなど、それなりの意義のある文献にはなっている。
村上世彰・堀江貴文への捜査を「国策捜査」とするなど、捜査機関や司法機関のウラを考えさせるのも興味深い(ロッキード事件で「総理の有罪」が確定されなかったことも含め)。安倍首相の御用記者による準強姦事件が逮捕状まで発付されながら、揉み消された事件が一部で注目を集めているが、この国の行政・司法システムが本当に公平で適正なのかは、今後も観察・検証していく必要があると思われる。
日本の戦後を知るための12人 池上彰の〈夜間授業〉 (日本語) 単行本 – 2019/11/13
池上 彰
(著)
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本の長さ269ページ
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言語日本語
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出版社文藝春秋
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発売日2019/11/13
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ISBN-104163910611
-
ISBN-13978-4163910611
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
「戦後日本」に対峙し、変革をもたらした型破りな12人の“功罪”で学ぶ現代史講義。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
池上/彰
1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、73年にNHK入局。報道記者やキャスターを歴任する。94年から11年間「週刊こどもニュース」でお父さん役をつとめ、わかりやすい解説が話題に。2005年、NHK退職。以後、フリージャーナリストとして幅広く活躍中。東京工業大学リベラルアーツセンター教授を経て、16年4月より名城大学教授、東京工業大学特命教授。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、73年にNHK入局。報道記者やキャスターを歴任する。94年から11年間「週刊こどもニュース」でお父さん役をつとめ、わかりやすい解説が話題に。2005年、NHK退職。以後、フリージャーナリストとして幅広く活躍中。東京工業大学リベラルアーツセンター教授を経て、16年4月より名城大学教授、東京工業大学特命教授。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2019/11/13)
- 発売日 : 2019/11/13
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 269ページ
- ISBN-10 : 4163910611
- ISBN-13 : 978-4163910611
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Amazon 売れ筋ランキング:
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2019年11月20日に日本でレビュー済み
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役に立った
2020年12月10日に日本でレビュー済み
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毀誉褒貶(賛否のある)をキーワードに戦後の日本を形作った人々の功績を、その生い立ちやターニングポイント、記者時代の筆者のエピソードを交えて、わかりやすく解説した良書。
近くて、授業ではあまり習わず遠い存在の昭和。その時代を彩った人々についての無知に改めて気づかされました。この本を読んで昭和にもっと興味を持ちたいと思いました。
内容は分かりやすく、ストーリー性もあったので良質の歴史小説のようにサクサク読めました。さらっと戦後史を学びたい人は是非一読を。
近くて、授業ではあまり習わず遠い存在の昭和。その時代を彩った人々についての無知に改めて気づかされました。この本を読んで昭和にもっと興味を持ちたいと思いました。
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