「企業経営の最大の使命・目的は、業績を高めるとか、勝ち負けを競うといったことではなく、その企業に関係するすべての人々の幸せや働きがいの追求・実現である」。著者の坂本光司氏は、この信念のもと、人重視、幸せ重視の経営を愚直に実践している全国各地の中小企業を『日本でいちばん大切にしたい会社』として、長年にわたって取材し紹介を続けてきた。本書は2008年に刊行されたその第1巻にあたるが、本シリーズは現在までに全6巻に達し、累計70万部に及ぶベストセラーとなっている。
本書で紹介される5つの中小企業の経営実践はどれも感動的で、まさに「大切にしたい」との想いに包まれるものばかりだが、それにしても、「企業の目的は利潤の追求にあり」との常識がはびこる現代にあって、本書のようなある意味“非常識”な本が、長年にわたって支持され、愛読されてきたということは、多くの人々がここに描かれる世界に、会社の、仕事の理想的なあり方を感じ取っているからに違いない。そうした会社観、仕事観が、日本人の心の奥底には、いまでもしっかり生き続けていることを物語っている。
次世代の組織モデルとして、いま注目集める米国発の「ティール組織」は、組織を「生命体」と捉えるところに最大の特徴があるが、いわゆる「日本型経営」にあっては、多くの優れた経営者が、かねてより組織を生命体とみなした経営を行ってきている。本書で採り上げられている、伊那食品工業が掲げる「年輪経営」も、まさにその一つだといえよう。
年輪経営とは、木が、ゆっくりとした地道な成長に合わせて毎年一つひとつ年輪を刻み、大木として育っていくように、会社を少しずつ少しずつ発展させていく経営。急成長には、必ず揺り戻しがあり、ひずみを生む。だから、そうした問題の発生を未然に防ぎ、「継続」を至上の価値として地道に歩む――伊那食品工業では、それが「社員の幸福を通じての社会貢献」という理念を実現する最善の途と信じ、急な成長を意図的に抑え続けてきたのだ。
本書からは離れるが、YKKの創業者である吉田忠雄氏が掲げた「森林経営」もまた、組織を「木」という生命体になぞらえて捉えた、著名な経営論として知られている。「YKKは森林です」という言葉に込められた意味は――。森林の中には、経験を積んで年輪を重ねた太い木も、若くて細い木もある。そうした森林の木々のように、各人がそれぞれの個性を生かして自律的に成長する。誰に支配されるのでもなく、全員が労働者であるとともに、経営者でもあるとの考えをもって一緒に前進していく、というものだ。
『ティール組織』の著者は言う。進化型(ティール型)に至る以前の組織にあっては、人々の心に宿るさまざまな「恐れ」の感情が、各人の自分勝手な行動を生み、「病気」の原因となってきた。官僚的なルールやプロセス、際限もなく続く会議、分析麻痺情報隠し、秘密主義、希望的観測、見て見ぬふり、信ぴょう性の欠如、縄張り主義、内輪もめ、トップへの権限集中などなど、どれもがみな組織に属する人々の「恐れ」から生み出されるものだと言うのである。
こうした、あらゆる病気の根本原因となってきた「恐れ」を、「人生の豊かさを信頼する能力」に置き換えていこうというのが「ティール組織」の考え方だが、この米国発の最新の組織論は、何のことはない、本書で描かれる「日本でいちばん大切にしたい会社」がコツコツと実践してきた経営の姿に他ならない。それは、さまざまな「病気」を抱えて行く手を阻まれた株主中心主義的なアングロ・サクソン型の資本主義が、活路を見出すべく、いまようやく「日本型経営」に近づきつつある現象――と見るべきではなかろうか。
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