読み終わって本を閉じたあともしばらく、熱に浮かされて、目眩さえ伴うような放心状態に陥った。
洞爺丸事件など、本格ミステリーの小説になぜ現実の事件や、実在の事件をこうも関わらせるのか、それはエンターテイメント小説として興を削ぎ、足枷になりはしないだろうかと危惧して読み進めていた。
しかし、最終章の告発ですべてはひっくり返される。『カラマーゾフの兄弟』の『大審問官の章』のに匹敵すると言っても言い過ぎではないほどの衝撃だった。
犯人にとって洞爺丸事件など、現実の引き起こした事件はそうであるべき約束を破ったために引き起こされた人間の気狂いじみた怠慢による饗宴場に過ぎないとある。つまり現実の事件=非人間となる。
ここから犯人の倒錯が始まる。現実に耐えられない犯人は、事件を非現実の世界へと引き込み、人間が人間であることを証明する悲劇に昇華することをこころみる。非現実の事件=人間である。
しかし、犯人が非現実な、人間的悲劇を求めた意味ある高尚な事件を起こそうとも、狂った現実のありうべからぬ偶然が非現実にことごとく追いついて陳腐なものへと格下げしてしまう。非現実な事件は現実に取り込まれ、事件を起こして人間になったはずの犯人もいつのまにか非人間の烙印を押されてしまっているのだ。
そして現実の事件とはどれほど悲惨なものでも外部のものにとってはただのお楽しみの材料に過ぎない。これが虚無の正体である。
その虚無から脱しようとして起こした事件も、本人の意図には関係なく、外部から見れば単なる格好の虚無への供物のひとつ、つまるところ現実のお楽しみの亜種のひとつにすぎない。
探偵という装置はその最たるものではないか。非現実の悲劇、偶然を、味気ない現実に引っ張り込んで、辻褄を合わせ、鑑賞物に変容させることにより、喜劇へと引き下ろすことがその役割であるのだから。
そして、さらにその探偵たちに輪をかけて、陰惨な事件を楽しんでいるのはまさにわれわれ読者に他ならないことを突きつけられ、普段、現実に起こる陰惨な事件をエンターテイメントとして少なからずも享受してしまっている、われわれこそが虚無を作り出している真犯人であるのだと、茫然、愕然とし、目眩を覚える。
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新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫) Kindle版
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昭和二十九年の洞爺丸沈没事故で両親を失った蒼司(そうじ)・紅司(こうじ)兄弟、従弟の藍司(あいじ)らのいる氷沼(ひぬま)家に、さらなる不幸が襲う。密室状態の風呂場で紅司が死んだのだ。そして叔父の橙二郎(とうじろう)もガスで絶命――殺人、事故?駆け出し歌手・奈々村久生(ななむらひさお)らの推理合戦が始まった。「推理小説史上の大傑作」が電子書籍で登場。(講談社文庫)
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2004/4/15
- ファイルサイズ2438 KB
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
昭和29年の洞爺丸沈没事故で両親を失った蒼司・紅司兄弟、従弟の藍司らのいる氷沼家に、さらなる不幸が襲う。密室状態の風呂場で紅司が死んだのだ。そして叔父の橙二郎もガスで絶命―殺人、事故?駆け出し歌手・奈々村久生らの推理合戦が始まった。「推理小説史上の大傑作」が大きい活字で読みやすく。 --このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
中井/英夫
1922年、東京・田端に生まれる。東大在学中に吉行淳之介らと第14次「新思潮」を創刊。「短歌研究」「短歌」編集長として中城ふみ子、寺山修司、春日井建らを紹介。’64年、塔晶夫の筆名で『虚無への供物』を刊行、推理小説の墓碑銘とまで絶賛された。その後、『悪夢の骨牌』(泉鏡花文学賞)などの著作で人気を博した。’93年逝去、享年71(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
1922年、東京・田端に生まれる。東大在学中に吉行淳之介らと第14次「新思潮」を創刊。「短歌研究」「短歌」編集長として中城ふみ子、寺山修司、春日井建らを紹介。’64年、塔晶夫の筆名で『虚無への供物』を刊行、推理小説の墓碑銘とまで絶賛された。その後、『悪夢の骨牌』(泉鏡花文学賞)などの著作で人気を博した。’93年逝去、享年71(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B00B1N5BNQ
- 出版社 : 講談社 (2004/4/15)
- 発売日 : 2004/4/15
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 2438 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 338ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 5,746位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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2021年12月20日に日本でレビュー済み
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1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
ベスト1000レビュアー
Amazonで購入
3大奇書の一冊ということで、やはり読んでおくべきと考えて購入した。
ドグラマグラや黒死館に比べて時代が後の作品だけに前時代的な暗さ、
オドロオドロしさはなく、文体も読みやすい。
舞台は昭和30年の東京。昭和29年生まれで東京に住んでいる私としては
親しみも持てる。三軒茶屋、太子堂、三宿や昭和女子大や目青不動が
登場するのも楽しい。
密室殺人か事故か判別しがたい事件が連続して発生し、物語は進行するが
読者の興味を繋ぎ止めるのに成功していると思う。下巻に期待したい。
ドグラマグラや黒死館に比べて時代が後の作品だけに前時代的な暗さ、
オドロオドロしさはなく、文体も読みやすい。
舞台は昭和30年の東京。昭和29年生まれで東京に住んでいる私としては
親しみも持てる。三軒茶屋、太子堂、三宿や昭和女子大や目青不動が
登場するのも楽しい。
密室殺人か事故か判別しがたい事件が連続して発生し、物語は進行するが
読者の興味を繋ぎ止めるのに成功していると思う。下巻に期待したい。
2017年1月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
人それぞれ評価は異なるだろうけど、あえて僕なりに順位をつけるとしたら
第1位「ドグラマグラ」
第2位「虚無への供物」
第3位「黒死館殺人事件」
となる。
上記のような序列が正しいかどうかわからないが、三大奇書に順位をつけると僕にとってはそうなる。
で、実際にこの虚無への供物を読んでみたが、
余計な背景描写が多く、また、著者独自の世界観にもとずく「ウンチク」がやたらと鼻につく。
登場人物に名前もわざわざ読みにくい名前が多くて、「この人物ははたして男だったか?それとも女だったけか?」
と最初のうちは、戸惑い面食らうことが多い。
ただ、面倒くさいのははじめだけなので、安心して読むことが出来る
第1位「ドグラマグラ」
第2位「虚無への供物」
第3位「黒死館殺人事件」
となる。
上記のような序列が正しいかどうかわからないが、三大奇書に順位をつけると僕にとってはそうなる。
で、実際にこの虚無への供物を読んでみたが、
余計な背景描写が多く、また、著者独自の世界観にもとずく「ウンチク」がやたらと鼻につく。
登場人物に名前もわざわざ読みにくい名前が多くて、「この人物ははたして男だったか?それとも女だったけか?」
と最初のうちは、戸惑い面食らうことが多い。
ただ、面倒くさいのははじめだけなので、安心して読むことが出来る
2018年9月15日に日本でレビュー済み
推理小説三大奇書のひとつである長編ミステリである。上下巻それぞれ400ページ超となかなかの大部。
ちなみに三大奇書とは「黒死舘殺人事件」「ドグラ・マグラ」と本書であるとされている。「黒死舘」は読了済みで、本書が2つ目ということになる。
舞台は1954年、戦後の混乱期を脱したかにみえる東京。冒頭から社会を騒がした事件事故に言及があり、現代の読者に対して時代背景(だけでは実はないのだが)が示されるのがちょっと面白い。女探偵役を自ら任ずる奈々村久夫嬢のしゃべりかたが妙で気になるのだが、これは当時の雰囲気なのであろうか。
読み始めてほどなくして事件が起こり、主人公たちは勝手な素人推理合戦を始める。これが話があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりして読みづらい(素人なので当たり前なのだろうが)。挙句に他の者が知っている事実などにより、えんえんと語られた推理自体が覆されてしまうこと多々。うーんこのストーリはいったいどこへ向かっているのだ、と思っているうちに第二の事件発生。それを受けてさらに推理合戦を始める面々。歴史的背景やら、過去の因縁、怪しげな見立てが浮かんでは消える。さらにもう一つの密室殺人が勃発して事態は混迷を極め・・・。
いやはや、しかしさすが奇書と呼ばれるだけのことはある。もう面白いとか面白くないとかいうのを超越している気がしましたね。茫然自失とはこのことです。
ちなみに三大奇書とは「黒死舘殺人事件」「ドグラ・マグラ」と本書であるとされている。「黒死舘」は読了済みで、本書が2つ目ということになる。
舞台は1954年、戦後の混乱期を脱したかにみえる東京。冒頭から社会を騒がした事件事故に言及があり、現代の読者に対して時代背景(だけでは実はないのだが)が示されるのがちょっと面白い。女探偵役を自ら任ずる奈々村久夫嬢のしゃべりかたが妙で気になるのだが、これは当時の雰囲気なのであろうか。
読み始めてほどなくして事件が起こり、主人公たちは勝手な素人推理合戦を始める。これが話があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりして読みづらい(素人なので当たり前なのだろうが)。挙句に他の者が知っている事実などにより、えんえんと語られた推理自体が覆されてしまうこと多々。うーんこのストーリはいったいどこへ向かっているのだ、と思っているうちに第二の事件発生。それを受けてさらに推理合戦を始める面々。歴史的背景やら、過去の因縁、怪しげな見立てが浮かんでは消える。さらにもう一つの密室殺人が勃発して事態は混迷を極め・・・。
いやはや、しかしさすが奇書と呼ばれるだけのことはある。もう面白いとか面白くないとかいうのを超越している気がしましたね。茫然自失とはこのことです。





