綿密な取材による事実を丹念に拾い上げ、現状の問題点を鋭く問う門田氏、その筆力には力があり引き込まれた。
「まえがき」で門田氏は「この中で紹介させてもらった事実が、たとえ些細であっても読者の皆さんの小さな気づきになってもらえれば、これほどうれしい事はない。それが、もし『新聞と言う病』から日本が救われる「きっかけ」となるなら、望外の喜びである。」と語っている。
本書を読了し、最も心に残ったのは私が福島出身であることもあって、福島原発事故の直後から続くA新聞の恣意的な嘘の報道についてのP115「『吉田調書』報道、朝日新聞の悪意」以降の頁である。
事故に対応するため、吉田所長の指示に従って待機し闘うために、原発の現場に残った多くの所員の、命がけの活動を、A新聞は「命令に逆らって、逃げ出した」と言う真逆の嘘報道を捏造したのだった!
「権力を監視する」はずのA新聞は、当時の最大権力・菅直人政権への批判などどこへやら、根拠なく原発所員を責める事を振りかざすことによって、菅直人政権擁護に徹した。
このA新聞の嘘に反論せんと、所員たちが憤ったものの、訂正する機会も十分でないまま吉田所長が、食道がんで逝去したこともあり、世間的にはあやうくA新聞の嘘が、未来永劫まかり通るところだった。
このA新聞の嘘を暴くことになったのが、「吉田調書」の公開に踏み切った安倍政権。
当時のいきさつは、門田氏の「死の淵を見た男、吉田昌郎と福島第一原発の500日」に詳しく記されている。
本書「新聞という病」は昨日5月28日既に都内地元書店で平積み販売されていたため、そこで購入した。
一晩かけて読むほどに、思う事感じる事があり過ぎて、その何分の一もお伝えすることができないままの、私の拙いレビューを最後までお読み下さってありがとうございました。
どうぞを是非とも多くの方々に、門田氏の著書を読んで頂ける事を切望いたします。
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新聞という病 (産経セレクト) 新書 – 2019/5/29
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こうして新聞は大衆に負けた
ジャーナリズムの王として長く君臨した日本の新聞は、なぜ今、「国民の敵」となってしまったのだろうか。
中国や韓国を持ち上げ、ひたすら彼らを利する新聞は、日本に天文学的数字の損害を与え、国益を毀損しつづけている。
かつて記者クラブに潤沢に記者を配置し、情報を独占して自らの主義主張、イデオロギーに基づいて情報を「加工」し、大衆に下げ渡していた新聞が、インターネットの発達でその「正体」が暴露されてしまった。
「権力の監視」を大仰に謳い、「ファクト」を殺す新聞の傲慢さは、いったいどこから来ているのか。どのようにして新聞記者は情報自体を歪めるのか。
平成とは、そんな新聞の実態が明らかにされた時代だった。ついには新聞自体が「日本最大の病巣」となってしまったありさまを余すところなく浮き彫りにする。
令和の時代、どう新聞と向き合うべきなのか、目から鱗の具体論! 朝日新聞を謝罪に追い込んだ気鋭のジャーナリストが「生き残る情報」、「死ぬ報道」を喝破する。
◎地道な取材より会見の失言狙い
◎いまだ左右対立視点しか持てず
◎戦争をするのは日本という不安商法
◎日中友好絶対主義
◎命より憲法という本末転倒
◎タブーを週刊誌に丸投げ
◎ご注進ジャーナリズム
◎発言切りとりで舌禍創作
◎ヘイトと差別を使い分け
令和に生きる国民は、もう新聞に騙されてはならない。
ジャーナリズムの王として長く君臨した日本の新聞は、なぜ今、「国民の敵」となってしまったのだろうか。
中国や韓国を持ち上げ、ひたすら彼らを利する新聞は、日本に天文学的数字の損害を与え、国益を毀損しつづけている。
かつて記者クラブに潤沢に記者を配置し、情報を独占して自らの主義主張、イデオロギーに基づいて情報を「加工」し、大衆に下げ渡していた新聞が、インターネットの発達でその「正体」が暴露されてしまった。
「権力の監視」を大仰に謳い、「ファクト」を殺す新聞の傲慢さは、いったいどこから来ているのか。どのようにして新聞記者は情報自体を歪めるのか。
平成とは、そんな新聞の実態が明らかにされた時代だった。ついには新聞自体が「日本最大の病巣」となってしまったありさまを余すところなく浮き彫りにする。
令和の時代、どう新聞と向き合うべきなのか、目から鱗の具体論! 朝日新聞を謝罪に追い込んだ気鋭のジャーナリストが「生き残る情報」、「死ぬ報道」を喝破する。
◎地道な取材より会見の失言狙い
◎いまだ左右対立視点しか持てず
◎戦争をするのは日本という不安商法
◎日中友好絶対主義
◎命より憲法という本末転倒
◎タブーを週刊誌に丸投げ
◎ご注進ジャーナリズム
◎発言切りとりで舌禍創作
◎ヘイトと差別を使い分け
令和に生きる国民は、もう新聞に騙されてはならない。
- 本の長さ288ページ
- 言語日本語
- 出版社産経新聞出版
- 発売日2019/5/29
- ISBN-104819113674
- ISBN-13978-4819113670
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
司馬遼太郎氏が書いた“老記者”から、「権力の監視」を大仰に謳う記者へ。なにが変わったのか。「事実より観念論」の恐ろしさを浮き彫りにする。平成の“押し売り”報道全記録。生き残る情報、死ぬ報道を喝破する。新聞が書かない「論点」を収録。知りたい情報はここにある。
著者について
門田隆将 (かどた・りゅうしょう)
作家、ジャーナリスト。1958(昭和33)年高知県安芸市生まれ。中央大学法学部政治学科卒業後、新潮社に入社。『週刊新潮』編集部に配属、記者、デスク、次長、副部長を経て、2008年4月に独立。『この命、義に捧ぐ──台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社、後に角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。近著に『オウム死刑囚 魂の遍歴──井上嘉浩 すべての罪はわが身にあり』(PHP研究所)、主な著書に『死の淵を見た男──吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(角川文庫)、『なぜ君は絶望と闘えたのか──本村洋の3300日』(新潮文庫)、『甲子園への遺言』(講談社文庫)、『汝、ふたつの故国に殉ず』(KADOKAWA)など多数。
作家、ジャーナリスト。1958(昭和33)年高知県安芸市生まれ。中央大学法学部政治学科卒業後、新潮社に入社。『週刊新潮』編集部に配属、記者、デスク、次長、副部長を経て、2008年4月に独立。『この命、義に捧ぐ──台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社、後に角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。近著に『オウム死刑囚 魂の遍歴──井上嘉浩 すべての罪はわが身にあり』(PHP研究所)、主な著書に『死の淵を見た男──吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(角川文庫)、『なぜ君は絶望と闘えたのか──本村洋の3300日』(新潮文庫)、『甲子園への遺言』(講談社文庫)、『汝、ふたつの故国に殉ず』(KADOKAWA)など多数。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
門田/隆将
作家、ジャーナリスト。1958(昭和33)年高知県安芸市生まれ。中央大学法学部政治学科卒業後、新潮社に入社。『週刊新潮』編集部に配属、記者、デスク、次長、副部長を経て、2008年4月に独立。『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社、後に角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
作家、ジャーナリスト。1958(昭和33)年高知県安芸市生まれ。中央大学法学部政治学科卒業後、新潮社に入社。『週刊新潮』編集部に配属、記者、デスク、次長、副部長を経て、2008年4月に独立。『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社、後に角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 産経新聞出版 (2019/5/29)
- 発売日 : 2019/5/29
- 言語 : 日本語
- 新書 : 288ページ
- ISBN-10 : 4819113674
- ISBN-13 : 978-4819113670
- Amazon 売れ筋ランキング: - 121,657位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 187位ジャーナリズム (本)
- - 9,880位新書
- カスタマーレビュー:
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殿堂入り
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産経新聞と雑誌「正論」に掲載された原稿を元に加筆されたもので、2014年以降の記事が収録されている。
一番紹介したいのは、第4章「命より憲法という観念論」である。
現在の日本は、海外で邦人が危険な目に遭っても、救出に出向くことができないでいる。自衛隊が邦人救出のために海外に派遣されることに対して、「海外での武力行使につながる」「憲法違反になる」と言って反対する政治勢力やジャーナリズムが存在するからである。国民の「命」を守ることは、「究極の自衛」である。そのことが、「憲法違反になる」という意見が日本のマスコミの大勢を占めているのである。
1985年のイラクでも、1994年のイエメンでも、2011年のリビアでも、他国は救援機を飛ばして自国民を救出したのに、日本からは救援機は来なかった。現地の日本人が他国に頼み込んで、他国の救援機や軍用機に乗せてもらったのである。国家が「自国民を守る」という当たり前のことが、日本では「許されないこと」なのである。
2013年にアルジェリアで10人の日本人が殺された時や、2015年にジャーナリスト2人が「イスラム国」に殺害された時、国会で「邦人救出」問題が浮上したが、A新聞は「短兵急な議論は危険だ」と反対した。A新聞にとって、自衛隊が邦人救出に乗り出すことは「海外での武力行使」にあたり、「絶対に許されない」ことなのだ。
門田氏は、1996年にペルーで127日間の人質経験をした元ペルー大使の青木盛久氏から以下の話を聞いた。「国として自国民救出の選択肢を持っていない国は、主要国としては日本だけでしょう。しかし、他の国と同じように、自国民を救出できるような法案は、また”戦争法案”と言われてしまいます。要は、国民の意識が変わらないと無理でしょうね」。それには「大きな犠牲」が必要だと、青木氏は指摘する。「その選択肢を持っていなかったために、多くの邦人が海外で命を失うことにならなければ、国民の意識は変わらないと思います」。
自国民の命を助けることを「憲法違反」などと言う”内なる敵”への配慮から、日本はいまだに有効な法改正ができないままなのである。
A新聞ら左翼メディアにとって、戦争を始めるのは「日本」だけであり、他国が日本を攻撃することはあり得ないことなのである。核ミサイルの脅威が増す北朝鮮や、尖閣諸島への領土的野心を剥き出しに領海侵入を繰り返す中国から日本を守るため、「安保法制」や「テロ等準備罪」を制定しようとするたび、「戦争に踏み出す日本」「徴兵制につながる」などと国民の不安を煽り、思考を停止させる報道に終始してきた。
「私たちは、戦争をしたい人たちとペンで闘っている」。彼らにはそんな自己陶酔がある。それは、刻々と変わる内外の情勢に対して、平和を守るための「現実的対応」を懸命にとろうとする現実的平和主義者たちを、「戦争に向かう人たち」と決めつける傲慢さに支えられたものにほかならない。
彼ら左翼マスコミは、現在の日本を「右傾化している」などと言うが、それは、彼らが左右の対立という単純な視点しか持ち得ていないことを示している。世の中はとっくに違う段階に移っている。「空想と現実」との対立である。冷戦下、米国の軍事力の傘の下、空想的平和主義を謳歌してきた日本が、中国の膨張主義と軍事的脅威に否応なく向き合わさざるを得ない時代を迎えている。その現実を前に、「相手に手を出させない」ため、つまり「平和を守る」ために、様々な手を打たなければならなくなったのである。
インターネットの登場で、マスコミだけが情報を独占できた時代は、「過去のもの」となった。それは、メディアによる情報自体が当事者や大衆によって「チェック」され、「論評」の対象になるという意味でもある。その過程で、プロである記者たちが独りよがりで狭い観念論の世界に閉じこもり、自分の思いや主義主張によって「情報自体を歪めている」ことが暴き出されてきた。
新聞がいくら懸命に書き立てても、世の中は動かなくなった。新聞が世の中をミスリードできた時代は終わりを告げようとしている。もちろん、健全な新聞も存在する。門田氏は最後に、「日本には『どうしても生き残ってもらわなければならない』新聞も存在しているのは事実である」と述べている。
一番紹介したいのは、第4章「命より憲法という観念論」である。
現在の日本は、海外で邦人が危険な目に遭っても、救出に出向くことができないでいる。自衛隊が邦人救出のために海外に派遣されることに対して、「海外での武力行使につながる」「憲法違反になる」と言って反対する政治勢力やジャーナリズムが存在するからである。国民の「命」を守ることは、「究極の自衛」である。そのことが、「憲法違反になる」という意見が日本のマスコミの大勢を占めているのである。
1985年のイラクでも、1994年のイエメンでも、2011年のリビアでも、他国は救援機を飛ばして自国民を救出したのに、日本からは救援機は来なかった。現地の日本人が他国に頼み込んで、他国の救援機や軍用機に乗せてもらったのである。国家が「自国民を守る」という当たり前のことが、日本では「許されないこと」なのである。
2013年にアルジェリアで10人の日本人が殺された時や、2015年にジャーナリスト2人が「イスラム国」に殺害された時、国会で「邦人救出」問題が浮上したが、A新聞は「短兵急な議論は危険だ」と反対した。A新聞にとって、自衛隊が邦人救出に乗り出すことは「海外での武力行使」にあたり、「絶対に許されない」ことなのだ。
門田氏は、1996年にペルーで127日間の人質経験をした元ペルー大使の青木盛久氏から以下の話を聞いた。「国として自国民救出の選択肢を持っていない国は、主要国としては日本だけでしょう。しかし、他の国と同じように、自国民を救出できるような法案は、また”戦争法案”と言われてしまいます。要は、国民の意識が変わらないと無理でしょうね」。それには「大きな犠牲」が必要だと、青木氏は指摘する。「その選択肢を持っていなかったために、多くの邦人が海外で命を失うことにならなければ、国民の意識は変わらないと思います」。
自国民の命を助けることを「憲法違反」などと言う”内なる敵”への配慮から、日本はいまだに有効な法改正ができないままなのである。
A新聞ら左翼メディアにとって、戦争を始めるのは「日本」だけであり、他国が日本を攻撃することはあり得ないことなのである。核ミサイルの脅威が増す北朝鮮や、尖閣諸島への領土的野心を剥き出しに領海侵入を繰り返す中国から日本を守るため、「安保法制」や「テロ等準備罪」を制定しようとするたび、「戦争に踏み出す日本」「徴兵制につながる」などと国民の不安を煽り、思考を停止させる報道に終始してきた。
「私たちは、戦争をしたい人たちとペンで闘っている」。彼らにはそんな自己陶酔がある。それは、刻々と変わる内外の情勢に対して、平和を守るための「現実的対応」を懸命にとろうとする現実的平和主義者たちを、「戦争に向かう人たち」と決めつける傲慢さに支えられたものにほかならない。
彼ら左翼マスコミは、現在の日本を「右傾化している」などと言うが、それは、彼らが左右の対立という単純な視点しか持ち得ていないことを示している。世の中はとっくに違う段階に移っている。「空想と現実」との対立である。冷戦下、米国の軍事力の傘の下、空想的平和主義を謳歌してきた日本が、中国の膨張主義と軍事的脅威に否応なく向き合わさざるを得ない時代を迎えている。その現実を前に、「相手に手を出させない」ため、つまり「平和を守る」ために、様々な手を打たなければならなくなったのである。
インターネットの登場で、マスコミだけが情報を独占できた時代は、「過去のもの」となった。それは、メディアによる情報自体が当事者や大衆によって「チェック」され、「論評」の対象になるという意味でもある。その過程で、プロである記者たちが独りよがりで狭い観念論の世界に閉じこもり、自分の思いや主義主張によって「情報自体を歪めている」ことが暴き出されてきた。
新聞がいくら懸命に書き立てても、世の中は動かなくなった。新聞が世の中をミスリードできた時代は終わりを告げようとしている。もちろん、健全な新聞も存在する。門田氏は最後に、「日本には『どうしても生き残ってもらわなければならない』新聞も存在しているのは事実である」と述べている。
ベスト500レビュアー
門田隆将氏の『新聞という病』 (産経新聞出版)を読んだ。
帯文に「こうして新聞は大衆に負けた」「平成の“押し売り"報道全記録。 生き残る情報、死ぬ報道を喝破する。」
◎地道な取材より会見の失言狙い
◎いまだ左右対立視点しか持てず
◎戦争をするのは日本という不安商法
◎日中友好絶対主義
◎命より憲法という本末転倒
◎タブーを週刊誌に丸投げ
◎ご注進ジャーナリズム
◎発言切りとりで舌禍創作
◎ヘイトと差別を使い分け-----とある。
ここ数年、産経新聞や雑誌(正論)に書かれた「新聞という病」に関するエッセイ本だ。
朝日新聞発の福島原発事故の際のいわゆる「吉田所長調書・虚報」を真っ先に糾弾したのが門田氏。最初は、居丈高な姿勢を取っていた朝日だったが、他紙が吉田調書の内容を正確に報じたこともあって門田氏に全面降伏。ちょうど、もう一つの吉田慰安婦虚報報道の「謝罪なき訂正」もあったために、朝日新聞の「権威」は失墜したものだった。
当然、本書にもその経緯が詳細に綴られているが、朝日もその瞬間少しは自省した感もなきにしもあらずだったが、喉元すぎれば熱さ忘れるで、その後も、「失言狙いジャーナリズム」の先頭を走っている感がある。そのあたりの朝日の「虚報」(モリ・カケ報道)の数々も俎上にのぼっている。
古巣の「新潮45」廃刊騒動にも触れている。
朝日新聞内部にもし「良識派」がいれば、リベラルのニューヨークタイムスが、保守派コラムニストのウィリアワ・サファイアを起用して時々、社論と反する見解を紙面に大きく掲載していたという故事にならって、門田さんに平身低頭(?)してでも、月一回(第一日曜日)、一面左に産経正論欄並みのスペースを用意しますから、こういったコラムを連載してくださいと頼むだろう。それぐらいの度量の広さがあればいいのに‥。
以前、週刊朝日の巻末コラムに谷沢永一さんや山本七平さんなどが起用されて「反朝日」的な主張を掲載していたものだった。編集長などがまともだったから、あえて朝日新聞本紙の「論調」と異なる識者を起用していたからこそやれた企画だった。
朝日新聞が、いい意味で「変わったね?」という評判を獲得するもっとも手っとり早い方法だと思うけどなぁ。
「天声人語」の筆者を「週末土日」だけ、門田さんに替えたりするのも手かもね。
帯文に「こうして新聞は大衆に負けた」「平成の“押し売り"報道全記録。 生き残る情報、死ぬ報道を喝破する。」
◎地道な取材より会見の失言狙い
◎いまだ左右対立視点しか持てず
◎戦争をするのは日本という不安商法
◎日中友好絶対主義
◎命より憲法という本末転倒
◎タブーを週刊誌に丸投げ
◎ご注進ジャーナリズム
◎発言切りとりで舌禍創作
◎ヘイトと差別を使い分け-----とある。
ここ数年、産経新聞や雑誌(正論)に書かれた「新聞という病」に関するエッセイ本だ。
朝日新聞発の福島原発事故の際のいわゆる「吉田所長調書・虚報」を真っ先に糾弾したのが門田氏。最初は、居丈高な姿勢を取っていた朝日だったが、他紙が吉田調書の内容を正確に報じたこともあって門田氏に全面降伏。ちょうど、もう一つの吉田慰安婦虚報報道の「謝罪なき訂正」もあったために、朝日新聞の「権威」は失墜したものだった。
当然、本書にもその経緯が詳細に綴られているが、朝日もその瞬間少しは自省した感もなきにしもあらずだったが、喉元すぎれば熱さ忘れるで、その後も、「失言狙いジャーナリズム」の先頭を走っている感がある。そのあたりの朝日の「虚報」(モリ・カケ報道)の数々も俎上にのぼっている。
古巣の「新潮45」廃刊騒動にも触れている。
朝日新聞内部にもし「良識派」がいれば、リベラルのニューヨークタイムスが、保守派コラムニストのウィリアワ・サファイアを起用して時々、社論と反する見解を紙面に大きく掲載していたという故事にならって、門田さんに平身低頭(?)してでも、月一回(第一日曜日)、一面左に産経正論欄並みのスペースを用意しますから、こういったコラムを連載してくださいと頼むだろう。それぐらいの度量の広さがあればいいのに‥。
以前、週刊朝日の巻末コラムに谷沢永一さんや山本七平さんなどが起用されて「反朝日」的な主張を掲載していたものだった。編集長などがまともだったから、あえて朝日新聞本紙の「論調」と異なる識者を起用していたからこそやれた企画だった。
朝日新聞が、いい意味で「変わったね?」という評判を獲得するもっとも手っとり早い方法だと思うけどなぁ。
「天声人語」の筆者を「週末土日」だけ、門田さんに替えたりするのも手かもね。
2019年5月31日に日本でレビュー済み
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今は米朝会談で多少落ち着いたが、2017年当時、緊迫した状況だった北朝鮮情勢のなかで、新聞は何を報じていたのか。
河野前統合幕僚長が、在任中最も緊迫したのはいつか、という朝日新聞のインタビューで、17年ですと明確に答えていた。
「違った段階に来ていると思いました」とも述べている。
電話で米軍の統合参謀本部議長やハリス太平洋軍司令官とも準備態勢の情報交換をし、米軍が軍事行動に踏み切り朝鮮半島有事になる可能性を考えて、安保法制の下で自衛隊がどう動くか、統合幕僚監部で「頭の体操をした」と言っている。
その17年の新聞記事を論評した第一章「朝鮮半島危機に何を報じたか」、あるいは第五章の「“ビラ“になった新聞」を興味深く読んだ。
統合幕僚長が最も緊迫していた、とする17年に、新聞は「国民の命」をどう守るかについて書いていないのだ。国民の命よりも、安倍政権を引きずり下ろすことのほうが重要だったのだ。
『朝鮮「四月危機」(二〇一七年)を振り返ると、日本の新聞離れは、もはや、止めようがないことを嫌でも再認識させられる。わかりやすく言えば、もう新聞は「要らない」ということである。』
この言葉に、門田氏の静かだが、強い憤りを読み取った。第一章だけでなく、全編に記録されている新聞報道の底の浅さに怒りがこみ上げた。こんなものに世論はまだ多少なりとも振り回されているのかという怒りだ。
河野前統合幕僚長が、在任中最も緊迫したのはいつか、という朝日新聞のインタビューで、17年ですと明確に答えていた。
「違った段階に来ていると思いました」とも述べている。
電話で米軍の統合参謀本部議長やハリス太平洋軍司令官とも準備態勢の情報交換をし、米軍が軍事行動に踏み切り朝鮮半島有事になる可能性を考えて、安保法制の下で自衛隊がどう動くか、統合幕僚監部で「頭の体操をした」と言っている。
その17年の新聞記事を論評した第一章「朝鮮半島危機に何を報じたか」、あるいは第五章の「“ビラ“になった新聞」を興味深く読んだ。
統合幕僚長が最も緊迫していた、とする17年に、新聞は「国民の命」をどう守るかについて書いていないのだ。国民の命よりも、安倍政権を引きずり下ろすことのほうが重要だったのだ。
『朝鮮「四月危機」(二〇一七年)を振り返ると、日本の新聞離れは、もはや、止めようがないことを嫌でも再認識させられる。わかりやすく言えば、もう新聞は「要らない」ということである。』
この言葉に、門田氏の静かだが、強い憤りを読み取った。第一章だけでなく、全編に記録されている新聞報道の底の浅さに怒りがこみ上げた。こんなものに世論はまだ多少なりとも振り回されているのかという怒りだ。
2019年6月2日に日本でレビュー済み
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虚報を流す報道機関が存続できる訳がない。自由民主主義圏の国々であれば自明である。
新聞が世の中をミスリードできた時代は終焉したことを、我われは既に知ってしまった。
世の中は虚報で動くようなことはもうない。
朝日新聞を支持するとかしないとか、そんな矮小なことではないのです。世の中に溢れ
かえる報道の海の中から、真実は何かを捜し、今何を為すべきかを自ら考え、行動する。
与えられた報道を、単に鵜呑みにする愚を繰り返すのはもう止めよう。と、呼びかける
警鐘と啓蒙の書なんです。極めて重い問いかけでもあります。
新聞が世の中をミスリードできた時代は終焉したことを、我われは既に知ってしまった。
世の中は虚報で動くようなことはもうない。
朝日新聞を支持するとかしないとか、そんな矮小なことではないのです。世の中に溢れ
かえる報道の海の中から、真実は何かを捜し、今何を為すべきかを自ら考え、行動する。
与えられた報道を、単に鵜呑みにする愚を繰り返すのはもう止めよう。と、呼びかける
警鐘と啓蒙の書なんです。極めて重い問いかけでもあります。






