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摘録 断腸亭日乗〈下〉 (岩波文庫) 文庫 – 1987/8/17

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

読む者を捕えてはなさぬ荷風日記の魅力を「あとを引く」面白さとでもいおうか。そういう日記の、ではどのあたりが最も精彩に富むかといえば、その1つとして戦中の記事をあげねばなるまい。なかでも昭和20年3月10日の東京大空襲にはじまる5カ月間の罹災記事は圧巻である。昭和12~34年を収録。


登録情報

  • 文庫: 426ページ
  • 出版社: 岩波書店 (1987/8/17)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4003104218
  • ISBN-13: 978-4003104217
  • 発売日: 1987/8/17
  • 商品パッケージの寸法: 14.6 x 10.6 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.9 8件のカスタマーレビュー
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 77,207位 (本の売れ筋ランキングを見る)
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カスタマーレビュー

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トップカスタマーレビュー

形式: 文庫
永井の大正6年(1917年)から昭和34年(1958年)までの日記です。最初の頃は恐らく、誰にも見せるつもりは無く書かれているように感じました。後半は誰かに読まれる可能性を感じつつ(軍部による調査を気にしていたようです)、朱を入れていたのですが、ある事からその行動を恥じ、感じたことを(軍部批判であったとしても)そのまま、後に読まれることも想定しつつ書き綴っています。正直、頑固ともいえますし、柔軟性に欠ける部分ももちろんあります、そして少し一方的に過ぎるきらいはあるにせよ、芯の通った人の姿とも言えます。

人嫌いかのような荷風の、それでも交友関係の中でもやはり重きを置くのは先輩の森鴎外であり、後輩の谷崎潤一郎や堀口大學なんですが、その鴎外先生が亡くなられるのが大正11年ですから、この日記が始まって僅か6年、しかし非常に尊敬していたことが窺えます。以来、年に1度くらいの頻度で墓参りをしていますし、空襲の後に移された三鷹まで花を手向けに来ていたりします。

かなり病弱な人であったらしく、病臥していることも多く、そしてやはり銀座のカッフェーにも毎日のように出向いています。独身貴族のように振る舞いながら、しかし何処か女を求めることにひどく執着もし、遺産を分け与えるなら、死水を取らすならこの女だ、と感じて興信所に調べさせたりするところも、独善的で都合の良
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戦中の暗い時世のなかで荷風の反軍国・反官の舌鋒は凄みを増して冴えわたり、挿入される街のうわさや風聞録のたぐいがコメディ・リリーフ的な役割を担い、当世女性流行の服飾や髪型のヘタウマ風スケッチに荷風の視力の確かさが見てとれる。
内容的には昭和16年のものがおもしろい。最晩年の荷風はほぼ毎日浅草銀座へ通い続けるが、その行動は八十歳間近の老人とは思えない。ただ、興味関心は薄らいでいくばかりで生活がハンで押したように固定化単純化されていき、内容も無味乾燥となる。
最後の年(昭和34年)の日記が無常である。突如体調を壊し、以後、病臥の日々が続く2ヶ月間に日記は次第に短くなり、とうとう月日と天候のみが記されていく。「四月二十九日 祭日 陰」。
さながら、ロウソクのともし火がふっと消えていくその瞬間に立ち会ったような感慨深い余韻があとに残る。
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1941年6月15日、日記の自己検閲(切り取り)をやめると決めてからは、軍人政治に対する批判が迫力を増します。戦時中、米が、味噌が、豆腐が、パンが、饂飩が、鶏肉牛肉が、野菜果実が、梅干しが、マッチが、炭が、ガスが、酒が、煙草が、菓子が、衣類が、墨が……物資が不足していきます。戦後、そして齢七十を超え、だんだん簡単になっていく記録。もはや一日一行です。
「日曜日。晴れ。正午浅草。」
「陰。風烈し。正午浅草。」
「晴。そろそろ暑し。正午浅草。」
とにかく浅草。なんてったって浅草。
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形式: 文庫
退職前の数年間、必死に断腸亭日乗(ワイド版)を読んだ。読めない字、難解な言葉には通勤時に鉛筆で傍線を引き、帰宅後調べるという習慣がついた。国語辞書でも解明できない言葉が多かった。それは我慢できたが、固有名詞、とりわけ人名には参った。何せ、「注解」がいっさい無い本なのだ。(逆に、中にはアホらしいほど世話好きな注解がある。太宰の「津軽」(新潮文庫)の「さるまた・男が用いる、腰やまたをおおう下着の短いももひき」のたぐい。)
荷風がつきあった人を調べるのも一興だが、限度がある。湖山はわかったが唖ゝ子がわからない。九穂(きゅうすい)子もわからない。いちいち調べていると、いっこうに前に進まないではないか。
個人的に腹が立つのは、世話になった嶋中雄作・中央公論社長についての言及に関して不親切な点だ。「昭和23年9月23日。島中社長来話。全集第2回印税25万9233円也受納」「第3回印税28万円也」とあり、大金を得ていることがわかる。大恩人の同社長なくして、彼の文筆生活は成り立たなかった。
それなのに、嶋中社長が翌年1月に亡くなっても、そのことを1行も日記に書いていない。
「昭和24年8月22日」以降にまた島中氏が登場するのだが、これは雄作氏ではなく、後を継いだ鵬二社長のことなのである。しかしそうした事情は、読者にはわからない。ひどい話ではないか。
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