ルシア・ベルリンの本邦初の短編集。全24篇。岸本佐知子訳。3篇が過去に雑誌掲載されただけで、残り21篇は訳し下ろし。日本人読者の前に、どっさりとルシア・ベルリンが提供されたわけだ。ありがたい。
カバーと目次の後に、三番目の夫が撮った彼女の写真がついている。かなりの美人である。
数篇読むと病みつきになってしまう作家であり、全部読むのはもったいないと思いつつ、ついつい全部読んでしまった。
作品がすごいが、人生もすごい。30歳までに3人の夫と結婚離婚し、30代の出発の時点で4人の息子を抱えたシングルマザーであった女性が、様々な職業に就き、アルコール依存に悩み、引っ越しを繰り返し、子供を育て上げ、アルコール依存を克服して、50代の安定期にたどり着くのもすごいが、その後も「走れ、走り続けよ」的生活を続け、68年の人生を生き抜いたのもすごい。
作品はそんな彼女の波瀾万丈(???)の人生という太い幹から、彼女自身が皮を切り取って読者に見せてくれるのだが、切り取る場所によって、全く違うルシアが現れるのが面白い。(たとえば、「沈黙」のアル中の叔父に悩まされる娘、「最初のデトックス」の四人の子持ちのシングルマザーアル中、「さあ土曜日だ」のアル中を克服した刑務所講師)。また、同じ場所を切り取っても、別の話ができるのも興味深い(たとえば、不治の妹を看病する「ママ」、「苦しみの殿堂」、「あとちょっとだけ」)
作品の長さを数えてみると、長い方から、「沈黙」約21頁。「さあ土曜日だ」約20頁。
短い方から、「マカダム」約2頁。「わたしの騎手」約2頁。「ティーンエイジ・パンク」約3頁。「ステップ」(アル中)約4頁。「どうにもならない」(アル中)約5頁。「エルパソの電気自動車」(聖書引用ネタ)(約5頁)。のこりは約6頁から約19頁になる。(数え間違いご容赦)
私的感想
〇ランキングの付けにくい作品群だが、一応、特別気に入ったものを5位+次点まであげてみる。
第一位「いいと悪い」・・サンチャゴでご令嬢をしている娘と彼女に共産主義を植え付けようと貧民街を連れ回す学校女教師。見事な終わり。
第二位「星と聖人」・・いじめられっ子ルシアと尼僧の愛情。不条理で突然のラスト。
第三位「最初のデトックス」・・アル中ものでは、これが一番好き。郡立病院デトックス棟に強制収容された教師ルシア。
第四位「さあ土曜日だ」・・刑務所内文章教室。ルシア先生の絶妙の実習。
第五位「ママ」・・妹サリーもの。母の思い出で盛り上げておいて・・
次点1「ティーンエイジ・パンク」・・シングルマザーと霜とツル。鮮やかな過去の一断面の切り取り。
次点2「巣に帰る」・・晩年の作品のよう。もし、過去にパラレルワールドの方に入り込んでいたら・・結論は??
私的結論
特別嫌いな作品はなかった。
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掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集 単行本 – 2019/7/10
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2020年本屋大賞〔翻訳小説部門〕第2位。
第10回Twitter文学賞〔海外編〕第1位。
「アメリカ文学界最後の秘密」と呼ばれたルシア・ベルリン、初の邦訳作品集!
メディア、SNSで大反響!
朝日、日経、読売、毎日、東京、中日、北陸中日、北海道、河北新報、信濃毎日、京都、共同、週刊文春、週刊新潮、週刊朝日、文藝春秋、GINZA、MORE、FIGAR JAPON、VOGUE JAPAN、ELLE JAPON、クロワッサン、婦人公論、ミセス、本の雑誌、POPEYE、本の雑誌、mi-mollet、現代ビジネス、クーリエ・ジャポン、本の雑誌、図書新聞、週刊読書人、文藝、すばる、小説すばる、波、本、RKBラジオ、NHKラジオ深夜便、TOKYO FM。 J-WAVE……。「ダ・ヴィンチ」の「ひとめ惚れ大賞」受賞!
2013年にノーベル文学賞を受賞したアリス・マンローや、短篇の名手レイモンド・カーヴァー、日本で近年人気が高まっているリディア・デイヴィスなどの名だたる作家たちに影響を与えながら、寡作ゆえに一部のディープな文学ファンにのみその名を知られてきた作家、ルシア・ベルリン。
2004年の逝去から10年を経て、2015年、短篇集A Manual for Cleaning Womenが出版されると同書はたちまちベストセラーとなり、The New York Times Book Reviewはじめ、その年の多くのメディアのベスト本リストに選ばれました。
本書は、同書から岸本佐知子がよりすぐった24篇を収録。
この一冊を読めば、世界が「再発見」した、この注目の作家の世界がわかります!
このむきだしの言葉、魂から直接つかみとってきたような言葉を、
とにかく読んで、揺さぶられてください
――岸本佐知子「訳者あとがき」より
彼女の小説を読んでいると、自分がそれまで何をしていたかも、
どこにいるかも、自分が誰かさえ忘れてしまう。
――リディア・デイヴィスによる原書序文「物語こそがすべて」(本書収録)より
毎日バスに揺られて他人の家に通いながら、ひたすら死ぬことを思う掃除婦(「掃除婦のための手引き書」)。
夜明けにふるえる足で酒を買いに行くアルコール依存症のシングルマザー(「どうにもならない」)。
刑務所で囚人たちに創作を教える女性教師(「さあ土曜日だ」)。……
自身の人生に根ざして紡ぎ出された奇跡の文学。
第10回Twitter文学賞〔海外編〕第1位。
「アメリカ文学界最後の秘密」と呼ばれたルシア・ベルリン、初の邦訳作品集!
メディア、SNSで大反響!
朝日、日経、読売、毎日、東京、中日、北陸中日、北海道、河北新報、信濃毎日、京都、共同、週刊文春、週刊新潮、週刊朝日、文藝春秋、GINZA、MORE、FIGAR JAPON、VOGUE JAPAN、ELLE JAPON、クロワッサン、婦人公論、ミセス、本の雑誌、POPEYE、本の雑誌、mi-mollet、現代ビジネス、クーリエ・ジャポン、本の雑誌、図書新聞、週刊読書人、文藝、すばる、小説すばる、波、本、RKBラジオ、NHKラジオ深夜便、TOKYO FM。 J-WAVE……。「ダ・ヴィンチ」の「ひとめ惚れ大賞」受賞!
2013年にノーベル文学賞を受賞したアリス・マンローや、短篇の名手レイモンド・カーヴァー、日本で近年人気が高まっているリディア・デイヴィスなどの名だたる作家たちに影響を与えながら、寡作ゆえに一部のディープな文学ファンにのみその名を知られてきた作家、ルシア・ベルリン。
2004年の逝去から10年を経て、2015年、短篇集A Manual for Cleaning Womenが出版されると同書はたちまちベストセラーとなり、The New York Times Book Reviewはじめ、その年の多くのメディアのベスト本リストに選ばれました。
本書は、同書から岸本佐知子がよりすぐった24篇を収録。
この一冊を読めば、世界が「再発見」した、この注目の作家の世界がわかります!
このむきだしの言葉、魂から直接つかみとってきたような言葉を、
とにかく読んで、揺さぶられてください
――岸本佐知子「訳者あとがき」より
彼女の小説を読んでいると、自分がそれまで何をしていたかも、
どこにいるかも、自分が誰かさえ忘れてしまう。
――リディア・デイヴィスによる原書序文「物語こそがすべて」(本書収録)より
毎日バスに揺られて他人の家に通いながら、ひたすら死ぬことを思う掃除婦(「掃除婦のための手引き書」)。
夜明けにふるえる足で酒を買いに行くアルコール依存症のシングルマザー(「どうにもならない」)。
刑務所で囚人たちに創作を教える女性教師(「さあ土曜日だ」)。……
自身の人生に根ざして紡ぎ出された奇跡の文学。
- 本の長さ322ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2019/7/10
- 寸法13.6 x 2.2 x 19.3 cm
- ISBN-104065119294
- ISBN-13978-4065119297
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
毎日バスに揺られて他人の家に通いながら、ひたすら死ぬことを思う掃除婦(「掃除婦のための手引き書」)。夜明けにふるえる足で酒を買いに行くアルコール依存症のシングルマザー(「どうにもならない」)。刑務所で囚人たちに創作を教える女性教師(「さあ土曜日だ」)。自身の人生に根ざして紡ぎ出された奇跡の文学。死後十年を経て「再発見」された作家のはじめての邦訳作品集。
著者について
ルシア・ベルリン
Lucia Berlin
1936年アラスカ生まれ。鉱山技師だった父の仕事の関係で幼少期より北米の鉱山町を転々とし、成長期の大半をチリで過ごす。3回の結婚と離婚を経て4人の息子をシングルマザーとして育てながら、高校教師、掃除婦、電話交換手、看護師などをして働く。いっぽうでアルコール依存症に苦しむ。20代から自身の体験に根ざした小説を書きはじめ、77年に最初の作品集が発表されると、その斬新な「声」により、多くの同時代人作家に衝撃を与える。90年代に入ってサンフランシスコ郡刑務所などで創作を教えるようになり、のちにコロラド大学准教授になる。2004年逝去。レイモンド・カーヴァー、リディア・デイヴィスをはじめ多くの作家に影響を与えながらも、生前は一部にその名を知られるのみであったが、2015年、本書の底本となるA Manual for Cleaning Womenが出版されると同書はたちまちベストセラーとなり、多くの読者に驚きとともに「再発見」された。
岸本 佐知子
翻訳家。訳書にリディア・デイヴィス『話の終わり』『ほとんど記憶のない女』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、スティーブン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』など多数。編訳書に『変愛小説集』『楽しい夜』『居心地の悪い部屋』ほか、著書に『なんらかの事情』ほか。2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞。
Lucia Berlin
1936年アラスカ生まれ。鉱山技師だった父の仕事の関係で幼少期より北米の鉱山町を転々とし、成長期の大半をチリで過ごす。3回の結婚と離婚を経て4人の息子をシングルマザーとして育てながら、高校教師、掃除婦、電話交換手、看護師などをして働く。いっぽうでアルコール依存症に苦しむ。20代から自身の体験に根ざした小説を書きはじめ、77年に最初の作品集が発表されると、その斬新な「声」により、多くの同時代人作家に衝撃を与える。90年代に入ってサンフランシスコ郡刑務所などで創作を教えるようになり、のちにコロラド大学准教授になる。2004年逝去。レイモンド・カーヴァー、リディア・デイヴィスをはじめ多くの作家に影響を与えながらも、生前は一部にその名を知られるのみであったが、2015年、本書の底本となるA Manual for Cleaning Womenが出版されると同書はたちまちベストセラーとなり、多くの読者に驚きとともに「再発見」された。
岸本 佐知子
翻訳家。訳書にリディア・デイヴィス『話の終わり』『ほとんど記憶のない女』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、スティーブン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』など多数。編訳書に『変愛小説集』『楽しい夜』『居心地の悪い部屋』ほか、著書に『なんらかの事情』ほか。2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ベルリン,ルシア
1936年アラスカ生まれ。鉱山技師だった父の仕事の関係で幼少期より北米の鉱山町を転々とし、成長期の大半をチリで過ごす。3回の結婚と離婚を経て4人の息子をシングルマザーとして育てながら、高校教師、掃除婦、電話交換手、看護師などをして働く。いっぽうでアルコール依存症に苦しむ。20代から自身の体験に根ざした小説を書きはじめ、77年に最初の作品集が発表されると、その斬新な「声」により、多くの同時代人作家に衝撃を与える。90年代に入ってサンフランシスコ郡刑務所などで創作を教えるようになり、のちにコロラド大学准教授になる。2004年逝去
岸本/佐知子
翻訳家。2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1936年アラスカ生まれ。鉱山技師だった父の仕事の関係で幼少期より北米の鉱山町を転々とし、成長期の大半をチリで過ごす。3回の結婚と離婚を経て4人の息子をシングルマザーとして育てながら、高校教師、掃除婦、電話交換手、看護師などをして働く。いっぽうでアルコール依存症に苦しむ。20代から自身の体験に根ざした小説を書きはじめ、77年に最初の作品集が発表されると、その斬新な「声」により、多くの同時代人作家に衝撃を与える。90年代に入ってサンフランシスコ郡刑務所などで創作を教えるようになり、のちにコロラド大学准教授になる。2004年逝去
岸本/佐知子
翻訳家。2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 講談社 (2019/7/10)
- 発売日 : 2019/7/10
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 322ページ
- ISBN-10 : 4065119294
- ISBN-13 : 978-4065119297
- 寸法 : 13.6 x 2.2 x 19.3 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 10,112位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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カスタマーレビュー
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殿堂入りベスト10レビュアー
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179人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2019年7月15日に日本でレビュー済み
とにかく剥き出しの言葉。美しく、ねじくれ、憐れなほど純粋で、人の心を掴みます。最近あまりに女性讃歌ものが流行るのでこれもそうなのかなと思って居たけど、訳が岸本さんということで、特大の信頼から中味を見ずに購入。
著者の実体験談が綴られて居ますが、夢の中をみせられているかのような不思議なリアルさと空想に包まれました。
しかし、アメリカの作家には多いtoughでどこまでも<此処ではない何処か>を求めるフロンティア精神がほのみえます。
今再発見されている方だそうですが、亡くなったそうで非常に残念…
表紙は女優ではなく本人です!超美人。
美人ならではと言えそうな苦境も数々描かれています。あっという間に読み終わる面白さですが、何度も読み返したくなる魅力に溢れています。
邦訳してくれて、こんな磨く前の宝石みたいな文章が読めて、嬉しいです。
著者の実体験談が綴られて居ますが、夢の中をみせられているかのような不思議なリアルさと空想に包まれました。
しかし、アメリカの作家には多いtoughでどこまでも<此処ではない何処か>を求めるフロンティア精神がほのみえます。
今再発見されている方だそうですが、亡くなったそうで非常に残念…
表紙は女優ではなく本人です!超美人。
美人ならではと言えそうな苦境も数々描かれています。あっという間に読み終わる面白さですが、何度も読み返したくなる魅力に溢れています。
邦訳してくれて、こんな磨く前の宝石みたいな文章が読めて、嬉しいです。
殿堂入りNo1レビュアーベスト500レビュアー
2004年に68歳で亡くなったアメリカ人作家ルシア・ベルリンの短編集です。2015年にアメリカで43編を集めて編まれた作品集『A Manual for Cleaning Women』から24編を選んで邦訳されたものです。
24編は波乱に満ちた作家自身の人生を色濃く投影させた物語ばかりです。鉱山町を渡り歩いた父に連れられて転居を続けた幼少期。南米チリで贅沢に暮らした少女時代。シングルマザーとして暮らした中年期。アルコール依存症との苦しい闘いの日々。末期がんの妹と過ごしたメキシコでの情景――。
自らの経験に基づく小説群とはいえ、日本風の私小説の趣はそこにはありません。どちらかというと、日々の暮らしの断片を随想風に綴った滋味豊かな文章が24つ集められたというべきでしょうか。
どこか孤独で静かで、そして人生の見せる残酷さを常に垣間見せる物語群に大いに魅せられました。
わけても私がもっとも素晴らしいと感じたのは、『いいと悪い』です。チリで送った高校時代のお話ですが、社会を斜めに見ていた主人公が、ドーソン先生という共産主義にかぶれた大人の女性と出会い、やがて無惨な形で別れていった経験をこの上なく苦い形で差出してみせます。主人公の女子高生が無知で奔放であるのは致し方ないとして、ドーソン先生も猪突猛進なあまり、立ち止まって世間を冷静に見渡してみる余裕を失っているところがあります。そこがなんとも人間臭く、そしてそこにこの物語がフィクションでありながら作り物臭さを一切持たずに進む効果をもたらしていると感じます。
そしてなんといってもこの小説を翻訳物だと感じさせないほど優れた訳書に仕上げてくれた岸本佐知子氏には大いなる敬意を表します。岸本氏という翻訳者を得て、生前には日本ではほとんど知られることのなかったルシア・ベルリンという書き手がたっぷりと紹介されたのは、日本人読者にとっては大変幸運な出来事だと言えると思います。
『週刊新潮』が、「「海外文学は売れない」というジンクスを打ち破り増刷中の翻訳書」と報じているほどの成功を見せているのですから、版元の講談社もいずれ残り19編を岸本氏の邦訳で世に出すことでしょう。
楽しみにしています。
----------------------------
*51頁:「emergency room」を「緊急救命室」と訳していますが、正しくは「救急救命室」です。毎日・朝日・産経・日経・東京の各紙や時事通信の記事では「救急救命室」が使われます。「緊急救命室」はアメリカのテレビドラマ『ER』がNHKで放送されたときの邦題です。
ただし、265頁では「救急救命室」という訳語が使われています。
*67頁:主人公がメキシコ人のジョッキーにスペイン語で話しかける場面で、despacioを「ゆっくり(デスパチート)」と表記していますが、 原文はCálmate, lindo, cálmate. Despacioで、最後の単語は「デスパシオ」と発音します。スペイン語の「ci(シ)」をイタリア語の「ci(チ)」と混同して訳したようです。スペイン語ではdespacioに指小辞-itoをつけたdespacito(少しゆっくり)という単語もありますが、この小説の原文ではdespacioとなっているものしか見つかりませんでした。
*130頁:少女ゲルダの父親の苗字von Dessaurを「フォン・デッサウ」とカタカナ書きしていますが、ドイツ語で読むのであれば正しくは「フォン・デッサウア」です。
*130頁:ゲルダのことを父親が「ゲルダレイン」と呼んだとありますが、Gerdaleinはドイツ語では「ゲルダライン」と発音します。ドイツ語の-lein(発音は「ライン」)は指小辞で「小さい」ことや「かわいらしい」ことを表します。Frau(フラウ=女性)に-leinをつけたFräulein(フロイライン=少女)などに見られます。ですから「Gerdalein(ゲルダライン)」は「ゲルダちゃん」といった感じです。
*172頁:「苦しみの殿堂」に振られたルビが「パンテオン・ド・ドロレス」となっていますが、原文は“Panteón de Dolores”ですから「パンテオン・デ・ドロレス」が正しい表記です。おそらくスペイン語の接続詞「de」をフランス語読みしたと思われます。
*212頁:サリーが「かわいそうに、かわいそうに」という言葉に「ポブレチータ、ポブレチータ」とルビが振られていますが、正しくは「ポブレシータ、ポブレシータ」です。「pobrecita」はスペイン語ですから、「ci」をイタリア語のように「チ」とは発音しません。
*215頁:「ミス・ブリックの財布が机の中から盗まれた」とありますが、原文は「Miss Brick’s purse got stolen from beneath her desk.」ですから、正しくは「机の下に置いてあったブリック先生のバッグが盗まれた」ではないでしょうか。beneath her desk(机の下)に置いてあったのですから、purseはイギリス英語の「財布」ではなく、(作者であるルシア・ベルリンの出身国である)アメリカ英語の「女性ものの小さなカバン」と考えるほうが自然だと思います。
*221頁:「甘い菓子パン」に「パン・ドルセ」とルビが振ってありますが、英語原文にあるスペイン語「pan dulce」は「パン・ドゥルセ」としたほうが原音に近いといえます。
*260頁:「ミ・アルジェンティーナ」とありますが、スペイン語の「mi Argentina」は「ミ・アルヘンティーナ」と発音します。
*261頁:「ミ・ヴィーダ」とありますが、スペイン語の「mi vida」は「ミ・ビーダ」です。/v/の音はスペイン語にはありません。
*262頁:「急いで」に「アプレイト」とルビが振ってありますが、スペイン語の「Apúrate」は「アプーラテ」と発音します。「アプレイト」は明らかに英語風に読んでしまっています。
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以下の書を同類の書として紹介しておきます。
◆ジュンパ・ラヒリ『 わたしのいるところ 』(新潮クレスト・ブックス)
:アメリカ人作家ラヒリがイタリア語で書いた連作短編集です。46の断章を通じて描かれるのは、何か一つの大きな物語の弧(arc)ではありません。友人の夫に感じたある種の嫌悪や、友人の若い娘のしなやかさに対する羨望、亡くなった同僚への追想など、主人公の心をよぎって、さざ波を立てる人間関係のあれやこれやが徒然なるままに綴られていきます。
◆堀江 敏幸『 雪沼とその周辺 』(新潮文庫)
:おそらく日本の北方にあるだろう架空の町・雪沼の人々を描いた7つの掌編からなる連作短編集です。各編をつぶさに読むと、そこかしこに別の短編の主人公や設定が差し挟まれていて、物語同士に緩やかなつながりが見られます。全7編を読み通すと雪沼に住まう人々が群像劇として浮かび上がってくる具合です。
◆シャーウッド・アンダーソン『 ワインズバーグ、オハイオ 』(新潮文庫)
:オハイオ州の架空の町「ワインズバーグ」の人々を描いた22の掌編からなる連作短編集です。ある一編の主人公が別の一編では脇役として登場するなど、物語同士が緩やかに連関していて、22編全体でそこに住まう人々を群像劇として描く仕掛けがほどこされています。
『掃除婦のための手引き書』のうちの一編『どうにもならない』が、シャーウッド・アンダーソンの名に言及しています。
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24編は波乱に満ちた作家自身の人生を色濃く投影させた物語ばかりです。鉱山町を渡り歩いた父に連れられて転居を続けた幼少期。南米チリで贅沢に暮らした少女時代。シングルマザーとして暮らした中年期。アルコール依存症との苦しい闘いの日々。末期がんの妹と過ごしたメキシコでの情景――。
自らの経験に基づく小説群とはいえ、日本風の私小説の趣はそこにはありません。どちらかというと、日々の暮らしの断片を随想風に綴った滋味豊かな文章が24つ集められたというべきでしょうか。
どこか孤独で静かで、そして人生の見せる残酷さを常に垣間見せる物語群に大いに魅せられました。
わけても私がもっとも素晴らしいと感じたのは、『いいと悪い』です。チリで送った高校時代のお話ですが、社会を斜めに見ていた主人公が、ドーソン先生という共産主義にかぶれた大人の女性と出会い、やがて無惨な形で別れていった経験をこの上なく苦い形で差出してみせます。主人公の女子高生が無知で奔放であるのは致し方ないとして、ドーソン先生も猪突猛進なあまり、立ち止まって世間を冷静に見渡してみる余裕を失っているところがあります。そこがなんとも人間臭く、そしてそこにこの物語がフィクションでありながら作り物臭さを一切持たずに進む効果をもたらしていると感じます。
そしてなんといってもこの小説を翻訳物だと感じさせないほど優れた訳書に仕上げてくれた岸本佐知子氏には大いなる敬意を表します。岸本氏という翻訳者を得て、生前には日本ではほとんど知られることのなかったルシア・ベルリンという書き手がたっぷりと紹介されたのは、日本人読者にとっては大変幸運な出来事だと言えると思います。
『週刊新潮』が、「「海外文学は売れない」というジンクスを打ち破り増刷中の翻訳書」と報じているほどの成功を見せているのですから、版元の講談社もいずれ残り19編を岸本氏の邦訳で世に出すことでしょう。
楽しみにしています。
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*51頁:「emergency room」を「緊急救命室」と訳していますが、正しくは「救急救命室」です。毎日・朝日・産経・日経・東京の各紙や時事通信の記事では「救急救命室」が使われます。「緊急救命室」はアメリカのテレビドラマ『ER』がNHKで放送されたときの邦題です。
ただし、265頁では「救急救命室」という訳語が使われています。
*67頁:主人公がメキシコ人のジョッキーにスペイン語で話しかける場面で、despacioを「ゆっくり(デスパチート)」と表記していますが、 原文はCálmate, lindo, cálmate. Despacioで、最後の単語は「デスパシオ」と発音します。スペイン語の「ci(シ)」をイタリア語の「ci(チ)」と混同して訳したようです。スペイン語ではdespacioに指小辞-itoをつけたdespacito(少しゆっくり)という単語もありますが、この小説の原文ではdespacioとなっているものしか見つかりませんでした。
*130頁:少女ゲルダの父親の苗字von Dessaurを「フォン・デッサウ」とカタカナ書きしていますが、ドイツ語で読むのであれば正しくは「フォン・デッサウア」です。
*130頁:ゲルダのことを父親が「ゲルダレイン」と呼んだとありますが、Gerdaleinはドイツ語では「ゲルダライン」と発音します。ドイツ語の-lein(発音は「ライン」)は指小辞で「小さい」ことや「かわいらしい」ことを表します。Frau(フラウ=女性)に-leinをつけたFräulein(フロイライン=少女)などに見られます。ですから「Gerdalein(ゲルダライン)」は「ゲルダちゃん」といった感じです。
*172頁:「苦しみの殿堂」に振られたルビが「パンテオン・ド・ドロレス」となっていますが、原文は“Panteón de Dolores”ですから「パンテオン・デ・ドロレス」が正しい表記です。おそらくスペイン語の接続詞「de」をフランス語読みしたと思われます。
*212頁:サリーが「かわいそうに、かわいそうに」という言葉に「ポブレチータ、ポブレチータ」とルビが振られていますが、正しくは「ポブレシータ、ポブレシータ」です。「pobrecita」はスペイン語ですから、「ci」をイタリア語のように「チ」とは発音しません。
*215頁:「ミス・ブリックの財布が机の中から盗まれた」とありますが、原文は「Miss Brick’s purse got stolen from beneath her desk.」ですから、正しくは「机の下に置いてあったブリック先生のバッグが盗まれた」ではないでしょうか。beneath her desk(机の下)に置いてあったのですから、purseはイギリス英語の「財布」ではなく、(作者であるルシア・ベルリンの出身国である)アメリカ英語の「女性ものの小さなカバン」と考えるほうが自然だと思います。
*221頁:「甘い菓子パン」に「パン・ドルセ」とルビが振ってありますが、英語原文にあるスペイン語「pan dulce」は「パン・ドゥルセ」としたほうが原音に近いといえます。
*260頁:「ミ・アルジェンティーナ」とありますが、スペイン語の「mi Argentina」は「ミ・アルヘンティーナ」と発音します。
*261頁:「ミ・ヴィーダ」とありますが、スペイン語の「mi vida」は「ミ・ビーダ」です。/v/の音はスペイン語にはありません。
*262頁:「急いで」に「アプレイト」とルビが振ってありますが、スペイン語の「Apúrate」は「アプーラテ」と発音します。「アプレイト」は明らかに英語風に読んでしまっています。
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以下の書を同類の書として紹介しておきます。
◆ジュンパ・ラヒリ『 わたしのいるところ 』(新潮クレスト・ブックス)
:アメリカ人作家ラヒリがイタリア語で書いた連作短編集です。46の断章を通じて描かれるのは、何か一つの大きな物語の弧(arc)ではありません。友人の夫に感じたある種の嫌悪や、友人の若い娘のしなやかさに対する羨望、亡くなった同僚への追想など、主人公の心をよぎって、さざ波を立てる人間関係のあれやこれやが徒然なるままに綴られていきます。
◆堀江 敏幸『 雪沼とその周辺 』(新潮文庫)
:おそらく日本の北方にあるだろう架空の町・雪沼の人々を描いた7つの掌編からなる連作短編集です。各編をつぶさに読むと、そこかしこに別の短編の主人公や設定が差し挟まれていて、物語同士に緩やかなつながりが見られます。全7編を読み通すと雪沼に住まう人々が群像劇として浮かび上がってくる具合です。
◆シャーウッド・アンダーソン『 ワインズバーグ、オハイオ 』(新潮文庫)
:オハイオ州の架空の町「ワインズバーグ」の人々を描いた22の掌編からなる連作短編集です。ある一編の主人公が別の一編では脇役として登場するなど、物語同士が緩やかに連関していて、22編全体でそこに住まう人々を群像劇として描く仕掛けがほどこされています。
『掃除婦のための手引き書』のうちの一編『どうにもならない』が、シャーウッド・アンダーソンの名に言及しています。
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2022年4月9日に日本でレビュー済み
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不思議なタイトル、気取ったポーズのカバー写真、なんだかお洒落な恋物語みたいだ。そんな軽い好奇心から、今回の文庫化を機に手に取って読んでみた。けれど、淡い期待はすぐにはじけ散った。この短篇小説集に描かれるのは、ありふれた人々の孤独な日常だ。だれもが夢のない人生を持てあましている、小さな子どもたちでさえ。各短篇の題材は、作者自身のリアルな体験に取材したものだが、多少のフィクションが織り込まれているらしい。けっこうグロテスクなシーンも描かれる。ストーリーにそれほど明確な起承転結があるわけでないが、うまいなと思うのは、書き出しの一行目から読者の心を鷲掴みにすることだ。「待って。これにはわけがあるんです。/今までの人生で、そう言いたくなる場面は何度となくあった。」、「救急救命室の仕事をわたしは気に入っている。なんといっても男に会える。ほんものの男、ヒーローたちだ。消防士に騎手。」、「わたしは家が好きだ。家はいろいろなことを語りかけてくる。掃除婦の仕事が苦にならない理由のひとつもそれだ。本を読むのに似ているのだ。」。こんなふうだから、本書で注目すべきは、文体とレトリックの手際のよさだろう。登場人物のあわれな姿から目をそらしたくても、つい一部始終を見てしまう。たとえば、短篇「どうにもならない」では、アルコール依存症の苦しい離脱症状の最中に主人公が取った行動を叙述するが、この主人公は一人称の「わたし」ではない。三人称で「彼女」と呼ばれるが、その「わたし」でない内心の描写のナチュラルさが素晴らしい。主語の転換が不自然でないから、レトリックに気がつきにくい。そして、主人公が街で出会う人々は、たとえ人生に疲れていても、個性的でたくましい。ドライで冷たい市民生活が辛いとかいう前に、まずきょう一日を乗り切らなきゃ、とでもいいたげだ。ただ、訳者のいう「得も言われぬユーモア」がどの部分を指すのかはよくわからなかった。たぶん、ユーモアと呼ぶには、あまりに知的すぎたり、私の舌には苦すぎたのだろう。だれもが割り切りのいい大人なんだなと感心するが、そういう大人にさせられる社会こそが、大学教師でもあった作者が一度は掃除婦として働いた社会だったのだ。人生に挫折や幻滅を何度も味わった人には、本書の真価が強く実感されると思う。
2020年6月3日に日本でレビュー済み
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全24篇の短編集。著者自身の波瀾万丈の生涯をトレースしている。身体のハンデキャップ、母娘でのアルコール依存症、美しく奔放な母、死病に罹った妹、度重なる離婚、繰り返される自殺未遂、宗教による虐め、富裕から貧困への転落。世の中は、思い通りにならない不条理だらけ。それでも主人公の私の周辺は、身を持ち崩していても、知性溢れる人たちがいる。そこにはウィットに富む会話や、ペーソスの効いた切り返しなどが、小気味いい。
複数の話が前後して、重複して、唐突に始まったりもする。人称も固有名詞も書かれていないことがある。だからなかなか前後脈絡を理解はできない。だから物語の温度や感情の動きを感じるべきなんだろう。痛めつけられていても、不遇な境遇にも、生き続けてゆけば、人生という絵は描ける。アメリカ、メキシコ、チリを舞台として、物語は百花繚乱に咲く。表紙写真はオードリ・ヘップバーンと見紛う美貌の著者自身。
複数の話が前後して、重複して、唐突に始まったりもする。人称も固有名詞も書かれていないことがある。だからなかなか前後脈絡を理解はできない。だから物語の温度や感情の動きを感じるべきなんだろう。痛めつけられていても、不遇な境遇にも、生き続けてゆけば、人生という絵は描ける。アメリカ、メキシコ、チリを舞台として、物語は百花繚乱に咲く。表紙写真はオードリ・ヘップバーンと見紛う美貌の著者自身。