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技術と時間1 エピメテウスの過失 単行本 – 2009/7

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

プラトン、ハイデガー、フッサール、デリダ、ルロワ=グーラン等の議論を丹念にたどり、かれらと対決しながら、技術を哲学の問題としてとらえなおす。ポスト構造主義の次世代を担うスティグレールの主著。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

スティグレール,ベルナール
1952年生まれ。国際哲学コレージュ(College international de philosophie)のプログラム・ディレクター、コンピエーニュ工科大学教授を務めたのち、フランス国立図書館、国立視聴覚研究所(INA)副所長、音響・音楽研究所(IRCAM)所長を務めた。現在、ポンピドゥー・センターの文化開発部長およびリサーチ&イノベーション研究所(IRI)所長。文化資源のIT化国家プロジェクトの中核を担い、技術と人間との関係を根源的に問う、ポスト構造主義以後の代表的哲学者

石田/英敬
1953年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退、パリ第10大学大学院博士課程修了(人文科学博士)。現在、東京大学大学院情報学環・学際情報学府・教授、2009年より同学環長・学府長。2000年から2005年まで国際哲学コレージュのプログラム・ディレクターを務める

西/兼志
1972年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程単位取得退学。グルノーブル第3大学大学院博士課程修了(情報コミュニケーション学博士)、グルノーブル第2大学大学院博士課程修了(哲学博士)。現在、東京大学大学院情報学環特任研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


登録情報

  • 単行本: 435ページ
  • 出版社: 法政大学出版局 (2009/07)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4588120727
  • ISBN-13: 978-4588120725
  • 発売日: 2009/07
  • 商品パッケージの寸法: 19 x 13.6 x 3.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0 4件のカスタマーレビュー
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トップカスタマーレビュー

形式: 単行本
日本では、さまざまな事情で周辺的な著作から翻訳が進んできたベルナール・スティグレール。しかしそのどの著作においても、その議論を支えているのはプラトン以来の西洋哲学の全面的な批判です。そしてその批判の作業を集中的に行っているのが『技術と時間』シリーズであり、その出発点となった博士論文をまとめた一巻『エピメテウスの過失』の邦訳が、ついに刊行されました。めでたすぎる!

一般に「デリダの弟子」とされますが、たくさんいる「弟子」たちのなかでは、『幾何学の起源への序説』や『グラマトロジーについて』など、技術やテクノロジーについて積極的に語っていた初期デリダの議論を批判的に継承するというポジションをとっています。そして、「代補」、「差延」、「補綴」などのデリダのキーワードが技術あるいはテクノロジーの問題として位置づけなおされていきます。

今回刊行された一巻『エピメテウスの過失』では、ベルトラン・ジル、アンドレ・ルロワ=グーラン、ジルベール・シモンドンといった技術哲学の先駆者の議論を取り上げ、技術の次元がもつ相対的な自律性を哲学的に位置づけなおし、その上で、ルソーのデリダ的読解などを通して、そのような技術と人間との関係を「代補」の観点から論じていきます。そして返す刀でデリダ自身に批判を向け、最後にハイデガー初期の時間論の分析でクライマックスとなります。<
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形式: 単行本
 ようやく『技術と時間』の第1巻が日本の読者の手にも届くようになった。ベルナール・スティグレールは尋常ではない多作の哲学者である上、近年では「使命感」からメディアを中心に現代社会の諸問題に取り組むようになり(ギデンズやウルリッヒベックなどの社会学者も対話相手とする)、刺激に満ちた介入的発言を多く読めるようになる一方で、彼の原点にあったベルトラン・ジルの技術史・技術哲学(これは誰しもが脱帽するであろう化け物的な傑作だ)とルロワ=グーランを軸にしながら、ハイデガーの技術および存在の問いを考えるといった深い哲学的著作が読めないという読者としては残念な状況にあった。
 ここにその後のスティグレールの諸仕事の要素のすべてが凝縮されている。第二巻へとつづくこの原点は、日本の哲学者・人文書読者にとりきわめて有益な読書経験のアクセスとなるに違いない。

 もともとスティグレールの文章は読みやすいものではない。それをこれだけすらすらと読めるようにした監修者・訳者を称賛すべきだろう(ただし用語上、慣例にそわないものもあるのでその部分だけ注意すべきだろう。私見では前定立の語の大部分に補綴の意味が込められている)。

 差延、補綴、代補などの概念を駆使する本書は、ジャック・デリダの仕事を(慶ゲルマニストや現象学者とは違うやり方で)最良のかたちで現代に継承したもののひとつである。
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形式: 単行本
資本主義や文化産業、メディアをめぐる哲学的議論では、引用・参照の元となるスティグレールの名前を幾度も目にしてきた。しかし、主著の邦訳がなかったため、この国ではその深い哲学的射程と主題について広く知られているとは言い難い状況であった。この邦訳書の出版によって、スティグレールの技術をめぐる思考の出発点、問題圏の地平が日本語で読めるようになった。その刺激的な思索は、今後さまざまな議論を導いていくことになりそうだ。

その博士論文としての学術的な難しさは残っているものの、原文と忠実に対峙することで、監修者と訳者は丁寧にスティグレールの思考のプロセスを翻訳することに成功している。読みこなすのは大変だが、正確な翻訳である。

技術論は、とくにメディア研究や文化社会学の側面から技術決定論のレッテルを貼られてしまうことがある。しかしスティグレールが描き出す「技術の問い」の射程は、そのような類のものではない。人間存在と技術、記憶と時間に関する考察は、この書を出発点として第二巻、第三巻と、メディア・テクノロジーの問題へと拡張し、私たちの生きている時代そのものを技術との関わりからラディカルに問う。技術を断罪し、技術の本質を語るすべを知らない社会学者や文化研究者にこそ、是非読んでほしい書物である。

『技術と時間1―エピメテウスの過失』の邦訳書の出版は、今年の人文学の世界のなかで最も重大な出来事のひとつとなるに違いない。
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形式: 単行本
スティグレールのTechnics and Timeの日本語訳だというので期待して購入したが、訳者の西兼志(東大特任研究員)の売り物のレベルになっていない訳に怒りを覚える。監修者の石田秀敬(東大大学院情報学環学術情報学府教授)は何をしていたのか、これでいいと思っているなら、石田氏にも同じ言葉を投げたい。まったく、スティグレールも気の毒である。原文では強調も傍点も振られていない単語が太字にされているのも、極めてわずらわしい。勝手な日本語の単語の使用,animate→賦活する(p.2)、わざと原文(英語版だが)よりも回りくどい日本語にする、例:when life becomes technical it is also to be understood as "retentional finitude"→「技術的なものとなった生が有限な過去把持でもある」(p.24)なぜ「生が技術的になるときそれはまた「保持された有限性」と理解されるべきである」としないのだろうか。原文に忠実でない役に問題ありというべきだろう。英語版での「technical process」(技術的プロセス)を「技術化」(p.6)としているなどは、もはや完全な誤謬ではないだろうか。4200円と使った無駄な時間を返していただきたい。
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