日本のマスメディアではしばしば不適切な表現や広告が炎上を繰り返します。これが「有名なクリエイター」の表現か、と私は落胆します。
若い人には自由に表現してほしい。彼らがクリエイティブに勤しむとき、教養は必須ではありません。
しかし、例えばオリンピックの開会式を創造する、というようなレベルのクリエイターであれば当然身につけておかなければ恥ずかしい教養というものがあります。
その教養こそ、廣野由美子著「批評理論入門」(2005)です。
ある程度の年齢のクリエイターならば、批評に耐え得る作品(もちろんポジティブなあるいはネガティブな評価があってよい)を作るべきです。しかしそれらを意図していなかったという言い訳は通用しないのです。ではどういう種類の批評があるのでしょうか。
廣野さんが書いていますが、この本のベースになっているのは前半はデイヴィッド・ロッジの「小説の技巧」(1992)、後半はFrankenstein (Case Studies in Contemporary Criticism) -Mary Shelley & Johanna M. Smith- です。こういう本が存在することでわかるように「批評」は学問の一分野として一般的なもので、教養として必須です。後半で列挙された批評理論の数々は、現代において専門でない人でも知っておくべき評価の手法をほぼ網羅していると考えます。すなわち、
1. 道徳的批評:批評する時点での道徳の規範に即しているのかという視点で作品を評価する。
2. 伝記的批評:その作品が作者の人生の投影であろうという視点で評価する。
3. ジャンル批評:形式あるいは内容により作品を分類し論じる。
4. 読者反応批評:作品の「行間」から読者がどう感じるか、という視点で評価する。
5. 脱構築批評:テクスト中の二項対立、その転覆や解体、あるいは概念のパロディ化に注目して評価する。
6. 精神分析批評:作者のクリエイティブな衝動をフロイト的に批評するのが原点だが、男性中心の考え方であり、ユング的、神話的、ラカン的解釈などへ派生していった。
7. フェミニズム批評:作者としての女性、あるいは作品内の女性について論じる。
8. ジェンダー批評:男女の性のくくりに縛られずに作品に描かれる人物関係について論じる。
9. マルクス主義批評:その作品を物としてとらえ、背景にある政治、経済、社会について論じる。
10. 文化批評:その作品が知識人、あるいは市民に与えた文化的影響を論じる。
11. ポストコロニアル批評:植民地がどう描かれているか、あるいは植民地化されていた国や人々がどう作品を描いたか、という視点で評価する。
12. 新歴史主義:背景としての単なる歴史、ではなくジャレドダイヤモンドのように歴史を大きな社会学として考え作品との関わりを議論する手法。
13. 文体論的批評:テクストの要素を科学的に分析して評価する。
14. 透明な批評:作品が現実であるかのように中に入り込んで論じる手法。
です。何か作品を作ればこれらの視点で批評を受けるのが現代です。そしてこの視点で「発表時点ですでに古い」「間違った既成概念」と指摘されれば、作品の価値は言わずもがなでしょう。
例えば「差別」は、フェミニズム批評、ジェンダー批評、ポストコロニアル批評などを軸に議論されるでしょう。その表現が差別的であるかどうか、についても多様な解釈がありえますから、多くのスタッフの意見を公平に参考にしなければ容易に間違える可能性があります。
ピクサー社における会議「ブレイントラスト」は、多くのスタッフからの忌憚ない意見を集めるものとして有名ですが、結果としてこれら14の視点を網羅するだろうと考えられます。主に監督に対する批評となるわけですが、監督は精神的にダメージを受けつつ批評を乗り越え完成度を高めるためにさらに努力します。その結果作られた作品は世界的に評価を受けています。この会議こそがピクサー映画の質を高めているとされます。(それでも利益相反COIにより、作品の質の低下はおきます。14の視点にもう一つ付け加えるとすればCOIであり、小説では起きにくい問題ですがそれ以外の作品ではしばしば生じる問題です)
ピクサーに限らずクリエイティブなブレインストーミングを行う場合、柔軟な視点を持つ人々が発言しやすい場を作るという事がまず基本です。その上で批評を行えば少なくとも発表即中止というような稚拙なアイディアは駆逐されるはずなのに、この国では稚拙な表現がメディアに散見されますし、悪い表現を擁護しようとする教養のない大人もまだまだ多い。
「批評理論入門」は小説の読み方の本ですが、逆側から眺めればクリエイターが揉まれるべき荒波を書いた本としても極めて価値が高いという事がわかります。興味のある方は手に取ってみてください。
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批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義 (中公新書) 新書 – 2005/3/25
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小説をより深く理解し楽しむためには、徒手空拳では心許ない。『フランケンシュタイン』を素材に小説の技巧と最新の批評理論を丁寧に紹介する。
- ISBN-104121017900
- ISBN-13978-4121017901
- 出版社中央公論新社
- 発売日2005/3/25
- 言語日本語
- 本の長さ258ページ
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
批評理論についての書物は数多くあるが、読み方の実例をとおして、小説とは何かという問題に迫ったものは少ない。本書ではまず、「小説技法篇」で、小説はいかなるテクニックを使って書かれるのかを明示する。続いて「批評理論篇」では、有力な作品分析の方法論を平易に解説した。技法と理論の双方に通じることによって、作品理解はさらに深まるだろう。多様な問題を含んだ小説『フランケンシュタイン』に議論を絞った。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
広野/由美子
1958年生まれ。1982年、京都大学文学部(独文学専攻)卒業。1991年、神戸大学大学院文化学研究科博士課程(英文学専攻)単位取得退学。学術博士。京都大学大学院人間・環境学研究科助教授。イギリス小説を研究。1996年、第4回福原賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1958年生まれ。1982年、京都大学文学部(独文学専攻)卒業。1991年、神戸大学大学院文化学研究科博士課程(英文学専攻)単位取得退学。学術博士。京都大学大学院人間・環境学研究科助教授。イギリス小説を研究。1996年、第4回福原賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2005/3/25)
- 発売日 : 2005/3/25
- 言語 : 日本語
- 新書 : 258ページ
- ISBN-10 : 4121017900
- ISBN-13 : 978-4121017901
- Amazon 売れ筋ランキング: - 6,189位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 17位中公新書
- - 49位英米文学研究
- - 790位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1958年、大阪府生まれ。1982年、京都大学文学部文学科卒業(独文学専攻)。英文学に転向後、神戸大学大学院文化学研究科博士課程単位取得退学(1991)。学術博士(1994)。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。日本ジョージ・エリオット協会会長。2016-2019年、文部科学省科学官。英文学、イギリス小説を研究。1996年、第4回福原賞受賞。著書に、『批評理論入門ー「フランケンシュタイン」解剖講義』(中公新書)、『小説読解入門ー「ミドルマーチ」教養講義』(中公新書)、『ミステリーの人間学ー英国古典探偵小説を読む』(岩波新書)、『深読みジェイン・オースティンー恋愛心理を解剖する』(NHKブックス)、『謎解き「嵐が丘」』(松籟社)、『一人称小説とは何かー異界の「私」の物語』(ミネルヴァ書房)、『視線は人を殺すかー小説論11講』(ミネルヴァ書房)、『十九世紀イギリス小説の技法』(英宝社)ほか。翻訳書に、ジョージ・エリオット『ミドルマーチ』1~4(光文社古典新訳文庫)、ティム・ドリン『ジョージ・エリオット』(彩流社)ほか。NHK Eテレ「100分de名著」の『フランケンシュタイン』『高慢と偏見』にゲスト講師として出演。
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2021年3月20日に日本でレビュー済み
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役に立った
2016年1月24日に日本でレビュー済み
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批評理論の手軽な入門書と思って読んでみたが、想像以上の内容に大満足の一冊。まず、1部で小説「フランケンシュタイン」を批評し、2部で具体的な批評手法をコンパクトに紹介している。まず、1部のフランケンシュタインの分析があまりにも見事で驚かされる。小説とはこのように分析するのかと、自身の浅い読み方を猛省した。2部の批評手法の紹介も端的で分かりやすい。最近だと内容の浅い感想文とそう違わない新書も多いが、それらとは一線を画す中公新書の質の高さを実感させる一冊である。私は「フランケンシュタインなんて興味ないから1部は読み飛ばそう」と思っていたのだが、「まえがき」を読んで引き込まれ結局すべて読了した。小説を深く読みたい人にはぜひオススメである。また、こうした理論は映画の鑑賞にも応用がきくと思われるので、映画に興味のある人もぜひ。
ベスト500レビュアー
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副題は「『フランケンシュタイン』解剖講義」。『フランケンシュタイン』を題材に、前半は「小説技法篇」として「小説の形式や技法、テクストの構造や言語を調べる」内在的アプローチを、後半は「批評理論篇」として「文学テクストが世界の一部であるということを前提として、文学以外の対象や理念を探究するために文学テクストを利用する(p.i)」外在的アプローチを、それぞれ紹介する。
私はストーリーとプロットの違いすら知らなかったので、とても新鮮。特に前半、『フランケンシュタイン』に用いられている技法を読み解くところで何度か「鮮やか!」と感嘆する。
通読すると「批評理論という方法論を持つことによって、自分の狭い先入観を突破し、作品の解釈の可能性を拡大することができる(p.ii)」ことが実感できる。文学批評を馬鹿にしちゃいけないな。
私はストーリーとプロットの違いすら知らなかったので、とても新鮮。特に前半、『フランケンシュタイン』に用いられている技法を読み解くところで何度か「鮮やか!」と感嘆する。
通読すると「批評理論という方法論を持つことによって、自分の狭い先入観を突破し、作品の解釈の可能性を拡大することができる(p.ii)」ことが実感できる。文学批評を馬鹿にしちゃいけないな。
2017年6月24日に日本でレビュー済み
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有名な小説フランケンシュタインを物語論と文学理論で分析するという
小説の評論の技法が載っている本です。
評論家になりたい人から、ちゃんと小説を読みたい人まで、役に立つような本だと思います。
小説をちゃんと読むというのは簡単なようで結構難しいと思います。
この本はその手助けになると思っています。
ただ、色々な小説はテーマによって知るべき知識も異なるので
この本だけでは小説を完全に読むことはできないと思います。
ただし、あくまでも小説全般について、もっとちゃんと読めるようになると思っています。
小説の評論の技法が載っている本です。
評論家になりたい人から、ちゃんと小説を読みたい人まで、役に立つような本だと思います。
小説をちゃんと読むというのは簡単なようで結構難しいと思います。
この本はその手助けになると思っています。
ただ、色々な小説はテーマによって知るべき知識も異なるので
この本だけでは小説を完全に読むことはできないと思います。
ただし、あくまでも小説全般について、もっとちゃんと読めるようになると思っています。
2014年10月11日に日本でレビュー済み
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技法のカタログとして、簡潔に各技法を総覧できる名著です。
カタログなので、理論それ自体の意義については触れていません。
その点はイーグルトン「文学とは何か」(岩波文庫)で補うことができます。
事前にフランケンシュタインの原作を読む必要はありません。
また、事前に映画を見るのは、むしろ有害です。
いきなり本書に取り掛かりましょう。
(どうしても原作を読みたい方には、青空文庫の宍戸儀一訳をご紹介します。
すこし誤植がありますが無料です。kindleなら一層読みやすい。)
なお、細かなことですが、1910年の映画化(主演、チャールズ・オーグル)
についてスチール写真しか現存しないと書かれていますが(198頁)、
フィルムが発見されており、今ではYouTubeでも見ることができますので、
改版の際には修正されることでしょう。ネット社会ってすごい。
カタログなので、理論それ自体の意義については触れていません。
その点はイーグルトン「文学とは何か」(岩波文庫)で補うことができます。
事前にフランケンシュタインの原作を読む必要はありません。
また、事前に映画を見るのは、むしろ有害です。
いきなり本書に取り掛かりましょう。
(どうしても原作を読みたい方には、青空文庫の宍戸儀一訳をご紹介します。
すこし誤植がありますが無料です。kindleなら一層読みやすい。)
なお、細かなことですが、1910年の映画化(主演、チャールズ・オーグル)
についてスチール写真しか現存しないと書かれていますが(198頁)、
フィルムが発見されており、今ではYouTubeでも見ることができますので、
改版の際には修正されることでしょう。ネット社会ってすごい。








