すごい本が出たもんだ。
懐かしい青春の思い出である石原先生の伝記と思って手に取ってみたが、内容はそのようなものではなかった。
著者秋元秀俊はクインテッセンス社の歯学雑誌『ザ・クインテッセンス』の創刊を手がけた雑誌編集のエキスパートである。当然、歯科事情には詳しく、編集者ならではの編集・構成は読むものにとっては、硬い内容が苦にならない。しかし、この本を読んだ者は例外なしに驚嘆の声を上げるだろう。この本に展開されている内容は、歯科医師ではない人間が執筆したとは到底思えない歯科医師以上の、それも補綴専門医以上の知識と考察のドラマが展開されているからである。
本書の目的は、石原の時代を共に生きた者として、書き残しておかねばやがて失われてしまう石原の信念を分かる形で残しておきたいことにある。本書を通じて、石原の信念をはじめてそのようなものであったかと知らされるのである。その石原の信念とは、戦後に怒涛のように押し寄せた歯科情報の前に、学術は最終的には患者に還元されるものでなくてはならないということ、学問研究の基本は地道な観察と実証であること、そして、先進国の米国の情報を頭から信奉するのではなく、日本文化に根ざした医療感覚をまず優先させることであった。
本書では、西洋文化の中の米国歯科事情とそれには違和感を感じる日本の歯科事情が浮き彫りにされて、歯科における比較文化論とでもいえる壮大な枠組みを持っている。切削手段であるタービン、精密印象による精密鋳造冠、Hanau咬合器をはじめ種々の咬合器など、圧倒的先進国の米国の文物を前に、約50年遅れで米国に追いつこうとしたときの石原の毅然とした態度は現在の我々への忘れてはならないアドバイスとなろう。
本書を読むまでは、いかに的確に海外の文物を自分のものにするかに苦心する自分がいた。
自分の周りには、勉強仲間が居り、平均的な学術状況は把握しており、更なる情報は大学や専門家たちから得るべくアンテナを張り巡らしていた。この平均的状況と一般の歯科医師からすると雲の上の存在である大学の研究状況とは明らかに異次元の状況の段差があった。これに加えて、米国本土の状況、原典はどうなっているのかという状況がある。この3つの状況の段差が本書では明瞭に示されている。アンテナを張り、情報を待ち受けているのが勉強熱心なのではないし、先進国のどの文献が的を得た有力な文献であるかを探すのが大学の使命でもない。さらには、先進国の文献といってもすべての文献が先進的というのではない。自分の信念をしっかりと持って、原典を読むことが大事であることを本書は教える。
日本における咬合論の歴史は、戦後に米国から怒涛のように流入してきた咬合論の吸収・摂取にあったといってよいだろう。無論、戦前には私立の歯科医専の先達の並々ならぬご苦労と研鑽はあったが(例えば、中原式咬合器(1916)、沖野式F6咬合器(1936)、など)、1970年代を境にして咬合論・咬合器事情は一変してしまった。
何が変わったかというと、情報の量と質である。怒涛のように量は増えたが、問題はその質である。米国の古典的な歯科の専門誌にはDental Cosmos(1859-1933)、Dental Items of Interest ( Vol.5,1883 - Vol.75 1953 ) 、JADA(1913-)、などがあるが、日本の歯科大学は歴史が浅いためにそれらの蔵書を創刊号からは持ち合わせてはいない。だから、ナソロジーを勉強するときも原典を手元に置くこと自体が困難な状態である。ましてや、ナソロジーの誕生前後の歯科学状況が如何であったかを雑誌で調べようとしても調べようがなかった。米国への渡航が自由になったので、情報の流入は豊富になったが、知りたい情報がすぐに手に入るかといえばそうではない。引用文献を調べようとしても、国内には無いから米国から取り寄せねばならない。船便だと3ヶ月かかる。やっと届いた文献だが、そこに記されている引用文献が欲しいとなるとまた3ヶ月かかる。これでは、勉強・研究にはならない。
本書は今後の日本の補綴学がどうであらねばならないかを、石原の信念を元に説いているようにも思える。目を見張る秋元の説明も、2000年現在の補綴事情を基にしている。原点に戻り、石原の目で見れば現在の補綴基本事項も大きく変わるのではなかろうか。BennettもGysiもGnathologyもその前後の原典が乏しい状況の中で到達した現時点での説明である。原典をもっと精読すれば、それらへの説明も大きく変化するだろう。(例えば、BennettはBennett Movementへの説明には不満を呈し、作業側顆頭は外方のみならず下方へも運動することへの注意を喚起している(1924))。Gysi軸学説は現今のコンピューター解析の幾何学的バージョンであり(ただし、作業側顆頭の上下要素のみが不確実)、円錐説などの類型パターンと同列に置けるものではない。Gnathologyの始祖McCollumは“drop open”したときの“Hinge Axis”を述べており、McCollumには顆頭の最後退位の概念は無い。)
石原寿郎は行半ばにして逝ったのではない。石原寿郎は何をしなくてはいけないか、何を忘れてはいけないかをしっかりと言い残して逝ったのである。
改めて、石原寿郎先生への感謝とご冥福をお祈りします。
また、強者への追随を許している私たちへの反省と覚醒を促す本書の刊行は恐ろしいまでの資料と面談の蓄積があってのこと。本書が歯科界にもっと広く知れ渡ると良いですね。
本書の刊行、ありがとうございました。
手仕事の医療 評伝 石原寿郎 (日本語) 単行本 – 2017/4/8
秋元 秀俊
(著)
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本の長さ312ページ
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言語日本語
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出版社生活の医療
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発売日2017/4/8
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ISBN-104990917618
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ISBN-13978-4990917616
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商品の説明
著者について
1952 年生。大学卒業後、家具職人見習いをはじめいくつかの職を経て人文図書の編集を経験し、クインテッセンス出版の歯科臨床医向け月刊誌創刊に携わり、同誌編集責任者として、心内膜炎と口腔内細菌、患者のナラティブ、腸内細菌と口腔内細菌の生態学、初期齲蝕の再石灰化、臨床と基礎(病理)との接点など、時代を先取りした企画で話題となる。1988 年モリムラなどと連携し、スウェーデンからP. アクセルソンを招いて、従来予防は公衆衛生とされていたところに、歯科医院での予防歯科を日本に導入。1991 年10 月に独立し、1992 年10 月有限会社秋編集事務所設立。多数の出版企画・製作とともに毎日ライフ、家庭画報などに歯科医療関連記事を連載。1994 年熊谷崇と共著で『<歯科>本音の治療がわかる本』(法研)より出版、改訂新版を合わせて13 年間21 刷のロングセラーとなる。1998 年日本ヘルスケア歯科研究会の設立に参画。2000年に歯科を「生活の医療」と位置づける論考を発表(後に日本歯科医師会大久保執行部のキーコンセプトとなる)。 著書:上記のほか『良い歯医者と治療がわかる本』(1998)、『ドイツに見る歯科医院経営の未来形』(2001)、共著に『医療事故の責任』(2007)、『院内事故調査の手引き』(2009)、『3・11 の記録 震災が問いかけるコミュニティの医療』(2012)、『院内事故調査 実践マニュアル』(2015)など
登録情報
- 出版社 : 生活の医療; 四六判版 (2017/4/8)
- 発売日 : 2017/4/8
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 312ページ
- ISBN-10 : 4990917618
- ISBN-13 : 978-4990917616
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Amazon 売れ筋ランキング:
- 351,116位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 267位歯科保存学・歯科補綴学
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- カスタマーレビュー:
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上位レビュー、対象国: 日本
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2018年4月9日に日本でレビュー済み
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12人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2017年5月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
確かに読み応えのある本であった。 歯科の知識のある方にはその神髄まで分かるのであろうし、素人にだって、この石原という歯科教授の生きざまのようなものは、心に響くのではないだろうか。
前半は、淡々とこの石原という人物が辿った学者・大学人としての詳細や幅広い人脈等が描かれているが、後半になって、かつての学生運動時代、全共闘が猛威をふるい、よど号事件や連合赤軍事件が起きるまでの、社会全体が秩序破壊を目指した学生たちにおそらくエモーショナルに寛容・同情的であった奇妙な時代において、その秩序破壊・暴力行為に第一線で対峙しなければならなかった大学職員の苦悩が描かれている。
歯科関係者の苦悩と読み取ることもできるが、本来ならば無関係であるはずの医療主体の大学において、他の一般大学からのとばっちりのような形で学生運動に巻き込まれた記録としても、貴重な資料の一つであると思われる。
前半は、淡々とこの石原という人物が辿った学者・大学人としての詳細や幅広い人脈等が描かれているが、後半になって、かつての学生運動時代、全共闘が猛威をふるい、よど号事件や連合赤軍事件が起きるまでの、社会全体が秩序破壊を目指した学生たちにおそらくエモーショナルに寛容・同情的であった奇妙な時代において、その秩序破壊・暴力行為に第一線で対峙しなければならなかった大学職員の苦悩が描かれている。
歯科関係者の苦悩と読み取ることもできるが、本来ならば無関係であるはずの医療主体の大学において、他の一般大学からのとばっちりのような形で学生運動に巻き込まれた記録としても、貴重な資料の一つであると思われる。
2017年5月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
久しぶりに読み応えのある本でした。
歴史に埋もれた石原寿郎という真摯な歯科の先人のやろうとしていたことを掘り起こりして頂き感謝しております。
ほんの数十年前はこんなにも医療の世界は違う環境だったのかと、タイムマシンで過去の世界を見てきたような感覚に陥りました。
その今とは比べ物にならない環境の中で石原先生は、歯科界を経験と思い込みの医療から脱却させることに全力を尽くしておられたのではなかろうかと。
「時代」という一言では済まされない、大きな波に翻弄されてきた歯科界と歯科関係者。そして未だにその影響で、本来あるべき姿が見えてないように感じます。
「咬合」という実態のないものにアメリカの先人達が中心となり理論を構築してきましたが、熱病に浮かされたようにアメリカの医療を取り込み、その理論を検証することなく、理論という本来仮のものを患者さんに押し付けてしまっている満足してはいないかと反省致しました。
患者さんを主体とする「機能の評価」にこだわった石原先生がもう少し長生きされていたら、少し状況は変わっていたのかもしれません。
内容が濃くて、濃くて、歯科関係の記述だけでも、後で何回も読み返して理解したいと思える本でしたし、医療は誰のためにあるのか、何を基準にどういうスタンスで医療に関わっていくのかをじっくり考えることができました。
おそらく昔のことを知らない次世代の歯科関係者のために書かれたのだろうと推察しますが、このとんでもなく価値のある本をこの世に出してくださって感謝致します。
ありがとうございます。
歴史に埋もれた石原寿郎という真摯な歯科の先人のやろうとしていたことを掘り起こりして頂き感謝しております。
ほんの数十年前はこんなにも医療の世界は違う環境だったのかと、タイムマシンで過去の世界を見てきたような感覚に陥りました。
その今とは比べ物にならない環境の中で石原先生は、歯科界を経験と思い込みの医療から脱却させることに全力を尽くしておられたのではなかろうかと。
「時代」という一言では済まされない、大きな波に翻弄されてきた歯科界と歯科関係者。そして未だにその影響で、本来あるべき姿が見えてないように感じます。
「咬合」という実態のないものにアメリカの先人達が中心となり理論を構築してきましたが、熱病に浮かされたようにアメリカの医療を取り込み、その理論を検証することなく、理論という本来仮のものを患者さんに押し付けてしまっている満足してはいないかと反省致しました。
患者さんを主体とする「機能の評価」にこだわった石原先生がもう少し長生きされていたら、少し状況は変わっていたのかもしれません。
内容が濃くて、濃くて、歯科関係の記述だけでも、後で何回も読み返して理解したいと思える本でしたし、医療は誰のためにあるのか、何を基準にどういうスタンスで医療に関わっていくのかをじっくり考えることができました。
おそらく昔のことを知らない次世代の歯科関係者のために書かれたのだろうと推察しますが、このとんでもなく価値のある本をこの世に出してくださって感謝致します。
ありがとうございます。
2018年4月28日に日本でレビュー済み
普通伝記というと会ったことも無い歴史上の人物とその人を取り巻く人たち
のことが書かれてあるが、本書は僕が若かりし頃、この目でその先生を拝見し、
おっしゃられったことを拝聴しておおいに薫陶を受けた先生方が次から次と
登場してくるので実に面白い。
「あー、確かにあの先生、あのときそう言ってたそう言ってた」と心の中で
つぶやき、「あとこんなことも言ってたんだよなー」とか昔を懐かしく思い出しながら。
巻末には人名索引が載っていて、登場回数が多い順に挙げると
総山孝雄先生 8回
保母須弥也先生 6回
森克栄先生 4回
染谷成一郎先生 4回
…
この回数の大きさはその当時の、若き歯科医に与えた影響力の大きさ
と言っても過言ではなかろう。
遍く日本の歯科開業医が熱病に浮かされるだけの強い感染力を持ち、今だに僕の
体に感染し続けている、影響力を持った先生って誰先生のことでしょう?
詳しくは本書をお読みになって下さい。
のことが書かれてあるが、本書は僕が若かりし頃、この目でその先生を拝見し、
おっしゃられったことを拝聴しておおいに薫陶を受けた先生方が次から次と
登場してくるので実に面白い。
「あー、確かにあの先生、あのときそう言ってたそう言ってた」と心の中で
つぶやき、「あとこんなことも言ってたんだよなー」とか昔を懐かしく思い出しながら。
巻末には人名索引が載っていて、登場回数が多い順に挙げると
総山孝雄先生 8回
保母須弥也先生 6回
森克栄先生 4回
染谷成一郎先生 4回
…
この回数の大きさはその当時の、若き歯科医に与えた影響力の大きさ
と言っても過言ではなかろう。
遍く日本の歯科開業医が熱病に浮かされるだけの強い感染力を持ち、今だに僕の
体に感染し続けている、影響力を持った先生って誰先生のことでしょう?
詳しくは本書をお読みになって下さい。
2017年6月6日に日本でレビュー済み
本書は、東大医学部出身の医師の上で歯科医師となり、医科医学と比して何らかのわだかまりを持ちがちな歯科医学に携わる者たちに、歯科医療の「歯は、目で見て、自分で治して、そうして、効果がわかる。」という十分な価値を説き、言葉と裏付けのある科学により歯科医学の価値と学問の自立へと導き、数多くの研究者と歯学部教授を育てながら、60年代末の大学紛争の渦中で自死を選んだ石原寿郎東京医科歯科大学歯学部教授(当時歯学部附属病院長)の評伝を中心としながら、ある種の青春群像でもある。
著者の秋元秀俊氏は、東京医科歯科大学とは、大学も地域も違うが、年齢的には60年代末の大学紛争の時代の空気を近くで感じた世代。大学卒業後、幾つかの職業を経験し、歯科専門の雑誌社・出版社に位置を得て、その能力を発揮した方です。
本書の冒頭に91年の夏、代々木の故石原教授宅に夫人を訪ねる行がある。著者の経歴資料によれば、この頃、著者の秋元氏は医療ジャーナリスト、編集企画者として独立した。既に本書の構想はあったものと思われる。映画の宣伝風に言えば、本書は「構想四半世の石原寿郎評伝」であり、歯科に人一倍係わりを持ったジャーナリストの決算の書となるのだろうか。
輸入学問としての日本の歯科医学は、その輸入先の発掘と販売代理権の獲得、日本国内への華々しい販売合戦に忙しく、何かに欠けていたものと思われる。石原教授は、その欠けていたものを埋めるべく研究生活を送り、大学人としての役割を果たす。
ギージー/鋳造冠/ナソロジー/下顎運動/運動軸、歯科補綴に接した者にとっては、keywordとして刻み込まれた言葉をめぐる物語が展開する。
藍稔/阿部晴彦/加藤元彦/金子一芳/河邊清治/桑田正博/末次恒夫/染谷成一郎/高橋新次郎/中澤勇/中原市五郎/平沼謙二/総山孝雄/保母須弥也/眞鍋満太/増原英一/丸森賢二/村岡博/その他、戦後の歯科医療の経済的成功の担い手と伴走者たちが、躍動する。
著者の秋元氏は、決して本書を「公平中立」の立場から書くことを意図してはいないだろう。秋元氏から見た歯科医学であり、歯科補綴であり、東京医科歯科大学を描くことを意図したものと思われる。
是非、読むべき人たちに手に取ってもらいたい重みのある一冊です。
著者の秋元秀俊氏は、東京医科歯科大学とは、大学も地域も違うが、年齢的には60年代末の大学紛争の時代の空気を近くで感じた世代。大学卒業後、幾つかの職業を経験し、歯科専門の雑誌社・出版社に位置を得て、その能力を発揮した方です。
本書の冒頭に91年の夏、代々木の故石原教授宅に夫人を訪ねる行がある。著者の経歴資料によれば、この頃、著者の秋元氏は医療ジャーナリスト、編集企画者として独立した。既に本書の構想はあったものと思われる。映画の宣伝風に言えば、本書は「構想四半世の石原寿郎評伝」であり、歯科に人一倍係わりを持ったジャーナリストの決算の書となるのだろうか。
輸入学問としての日本の歯科医学は、その輸入先の発掘と販売代理権の獲得、日本国内への華々しい販売合戦に忙しく、何かに欠けていたものと思われる。石原教授は、その欠けていたものを埋めるべく研究生活を送り、大学人としての役割を果たす。
ギージー/鋳造冠/ナソロジー/下顎運動/運動軸、歯科補綴に接した者にとっては、keywordとして刻み込まれた言葉をめぐる物語が展開する。
藍稔/阿部晴彦/加藤元彦/金子一芳/河邊清治/桑田正博/末次恒夫/染谷成一郎/高橋新次郎/中澤勇/中原市五郎/平沼謙二/総山孝雄/保母須弥也/眞鍋満太/増原英一/丸森賢二/村岡博/その他、戦後の歯科医療の経済的成功の担い手と伴走者たちが、躍動する。
著者の秋元氏は、決して本書を「公平中立」の立場から書くことを意図してはいないだろう。秋元氏から見た歯科医学であり、歯科補綴であり、東京医科歯科大学を描くことを意図したものと思われる。
是非、読むべき人たちに手に取ってもらいたい重みのある一冊です。