内務省警保局、 拓務省管理局の官僚をへて衆議院議員となった三田村氏の著作
「戦争と共産主義 : 昭和政治秘録」(民主制度普及会、1950年)として初刊され、その後「大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義 」として再刊され、 さらに最近kindle版として再再刊さたのが、本書です
「戦争と共産主義 : 昭和政治秘録」として初めて出版されたときは、1950年であったこともありかなり衝撃的であったろうと思われます
昭和二十五年に発売された「戦争と共産主義 : 昭和政治秘録」は、GHQにより書店での流通を禁じられたようです
本書は共産主義者たち(尾崎秀実を中心とする近衛文磨のブレイントラスト、革新官僚、軍幕僚、言論界)が、日華事変を如何にして長期戦に追込み、そして太平洋戦争に発展せしめ、敗戦自滅へのコースを進めてきたかを具体的に立証しようとしています
本書は、前半6割が解説篇、後半4割が資料篇と成っています
共産主義者 尾崎秀実は大正14年より共産主義を信奉しおり、尾崎が上海に渡ったのは昭和3年11月で程なく上海のコミンテルンと接触を持つようになりアジア共産主義革命の構想を描き出したそうです
尾崎は、昭和7年2月上海を引揚げ、大阪の新聞本社に復帰、9年春、コミンテルン本部から直接派遣されたゾルゲとの連絡を回復し、同年10月、東京の新聞社に転じ東亜問題調査会に勤務し、第一次近衛内閣成立直後、即ち日華事変発生の前後から軍務局の中心部と直接の関係を持っていたようです
近衛内閣は、その成立と同時に ブレーントラスト「朝飯会」を立ち上げ、この会で政治情勢の分析判断、政策の討議などを行って来ましたが、この幕僚会議のメンバーには尾崎をはじめとする多くの共産主義者が参加、官庁フラクションである企画院グループは殆んど共産党関係事件の思想前歴者で尾崎と密接な関係をもっていたと見られ、もう一つのブレーントラスト昭和研究会にも尾崎をはじめ朝飯会、企画院グループ、言論界、学会の共多くの産主義者が参加していたようです
尾崎は日、ソ、支、三民族国家の緊密有効なる提携を中核として、更に、英、米、仏、 蘭等から開放された印度、ビルマ、泰、蘭印、仏印、フィリッピン等の諸民族を各々一個の民族共同体前述の三中核と、政治的、経済的、文化的に緊密なる提携をし、アジア共産主義社会の実現、世界共産主義社会完成を目指し東亜新秩序さらに大東亜共栄圏を構想しました
この目的達成の為には、日本が簡単に敗れ去ることは好ましくなく、また日本と蒋政権と和し日華事変に終止符をうつことも困ることであり、日本が蒋介石軍閥政権や米英が徹底的に長期全面戦争を戦い抜くことが必要であると考えていました
また長期全面戦争を戦い抜き日本を敗戦・内乱・資本主義の自己崩壊から、共産主義革命へ、そして社会主義経済体制建設闘争に移行させる(敗戦革命)構想も持っていました
このシナリオに沿って蒋政権の否認と長期戦への突入、国家総動員法・電力国家管理法成立-計画経済、東亜新秩序創建・大東亜共栄圏のスローガン、江兆銘の新政権樹立工作、南進、さらには太平洋戦争、言論出版集会結社等臨時取締法、翼賛選挙などが尾崎およびその協力者、同伴者の共産主義者によってなされたと述べられています
さて本書では近衛文麿は尾崎たちのロボットとして扱われています
近衛上奏文で近衛本人も共産主義者に騙されたと述べています
しかし、真正保守主義者の中川八洋氏は、「近衛文麿とルーズヴェルト―大東亜戦争の真実」「連合艦隊司令長官 山本五十六の大罪―亡国の帝国海軍と太平洋戦争の真像」「亡国の「東アジア共同体―中国のアジア覇権を許してよいのか」など氏の著書の中で近衛を共産主義者と喝破しており、脚本を書いたのは近衛であるという立場を取っています
近衛は京都帝国大学法科大学に転学し共産主義者に師事しており、若いころ共産主義論文も残しています
私も中川氏の考えに近く、近衛・尾崎のどちらかが主導権を取っていたかわかりませんが、近衛がロボットであったとは考えられないと思います
- フォーマット: Kindle版
- ファイルサイズ: 5242 KB
- 推定ページ数: 230 ページ
- 出版社: 歴史の真実を究明する会 (2015/6/14)
- 販売: Amazon Services International, Inc.
- 言語: 日本語
- ASIN: B00ZPNNWZ2
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