信条の左右を問わず、思考停止のバカの壁が聳え立つこの国で、良心、良識に基づき思考を深めるとこういうことになるのだろう。
互いの理論武装のタネ本にどうぞ。
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憲法九条の軍事戦略 (平凡社新書) 新書 – 2013/4/17
松竹 伸幸
(著)
購入を強化する
尖閣諸島の問題へ関心が集まるなか、
「憲法九条を改正し、軍備をもてる普通の国になろう」という論調が強まっている。
そこには、九条が日本の軍事戦略の足かせになっているという認識がある。
しかし、「九条の優位性を生かした軍事戦略」の形も可能ではないのか。
軍事を全否定するのではなく、護憲の外交戦略とセットになるような軍事戦略を論じることで、
国防軍構想や日米安保依存を超えた、新しい日本の姿を提示する。
内田樹氏も推薦!!
「『自分の国は自分で守る』という常識的立場から対米従属派の没論理をきびしく批判する。
九条と防衛の両立をめざす実にプラグマティックな論考。
誰かがこういう本を書かなければならないと思っていたら松竹さんが書いてくれました」
- 本の長さ192ページ
- 言語日本語
- 出版社平凡社
- 発売日2013/4/17
- ISBN-104582856799
- ISBN-13978-4582856798
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
国防軍構想や日米安保への依存だけが日本の軍事戦略ではない。憲法九条の「制約」を「優位性」に変えれば、九条は軍事戦略として根拠をもち、世界をより平和な道へ導くことができる。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
松竹/伸幸
1955年生まれ。ジャーナリスト、日本平和学会会員。専門は外交・安全保障(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1955年生まれ。ジャーナリスト、日本平和学会会員。専門は外交・安全保障(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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2013年8月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
いくら強力な武器を集め、相手国を滅ぼせるような戦力を持とうとも、それを見た相手は恐怖し屈服するどころか、恐怖を補うために反発し、相手を上回る武力を持ち、安心するとともに威圧する。威圧されれば、怒り、反発し、更なる強力な武器を集める。その繰り返しにより、冷戦が加速し、情勢は不安定となる。当たり前の話である。
しかも、相手を「不当」と見なし、許せないと感じ、刺し違える覚悟があれば、どんなに相手の戦力が上であろうと、戦争が起きる。
ではどうするか。
本書にあるように、憲法9条や武器輸出三原則、国連憲章などをもちいて、武器の使用や流通、所持を縛るしかない。侵略者を国外へ閉め出し、国民の生命・財産、領土・領空・領海を守るための最低限度の「防衛力」のみ持つこと。これを徹底することで、周辺国に安定をもたらす。
また、日本国内だけでなく、日本の周辺国を含めた世界各国にも、例外無く、武器の所持・使用の制限を要求していくことも大事ではないか。いかなる理由があっても、侵略行為を起こしてはならないし、起こすだけの能力も持ってはならない。戦後70年近く、戦争をせず、核兵器を持たなかった日本ならば、これを主張する権利がある。
それによって同盟関係が崩れようとも、恐れてはならない。確かに軍事大国と組むことは、一時的に安心できるかもしれないが、同盟国が武力を誇示し、侵略などろくでもないことを始めても、それを止めることは難しい。むしろ、そんな関係ならば切ってしまっても良い。
そのための外交努力を惜しんではならないし、本書を用いて国民的理解を深めて行くことも必須となるだろう。
本当に戦争の悲惨さを回避したければ、先人たちの記憶を残すことも重要だが、戦「略」について考えることも必要だ。
しかも、相手を「不当」と見なし、許せないと感じ、刺し違える覚悟があれば、どんなに相手の戦力が上であろうと、戦争が起きる。
ではどうするか。
本書にあるように、憲法9条や武器輸出三原則、国連憲章などをもちいて、武器の使用や流通、所持を縛るしかない。侵略者を国外へ閉め出し、国民の生命・財産、領土・領空・領海を守るための最低限度の「防衛力」のみ持つこと。これを徹底することで、周辺国に安定をもたらす。
また、日本国内だけでなく、日本の周辺国を含めた世界各国にも、例外無く、武器の所持・使用の制限を要求していくことも大事ではないか。いかなる理由があっても、侵略行為を起こしてはならないし、起こすだけの能力も持ってはならない。戦後70年近く、戦争をせず、核兵器を持たなかった日本ならば、これを主張する権利がある。
それによって同盟関係が崩れようとも、恐れてはならない。確かに軍事大国と組むことは、一時的に安心できるかもしれないが、同盟国が武力を誇示し、侵略などろくでもないことを始めても、それを止めることは難しい。むしろ、そんな関係ならば切ってしまっても良い。
そのための外交努力を惜しんではならないし、本書を用いて国民的理解を深めて行くことも必須となるだろう。
本当に戦争の悲惨さを回避したければ、先人たちの記憶を残すことも重要だが、戦「略」について考えることも必要だ。
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書名の意味
自衛隊が米軍と肩を並べて海外で人々に銃口を向けるような事態を阻止するのはもちろん、日本の主権を確固として守りつつも、同時に周辺国との協調を実現するような戦略を前提として、日本の平和運動を考える戦略。
憲法9条の軍事戦略としての3つの視点
①「専守防衛」を本来の意味へ 自衛隊を海外に展開させるな
②主権の維持と協調を両立させる 周辺諸国の軍隊との対立を減らし、協調を増大させる
③将来的には軍事力を必要としない世界をめざす 日米安保に代わる平和の軍事戦略が採用され、アジアの平和と安定が実現する
憲法制定時の内閣は、憲法9条に擁護(1946年議会議事録より)
幣原喜重郎首相「我々は、この大勢を察し、今後は新武器の発明又は整備よりも、全然武器使用の機会をなくすことを、最先の目標として、この条項を草案の一眼目としてゐる次第である。」4月22日、枢密院憲法改正審査委員会における憲法改正案の趣旨説明
吉田茂首相「 新憲法第九条の精神を世界各国に徹底せしむるようにというご意見は、まことに賛成であります。政府と致しましても、極力、機会ある毎に九条の精神を徹底せしむるように努力致す考えであります。」7月15日、衆議院憲法改正案委員第13回委員会
9条厳守に外圧にも屈しないと日本独自性についても言及
金森徳次郎・憲法担当国務大臣「人がやる迄は、やらないとか、人の振りを見てのみ我が振りを決めて行くと云ふ考へ方は、斯の如き根本の問題に付ては我々は執りたくない。」8月29日、貴族院本会議
幣原喜重郎・復員庁総裁 「日本は今や、徹底的な平和運動の先頭に立つて、此の一つの大きな旗を担いで進んでいくものである、必ず此の後に蹤いて来るものがあると云ふことを私は言つたことがあります。私は左様に信じております。」8月30日、貴族院本会議
「列国がどう考へやうが国際連合が如何なる手段を執らうが、我々、日本の将来を考へますれば、どうしても、此の平和に精進すると云ふことの決心が必要だろうと思ひます。」 9月13日、貴族院本会議
このような討議がなされたにもかかわらず、52年日米安保&単独講和条約が締結され、米の思惑通り米依存の軍事戦略をもって西側に取り込まれ、自衛隊発足を目指し、長期防衛計画の策定に着手。
9月に制度調査会を設置し、53年3月を皮切りに55年4月まで10次にわたる報告を発表。
54年、自衛隊発足に至る。
この間、日本側の主張する防空重視は米に考慮されることなく、逆に対ソ攻防の最前線である北海道から米軍は引き揚げ、自衛隊が配備される。
日中の動き
2004年3月24日 中国人活動家7人が尖閣諸島に上陸、沖縄県警が入管難民法違反で現行犯逮捕。
26日 入国管理局に引き渡された後、全員が中国へ強制送還された。
当時、靖国神社公式参拝で中国側と冷却関係にあった小泉首相は、高度な政治判断によって拘留することなく強制送還処分としたもの。
4月6日 政府は内閣官房副長官補付内閣参事官と総務省大臣官房参事官との連名で、「尖閣諸島の上陸について」通達発布。
1.尖閣諸島の平穏かつ安定的な維持を図るため、政府は、平成14年4月から、同諸島の所有者から同諸島(入江に係る部分を含む。以下同じ。)の3島(魚釣島、北小島、南小島)を賃借しているところである。
2.また、同諸島の所有者からも、正当な理由なく、同諸島への上陸、工作物の設置等(以下「同諸島への上陸等」という。)、を行うことは認められない旨の意思が示されている。
3.賃借の目的を踏まえ、政府としては、あらかじめ認める場合を除き、同諸島への上陸等を行うことを禁ずる。
2007年4月 東シナ海の偶発衝突を防ぐ、高いレベルのホットライン設置や、艦艇や航空機間での通信のための無線周波数や言語の統一を目指した、防衛当局間の「海上連絡メカニズム」を目指す日中防衛協議に、安倍晋三首相が当時の温家宝首相と合意。
08年4月 実務者協議を開始。
10年9月7日午前 尖閣諸島付近で操業中であった中国の大型トロール漁船が、これを違法操業として取り締まりを実施した日本の海上保安庁巡視船みずきに衝突させる。
9月9日 石垣海上保安部が船長を、公務執行妨害容疑で那覇地検石垣支部に送検。
10日 那覇地検石垣支部が船長の勾留の延長を請求。
13日 船長以外の船員を帰国させ、漁船を解放。
25日未明 中国のチャーター機で石垣空港から出国し、中国人船長は中国福建省福州の空港へと送還。
11年1月20日 北京(中国外交部)にて、外務省:別所外務審議官、防衛省:黒江防衛政策局次長、在中国日本大使館:横井特命全権公使、外交部:胡正躍部長助理、国防部:賈曉寧外事弁公室副主任(少将)らが出席し、第12回日中安保対話開催。
12年1月17日 中国共産党機関紙『人民日報』で日本側が尖閣諸島に付属する諸島に名前を付けた行為に対する評論文を発表。
その中で尖閣諸島を「核心的利益」と表現。
6月 日中が「海上連絡メカニズム」一部の運用開始に合意(合文書の調停は、狭義自体が尖閣公有化で中断)。
7月5日午後3時45分ごろ 石垣市議の仲間均らの二人が尖閣諸島の北小島に上陸。
8月15日午後5時29分 香港、マカオ、大陸の団体「保釣行動委員会」の活動家らが乗船している抗議船が日本の領海内に侵入し、活動家ら7人が魚釣島に上陸。
これに対して、抗議船の来島の情報をつかんでいた海上保安庁と警察は、事前に魚釣島に人員を配備、沖縄県警察は午後5時54分、出入国管理及び難民認定法(入管難民法)第65条違反容疑で上陸後も島に留まり続けた活動家ら5人を現行犯逮捕し、その後は第十一管区海上保安本部により船に乗っていた者も含めて9人を不法入国で現行犯逮捕、総計14人を逮捕した。
逮捕された14人は海上保安庁の巡視船で那覇港新港ふ頭に移動。
活動家らは上陸する際に、抗議船の進路規制を行う海上保安庁の巡視船に煉瓦やコンクリート片などを投げつけていたが起訴されず、身柄を引き渡された法務省福岡入国管理局那覇支局により14人全員の強制送還手続きがとられる。
17日 乗ってきた石垣島停泊中の抗議船と那覇空港からのチャーター機により香港に強制送還。
19日午前 荒川区議・取手市議・兵庫県議などの地方議員5人と「頑張れ日本」の活動家ら5人の総計10人が魚釣島沖で海中に飛び込み、約20メートルを泳いで魚釣島に上陸。
島には約1時間半滞在し灯台に日章旗を掲げるなどした。
上陸した10人は無許可で上陸したとして軽犯罪法違反容疑で沖縄県警察八重山警察署で任意の事情聴取を1時間ほど受けたが、緊迫した雰囲気もなく調書も作成されなかった。
「日本の領土を守るため行動する議員連盟」は8月上旬に政府に上陸許可を申請したが認められていなかった。
9月 尖閣諸島を国有化。 以後、中国は公船を領海に侵入させる示威行動を常態化、協議は中断。
12月 中国機が尖閣周辺の領空を初侵犯。
13年1月5日 安倍晋三首相が尖閣諸島周辺での領域警備で対抗措置を強化するよう指示。
具体的には、領空侵犯機が無線警告に従わない場合、空自戦闘機が曳光弾で警告射撃を行い、海軍艦艇が領海付近に進出してくれば、それまで28キロの距離を置いていた海自艦艇が3キロまで接近することに改めた。
1月14日 中国共産党中央が軍事委に対し、海自への威嚇について検討するよう指示。
14年11月 北京で日中首脳会談。
安倍晋三首相と習近平国家主席との間で、協議の再開確認。
15年1月12日、日本と中国の防衛当局が海上や上空で不測の衝突を回避するための「海上連絡メカニズム」実施に向けた実務者協議を2年半ぶりに都内で開く。
早期実施に向けて協議を続けることで一致。
3月19日 東京外務省にて杉山晋輔外務審議官らと、劉建超外務次官補らが出席し、日中安保対話、4年ぶり再開。
6月 直近最後の連絡メカニズムの実務者協議。 対象領域などをめぐ り折り合いがつかず、以後開かれていない。
11月 安倍首相と李克強首相との会談で、連絡メカニズムの早期運用開始へ双方が努力することを申し合わせた。
16年6月 中国軍艦が尖閣周辺の接続水域を初航行。
米軍
尖閣に対しては、日米安保5条(共同防衛)の適用地域とする一般的な日米合意がある。
他方、日米政府間の合意文書「日米同盟:未来のための変革と再編 2005年10月29日」では、島嶼防衛は自衛隊の仕事だと取り決められている。
2014年4月24日のオバマ大統領訪日においても、尖閣諸島をめぐって日中で武力衝突が起きた場合に、米国が軍事介入に踏み切る一線はどこかと記者から問われ、「レッドラインは引かれていない」とも語った。
これは、「尖閣での日中のもめごとに米は関与しない」との意味である。
ちなみにこれを報道したのはロイターのみ。
抑止力とは何か?
佐藤正久参議員の質問主意書に鳩山由紀夫はこう答える。
「抑止力とは、侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることにより、侵略を思いとどまらせるという機能を果たすものであると解してきている。」内閣参質174第76号 2010年6月4日
また、照屋寛徳衆議員の質問主意書にも菅直人首相は同じ回答をしている。
内閣衆質174第518号 2010年6月8日
民主党政権だけではない、当然自民政権も同様の意味合いで「抑止力」を使う。
高村正彦自民党副総裁の質問に対する安倍晋三総理答弁
「まさに 抑止力とは、日本に対して攻撃をする、あるいは日本を侵略しようとすれば、相当の打撃をこうむらなければならないということを覚悟しなければいけな い、となれば、それはやめておこうということになるわけであります。 すきがないか、しかし、すきがないということになれば、それはやはりやめておこう、それは外交的に今後解決していこうということになってくるわけでありまして、相手にそういう気を起こさせない、これこそ未然に防ぐ抑止力になっていくわけであります。」2015年5月27日、衆議院平和安全特別委員会
これは、攻撃を行った相手国に対する米の核の傘や、多大な攻撃を言外に意味しているのは明白だ。
自衛隊が「抑止力」だとは当の自衛隊自体も思ってはいまい。
五百旗頭真 防大校長も「日本は専守防衛だから、抑止力は持てない」と証言しておるとおり(2010年6月1日、読売新聞朝刊)。
しかし「抑止力」たる在日米軍とは 何か?
沖縄に展開する海兵隊であろう。
であれば、敵国に上陸し、白兵戦を繰り広げる海兵隊の頭上に、米軍が核を破裂させるはずがあろうか?
また海兵隊は核も持たぬし、その機動性ゆえにどこにいてもその役割を果たせるのであって、沖縄に駐留する必要がない。
これについては、森本敏 防衛相も「かつては1997年頃、我々は「米軍再編計画」と言って、「リアライメント」という考え方ではなくて「リバランシング」というふうに言っているのですが、 そのリバランシングの態勢として沖縄にもMAGTFを置こうとしているということです。 これは沖縄という地域でなければならないのかというと、地政学的に言うと、私は沖縄でなければならないという軍事的な目的は必ずしも当てはまらないという、例えば、日本の西半分のどこかに、その3つの機能を持っている MAGTF(海兵隊の空地の部隊)が完全に機能するような状態であれば、沖縄でなくても良いということだと。 これは軍事的に言えばそうなると。 では、政治的にそうなるのかという と、そうならないということは、かねて国会でも説明していたとおりです。」2012年12月25日会見
日本の自衛権の発動は国際基準
憲法第9条の下で認められる自衛権の発動としての武力の行使について、政府は、従来から
1. わが国に対する急迫不正の侵害があること
2.この場合にこれを排除するために他の適当な手段がないこと
3. 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
という三要件に該当する場合に限られると解している(『防衛白書』)。
しかし、2014年7月1日、安保法制懇の報告書提出、自民・公明の与党協議を経て、「集団的自衛権」の行使に道を開く方針が閣議決定されている。
1. 「集団的自衛権」を認めた。
2. 「集団安全保障」を否定していない。
3. 自衛隊の実際の活動には根拠法の整備が必要→戦争下請け法案が9月19日参議院で成立。
国連憲章以前の自衛権は、現在も慣習国際法として個別的自衛権の国際的判断基準に使われている。
1841年4月24日、カロライン号事件(1837年)に関して、ウェブスター米国務長官がイギリス公使に宛てた書簡の中にあった見解(ウェブスター書簡)を、その後自衛権の要件として発展させ、現在は慣習国際法として、個別的自衛権の要件に用いられている。
1. 必要性の原則:軍事的反撃が必要であるか
2. 均衡性の原則:その反撃は相手の攻撃とつりあっているか
3. 即時性の原則:その反撃が即座のものであるか
これは自衛隊の3要件とほぼ同じだ。
国際連合憲章も自衛権の発動を3点で制限している。
第51条〔自衛権〕
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、 個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない(期間を制限)。
この自衛権の行使に当って加盟国が措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない(できるだけ国連コントロール下に置く)。
また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いか なる影響も及ぼすものではない(発動の限定)。
これについては、武力攻撃を認める国際法との矛盾が問題となるが、国際司法裁判所(ICJ)はニカラグア事件について、1984年4月9日にニカラグアが違法性の宣言や損害賠償などを求め、ICJにアメリカを提訴した国際紛争で、86年6月27日に本案判決でアメリカの行動の違法性を認定(結局アメリカの賠償がないままニカラグアの請求取り下げを受けてICJは91年9月26日に裁判終了を宣言)。
矛盾がないと示している。
ニカラグア事件は、1979年にニカラグアに親社会主義的な革命政権が成立したことで反ニカラグア政策に転換したアメリカが、1981年に、ニカラグア政府によるホンジュラス等隣国の反政府勢力への武器等の援助を理由に、ニカラグアの港湾への機雷敷設や空港などへの爆撃を行ったことに対し、ニカラグアがアメリカの行為は国際法違反だとしてに提訴した事件。
集団的自衛権
仮に日本と親密な関係にある国(日本の輸出入最大相手国は中国で米を抜いているので中国の事ではないかとも思うが)が他国に攻撃されたときでも、日本に求められるのは、紛争当事国同士に対し、戦争回避を説得することで、それは米に唯々付き従う国ではそういう役割は果たせない。
歴史上の行使は、9.11以前、軍事同盟ではNATOやリオ条約と呼ばれる全米相互援助条約でも行使されてこなかった。
米ソなどが個別に行使してきたが、56年ソ連介入によるハンガリー動乱、58年米英のレバノン・ヨルダンへ介入、64年英によるイエメンへ介入、65~75年ベトナム戦争、68年ソ連によるチェコスロバキア介入、79年ソ連によるアフガニスタン介入、83年米によるグレナダ介入、84年国際司法裁判所で違法認定された米によるニカラグア介入、86年フランスによるチャド介入。
と、多く見積もっても9件しかない。
武器輸出3原則があったからこそ日本ができた事
国連加盟国に対して毎年、武器(戦車、戦闘機、軍艦、ミサイルなど7種類)輸出入状況を報告させる国連の軍備登録制度について、各国を説得、調整し、決議の採択まで持ち込んだ。
07年、中国ですら10年にわたる空白期間を経て報告書を提出。
小型武器に対する非合法な製造、取引禁止のための刻印など各種の措置が決められた行動計画についても、03年、議長国であった日本が各国を説得することによって、最終文書がすべての参加国に合意され採択。
これら日本の“外交力”をもって、米一辺倒の軍事依存でなく、専守防衛を旨とする自衛隊による「9条の軍事戦略」を構築し、近隣国との防衛費競争から降り、米に対してもその有効性をもって米の戦略を転換させることに全力を尽くすことで、アジアへの永続的平和や日本の世界的信用や地位を高めることにもつながる。
そしてそれによって、米保護領として軍事だけでなく、年次改革要望書や経済交渉も含めた隷従を強いられてきた日本が独立するのだ。
自衛隊が米軍と肩を並べて海外で人々に銃口を向けるような事態を阻止するのはもちろん、日本の主権を確固として守りつつも、同時に周辺国との協調を実現するような戦略を前提として、日本の平和運動を考える戦略。
憲法9条の軍事戦略としての3つの視点
①「専守防衛」を本来の意味へ 自衛隊を海外に展開させるな
②主権の維持と協調を両立させる 周辺諸国の軍隊との対立を減らし、協調を増大させる
③将来的には軍事力を必要としない世界をめざす 日米安保に代わる平和の軍事戦略が採用され、アジアの平和と安定が実現する
憲法制定時の内閣は、憲法9条に擁護(1946年議会議事録より)
幣原喜重郎首相「我々は、この大勢を察し、今後は新武器の発明又は整備よりも、全然武器使用の機会をなくすことを、最先の目標として、この条項を草案の一眼目としてゐる次第である。」4月22日、枢密院憲法改正審査委員会における憲法改正案の趣旨説明
吉田茂首相「 新憲法第九条の精神を世界各国に徹底せしむるようにというご意見は、まことに賛成であります。政府と致しましても、極力、機会ある毎に九条の精神を徹底せしむるように努力致す考えであります。」7月15日、衆議院憲法改正案委員第13回委員会
9条厳守に外圧にも屈しないと日本独自性についても言及
金森徳次郎・憲法担当国務大臣「人がやる迄は、やらないとか、人の振りを見てのみ我が振りを決めて行くと云ふ考へ方は、斯の如き根本の問題に付ては我々は執りたくない。」8月29日、貴族院本会議
幣原喜重郎・復員庁総裁 「日本は今や、徹底的な平和運動の先頭に立つて、此の一つの大きな旗を担いで進んでいくものである、必ず此の後に蹤いて来るものがあると云ふことを私は言つたことがあります。私は左様に信じております。」8月30日、貴族院本会議
「列国がどう考へやうが国際連合が如何なる手段を執らうが、我々、日本の将来を考へますれば、どうしても、此の平和に精進すると云ふことの決心が必要だろうと思ひます。」 9月13日、貴族院本会議
このような討議がなされたにもかかわらず、52年日米安保&単独講和条約が締結され、米の思惑通り米依存の軍事戦略をもって西側に取り込まれ、自衛隊発足を目指し、長期防衛計画の策定に着手。
9月に制度調査会を設置し、53年3月を皮切りに55年4月まで10次にわたる報告を発表。
54年、自衛隊発足に至る。
この間、日本側の主張する防空重視は米に考慮されることなく、逆に対ソ攻防の最前線である北海道から米軍は引き揚げ、自衛隊が配備される。
日中の動き
2004年3月24日 中国人活動家7人が尖閣諸島に上陸、沖縄県警が入管難民法違反で現行犯逮捕。
26日 入国管理局に引き渡された後、全員が中国へ強制送還された。
当時、靖国神社公式参拝で中国側と冷却関係にあった小泉首相は、高度な政治判断によって拘留することなく強制送還処分としたもの。
4月6日 政府は内閣官房副長官補付内閣参事官と総務省大臣官房参事官との連名で、「尖閣諸島の上陸について」通達発布。
1.尖閣諸島の平穏かつ安定的な維持を図るため、政府は、平成14年4月から、同諸島の所有者から同諸島(入江に係る部分を含む。以下同じ。)の3島(魚釣島、北小島、南小島)を賃借しているところである。
2.また、同諸島の所有者からも、正当な理由なく、同諸島への上陸、工作物の設置等(以下「同諸島への上陸等」という。)、を行うことは認められない旨の意思が示されている。
3.賃借の目的を踏まえ、政府としては、あらかじめ認める場合を除き、同諸島への上陸等を行うことを禁ずる。
2007年4月 東シナ海の偶発衝突を防ぐ、高いレベルのホットライン設置や、艦艇や航空機間での通信のための無線周波数や言語の統一を目指した、防衛当局間の「海上連絡メカニズム」を目指す日中防衛協議に、安倍晋三首相が当時の温家宝首相と合意。
08年4月 実務者協議を開始。
10年9月7日午前 尖閣諸島付近で操業中であった中国の大型トロール漁船が、これを違法操業として取り締まりを実施した日本の海上保安庁巡視船みずきに衝突させる。
9月9日 石垣海上保安部が船長を、公務執行妨害容疑で那覇地検石垣支部に送検。
10日 那覇地検石垣支部が船長の勾留の延長を請求。
13日 船長以外の船員を帰国させ、漁船を解放。
25日未明 中国のチャーター機で石垣空港から出国し、中国人船長は中国福建省福州の空港へと送還。
11年1月20日 北京(中国外交部)にて、外務省:別所外務審議官、防衛省:黒江防衛政策局次長、在中国日本大使館:横井特命全権公使、外交部:胡正躍部長助理、国防部:賈曉寧外事弁公室副主任(少将)らが出席し、第12回日中安保対話開催。
12年1月17日 中国共産党機関紙『人民日報』で日本側が尖閣諸島に付属する諸島に名前を付けた行為に対する評論文を発表。
その中で尖閣諸島を「核心的利益」と表現。
6月 日中が「海上連絡メカニズム」一部の運用開始に合意(合文書の調停は、狭義自体が尖閣公有化で中断)。
7月5日午後3時45分ごろ 石垣市議の仲間均らの二人が尖閣諸島の北小島に上陸。
8月15日午後5時29分 香港、マカオ、大陸の団体「保釣行動委員会」の活動家らが乗船している抗議船が日本の領海内に侵入し、活動家ら7人が魚釣島に上陸。
これに対して、抗議船の来島の情報をつかんでいた海上保安庁と警察は、事前に魚釣島に人員を配備、沖縄県警察は午後5時54分、出入国管理及び難民認定法(入管難民法)第65条違反容疑で上陸後も島に留まり続けた活動家ら5人を現行犯逮捕し、その後は第十一管区海上保安本部により船に乗っていた者も含めて9人を不法入国で現行犯逮捕、総計14人を逮捕した。
逮捕された14人は海上保安庁の巡視船で那覇港新港ふ頭に移動。
活動家らは上陸する際に、抗議船の進路規制を行う海上保安庁の巡視船に煉瓦やコンクリート片などを投げつけていたが起訴されず、身柄を引き渡された法務省福岡入国管理局那覇支局により14人全員の強制送還手続きがとられる。
17日 乗ってきた石垣島停泊中の抗議船と那覇空港からのチャーター機により香港に強制送還。
19日午前 荒川区議・取手市議・兵庫県議などの地方議員5人と「頑張れ日本」の活動家ら5人の総計10人が魚釣島沖で海中に飛び込み、約20メートルを泳いで魚釣島に上陸。
島には約1時間半滞在し灯台に日章旗を掲げるなどした。
上陸した10人は無許可で上陸したとして軽犯罪法違反容疑で沖縄県警察八重山警察署で任意の事情聴取を1時間ほど受けたが、緊迫した雰囲気もなく調書も作成されなかった。
「日本の領土を守るため行動する議員連盟」は8月上旬に政府に上陸許可を申請したが認められていなかった。
9月 尖閣諸島を国有化。 以後、中国は公船を領海に侵入させる示威行動を常態化、協議は中断。
12月 中国機が尖閣周辺の領空を初侵犯。
13年1月5日 安倍晋三首相が尖閣諸島周辺での領域警備で対抗措置を強化するよう指示。
具体的には、領空侵犯機が無線警告に従わない場合、空自戦闘機が曳光弾で警告射撃を行い、海軍艦艇が領海付近に進出してくれば、それまで28キロの距離を置いていた海自艦艇が3キロまで接近することに改めた。
1月14日 中国共産党中央が軍事委に対し、海自への威嚇について検討するよう指示。
14年11月 北京で日中首脳会談。
安倍晋三首相と習近平国家主席との間で、協議の再開確認。
15年1月12日、日本と中国の防衛当局が海上や上空で不測の衝突を回避するための「海上連絡メカニズム」実施に向けた実務者協議を2年半ぶりに都内で開く。
早期実施に向けて協議を続けることで一致。
3月19日 東京外務省にて杉山晋輔外務審議官らと、劉建超外務次官補らが出席し、日中安保対話、4年ぶり再開。
6月 直近最後の連絡メカニズムの実務者協議。 対象領域などをめぐ り折り合いがつかず、以後開かれていない。
11月 安倍首相と李克強首相との会談で、連絡メカニズムの早期運用開始へ双方が努力することを申し合わせた。
16年6月 中国軍艦が尖閣周辺の接続水域を初航行。
米軍
尖閣に対しては、日米安保5条(共同防衛)の適用地域とする一般的な日米合意がある。
他方、日米政府間の合意文書「日米同盟:未来のための変革と再編 2005年10月29日」では、島嶼防衛は自衛隊の仕事だと取り決められている。
2014年4月24日のオバマ大統領訪日においても、尖閣諸島をめぐって日中で武力衝突が起きた場合に、米国が軍事介入に踏み切る一線はどこかと記者から問われ、「レッドラインは引かれていない」とも語った。
これは、「尖閣での日中のもめごとに米は関与しない」との意味である。
ちなみにこれを報道したのはロイターのみ。
抑止力とは何か?
佐藤正久参議員の質問主意書に鳩山由紀夫はこう答える。
「抑止力とは、侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることにより、侵略を思いとどまらせるという機能を果たすものであると解してきている。」内閣参質174第76号 2010年6月4日
また、照屋寛徳衆議員の質問主意書にも菅直人首相は同じ回答をしている。
内閣衆質174第518号 2010年6月8日
民主党政権だけではない、当然自民政権も同様の意味合いで「抑止力」を使う。
高村正彦自民党副総裁の質問に対する安倍晋三総理答弁
「まさに 抑止力とは、日本に対して攻撃をする、あるいは日本を侵略しようとすれば、相当の打撃をこうむらなければならないということを覚悟しなければいけな い、となれば、それはやめておこうということになるわけであります。 すきがないか、しかし、すきがないということになれば、それはやはりやめておこう、それは外交的に今後解決していこうということになってくるわけでありまして、相手にそういう気を起こさせない、これこそ未然に防ぐ抑止力になっていくわけであります。」2015年5月27日、衆議院平和安全特別委員会
これは、攻撃を行った相手国に対する米の核の傘や、多大な攻撃を言外に意味しているのは明白だ。
自衛隊が「抑止力」だとは当の自衛隊自体も思ってはいまい。
五百旗頭真 防大校長も「日本は専守防衛だから、抑止力は持てない」と証言しておるとおり(2010年6月1日、読売新聞朝刊)。
しかし「抑止力」たる在日米軍とは 何か?
沖縄に展開する海兵隊であろう。
であれば、敵国に上陸し、白兵戦を繰り広げる海兵隊の頭上に、米軍が核を破裂させるはずがあろうか?
また海兵隊は核も持たぬし、その機動性ゆえにどこにいてもその役割を果たせるのであって、沖縄に駐留する必要がない。
これについては、森本敏 防衛相も「かつては1997年頃、我々は「米軍再編計画」と言って、「リアライメント」という考え方ではなくて「リバランシング」というふうに言っているのですが、 そのリバランシングの態勢として沖縄にもMAGTFを置こうとしているということです。 これは沖縄という地域でなければならないのかというと、地政学的に言うと、私は沖縄でなければならないという軍事的な目的は必ずしも当てはまらないという、例えば、日本の西半分のどこかに、その3つの機能を持っている MAGTF(海兵隊の空地の部隊)が完全に機能するような状態であれば、沖縄でなくても良いということだと。 これは軍事的に言えばそうなると。 では、政治的にそうなるのかという と、そうならないということは、かねて国会でも説明していたとおりです。」2012年12月25日会見
日本の自衛権の発動は国際基準
憲法第9条の下で認められる自衛権の発動としての武力の行使について、政府は、従来から
1. わが国に対する急迫不正の侵害があること
2.この場合にこれを排除するために他の適当な手段がないこと
3. 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
という三要件に該当する場合に限られると解している(『防衛白書』)。
しかし、2014年7月1日、安保法制懇の報告書提出、自民・公明の与党協議を経て、「集団的自衛権」の行使に道を開く方針が閣議決定されている。
1. 「集団的自衛権」を認めた。
2. 「集団安全保障」を否定していない。
3. 自衛隊の実際の活動には根拠法の整備が必要→戦争下請け法案が9月19日参議院で成立。
国連憲章以前の自衛権は、現在も慣習国際法として個別的自衛権の国際的判断基準に使われている。
1841年4月24日、カロライン号事件(1837年)に関して、ウェブスター米国務長官がイギリス公使に宛てた書簡の中にあった見解(ウェブスター書簡)を、その後自衛権の要件として発展させ、現在は慣習国際法として、個別的自衛権の要件に用いられている。
1. 必要性の原則:軍事的反撃が必要であるか
2. 均衡性の原則:その反撃は相手の攻撃とつりあっているか
3. 即時性の原則:その反撃が即座のものであるか
これは自衛隊の3要件とほぼ同じだ。
国際連合憲章も自衛権の発動を3点で制限している。
第51条〔自衛権〕
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、 個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない(期間を制限)。
この自衛権の行使に当って加盟国が措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない(できるだけ国連コントロール下に置く)。
また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いか なる影響も及ぼすものではない(発動の限定)。
これについては、武力攻撃を認める国際法との矛盾が問題となるが、国際司法裁判所(ICJ)はニカラグア事件について、1984年4月9日にニカラグアが違法性の宣言や損害賠償などを求め、ICJにアメリカを提訴した国際紛争で、86年6月27日に本案判決でアメリカの行動の違法性を認定(結局アメリカの賠償がないままニカラグアの請求取り下げを受けてICJは91年9月26日に裁判終了を宣言)。
矛盾がないと示している。
ニカラグア事件は、1979年にニカラグアに親社会主義的な革命政権が成立したことで反ニカラグア政策に転換したアメリカが、1981年に、ニカラグア政府によるホンジュラス等隣国の反政府勢力への武器等の援助を理由に、ニカラグアの港湾への機雷敷設や空港などへの爆撃を行ったことに対し、ニカラグアがアメリカの行為は国際法違反だとしてに提訴した事件。
集団的自衛権
仮に日本と親密な関係にある国(日本の輸出入最大相手国は中国で米を抜いているので中国の事ではないかとも思うが)が他国に攻撃されたときでも、日本に求められるのは、紛争当事国同士に対し、戦争回避を説得することで、それは米に唯々付き従う国ではそういう役割は果たせない。
歴史上の行使は、9.11以前、軍事同盟ではNATOやリオ条約と呼ばれる全米相互援助条約でも行使されてこなかった。
米ソなどが個別に行使してきたが、56年ソ連介入によるハンガリー動乱、58年米英のレバノン・ヨルダンへ介入、64年英によるイエメンへ介入、65~75年ベトナム戦争、68年ソ連によるチェコスロバキア介入、79年ソ連によるアフガニスタン介入、83年米によるグレナダ介入、84年国際司法裁判所で違法認定された米によるニカラグア介入、86年フランスによるチャド介入。
と、多く見積もっても9件しかない。
武器輸出3原則があったからこそ日本ができた事
国連加盟国に対して毎年、武器(戦車、戦闘機、軍艦、ミサイルなど7種類)輸出入状況を報告させる国連の軍備登録制度について、各国を説得、調整し、決議の採択まで持ち込んだ。
07年、中国ですら10年にわたる空白期間を経て報告書を提出。
小型武器に対する非合法な製造、取引禁止のための刻印など各種の措置が決められた行動計画についても、03年、議長国であった日本が各国を説得することによって、最終文書がすべての参加国に合意され採択。
これら日本の“外交力”をもって、米一辺倒の軍事依存でなく、専守防衛を旨とする自衛隊による「9条の軍事戦略」を構築し、近隣国との防衛費競争から降り、米に対してもその有効性をもって米の戦略を転換させることに全力を尽くすことで、アジアへの永続的平和や日本の世界的信用や地位を高めることにもつながる。
そしてそれによって、米保護領として軍事だけでなく、年次改革要望書や経済交渉も含めた隷従を強いられてきた日本が独立するのだ。
2013年4月25日に日本でレビュー済み
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まずタイトル「憲法九条の軍事戦略」に度肝を抜かれた。憲法九条に「軍事戦略」などあるのだろうか?九条と一体をなす憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」し、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」とあるではないか。九条のどこに「軍事戦略」などあるものか、と誰もが思う。
しかし、憲法九条の「軍事戦略」という物騒なタイトルをなぜ考え、その内実はなんなのかについて一人ひとりが虚心になって読んでみることが必要ではないか。論旨は明快で予備知識のない人でも十分理解できる。
著者は護憲の立場にたちつつも、軍事戦略が必要だという。なぜそう考えるに至ったかは「第一章 九条の軍事戦略が必要とされる理由」に述べられているので、詳細についてはここでは書かない。ただ、著者の「軍事戦略」のスタンスについてだけ紹介しておこう。それは、'@「専守防衛」(=よその国に出ていかない)を本来の意味どおりにすること、'A周辺諸国の軍隊との対立を減らし、強調を増大させること、'B将来的には軍事力を必要としない世界をめざすこと、の三点である。「軍事戦略」とは九条から離れていくことではなく、九条実現のためのアプローチなのだ。
第二章では「戦後日本に軍事戦略は存在したのか」という観点から、日本の支配層の軍事戦略を歴史的に分析している。
第三章は、「九条の『制約』は『優位性』に変えられる」というタイトルである。戦後、日本国憲法と安保抑止論、自衛隊の存在は「ねじれ」ていたし、今もねじれている(だからこそ安倍自民党政権はなんとかして改憲し、安保抑止論の方向で「統一」したいと考えているわけだ)。歴代自民党政権は、安保抑止論の立場で自衛隊の増強するさい、憲法とりわけ九条との整合性をどのように図るのかに苦慮してきた。これが支配層からみた「九条の制約」である。著者はこの制約を逆手にとって、九条の軍事戦略の柱にしようという。軍事戦略のスタンスと重なる部分もあるが、'@専守防衛と「自衛権」、'A武器の制限、'B集団的自衛権は行使できない、という縛りが戦後史のなかで積み上げられてきた。支配層にとっては「制約」であったものが、われわれにとっては「優位性」に転化する可能性があるし、そうすべきだというのが筆者の立場である。
第四章はそれをさらに展開したものであり、第五章は憲法九条の実現、憲法九条の軍事戦略の遂行と日米安保条約の矛盾をどう解決すべきかについて筆者の見解が述べられている。「憲法九条の軍事戦略」を持つべきか否か、日本国憲法が改憲の危機にされされているからこそ、一人ひとりが検討すべき問題提起だろう。
しかし、憲法九条の「軍事戦略」という物騒なタイトルをなぜ考え、その内実はなんなのかについて一人ひとりが虚心になって読んでみることが必要ではないか。論旨は明快で予備知識のない人でも十分理解できる。
著者は護憲の立場にたちつつも、軍事戦略が必要だという。なぜそう考えるに至ったかは「第一章 九条の軍事戦略が必要とされる理由」に述べられているので、詳細についてはここでは書かない。ただ、著者の「軍事戦略」のスタンスについてだけ紹介しておこう。それは、'@「専守防衛」(=よその国に出ていかない)を本来の意味どおりにすること、'A周辺諸国の軍隊との対立を減らし、強調を増大させること、'B将来的には軍事力を必要としない世界をめざすこと、の三点である。「軍事戦略」とは九条から離れていくことではなく、九条実現のためのアプローチなのだ。
第二章では「戦後日本に軍事戦略は存在したのか」という観点から、日本の支配層の軍事戦略を歴史的に分析している。
第三章は、「九条の『制約』は『優位性』に変えられる」というタイトルである。戦後、日本国憲法と安保抑止論、自衛隊の存在は「ねじれ」ていたし、今もねじれている(だからこそ安倍自民党政権はなんとかして改憲し、安保抑止論の方向で「統一」したいと考えているわけだ)。歴代自民党政権は、安保抑止論の立場で自衛隊の増強するさい、憲法とりわけ九条との整合性をどのように図るのかに苦慮してきた。これが支配層からみた「九条の制約」である。著者はこの制約を逆手にとって、九条の軍事戦略の柱にしようという。軍事戦略のスタンスと重なる部分もあるが、'@専守防衛と「自衛権」、'A武器の制限、'B集団的自衛権は行使できない、という縛りが戦後史のなかで積み上げられてきた。支配層にとっては「制約」であったものが、われわれにとっては「優位性」に転化する可能性があるし、そうすべきだというのが筆者の立場である。
第四章はそれをさらに展開したものであり、第五章は憲法九条の実現、憲法九条の軍事戦略の遂行と日米安保条約の矛盾をどう解決すべきかについて筆者の見解が述べられている。「憲法九条の軍事戦略」を持つべきか否か、日本国憲法が改憲の危機にされされているからこそ、一人ひとりが検討すべき問題提起だろう。




