中学生編も高校生編も、それぞれの段階に沿った本質を描いているようにと思う。中学生編のような行き場のない憤りは他の作品に見られるところであるが、高校生編でここまで本質を突いている作品はそうそうないのではないだろうか。
もちろん、中学生編の表現が優れていることはいうまでもない。春日、佐伯、仲村の全員が相手と本気でぶつかり合っている。その中でも仲村の描写が群を抜いて魅力的であった。ただ、佐伯の気持ちも分からないではない。春日を交えたこの3人が絶妙なグラデーションを織りなしながら成長していくが、中学生編の最期に訪れるのは擬似的な破滅の失敗と虚無であった。
この後を継ぐ高校生編をどう描くかが難しいのは明らかであるが、高校生編では、中学生編はすべて高校生編のためにあったとさえ思えるほど素晴らしい物語が展開される。常磐と春日の2人が出会うのがその物語の始まりであった。2人は仲村と春日の関係とは違う形での救済を見せてくれた。第9巻は漫画史に残すべきだと思わされるくらい真に迫っている。佐伯さんの作中での扱いも非常に上手い。そして、おそらく敢えてなのだろうが、春日の胸の内に残る仲村との関係に決着を付ける最終11巻の後半はかなり難解で、一読しただけでは意味を取りきることが難しかった。しかし、よく考えて読めばなんとなく察することのできる構造になっている。浜辺で仲村と再度向き合ったとき、あのような対応をされたら私ならどうすればいいのかわからなくなりそうだが、春日と仲村は本当にわかり合っていたのだろう。2人だけにしか分からない(しかし本巻まで読み切った読者ならかろうじて察することのできる)形でコミュニケーションを行い、最終的に和解している。そのやり取りに絶妙に混じる常磐も良い。人と人との関係性という点についていえば、この3人ほど理想的なものはないとさえ思わされる。
なぜそのような関係性が生まれたのかというと、春日が仲村とも常磐とも、中学生として、そして高校生として、周りに流されず、本質的な部分でぶつかったからだと思う。嘘まみれ(クソムシだらけ)のこの世界で、数少ない真実がこの作品にはある。そう確信させられた。ここまで胸にくる作品は今までなかったかもしれない。感激のあまり2,3回ほど家で吼えたこともあった。なぜ私は春日や仲村のように生き切ることをしなかったのか。彼らが本当に眩しく見える。
本巻の最後は仲村の主観で春日との出会いを繰り返す(振り返る)話で終わるが、これも良い。仲村にとっても春日は救いだったことを予感させる。
惡の華は私小説的な物語であるけれど、だからこそ、誰しもが抱いたことのある本当の感情がそこにはある。春日、仲村、常磐や私のみならず、きっと多くの人にとって救いとなる物語がここにはあるではないだろうか。
惡の華(11)<完> (講談社コミックス) (日本語) コミック – 2014/6/9
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押見 修造
(著)
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11巻中11巻: 惡の華
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本の長さ208ページ
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言語日本語
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出版社講談社
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発売日2014/6/9
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寸法11.5 x 1.4 x 17.3 cm
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ISBN-104063951162
-
ISBN-13978-4063951165
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商品の説明
著者について
押見 修造
★漫画家。2002年、講談社ちばてつや賞ヤング部門の優秀新人賞を受賞。翌年、別冊ヤングマガジン掲載の『スーパーフライ』にてデビュー。同年より同誌に『アバンギャルド夢子』を連載した後、ヤンマガ本誌にて『デビルエクスタシー』などを連載。2008年より漫画アクションに連載した『漂流ネットカフェ』は、テレビドラマ化された。翌2009年より別冊少年マガジンにて『惡の華』を連載。
★漫画家。2002年、講談社ちばてつや賞ヤング部門の優秀新人賞を受賞。翌年、別冊ヤングマガジン掲載の『スーパーフライ』にてデビュー。同年より同誌に『アバンギャルド夢子』を連載した後、ヤンマガ本誌にて『デビルエクスタシー』などを連載。2008年より漫画アクションに連載した『漂流ネットカフェ』は、テレビドラマ化された。翌2009年より別冊少年マガジンにて『惡の華』を連載。
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カスタマーレビュー
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2020年3月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
思春期とともに誰にでも芽生える悪への賛美。主人公はその誘いをいかに断ち切って脱皮し、成長したか。
端的に言えばそういうテーマを描いた作品だろう。その「悪」の象徴が仲村であり、それに感化され誘惑され、後に更生できた汚らわしき者どもが主人公であり常磐文であり、佐伯奈々子であろう。
それはいい。しかしこの作者はあまりにも登場人物を粗略に扱いたがる。登場人物がみんな重すぎるテーマの重力に負けて不自然に歪んで見える。また、後の『ぼくは麻理のなか』でもそうだが、散りばめられた数々の問題をクローズしていく手法が如何にも安易で、読者はエンディングに向けてしばしば置いてきぼりを喰らう。
悪に傾倒する身勝手な主人公のおかげで人生の予想図を大幅に書き換えざるを得なくなった佐伯奈々子はどうなる。矛盾を回避するために偶然ぶって最後のほうにチラチラと申し訳程度に登場させ、エンディングに向けたアリバイづくりをするのは安直すぎて如何かと思う。
もし主人公をハッピーエンドに帰結させたいなら(当然そのようにすべきだが)、この場合のパートナーは佐伯奈々子でなければならない。エンターテイメントとはそういうもので、読者の多くは重いテーマの前に打ちのめされることより、登場人物の幸福を望んでいる。
副意識下に求める「欠けたものが満たされる状態」に結末するための方法は、主人公が「都合により途中出場の常磐」ではなく、「最初から体を張って悪と対峙してくれた佐伯奈々子」と結ばれること以外に選択肢はない。奈々子も誰か知らない人とそれなりに結婚して幸せそうだよ、などというのは物語のお作法の破綻でしかなく論外であると言わせてもらう。作者がサブキャラクターを救いのない状況下に放置することは、お金を払って作品を読んでくれた読者に失礼だ。どうしても作品をそのようにすべき理由があるなら、商業漫画ではなく他の表現方法でどうぞ。
作者の作品の底流には「内面に棲むもうひとりの自分」というキエチーフが流れているようだ。どのようなテーマを掲げ、どのように物語を閉じていかれるのか、今後も興味深くウォッチしていきたい。
端的に言えばそういうテーマを描いた作品だろう。その「悪」の象徴が仲村であり、それに感化され誘惑され、後に更生できた汚らわしき者どもが主人公であり常磐文であり、佐伯奈々子であろう。
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悪に傾倒する身勝手な主人公のおかげで人生の予想図を大幅に書き換えざるを得なくなった佐伯奈々子はどうなる。矛盾を回避するために偶然ぶって最後のほうにチラチラと申し訳程度に登場させ、エンディングに向けたアリバイづくりをするのは安直すぎて如何かと思う。
もし主人公をハッピーエンドに帰結させたいなら(当然そのようにすべきだが)、この場合のパートナーは佐伯奈々子でなければならない。エンターテイメントとはそういうもので、読者の多くは重いテーマの前に打ちのめされることより、登場人物の幸福を望んでいる。
副意識下に求める「欠けたものが満たされる状態」に結末するための方法は、主人公が「都合により途中出場の常磐」ではなく、「最初から体を張って悪と対峙してくれた佐伯奈々子」と結ばれること以外に選択肢はない。奈々子も誰か知らない人とそれなりに結婚して幸せそうだよ、などというのは物語のお作法の破綻でしかなく論外であると言わせてもらう。作者がサブキャラクターを救いのない状況下に放置することは、お金を払って作品を読んでくれた読者に失礼だ。どうしても作品をそのようにすべき理由があるなら、商業漫画ではなく他の表現方法でどうぞ。
作者の作品の底流には「内面に棲むもうひとりの自分」というキエチーフが流れているようだ。どのようなテーマを掲げ、どのように物語を閉じていかれるのか、今後も興味深くウォッチしていきたい。
2018年12月10日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
”ふつう”の生活である高校生活編が長く描かれているのは
まさにこの最終巻の”ふつうじゃない”ことへの春日の決別を強調するためである。
”ふつう”こそがクソムシであり悪の華である。
二人は幼い頃からいつも同じものを見ていたのではないかと思う。
偽善的だったり表面的だったり、建前と嘘が垣間見える”ふつう”の世界こそが
幼い頃の仲村がクソムシと表現し、春日が悪の華のように見たものなのだろう。
春日はこの巻で”ふつう”の人間として生きていくことの覚悟を決めるため仲村に会いにいく。
青年から大人へ変わる瞬間を見事に描いており、海辺のシーンはまさに感涙必至。
仲村の最後の一言は、春日を”ふつう”の世界に押し出していく。
写真のようなコマ送りで描かれる描写は上手い下手ではなく圧倒的に”良い”。
ここまでコマの一つ一つを隅々まで見回したのは初めてだ。
まさにこの最終巻の”ふつうじゃない”ことへの春日の決別を強調するためである。
”ふつう”こそがクソムシであり悪の華である。
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幼い頃の仲村がクソムシと表現し、春日が悪の華のように見たものなのだろう。
春日はこの巻で”ふつう”の人間として生きていくことの覚悟を決めるため仲村に会いにいく。
青年から大人へ変わる瞬間を見事に描いており、海辺のシーンはまさに感涙必至。
仲村の最後の一言は、春日を”ふつう”の世界に押し出していく。
写真のようなコマ送りで描かれる描写は上手い下手ではなく圧倒的に”良い”。
ここまでコマの一つ一つを隅々まで見回したのは初めてだ。
2019年9月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
5巻くらいまでは次は次は?と読んできたが、6巻以降は余りにも深く苦しく恐ろしくなってしまい、逆にじっくりとページが進みました。常に背後からどんよりとついて回る不安が、春日くんたちの歩みで掻き消されたことはとても良かった。最終話の描写はすごく気に入りました。終わってしまい残念だ~。
ベスト500レビュアー
Amazonで購入
主人公はどうしてこんなにモテモテなんでしょう?
それはさておき、心理描写に引き込まれ11巻一気読みです。
メンタル的に参ってる時に読んだのでかなり凹みましたが、ラストはハッピーエンドと思える描写でしたので救われた気分です。
それはさておき、心理描写に引き込まれ11巻一気読みです。
メンタル的に参ってる時に読んだのでかなり凹みましたが、ラストはハッピーエンドと思える描写でしたので救われた気分です。
ベスト1000レビュアー
Amazonで購入
独白とは
独り言を言うことではなく
相手なしに台詞を言うことである
思春期を迎え
心と身体との成長が不安定で
精神的にとても辛いタイミング
この時期は物事の善悪が非常に捉え辛い
なぜなら
狭い社会で自らを客観的に見るには
あまりにも判断材料が少なすぎるからだ
社会的に悪事を働いた人に
幸せになる権利は無いのか?
答えなどそもそも存在せず
「何が(本人にとって)正しい」のか
という「確固たる意思」しか
そこには存在しない
過去の悪事を
愛する人に打ち明ける「告白」をすることで
後ろ向きだった主人公が前に進もうと、生きていこうとする精神的な成長がとてもフィクションとは思えないものであった
最後の行動は
人によっては
破壊衝動や葛藤に感じる人もいるのかもしれないが
「言葉にできない」
そのモヤモヤを爆発させる
理性から解き放たれた「生き物」として「生きた行為」は腐乱したハエに貪られていたクソムシどもを見事に払拭したことの現れなのではないかと思う
モノを見て「美しい」と思える幸せ
それは罪にならないしとても尊ぶべきことだと考える
この作品は人の汚さ・下劣さといった粗雑な部分まであえて描くことで、「人の総合的な美しさ」を落とし込むことが出来たのだと思われる
一本の映画をイメージしながらまとめて読了したが、是非ともこの作品は映画で見てみたい
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