本書で初めて島田雅彦さんの小説を読んだ人は、巧みでスケールの大きなエンタメ作家だと思うことだろう。出所不明の偽札がそれを手にした市井の人々の運命を次々に狂わせていくのと並行して、「銭洗い弁天」なるマネーロンダリング組織のリーダーのもとで潜入操作に挑む女性警察官(本書のヒロイン)の活躍ぶりを描いていくかと思いきや、他方で「彼岸コミューン」という地域通貨の実験を行うカルト教団の存在が浮上し、あるいは偽札鑑定のプロという魅力的なキャラクターが登場してくる。そして次第に、本書の主人公である、巨額の資金を操る謎めいた男の顔が徐々に見えてくる、しかも彼とヒロインとの恋愛関係が進行しつつ…と、前半は非常にスリリングかつミステリアスで楽しすぎ、一挙に読んだ。後半になると、展開が急転すると同時に物語が主人公の歩みのみに収斂していき、話的にも先が読めてくるだけに興はややそがれたが、それでも結末まで引き込む力は衰えなかった。とても面白い。
主人公とヒロインの恋愛感情がメロウすぎてどうもスカスカな感じがする、物凄いやり手のはずの主人公の行動が、後半になるとかなり頭悪く思えてしまう、など、色々とツッコミどころはある。だが、国家を転覆させるほどの大量の偽札の流入に大混乱するニッポンの醜態を鮮やかに描きつつ、様々な登場人物たちの思惑や計略や理想や葛藤や挫折を記述していく手腕はお見事である。島田氏が新たな才能を見せ付けた傑作といってよいだろう。
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