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怪談前後 柳田民俗学と自然主義 (角川選書) がカートに入りました
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怪談前後 柳田民俗学と自然主義 (角川選書) 単行本 – 2007/2/1

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商品の説明

内容紹介

明治四〇年前後の「怪談の時代」を同時代として生きながら、「それぞれの自然主義」のあり方として民俗学と私小説を立ち上げた柳田國男と田山花袋。「自然主義」をめぐる「怪談の時代」の顛末を描き出す。

〈目次〉
序章 『遠野物語』序文を読む──未だ民俗学ではない書物として

第一章 内面嫌い

第二章 野蛮の書式

第三章 隘勇線への視線

第四章 自然児の人生

第五章 「私怪談」と現実の更新

第六章 部屋の小説家

第七章 魔法使いの孫

第八章 偽私としての安堵

第九章 地震と新開地

第十章 手紙の啓蒙家

第十一章 美知代の反撃

第十二章 第六感の自然主義

終章 「世間話」の改良

あとがき

主要参考文献

内容(「BOOK」データベースより)

明治四十年前後の「怪談の時代」を同時代として生きながら、「それぞれの自然主義」のあり方として民俗学と私小説を立ち上げた柳田國男と田山花袋。一方「怪談の時代」に殉じるかの如く文壇から消えた佐々木喜善と水野葉舟の「文学」とは何だったのか。「自然主義」をめぐる「怪談の時代」の顛末を描き出す。

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登録情報

  • 単行本: 493ページ
  • 出版社: KADOKAWA/角川学芸出版 (2007/2/1)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4047034010
  • ISBN-13: 978-4047034013
  • 発売日: 2007/2/1
  • 商品パッケージの寸法: 18.8 x 13 x 3 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.7 3件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

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トップカスタマーレビュー

投稿者 ソコツ トップ500レビュアーVINE メンバー 投稿日 2008/12/10
形式: 単行本 Amazonで購入
おおよそ明治30年〜40代という「怪談の時代」において、「文学」と「民俗学」が互いに分離しつつ立ち上がっていく様を追跡し、その意義を問うていく論述作品。「現実」や「言葉」が更新されていく時代にあって、田山花袋、柳田国男、佐々木喜善、水野葉舟らがいかなる言語的実践に取り組んでいったのかが、それぞれの来歴や性格や趣味をよく考慮しつつ、またお互いの文芸仲間的なつきあいにも詳しく論及しながら明らかにされており、興味深い。
柳田は、「自然主義」という方法に大いなる可能性を見出したが、しかし花袋がそれを「私」をめぐる記述へと矮小化したために、違和を感じ自分は人間生活の自然史たる「民俗学」の構築へと向かっていった。「怪談」の語り手である喜善は作家的野心をもって柳田らに接近するが、自律した「文学」を確立できずに中途半端なまま終った。都市作家の葉舟は、「文学」の模索からやがて「手紙の啓蒙家」と心霊主義の研究家というやや迷走的なキャリアへとスライドしていくが、そこには時代の要請に真摯に向き合った彼なりの必然があった、云々。
本書では、既存の多くの民俗学・文学・柳田国男研究が援用されつつ、しかし著者独自の鋭い見解も提示されており、研究者には反発もふくめて刺激されるところが少なくなかろう。加えて、ケータイ文化やネット社会の興隆を背景とした現代の「文学」問題をも同時に著者は意識しつつ考察をすすめており、昔の話にはあまり関心のない読者であっても、ちょっとは参考になるのではないかと思われる。
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投稿者 Gori トップ1000レビュアーVINE メンバー 投稿日 2010/4/30
形式: 単行本
この本を解説するには,あとがきの記された三島由紀夫の言葉を引くに限る。
三島はこう言った。
「(遠野物語は)データそのものであるが,同時に文学だと言う不思議な事情も生じていている」
三島は,柳田が,民俗学者として,ありのままに「採集する」と言う態度を逸脱し、
「文学として」「改竄し」『捏造した」痕跡が『遠野物語』にはあるというのである。
そしてそこには「事情」があるとする。
その事情というのは何か,それを丁寧に探っていくのが本書である。

柳田國男は日本の民俗学の祖とされるが,本人は民俗学などは低く見ており、
文学を上位に置いていたのである。

かくして『遠野物語』は,現地に一度も赴くことなく,聞き書きとして書かれることになる。

『遠野物語』だけが,岩手に残り,一人歩きを始める。
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投稿者 保武佳吾 トップ500レビュアー 投稿日 2007/2/20
形式: 単行本
 興味深いことがいろいろ書かれている。柳田国男が田山花袋に対して示した小説の素材の提供である。「山の巡査達」「一兵卒の銃殺」そして「靄」は友人が私に語って聞かせる怪談という趣向をこらしている。花袋は再三柳田の内面を描写し、柳田を怒らせる。
 ボートが何者かに捕られたのを、神経がよほどどうかしているなと「怪談」が神経症と神秘の間で揺れ動く時期に生まれていることを示している。そこには柳田が生涯,花袋の文学活動に翻弄された印象を受けて、その関係が面白く感じられる。
 小説の中の柳田は、「文学アイドル」を相対化して、「軽く」描く視座の「アリュウシャ」は「蒲団」の前年に発表されている。「樺太紀行」の中で、柳田の文学的自意識としての「我」が強く表出されていることが注目される。ロシア少女への淡い恋心、それは内面嫌いの柳田にとって望みたくない小説であったに違いない。
 明治四十年代初頭、代表作「蒲団」「遠野物語」を互いに否定し合うことで、かえって感情的に離反していた二人の関係に「復調」が見られる。大正五年頃からである。そして柳田の山人論再構築が始まる…というように、時代を追って綿密な資料を提示しながら両者の「自然主義」反応を追求して、興味は尽きないのが本書である。意外性のある両者(いずれも歴史上の人物)の組み合わせ論考に視野が広がった次第である。
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