中古品
¥ 1
+ ¥ 257 関東への配送料
コンディション: 中古品: 非常に良い
コメント: ■通常24時間以内に発送可能です。■万が一コンディションに不備があった場合は、返金対応致します。丁寧にクリーニング・梱包をして、迅速に発送いたします。■防水梱包です。■決済は、クレジットカード、コンビニ決済・ATM・ネットバンキング・Edy払いがご利用可能です。
この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
裏表紙を表示 表紙を表示
サンプルを聴く 再生中... 一時停止   Audible オーディオエディションのサンプルをお聴きいただいています。
この画像を表示

思考の補助線 (ちくま新書) 新書 – 2008/2

5つ星のうち 3.7 21件のカスタマーレビュー

その他(2)の形式およびエディションを表示する 他のフォーマットおよびエディションを非表示にする
Amazon 価格
新品 中古品
Kindle版
"もう一度試してください。"
新書
"もう一度試してください。"
¥ 28,589 ¥ 1
click to open popover

キャンペーンおよび追加情報

  • 哲学| 哲学用語図鑑や倫理学など、幅広いジャンルの本をラインアップ。哲学の本ページへ。

Kindle 端末は必要ありません。無料 Kindle アプリのいずれかをダウンロードすると、スマートフォン、タブレットPCで Kindle 本をお読みいただけます。

  • Apple
  • Android
  • Android

無料アプリを入手するには、Eメールアドレスを入力してください。



【Amazon Global】OTAKU Store
Figures, Video Games, Blu-ray, DVD and Music of Japanese Anime, Games and Pop Culture Shop now

商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

幾何学の問題で、たった一本の補助線を引くことが解決への道筋をひらくように、「思考の補助線」を引くことで、一見無関係なものごとの間に脈絡がつき、そこに気づかなかった風景がみえてくる。この世界の謎に向き合う新たな視座を得ることができる―。「知のデフレ」現象が進む日本で、ときに怒りを爆発させながらも、「本当のこと」を知るために探究をつづける著者の、情熱的な思索の過程が本書である。自由軽快に、そして粘り強く考えるヒントを、自らの一身を賭して示す。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

茂木/健一郎
1962年生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京工業大学大学院連携教授。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。「クオリア」をキーワードとして、心と脳の関係を探究している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


登録情報

  • 新書: 237ページ
  • 出版社: 筑摩書房 (2008/02)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 448006415X
  • ISBN-13: 978-4480064158
  • 発売日: 2008/02
  • 商品パッケージの寸法: 17.2 x 10.8 x 1.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.7 21件のカスタマーレビュー
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 447,700位 (本の売れ筋ランキングを見る)
  • さらに安い価格について知らせる
    この商品を出品する場合、出品者サポートを通じて更新を提案したいですか?

  • 目次を見る

カスタマーレビュー

トップカスタマーレビュー

投稿者 dream4ever VINE メンバー 投稿日 2008/7/30
形式: 新書
読み始めた時は、茂木さんの初期作品的で、彼における近頃の銭儲け新書戦略とは異なり、路線修正したのかと安堵してみた。しかし、それは本書に収めれれている文章が2005年から2007年にかけての連載をもとにしているからとわかった。
さらにである。一冊の本になってみるとまったくのまとまりが無く散漫なイメージである。
結局のところ茂木さんは、日本の蛸壺的科学研究業界が嫌い(前から書いている)で2年間だけ居たケンブリッジのハイテーブルに憧れているのであろう。確かに現在の知の巨人かもしれないが、不満やボヤキの裏打ちをするための知では寂しい。
本書を読まれる方は今を生きているのである。彼自身はどうしても対立軸を設定したい様に思えてならない、どちらが良くてどちらが劣るのか。
そんな事を考えていたら、本書のタイトルの補助線とは対立をクリアーカットにするための補助線ではないかと思えてならない。
彼の言う多様であることの必要性にはまったくの同感であるが、頭の丈夫でない(養老さん的に)小市民が本書を読むと、茂木さん自身はクローズドコミュニティーを標榜しているのではないかと思ってしまう。すなわち頭の良い人間、芸術に長けている人間、技術に長けている人間だけが住む世界。
多様な思想や文化が多様な歴史を折り合いをつけながら築いているという文脈はどうも彼の住
...続きを読む ›
2 コメント 22人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
違反を報告
形式: 新書
『クオリア評論家』である茂木健一郎氏の著作。筑摩書房のPR誌に連載された文章を収載している。ジャンルはエッセイ集。理由は後述するが、ただ読むだけであれば数時間から数日で読了できるが、内容を理解することを『読破』と定義するならば、読破はほぼ不可能。

前書きを読んだ時点でしていた嫌な予感が的中。『思考の補助線』とは『ある難解な問題に対して、ひとつの情報を加えるだけで一気に視野が広がり、明解に回答が得られるようなヒントや思考法』を指すはずである。要するに『世の中の難解なことをわかりやすく説明する』ことが本書のタイトルだと考えて読者は購入していると思う。ところが、本書の文章は、単純なことさえもわざわざ難しくしているだけでなく、内容もランダムで各章ごとのまとまりがない。たとえそうであっても最終章で結語が収束していれば納得できるがそれもない。あるキーワードにたいして著者が思いついたままに延々と語っているだけの書だと思う。しかも著者自身のものさしは大きく常識とはずれているように思う。例えば、量子物理学や数学を仮想現実と同等に考えていたり、『個性(わがまま)を押し殺すことで公共の福祉が守られていること』を理解していないような文章もある。また、きわめてわかりづらい文章も多い。頭のいい人とは『むずかしいことを誰にもわかるように説明できる人』を指すが、本著者はまったく逆で、読む側に
...続きを読む ›
コメント 38人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
違反を報告
形式: 新書
帯には「あ、わかった! 世界の見え方があざやかに変わる発想」とあるが、読んだ感想はそういうのではない。

僕は「補助線」というと、多角形に補助線を引いて幾つかの図形に分けることで角度や面積を求めるためのものを思い浮かべる。ぼんやり見るだけではわからないものを、補助線を引いて自分の知っているものに引きつけることによって解明するというイメージ。

この本での「補助線」はこの僕のイメージとは違っていて、「補助線」というよりも一見異なるもの、境界のあるものの間に架ける「架け橋」と言った方が腑に落ちる。文系と理系、有機物と無機物、生と死、論理と感情、宇宙を支配する法則と偶有性など、様々なものの間に架け橋を架けて(茂木さんの言葉では「補助線」を引いて)眺めるのだ。

しかし、帯のキャッチフレーズのようにそう簡単にあざやかに世界の見え方は変わらない。というか、自分がわかっていたつもりになっていた世界の一端も、自分に都合のよい一方からだけ理解したつもりになっているのでは強靱さが足りない、と反省させられることしきりだ。意見異なるもの、境界をおいたものの間に架け橋を架けながらものを見ると、もっともっとわからなくなる。「無知の知」に誘うのがこの本の役割か。

茂木さんは青年のときから「世界を引き受けること」への志向に突き動か
...続きを読む ›
コメント 9人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
違反を報告
形式: 新書
最近テレビでよく見る茂木健一郎のことがちょっと気になって読んでみました。コンピューター科学の進展で、哲学で20年前くらいからホットな問題になって来て、PCのコモディティー化により10年位前から一般にも話題になって来た心脳問題に「クオリア」という言葉を持ち込んで科学者の立場からの発言をしている人です。脳内快楽物質ドーパミンが出て来る状態を「アハ!体験」とか言って、一般向けの頭の体操系の本も沢山書いています。「アハ!体験」というのは著者のオリジナルではなく外国の学者が"Aha"と言っているのを「アハ!」に置き換えたものです。ニュアンス的にはちょっと違います。英語の場合は語尾のアクセントは下がりますよね。
「クオリア」とは人が意識する実感みたいなものを表す言葉です。昔の哲学で観念とか呼ばれていたものと呼応する言葉です。人工知能が可能になったとして、知的な反応が人間と同じになった時に、機械は意識を持っていると言えるのか?と言う時に問題になります。
20世紀初頭にイギリスの高名な哲学者、ジョージ・エドワード・ムーアが外界の証明と題した講演で、壇上で両手を出して、「ここに手がある。証明終わり。」と言って物議を醸したという逸話を思い出させます。「クオリア」と言うことによって問題は過去の哲学と現代の脳科学が出会うことになります。いわゆる、古い皮袋に新しいワインが注がれると言うこ
...続きを読む ›
コメント 1人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
違反を報告

最近のカスタマーレビュー