この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
裏表紙を表示 表紙を表示
サンプルを聴く 再生中... 一時停止   Audible オーディオエディションのサンプルをお聴きいただいています。

著者をフォロー

何か問題が発生しました。後で再度リクエストしてください。


思想史のなかの臨床心理学 (講談社選書メチエ) (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2004/10/9

5つ星のうち4.0 2個の評価

その他 の形式およびエディションを表示する 他の形式およびエディションを非表示にする
価格
新品 中古品
単行本(ソフトカバー)
¥199
click to open popover

Kindle 端末は必要ありません。無料 Kindle アプリのいずれかをダウンロードすると、スマートフォン、タブレットPCで Kindle 本をお読みいただけます。

  • iOSアプリのダウンロードはこちらをクリック
    Apple
  • Androidアプリのダウンロードはこちらをクリック
    Android
  • Amazonアプリストアへはこちらをクリック
    Android

無料アプリを入手するには、Eメールアドレスを入力してください。

kcpAppSendButton

商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

「心」を「個人の内面」と同一とする発想が生まれた近代。意識の重視、言葉と意識の結びつきへの信頼を軸とする理論は、歴史の中で初めて生まれた心の捉え方であった。西洋近代文明の申し子・臨床心理学の「意識」観が、中世の「認識」観に較べていかに際立つかを検証する。

抜粋

●プロローグ より

・・・こんにちの状況のもとでは、心の病まいの治療に、社会からも大きな役割が期待されている。いまや、臨床心理学はとても人気のある分野となってきた。少子化の影響で経営が危機におちいる大学もあるなか、ここだけは志願者があふれているのである。小中学校にもカウンセラーが配置され、学校の荒れや不登校など、多発する問題に対処しようとしている。これは何を意味するのだろうか。本書での臨床心理学の歴史の考察は、最後にこの学の現代的意義を探るところに結びつくであろう。 ・・・西洋近代の世界観の特徴とは、何なのだろう。心の問題に限って言うなら、それは心を「個人の内面」と同一視する見方だと、私は考えている。ちょうど、人間が個々人で一つずつ箱をかかえていて、中身を見ることができるのは自分だけだ、というようなものである。ウィーン産まれのユダヤ人哲学者ウィトゲンシュタインは、「箱のなかのカブトムシ」という有名なたとえで、この近代的な「心の理論」を表わした。その中心をしめるのは、感覚を基礎とする意識である。さらにこの箱が二重底になっていて、自分にもわからない心の隠された部分があれば、それが無意識ということになる。  こうした心のとらえ方を、私はかつて他の著書の中で「心の囲い込み」と呼んでみた。「箱形人間観」と言う人もいる。だが、心の位置づけがこんなふうになったのは、意外にもたいへん新しいことなのである。本格的に始まったのは十九世紀も末のころで、したがって、心についての近代的な理論が、この構えに集約されていると言える。まさに臨床心理学の誕生のころであった。そしてこの人間観に大きな影響を受けているのが、臨床心理学のほかに、現在もなお実験心理学の基本的な枠組みをなしている行動主義と、そして二十世紀を代表する哲学思潮と言える現象学や実存主義なのである。 ・・・ここでひとつ、皮肉な考察を加えなければならない。もし臨床心理学の実践と理論が、この現代社会の心の病まいと同じところから起こっているとしたら、どうだろうか。つまり、現代の私たちに課せられている問題を形作るのと同じ力が、臨床心理学をも作りあげているのだとしたら、はたしてこの学は、現代社会からの期待に応えられるのか、ということである。・・・・・  臨床心理学という分野は、実験によって効果を検証するような基礎がためにはなじまない。じっさいに、そうしたことはほとんど行なわれていない。実験心理学から批判を受ける点ではあるが、しかし、この基準に合わないからといって、臨床心理学や心理療法が無意味ないとなみにはならない。この分野の起源の哲学・思想性を、さらには宗教性を考えてみるべきである。この系譜をたどっていってこそ、臨床心理学のほんとうの位置づけが理解できる。つまり本書の目的は、はじめに立てておいた「臨床心理学とは何だろうか」という単純な問いへの、もう一つの答えを用意することである。

------------------------ ●第一章 「意識の学」としての精神分析 一 意識は「万能の妙薬」か より

 近代臨床心理学のいちばんの特色は何だろうか。「無意識の発見」ということを筆頭にあげるのが、しばらく前までの通説であった。しかし、これは二つの点であやまった説である。まず、無意識の心の存在は臨床心理学の発見によるのではなく、古くから知られていた。この心理学の誕生した十九世紀にかぎってみても、フォン・シューベルトやショーペンハウエルらロマン主義の思想家や哲学者、ヘルムホルツ、J.S.ミルなど実験心理学の先駆者たちがすでにさかんに論じていた。これが第一の点である。  そしてもうひとつには、近代臨床心理学理論の中軸をなすのが、じつは無意識ではなく、意識なのだという点をあげなければならない。  意識すると病気がなおる - 西洋近代にうまれた臨床心理学は、声をそろえてこう語りかけてくる。例えば、精神分析学の創始者として有名なオーストリアの神経科医フロイトによれば、こうなる。

つぎのように主張しようと思います。私どもがある症状につきあたるごとに、この患者には特定の無意識的な過程が存在しており、まさにその過程こそがこの症状の意味を内包していると推定してよい、と。しかし同時に、症状が成立するためには、この意味が意識されていないことが必要なのです。意識的過程からは症状は形成されるものではありません。無意識的過程が意識されるようになるやいなや、症状は消失せざるをえないのです。(『精神分析入門』懸田克躬訳 中央公論社)

 ・・・この主張は、フロイトだけに固有のものではない。のちにあらためて述べるが、無意識を扱う近代臨床心理学のほとんどの理論に、共通して認められる前提となっているのである。しかしながらこれは、かなり大胆な、珍しい主張ではないだろうか。本書の読者の中で、臨床心理学にあまりなじみのない人なら、きっとそう感じられるにちがいない。私自身も、勉強を始めたころにはよく、「どうして意識したら治るんだろう」と、勉強仲間どうしで言いあっていた。けれども、この主張にしばらく付き合っていると、いつの間にかあたり前のように思われてきた。だがこうなったのは、真理に近づいたのではなく惰性に流されたのだと、近ごろになって反省している。  近代臨床心理学の特徴を考えようとすれば、まず意識のこの特殊な役割から出発すべきなのである。無意識の心理学として知られる近代の臨床心理学が、ほんとうは意識をたいへん重要に考えている。意識からはけっして心の病まいは起こらないし、意識するやいなや症状は消えうせるのだと聞けば、意識は「万能の妙薬」かとさえ言いたくなる。さらにこの意識の重視が、臨床心理学の扱う無意識の特殊性と、深く結びついているのである。  「万能の妙薬」といえば、起源は古い。秦の始皇帝が徐福をわが国につかわし求めさせたという話は、かなりまゆつばではあるが、この時代にそうした思想のあったことは確かである。西洋では、中世の錬金術のなかで用いられたアラビア語起源の言葉「エリクシール」が、まさにこれである。百年あまりの歴史しか持たない、近代を代表するような臨床心理学の中心に、この古い伝統が再現していると考えられる。臨床心理学の思想的な、また宗教的な性格付けにおいて、この点は重要である。  無意識は古くから知られていたと、さきに述べた。けれども、「無意識」(ドイツ語でウンベヴスト、英語でアンコンシャスなど)という言葉は、さほど古くない。だいたいこの二百年くらいのあいだで、いっぱんに使われはじめた表現である。どうして言葉だけが新しいのだろうか。  それはこの言葉が、意識との対比のうえに形作られたからである。意識が「万能の妙薬」となったとき、これに対立するなにかが「無意識」という名前をあたえられた。そこではじめて「無意識」が、まさに「意識にのぼって」きたわけである。心が、人類の歴史のなかで、この時代の西洋文化をまってはじめて取りえた形態であった。  古くから知られていた無意識は、意識に対立するようなものではなかった。これものちにくわしく述べるが、それはむしろ、心のふつうの働きだったのである。古くからの心が、臨床心理学から絶大な信頼をゆだねられた意識との対比のもとで、新しいすがたを取るようになった。私はこれをあえて、臨床心理学の「発明」した無意識と呼ぶことにしたい。  さて臨床心理学で、意識とこの「発明」された無意識とは、どのような関係にあるのだろうか。たしかに臨床心理学は無意識を論じ、それに働きかけることを特色としている。しかしながら、無意識への働きかけは意識を通して行なわれるのが原則なのである。だから主役は意識であり、無意識は相手役なのだと言ってよい。  さらに意識と無意識とのあいだには「明と暗」、「善と悪」、「光と闇」のような対立関係が見出される。このときに意識の役割は明・善・光の側であり、無意識のほうは暗・悪・闇のほうにまわるのを常とする。もちろん、これは大ざっぱな分類で、細かく見てゆけば例外も出てくるが、無意識を扱う臨床心理学の原則はこうなのである。  古くからの無意識が、このような損な役回りだけを引き受けたのも、この時代、すなわち近代臨床心理学がその形を表わした十九世紀末ごろが初めてなのであった。この考え方の特色を、それ以前の歴史的な無意識概念との対比から探るのが、本書の中心課題となる。


登録情報

  • 発売日 : 2004/10/9
  • 単行本(ソフトカバー) : 242ページ
  • ISBN-10 : 4062583119
  • ISBN-13 : 978-4062583114
  • 出版社 : 講談社 (2004/10/9)
  • 言語: : 日本語
  • カスタマーレビュー:
    5つ星のうち4.0 2個の評価