この本で紹介されている殆どの作品に、鑑賞者を怖がらせよう という制作意図は全く無かったと思われる。
けれどもある視点から観ることによって、つくづく怖い絵となる。
この筆者の著作を読む愉しみは、それまで青いレンズの眼鏡をかけて過ごしていたのが、赤いレンズの眼鏡にかけ変えて世界が突然真っ赤に見える、というように、視点がガラリと変化する驚きとワクワク感を味わうところにあると思う。
どの作品の解説にもその愉しさはあるが、わたしが今回とりわけ面白いと感じたのは、
①フェルメール研究の第一人者と言われる美術界の重鎮までもが「知られざる傑作発見!」と太鼓判を押したフェルメールの贋作の話(図版をしみじみ眺めてしまうほど魅力的な絵で、皆がこぞって騙されたのも無理はないとは思ったけれども)
②ピカソの「泣く女」の話。
自分の心変わりに取り乱して大泣きする恋人の崩れた泣き顔を冷静に観察して名作を生み出してしまう天才の残酷。
芸術の天才には、他人のどんな感情も利用してしまう残酷さが共通してあると筆者は言う。
そういう意味では、例えば多くの小説に、そこに見たくもない自分の姿が容赦なく描かれているのを見出して、傷ついている書き手の知己が何人もいることだろう。
抽象性の高い現代アートですら、時には微かな何かを感じとって深く傷つく人の心があるかもしれない。
あの名作にもお気に入りのこれにも、優れた芸術作品の数だけ影に隠れた被害者がいるのかも…などと夢想を始めるとほら、心に赤い眼鏡をかけた自分にはっと気づいて、こういうところが自分の好みに合っている、と改めて思う。
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