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志賀直哉はなぜ名文か―あじわいたい美しい日本語 (祥伝社新書) 新書 – 2006/4

5つ星のうち 3.7 3件のカスタマーレビュー

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

志賀直哉は「小説の神様」と云われ、その文章は紙面から活字が立ち上がってくると云う。ところが直哉の文章の一体どこが名文なのか、直かにあたってみると、一見すらすらと読めてしまうだけに、かえって分析するのが難しい。三〇年間、志賀直哉、森鴎外、井伏鱒二などの全集を読破して「名文」を採集しつづけ、『日本語大シソーラス』を編纂した著者が、独自の視点から直哉の名文を分類、分析した画期的な書。英語では決して表現できないすっきりとした美しさ、翻訳不可能と云われる融通無碍な接続の技法、句読点の打ち方ひとつにまで施された並々ならぬ推敲…。直哉の名文を通して、日本語独自の自由、美しさを明らかにする。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

山口/翼
1943年、千葉県生まれ。スタンフォード大学、慶應義塾大学卒業。大学では統計・計量経済を学ぶが、小説家を志し大学院を中退、1970年、渡仏する。まずは語彙を増やそうと自分用の「類語辞典」の編纂を思い立ち、広辞苑などの辞書から言葉を収集、志賀直哉、森鴎外などの全集を読破して名文を採集する。1991年帰国(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


登録情報

  • 新書: 228ページ
  • 出版社: 祥伝社 (2006/04)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4396110375
  • ISBN-13: 978-4396110376
  • 発売日: 2006/04
  • 商品パッケージの寸法: 17.2 x 10.8 x 0.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.7 3件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

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トップカスタマーレビュー

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僕は、やはり名文だと思いました。「全く」の使い方について、間違っているといっていますが、あれは間違いではないです。(ちゃんと調べてから書きましょう。)評論家然としてレビューは書きたくないですが、志賀は「文法が間違っているとは、テニヲハは別として、思考に忠実に書かないことだ。そういう文を読むのは頭脳が浪費だ」というようなことを書いています。志賀の文章が美しいのは、無理のない思考の流れにそって、自然に描かれているからだと思います。
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形式: 新書
 レビューでは非常に悪い評価だったので、購入は控えていたのだが、ある日たまたま、書店の書棚にひっそりと埋もれているのを見つけ、拾ってやった。
 正直言って、志賀直哉に興味が無い人間にはつまらない内容である。
 しかし、志賀直哉の作品をある程度読んだことがある人間や、美文が書きたい、と思っている人間(特に小説家を志す人間)にはうってつけの一冊である。
 内容は志賀直哉の文章を検証するというよりは、作品から名文だけを引っ張り出してきた、『名作集』ならぬ『名文集』といったようなものである。
 私は一応、直哉の作品はある程度読んでいるので、取り上げられている「名文」を見るたびに、「こんなところにかくも美しいセンテンスがあったのか!」と感服させられるばかりであった。スラスラ読んでいては到底気付かないようなところまで、著者はきっちりと拾い上げている。
 文と共に、その解説が付せられているのだが、これを読んでかなり勉強になった。と同時に、志賀直哉はやはり「神」なのかもしれない、と思わせられることも多々。美文を書きたい人間にオススメする理由はこれで、日本語の可能性を知り、表現を模倣してみるのも良いだろう。
 もちろん、直哉の名文はこの書で取り上げられているものだけだけでなく、注意して読んでみると、彼の作品の随所に腰を据えている。
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形式: 新書
 滋賀直哉は別名「小説の神さま」と言われている。これは彼の作品「小僧の神様」をもじったものだが、一方で昭和前半の文壇に長期に亙って君臨したことによるものである。また、彼の大事な道具のはずの日本語を放棄し、フランス語を国語にしようと提案するなど、彼はかなり変わった性格の人物ではある。

 隠喩や直喩などのレトリックに秀で、贅肉をこそぎ落としたような簡潔でわかりやすい文体は、直哉なればこそのもので、それはそれで研究の価値のあるものである。しかし文法や語句の使い方に、明らかな誤りがあるのも事実で、よくあるのは、本来否定の語句しか修飾できない副詞「全く」を、肯定句の強調に使っていることである。これは小学生が作文でよく書く、「全然おもしろかった」式で、やはりおかしい。

 以前は、小説の修行をするなら、直哉の短編を一作丸ごと原稿用紙に書写しろと言われていたが、直哉式の「無駄のない文」も、現在では舌足らずの文と見られかねないし、一般の人が彼のような文を書いて文学賞に応募しても、予選すら通過できないと思う。

 むしろ直哉の魅力は、小説とは思えないほどのリアルさや、主人公以外の登場人物もよく計算されていて、主人公以外の人物の視点で読んでもおもしろいところであろう。「小僧の神様」で、寿司をごちそうしてくれたおじさんは、小僧から見れば神さま
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