本書は、現在、相模女子大学の人間社会学部人間心理学科の教授として教鞭をとっている石川 勇一氏がこれまでに発表してきた論文を編纂したものである。臨床と研究という二つの実践に取り組みながら、長年に渡り真摯な思索と探究を続けてきた痕跡がその隅々から香ってくる力作といえるだろう。
臨床の現場に於いて人間が出遭うとき、そこにはしばしば治療者の「想定」に収まらない現象が生まれることになる。臨床家の責務とは、そうした状況において、自己の想定や前提に合致しないものに対する受容と探究の姿勢を維持することであるといえる。その意味では、臨床家とは、実践の現場に生起する斬新なものに驚かされ、惑わされ、そして、インスパイアされ続けることを宿命としているのだといえるだろう(石川氏は、「心理療法は現象学的でなければならない」(p. 293)と主張するが、それは、とりもなおさず、現場が自己にもたらす体験を、あらかじめ用意した理論にもとづいて都合よく整理することを拒絶して、体験そのものに自己を開示し続けていくことが重要であることを信条とする石川氏の姿勢を示すことばであろう)。
石川氏の思索を特徴づけている真摯な姿勢とは、そうした臨床家としての責務に正直であることだと思う。それゆえに、「心に対する一面的な見方から発しており、心の実際に比べてあまりにも矮小な視野しかもっていない」(p. 297)諸々のアプローチを超克するより統合的な枠組みを希求し続けることができるのだろう。
こうした取り組みの中で、石川氏が、「心理療法」と「スピリチュアリティ」という、一般的には異なるものとして別けられてきた二領域を横断する視座を確立するための探究に衝き動かされてきたのは、至極当然のことだといえる。臨床の現場には、それらのうちのどちらかではなく、その両方を包含することをとおしてしか扱うことのできないリアリティが出現するからである。
本書には、こうした問題意識にもとづいて、石川氏が――臨床家として、そして、修行者として――実際に実践・探究してきた諸々の方法論(例:心理療法・思考場療法・臨床動作法・瞑想等)の叡智が整理されており、また、それが21世紀を生きるわれわれ日本人にとり、どのような意味をもつのかということが丹念に論じられている。とりわけ、第7章「日本の心理療法とスピリチュアリティ」は、日本人としての感性に根差した心理臨床とスピリチュアリティの接点について興味をもつ読者には啓発をあたえることだろう。
個人的にとりわけ興味深く読んだのは、第9章で呈示される「スピリット・センタード・セラピー」という発想である。これは、心理臨床におけるセラピーとクライアントのやりとりのなかに立ち上がる高次のリアリティの働きを注視して、それを機軸として治癒と変容に取り組むことの重要性をとらえた概念であるが、これは、心理療法だけではなく、汎く生きるということそのものに当てはまる普遍的な洞察であると思う。
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