「うちの営業は頼りない」「いい営業マンが育たない」等、会社員なら誰もが一度は感じたことがある不満―。諸悪の根源は「営業力」にまつわる幻想だった。問題の原因は個人の能力ではなく、システムにある。営業のメカニズムを解き明かす三つの方程式とその活用法を知れば、凡人揃いのチームが確実に最強部隊に変身できる。組織論、営業理論のコペルニクス的転回を提唱する全企業人必読の一冊。
まえがき
二〇〇五年、ダイエー再生の切り札としてCEOに就任した林文子氏が腕利きのセールス・レディだったというエピソードは有名です。専業主婦だった林氏は自動車の販売店で働き始めるなりトップセールスを記録したというのです。その後も車を売りまくり、低迷していた販売店の業績を伸ばし、ヘッドハンティングされ、BMW東京の代表取締役になり……、という林氏のストーリーはまさに現代のサラリーマンにとってのファンタジーといってもいいでしょう。
自分もかくありたいと野心を持つ方もいらっしゃるでしょうし、一方で「わが社にもああいう腕利きのセールスマンがいれば……」と思う方もいらっしゃるでしょう。後者の方は経営者に限らず、管理職や時には平社員でも持つ願望かもしれません。なかでも経営者や管理職にある人にとっては切実な願望であることは間違いありません。
企業のトップ、リーダーというものは、いつの時代も悩み多き人種です。
それは規模の大小や事業の業種を問わず、たとえ景気が良い時であってさえも、悩みの種は一向に尽きることがありません。
私は二〇〇五年の七月、二十年の営業マネージメントの経験を生かし、営業支援のコンサルティング会社を興しましたが、我が身を振り返っても、次から次へと生まれ出ずる難問が山積の状態です。
現在、日本には約五百万社の会社法人と個人事業所が存在しているといわれています。
そのうち上場している企業はたった四千社にも満たない数ですから、計算するとおよそ〇・〇八パーセント程度に過ぎないことになります。
つまり、日本の企業の九九・九パーセントは非上場企業で、さらに九九・七パーセントが中小やベンチャーに分類される企業群です。
いわゆる大企業のサラリーマン社長であるならば話は別かもしれませんが、そうでない約五百万人の経営者や事業所の所長たちが、ライバル企業との競争にしのぎを削り、商品の開発から運転資金のやりくりまで、知恵を振り絞って日々、会社を維持、運営しているのです。
中でももっとも一般的な頭痛の種となるのは、おそらく「営業力」に関することではないでしょうか。
よほど特殊な状況下にあるケースを除けば、ほぼすべての企業に営業するための組織が存在しているからです。
しかし、自社の「営業力」や営業チームの戦力に満足している経営者はほとんど存在しないはずです。なにしろ、この「営業力」は、売り上げという会社の生命線に直結していますから、その分、悩みが深刻なものになるのは当然なのです。
「もうちょっと営業が強ければ、業績が安定するんだが……」
と、考えたことがなヽいヽ経営者は幸いです。
「営業の若手社員がなかなか育たない、頼りがいがない」
と、苦悩しヽなヽいヽトップはごく稀な存在といえるでしょう。
喉から手が出るほど欲しかった大口契約をライバルに奪われて、
「思い切って中途採用の募集だ。優秀なセールスマンを雇って一からやり直し」
と、頭をかきむしったことのなヽいヽ営業担当役員は悟りの境地に達しています。
飴と鞭を駆使して部下を叱咤激励しても、成果が上がらず、
「今の若い奴には根性が無い」
と、嘆いたことがなヽいヽ中間管理職も、それなりに自信のある商品を作っても、売り上げが伸びず、
「うちの営業にやる気がないからダメなんだ」
と、ゲンナリしたことがなヽいヽ技術者も、いたとすれば実にラッキーだとしかいいようがありません。
こういうラッキーに恵まれ続けている方、つまり企業の中で、特に営業に関する事柄に幻滅、失望したことがなヽいヽ方は、これ以上読み進む必要がありません。
むろん、この本では、企業の維持、運営から派生するすべての問題をクリアすることはできません。
しかし、「営業」に関して誰もが盲目的に信用している「常識」と「幻想」を打ち砕くことができます。
実は、巷間、営業の基本として語られているセオリーには、根本的な間違いが含まれています。この誤った「常識」こそが、営業成績のグラフの天井をつくっているのです。この「幻想」に惑わされている限り、毎月の成績は常に不安定で、月末になってみないとノルマが達成できるのかどうか、皆目、見当がつかないサドンデスの繰り返しです。
しかし、もしもこの誤りを正して必要な手を打てば、「営業組織」は目をみはるほど活性化するでしょう。
しかも、誤りを是正するために余計な費用は一切、かかりません。
新しい営業代理店を見つける必要もなく、新たに中途社員募集の手間を掛けることもいりません。リストラも、最新のOA機器を導入することもお薦めしません。
私がこの本で述べている提案は、極めて現実的、原始的な方法ですので、業種や会社規模の如何を問わず、商品も選びません。
私の知る限り、どのような「営業組織」にも無意味で非生産的な無駄があり、それらの無駄に膨大な時間が費やされています。逆に言えば、もしこれを上手に省くことさえできれば、活用されていない広大なポテンシャルの領域をごっそりと発見できるはずです。
営業力を上昇させたいと悩んだ際、何よりも最初に手をつけるべきことは、それらの潜在能力のフル活用であるはずです。ですから、スタッフは現有の営業マン(本書では便宜上、「営業マン」「セールスマン」と表記しますが、もちろん女性も含みます)が揃っていれば、取りあえずはそれで十分なのです。
もちろん優秀な社員はいてくれるに越したことはありません。
しかし、今までどこにも語られてこなかったことですが、力強い営業組織、つまり、着々とノルマを達成するような安定した力を発揮する営業チームは、必ずしもトップセールスマンを必要としていません。
実は、営業マン一人一人の能力よりも重要なのは、一人一人の営業量の問題です。営業マンの一日の行動をよく検討し、営業活動と関わりのない無駄な時間と無駄な作業を排除することができれば、今と比べて営業量は間違いなく増加するでしょう。
取引先に出かけると嘘をついて、映画を見ていたり、パチンコ屋に入り浸ったりする営業マンはそもそも論外でしょう。こんな姿勢で仕事をしていれば、本来あるべき営業量が不足するのは誰の目にも明らかです。もちろん、この場合は、本人自身も営業成績がなぜ伸びないのか、その理由を十分すぎるほど理解しているため、もし、心を入れ替え、サボり癖を直しさえすれば問題は解決するはずです。現実的には、一度身についてしまった悪癖はそうそう直るものではないでしょうが、その意味において、この問題の対処法は単純明快なのです。
実は、より根深い問題を抱えているのは、一見、コツコツと地道な営業活動を行っている標準的な社員たちの方です。特に不平を漏らすこともなく、不良社員のような意識的なサボタージュもせずに、与えられた仕事をこなしているにも拘わらず、成績が伸び悩んでいる多くの社員たちのことです。
社員の能力を引き上げようという気持ちは理解できますが、まずは営業マンの一日をつぶさに検討して、無駄な作業と無駄な時間を排除してみましょう。
実際には、彼らも本来の営業活動以外に膨大な勤務時間を割いているという知られざる現状が横たわっているのです。困ったことに、上司や同僚、さらにその本人ですら営業活動の時間が足りていないとは露ほども考えていません。
周囲や本人がサボっている認識のない「怠慢」。これを本書では「結果的怠慢」という言葉で呼ぶことにしましょう。
この「結果的怠慢」は、喫茶店やパチンコ屋で時間を潰すような「意識的怠慢」と異なり、本人にサボタージュの罪悪感が全く生じないため、営業成績が低迷している原因を、自分では発見できません。つけ加えれば、上司や同僚もこの「結果的怠慢時間」に気付いていません。
それゆえに、容易に改善することは困難なのです。
しかし、資金と時間を掛けずに、営業成績を安定的に今よりも向上させるためには、この問題を解決することがもっとも有効な方法でしょう。
本書ではその解決の糸口について独自に体系化した三つの方程式を用いてご説明しています。
著者について
1961年大阪生まれ。 大阪市立大学法学部卒。USEN取締役、スタッフサービス・ホールディングスの取締役を歴任。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
藤本/篤志
1961(昭和36)年大阪生まれ。大阪市立大学法学部卒。USEN取締役、スタッフサービス・ホールディングスの取締役を歴任。2005年(株)グランド・デザインズを設立。代表取締役に就任し、営業コンサルティング事業、営業人材紹介事業を始める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)