あの事件とそれを取り巻く反応に対してめちゃくちゃ怒っている小説があると聞いたとき、救われる思いがした。評判を聞きかなり期待していた。が、読んでみた結果、正直なところ、一体どこがどの層に評価されているのかがよくわからなかった。期待しすぎていたのかもしれない。この題材を取り上げただけでありがたがるほど、こうしたことを扱っている小説って少ないのだろうか…というのが率直な感想だった。
この小説で描かれていることは、人間として扱っていた相手を、どんな判断基準において、「モノ」として扱うようになったか。その判断基準はどのように作られたもので、何を前提にしているのか、とかそのようなことだと自分は理解した。具体的には、学歴に基づいて人の「価値」を判断したりだとか、男同士の連帯のために女を使うことだとか、そういうの。
「東大」の描き方について話題になっている印象があるが、自分が読んでいて最も違和感を覚えたのは、被害者へのバッシングに対する抗議の方向性だった。自分は、「わきまえていない女」というバッシングに対して、「こんなにわきまえています」と主張しているように読めてしまった。
主人公の美咲はややふくよかで、自尊心が低く、おっとりしていて性や恋愛にうとく、まさに身も心も処女で、「東大ブランド」に対する「下心」や打算なんてものは持ち合わせておらず…というような描写がされていた。そのような美咲を描写するために、作中では数々の「そうではない」女性が引き合いに出された。
自分はこの描写がなされる度に、この女性たちがあのような目に遭ったら一体どう描かれるんだろうと思った。「守られるべき被害者」と「そうでない被害者」が線引きされるように感じて、読んでいてめちゃくちゃ不安になった。だれが被害に遭ったって、だれかにジャッジされる筋合いなんて微塵もないからね!!!と言わずにはいられない気持ちになった。
特に、身も心も本当の処女、のような描写をみたときまじで怖かった。だから何なの?なんでそんなこと描かないといけないの?そうでなければ被害を被害として認められないの?読者の共感を得られないの?
実際、この小説が広く受け入れられているのは、美咲が「わきまえている被害者」であり、東大生は「度を越してわきまえていない加害者」だからだと感じた。作者があえてそう書いた、というよりも、作者が感じた怒りを一般読者が広く共有できるようにするために、ほとんど無意識に「受け入れやすくきれいな被害者 / 叩く要素しかない加害者」が描かれたのではないかと推測する。もし彼女が処女でなく、恋愛に積極的で、「東大生」と親密な関係性をもつことでちょっとした優越感を感じ、十分な自尊心をもち、害われた自分の尊厳に対して怒りを表明していたら、人々はどのような反応をしているだろうか。
この小説を読んで、「被害者を叩く前に一歩立ち止まり、被害者が被害者としてふさわしいかをジャッジする」ようになるとしたら、それは二次加害となんら変わりないものの見方であると思う。無防備な相手と部屋でふたりきりになったらつい暴力を奮ってしまう人間がいた場合、責められるべくは暴力を振るう側だし、そうした行動を自分でコントロールできないのだとしたらまず病院に行くべきだ。なのになぜ、性暴力については、こんなにも被害者側の「落ち度」や「暴力を振るわれるに足る理由」を探してしまうのか。性暴力は「暴力」のカテゴリーの問題なのに、まず「性行為」のカテゴリーとして語られてしまうのはなぜなのか。
小説では「つるつるぴかぴかな東大生」ばかりに焦点が当てられていたが、「つるつるぴかぴかな東大生」以外の人間がほとんどの社会で、ある人がどこまでも馬鹿にされコケにされ害われることは多々あるし、性暴力事件には二次加害がつきものだ。そしてその加害者がすべて「つるつるぴかぴかな東大生」であるわけがない。それはなぜ起きるのか、なぜ自分がそうした視線をだれかに対して投げかけてしまうのかという問いには、この小説からはなかなかたどり着きにくいと感じる。
これは、社会に広く行き渡っている、無意識に無自覚に踏襲してしまう前提や仕組みの中に組み込まれている問題であって、「東大」に限った問題では決してない(ただ、どこも同程度にひどいが、権力がある分影響力が強いからとりわけよく理解しておけよ、ということならまだ理解できる)。
とにかく憤りは伝わったが、その落とし込み方に問題があるように感じた。
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