まさに「残影」と称すべき姿が此の一冊に収められている。写真術が日本に渡来したのが、偶然にも日本歴史上の大動乱期にあたる幕末と重なり、貴重な人物達と文明開化以前の日本の姿を現在に遺してくれている。素晴らしいの一言に尽きる。以下に印象的な写真を列挙してみたい。
「4図・島津斉彬」歴史的にも貴重な日本人が日本人を撮影した最古で唯一の銀板写真。幕末の開明賢侯の手に依る事が印象的。不鮮明なのが悔やまれる。
万延遣米使節の際、サンフランシスコで撮影された「22図 勝義邦(海舟)」凜然溌剌とした若き海舟の像を今に伝えている。
第二回遣欧使節の有名な「54図 スフィンクス前の遣欧使節」笠を戴き正装の武士が納まる誠に珍奇な写真。
「84図 徳川昭武」パリ万博(慶応3年・1867)で将軍慶喜の名代として渡仏した際の肖像。衣冠束帯でエキゾチックな少年公子の姿は、パリッ子達の話題になったと言う。
今はもう見られない貴重な文化財をドキュメントとして記録したものもある。「99図 松前城」「100図 萩城」「101図 熊本城」「102図 鶴丸城」は皆現存していない古の姿である。更に「103図 会津若松城」の戊辰戦争落城後の無念の姿を残した儘聳える天守閣は、単に記録写真の枠に留まらない、会津人の無念の心情まで窺わせる。
同様の主旨で荒廃してゆく旧江戸城を記録した蜷川式胤と写真師横山松三郎の記録も価値が高い「104ー109図 旧江戸城写真帖」。
「122図 佐久間象山、恪次郎、順子」松代藩の俊秀の洋学者象山が、蘭書から知識を得て、独学で撮影、現像に成功した驚異的な成果を今に遺している。
慶應年間(1865-68)に到ると広く写真が一般にも浸透しポートレートとして自らの像を遺すものが現れた。それは図らずも激動の幕末を生きた英雄児達の肖像を後世に伝える素晴らしい役割を果たした。126図からの写真には、木戸孝允、後藤象二郎、坂本龍馬、山内容堂、伊藤博文、高杉晋作、井上馨、鍋島直正、大隈重信、近藤勇、土方歳三といった人物の姿を今に伝える。印象的なのは「169図 榎本武揚」で、蝦夷共和国総裁に投票で選出された際の肖像である。僅か33歳の国家元首として迫り来る新政府軍から儚い国を護ろうとする悲愴な心情が窺える。
最終章は幕末の風景や民衆の風俗など、永遠に喪われた姿を残す貴重な価値を持つ写真が載せられる。「145図 薩摩屋敷」「171図 生麦事件の現場」「175図 箱根宿」等は構図にも優れ、資料的価値の大変高い素晴らしい作品である。一般民衆の暮らしの記録では、喩え様もなく懐かしく親しみを強く感じるのはどうした事であろう。150年前に確かに息づいていた古き良き日本の姿が、今に伝えられているのであろう。物質的には豊かになった我々が今尚憧憬を感じてしまう、貧しくとも豊かな先達の姿が、此処に納められている。
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