フランス文学者である澁澤龍彦(1928-1987)の広くエロティシズムにまつわるエッセイ集、1985年。
これまで何度も本棚から取り出しては、そのたびに途中で投げ出していた。冒頭「少女コレクション序説」の内容がいくらなんでも男性中心主義に過ぎて、読むに堪えなかったからだ。しかしいま改めて読めば、ここには男による女性蔑視が典型的に現れているのがよくわかる。
「なにも私たちが剥製師の真似をして、少女の体内に綿をつめ、眼窩にガラスの目玉をはめこまなくても、少女という存在自体が、つねに幾分かは物体[オブジェ]であるという点を強調したかったのである」(p11)。
女から一切の人格や主体性を剥ぎ取り男の観念の標本箱に少女のまま永遠に閉じ込めておこうとする暴力的な欲望は、まさにミソジニーそのものであるし、さらにそうした欲望を、自分の人格や主体性が無化されてしまうかもしれないという恐怖など微塵も感じないでいられる特権的な位置から、やれ文学だの芸術だのと衒学的な御託を並べながら仲間内の読者や文学者連に語るとき、それは男性性からくる自己の欲望をホモソーシャルな関係性の中で正当化しようとしているようにも見える。
□
本書をなかなか読む気になれなかったもうひとつの理由は、澁澤は自分が妊娠させた妻に複数回中絶を要求しついに妻は子を産めない身体になってしまった、という逸話をどこかで聞いたからだ。本書収録の「インセスト、わがユートピア」の冒頭で自分が子どもを作らない理由を述べているが、自分の観念的な遊戯に他者の身体を巻き込むなと言いたい。
澁澤には女性読者もいたと思われるが、どのように彼の文章を読んでいるのだろうか。主体性を奪われる女の側に同一化して読むのか。主体性を奪う作者の側に同一化して読むのか。
それと、澁澤は男性同性愛についてはやはり関心を持っていなかったのだろうか。
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少女コレクション序説 (中公文庫) 文庫 – 1985/3/10
- 本の長さ209ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日1985/3/10
- ISBN-104122012007
- ISBN-13978-4122012004
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (1985/3/10)
- 発売日 : 1985/3/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 209ページ
- ISBN-10 : 4122012007
- ISBN-13 : 978-4122012004
- Amazon 売れ筋ランキング: - 530,105位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 3,215位中公文庫
- - 7,386位近現代日本のエッセー・随筆
- - 29,603位評論・文学研究 (本)
- カスタマーレビュー:
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2020年6月28日に日本でレビュー済み
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5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2007年9月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
最初の処こそ、少女をコレクションすることとはとか、美少女の本質とはといった少女の美やエロチシズムに関する、確かに独創的で興味深い考察があるのだが、途中から、ディープかつ背信的ではあっても割にありふれた、文学、絵画、彫刻などにおける性愛論、官能論のようなものとなってしまっている。その方面における著者の博識や情熱は理解できるのであるが、あくまで少女コレクションという題材をもっと極めたい者としてはいささか騙された感じもする。
また、時代を考えればやむを得ないが、当時は主観や幻想的観念と対立、昇華できるものとしてはフロイト精神分析学くらいしかなかったが、それを真に受けた考察を大真面目に書かれても少し困る。フロイトがダメなわけではないが、本書でされているようなストレートな適用はさすがに時代遅れである。
ただ、この著者の文学者としての歪み具合、病み具合はなかなかのものと思われ、本書のような評論や一般的考察よりは、独断に突っ走った文芸作品や、同じく精神に影を有する1人の奇人に同調した賛美的評論はさぞや痛快であろうとは思った。
また、時代を考えればやむを得ないが、当時は主観や幻想的観念と対立、昇華できるものとしてはフロイト精神分析学くらいしかなかったが、それを真に受けた考察を大真面目に書かれても少し困る。フロイトがダメなわけではないが、本書でされているようなストレートな適用はさすがに時代遅れである。
ただ、この著者の文学者としての歪み具合、病み具合はなかなかのものと思われ、本書のような評論や一般的考察よりは、独断に突っ走った文芸作品や、同じく精神に影を有する1人の奇人に同調した賛美的評論はさぞや痛快であろうとは思った。
2016年12月15日に日本でレビュー済み
澁澤龍彦氏の博識溢れるエッセイが多数収録されたエッセイ集です。どのエッセイもページ数が少なく、気軽に読めるこぼれ話といった感じです。少女や人形、春画や近親相姦など、妖しいテーマが幅広く語られています。
この本には『少女コレクション序説』という題名が付いていますが、少女や人形にまつわるエッセイは全体の割合からするとけっこう少なめでした。題名や表紙から球体関節人形に関する濃密で本格的な論考を期待していた私としては、正直なところ残念でした。
男の性欲は観念的であり、人形のように純粋な物体としての女は男の観念の中にしか存在しないという澁澤氏の説にはなるほどと思いました。人形のように主体性が欠落した美しい女性像を追求しようとする欲望は、確かに私にも思い当たる節があります。
この本ではエロティシズムに関する事柄が述べられていますが、澁澤氏の語り口が観念的なので卑猥な感じがしませんでした。澁澤氏のエロス論は、澁澤氏のいう男の性欲のように観念的だと思いました。肉体的な満足を得るための猥談ではなく、知的好奇心を満たすための優雅なエロス論という感じがしました。
この本には『少女コレクション序説』という題名が付いていますが、少女や人形にまつわるエッセイは全体の割合からするとけっこう少なめでした。題名や表紙から球体関節人形に関する濃密で本格的な論考を期待していた私としては、正直なところ残念でした。
男の性欲は観念的であり、人形のように純粋な物体としての女は男の観念の中にしか存在しないという澁澤氏の説にはなるほどと思いました。人形のように主体性が欠落した美しい女性像を追求しようとする欲望は、確かに私にも思い当たる節があります。
この本ではエロティシズムに関する事柄が述べられていますが、澁澤氏の語り口が観念的なので卑猥な感じがしませんでした。澁澤氏のエロス論は、澁澤氏のいう男の性欲のように観念的だと思いました。肉体的な満足を得るための猥談ではなく、知的好奇心を満たすための優雅なエロス論という感じがしました。
2021年3月20日に日本でレビュー済み
自滅的告白を幼き日続けたか、あれは俺しか知り得ぬ姿を生涯反芻可能に、結果より面影収集目的だったかのも知れない。
ベスト1000レビュアー
少女コレクション序説、という題名だが、収録されているおよそ20の文章の中で、
直接、少女に関して述べている文章は、数編に留まっている。
ほとんどは、いわゆるエロティシズムについてで、一部、少女についても触れている、という程度。
それにしても、そうした分野における、澁澤の知識の豊富さには、改めて敬服する。
そして、それを公然と語れる、度胸、にも。
直接、少女に関して述べている文章は、数編に留まっている。
ほとんどは、いわゆるエロティシズムについてで、一部、少女についても触れている、という程度。
それにしても、そうした分野における、澁澤の知識の豊富さには、改めて敬服する。
そして、それを公然と語れる、度胸、にも。
2003年3月2日に日本でレビュー済み
この本は題名とカバーで、気のちっちゃな私などは書店の店員さんに出すのを躊躇してしまったほどだ。もうオトコの本能に直接ビンビンくるのである。
世に言う「処女崇拝」とも少し違う。女というウェットで現実な存在になる前の、純粋な「対象」としてだけの存在、ある意味男性の心の中でバーチャルにつくりあげたベールの中にだけ在る少女についての、作者の信仰告白とも読み取れる書である。もちろん世の殆どの男性が共感する「すこぶる健康的な」観念だと思われる。
ユートピア、鏡、アリス、コンプレックスの総目録など、興味は尽きない。
世に言う「処女崇拝」とも少し違う。女というウェットで現実な存在になる前の、純粋な「対象」としてだけの存在、ある意味男性の心の中でバーチャルにつくりあげたベールの中にだけ在る少女についての、作者の信仰告白とも読み取れる書である。もちろん世の殆どの男性が共感する「すこぶる健康的な」観念だと思われる。
ユートピア、鏡、アリス、コンプレックスの総目録など、興味は尽きない。






