『小説の家』(福永信編、新潮社)という本には、びっくりさせられました。小説と、挿画や写真などのアートワークのコラボレーションという意欲的な企画のアンソロジーです。収録されている12作品はいずれも斬新なのですが、阿部和重著の「THIEVES IN THE TEMPLE」に至っては、極度に薄いインクで白地に印字されているため、光にかざして角度を調整するとやっと判読できるという、前代未聞の代物です。
私の印象に残ったのは、岡田利規著の「女優の魂」です。30を間近に控えた舞台女優の「私」は、私に重要な役を奪われたと思い込んだMに絞殺されてしまったのです。「自分がある言葉を言ったということのその効果を、または、自分が動いてみせたことのその効果を、問題にすることができているとしたら、それはきっといいパフォーマンスです。そのように遂行されたパフォーマンスは、空間を変化させること、あわよくば時間を伸縮させることができる。少なくとも、その可能性を持っている。そして、こうした絶対的な成否の基準にもとづいた成功に、自分が行うパフォーマンスを導こうとすること。実際に成功に導いてみせること、これはけっこう難しいのです。誰にでもできることじゃありません。役者とかダンサーとか、そういう人でなければ、それはできないことです。まぐれで成功させることならば、素人だってできます」。「私」は女優という仕事に誇りを持っていたのです。
「さて、私が不案内な死後の世界をさまよっておりますと、やがて人々がある流れを持って一方向に歩いている、という感じになったので、私もそれに従って進んで行きました。やがて、『新規登録の方はこちらです』とみなに声をかけている人が見えました」。この窓口で、名前や生年月日、没年月日、死因などを記入していくのですが、職業欄の後に「継続希望する/しない」という選択肢があるではありませんか。「私は、希望する、を丸で囲みました。死んでしまったら肉体が滅びる。そしたらもう女優はできない。だって女優は肉体労働だから、と論理的に思い込んでいたふしがあった私ですが、どうやらそんなことはないようです。とにかくこれは、とても嬉しい! 私はまだ女優を続けられるのですから!」。
かなりの時間、異世界を彷徨った私が現実に引き戻されたのは、最後のページを閉じた時でした。
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