戦後何人かの首相のブレーンとして、日本の外交における指針の策定において少なからぬ影響を与えたと思われる、故高坂京大教授の出世
論文である。
高坂教授の教えを乞うたものは、直接的、間接的を含めて日本の政治家や学者にも多くいる。かく言う私もその生徒の末席を汚したものの
一人である。若干30歳にしてこの論文を書き上げ、そして60歳を幾年も過ぎぬ歳で鬼籍に入られた。教え子の一人だから言うのではない
が、右にも左にもつかず、真の意味での自由主義者として現実的観点から国際政治を分析、近未来を予見された卓越した稀有の国際政治
家であったと思っている。
恥ずかしながら、私は高坂教授の殆どの著作は読みながら、この出世論文にこの歳まで触れることがなかった。今、読んでみて改めて、
高坂教授の政治への卓見とその分析力の鋭さ、深さ、そして現在への優れた予見に深く感じ入るものである。
この書物は、吉田茂へのインタビューも含めて、彼の能力や業績だけでなく、その背景となる時代や国際環境の分析、そして首相として彼の
後を継ぐ、岸信介、池田勇人への鋭い論評や人間分析も書き加えられている。吉田首相を優れた指導者であり、戦後日本の進むべき道と
して経済至上主義を取って来たことを時代の要請として評価しながらも、吉田の業績や哲学は「但し書きをつけて承認されるべきもの」という
厳しい評価もしている。
吉田はまず世論の吸い上げということが苦手であり、自由主義者ではあったが、真の意味で民主主義者ではなかったと断ずる。
とは言え、高坂教授は民主主義者が良く口にする「世論」という実態に関しては、きわめて懐疑的であると言い切る。
自由主義と民主主義には、大きな相違があるという分析で、自由主義は「統治者と被治者の区別を認めて、被治者に一定の権利を保証し、
統治者には一定の責任を要求する」、一方、民主主義は「統治者と被治者との同一性を重要視する」との分析は当然今の世の中でも蓋し
卓越した分析と言わざるを得ない。
民主主義の重要性は認めながらも、この政治形態がポピュリズムを求めて、煽動家と独裁者を生み出して来たと、鋭い。吉田は、そういった
民主主義の欠陥を理解した上での政策を進めて行ったのだ。
また、高坂教授は、吉田が強いナショナリズムを有しながら、崇高な精神的価値をそれに見出そうとしなかったことも特筆している。民主主義を
創出した欧州ですら、「統治の必要」と政治の「民衆化の必要性」の兼ね合いに歴史上苦労してきており、その歴史的土台を持っていなかっ
た戦後日本は当然のことながら明確な答えを見つけることが出来てこなかった。いや、本当に明確な答えがあるかどうかも分からない。
そして、こういった命題を今の日本も当然引きずっている。
宰相吉田茂 (中公クラシックス (J31)) (日本語) 新書 – 2006/11/1
高坂 正尭
(著)
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ISBN-104121600932
-
ISBN-13978-4121600936
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出版社中央公論新社
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発売日2006/11/1
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言語日本語
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本の長さ274ページ
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ベスト1000レビュアー
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2012年5月17日に日本でレビュー済み
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「20世紀日本の保守派の知性」を代表する著者の吉田茂論はそのまま戦後日本政治の出発の歴史である。内容も文章も明解で上品。吉田は米軍占領下の首相として光彩を放ったが、講和条約が締結され独立後は不人気となり、1954年に吉田政権が終わりを告げた時は歓喜の声が湧き上がった。この毀誉褒貶の激しさは吉田個人の生き方の一貫性にある。戦前から外交官僚であり、満州国建設には積極的に参加し、三国同盟には反対(英米仏派)、戦争末期には和平工作に手を出し、憲兵隊に拘束される。敗戦後も生き方、考え方の修正が不要であったため、マッカーサー司令官の信頼を受ける。占領方針が変わり再軍備を要請されても経済優先で拒否。共産圏を含む全面講和より、早く独立できる多数講和を選択する。占領下という特殊条件下ではこれら現実的、合理的決断は評価されるが、独立後は党内や議会への説明が必要となる。選挙の洗礼を受けていない吉田は政治的駆け引きができない。独立でよみがえった戦前からの政治家に簡単に足をすくわれる。
吉田茂論のおまけとして戦後政治の問題点へのコメントが展開されている。現在に通ずる点、多少は改善されたかなと思われる点等々、興味は尽きない。
吉田茂論のおまけとして戦後政治の問題点へのコメントが展開されている。現在に通ずる点、多少は改善されたかなと思われる点等々、興味は尽きない。
2008年12月15日に日本でレビュー済み
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高坂正堯氏の出世作であり、吉田茂の評価を変えた作品。基本的に吉田茂の政策に対して肯定的な評価を加えており、現在の吉田の評価を基礎づけた作品です。また、吉田がどのような方法で政治に対する考え方を学んだか、また、偉大な政治家の条件とはなにかなど示唆に富みます。戦後政治をしるためには読んでおきたい一冊です。
ベスト500レビュアー
テレビの報道番組のコメンテーターとして著者を覚えておいでの方もいらっしゃるでしょう。
わたしは、早くにこの本に接しました。1968年刊行の原書は、公立図書館なら置いていたでしょう。問題は手に取って読むか読まないかです。のちに中公クラシックスという新書版になりました。古典用の文庫本に分冊で入れても問題ないものです。
政治学と政治哲学とは異なっていて、わたしは前者には詳しくありません。政治は対象化する能力に個人差があって、わたしの場合には、少々劣るからです。本書は、双方に寄与する刊行物でしょう。これは好都合ですね。
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2018年2月5日に日本でレビュー済み
半世紀近く前に書かれた書。それでいて少しも古さを感じさせない。この間如何に我が国の政治が旧態依然とし変わらずに来てしまっているか、その証左とは言えまいか。
本書は、昭和40年代初期に、戦後政治の歩みを丹念に見つめながら、保守・革新を問わずイデオロギーや精神主義に偏した論調に与して、合意を見出そうとしない我が国の政治状況を憂い、強い危機意識をもって来し方戦後政治の歩みに一早く評価を試みるとともに、行く末に鋭い警鐘を発している。その中心は講和を成し遂げ、我が国の安全保障と経済発展への道を拓いた「吉田政治」の評価にあるが、そこにイデオロギーや精神主義に偏した政治の危うさを知り、現実の要求に対処することこそ政治の果たすべき役割であることを身を挺して示し、それを見事に果たした姿を見たからであった。何よりも政治には、歴史に裏打ちされた透徹した、揺るぎない世界観とそこから導かれる使命、そして使命達成に向けた果断な実行とそれへの責任が求められることを謳っている。それは政治家は無論のこと、広くは国民に覚醒を迫る心から書かれた書でもあった。
高坂氏30代初期にして渾身の力作である。今日、朝鮮半島情勢が緊迫化し、更には中国の台頭・大国化が現出する中で、国の安全保障のあり方やこれと関連し憲法改正論議が浮上しているが、現実に根差した対応は如何にあるべきか、半世紀の時空を超えて、本書は示唆に富み、その価値は弥益ししている。
本書は、昭和40年代初期に、戦後政治の歩みを丹念に見つめながら、保守・革新を問わずイデオロギーや精神主義に偏した論調に与して、合意を見出そうとしない我が国の政治状況を憂い、強い危機意識をもって来し方戦後政治の歩みに一早く評価を試みるとともに、行く末に鋭い警鐘を発している。その中心は講和を成し遂げ、我が国の安全保障と経済発展への道を拓いた「吉田政治」の評価にあるが、そこにイデオロギーや精神主義に偏した政治の危うさを知り、現実の要求に対処することこそ政治の果たすべき役割であることを身を挺して示し、それを見事に果たした姿を見たからであった。何よりも政治には、歴史に裏打ちされた透徹した、揺るぎない世界観とそこから導かれる使命、そして使命達成に向けた果断な実行とそれへの責任が求められることを謳っている。それは政治家は無論のこと、広くは国民に覚醒を迫る心から書かれた書でもあった。
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