Amazon.co.jp:カスタマーレビュー: 客観性の落とし穴 (ちくまプリマー新書 427)
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客観性の落とし穴 (ちくまプリマー新書 427)
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カスタマーレビュー
カスタマーレビュー
5つ星のうち3.7
3.7/5
150 件のグローバル評価
星5つ
37%
星4つ
25%
星3つ
20%
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客観性の落とし穴 (ちくまプリマー新書 427)
村上 靖彦
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おとう
5つ星のうち5.0
客観的に見るとは
2023年12月22日に日本でレビュー済み
数値による評価は大事な事ですが、それのみに囚われない様に考える重要性について再考するキッカケになりました。
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上位の批判的レビュー
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Amazon カスタマー
5つ星のうち3.0
前半は現実的で、後半は学術的な内容
2024年1月17日に日本でレビュー済み
後半は学術的な内容で、面白みに欠ける。学術的な内容を書くことが悪いわけではないが、楽しく読めるようになっていると、新書としてはニーズに合っていると思う。
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150件の合計評価、レビュー付き:29
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おとう
5つ星のうち5.0
客観的に見るとは
2023年12月22日に日本でレビュー済み
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数値による評価は大事な事ですが、それのみに囚われない様に考える重要性について再考するキッカケになりました。
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L'Etranger
5つ星のうち4.0
個人の感情は否定できない
2023年7月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
タイトルにひかれて購入した。最近常にエビデンスやデータを根拠として求められることが増えたと感じるからだった。しかし著者も言うように、人間の、個人の主観や感情というものが私たちの生活や決定の中で占める位置は非常に大きいし、誰も個人の感情は否定することができない。そして、やや議論が拡散している印象は否めないものの、感情こそがあらゆる人間の営みの原動力でもあるのだということを多角的に考えさせられた良書だった。
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Amazon カスタマー
5つ星のうち3.0
前半は現実的で、後半は学術的な内容
2024年1月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
後半は学術的な内容で、面白みに欠ける。学術的な内容を書くことが悪いわけではないが、楽しく読めるようになっていると、新書としてはニーズに合っていると思う。
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ザード@
5つ星のうち5.0
自分が理系出身であるという罪
2023年12月29日に日本でレビュー済み
元々は後述する私の出身の理系単科大学での出来事や、SNS上で何故か理系クラスタやITエンジニアたちによる女性蔑視な書き込みがやたら強く観測されること、特にSNS上で理系出身者がネトウヨ的な書き込みを繰り返しているということは「ネット右翼とはなにか」という書籍で社会科学的なエビデンスも示されていたので、もしかすると理系の教育手法や研究手法(つまりは客観性)自体に問題があるのではないかと思い本書を読了
結果としては大当たりでした。理系の手法では数字や客観的に正否を判断できる方法、計測可能である量が重要視されるため、その帰結として私が吃音持ちとして差別されてきたという「差別の経験」やあるいはこの生きづらい日本社会における女性やLGBTQの苦労のようなものは個々人に感覚に完全に依存しているため、理系の手法に依存して客観的な真理を求めようとする態度で接する限り「どの程度酷い差別にあったのか数字で表現しろ」「それはお前個人の話であって(科学的・数学的な)普遍的事実ではない」と完全に捨象されてしまう。実際に理系の手法がそういう被差別者への二次被害を生み出しかねない思考法を内包してしまっていることは本書の低評価レビューを拝見していただければより良く理解していただけるのではないかなと思う
さて、本書では個人の経験といった客観性を担保できないものに焦点が当てられているため、そもそも理系的手法がどういう問題点を内包しているかを私個人の理系単科大学での経験と結びつけて説明する
結論としては「論理的思考ではナチスドイツを否定しきれない」「客観性を担保する行為は大日本帝国礼賛と相性がいい」「理系的手法では差別を御することは出来ないため、差別された人間は負け犬として慎ましく生きろという答えになってしまう」というエビデンスベースでは本来であれば絶対に出ないような答えが実は理系的手法を恣意的に用いることで容易に導出できてしまうことを私の経験によって示す
前提として私は吃音症であり、また中学の時クラスにいた別な知的障害の生徒を学級の残りの38名が寄ってたかって差別しているのを私自身の吃音ゆえに言葉で止めることが出来ず傍観していることしか出来なかったという過去がある
また、公立高校の頃担任教師から馬乗りになって殴られたのだが、これについては担任教師が私を殴ったという文書だけでなく高校が私に対して『謝罪』したという文書すら作成されれいなかったと判明ししておりただの体罰事件が行政事件の様相を呈する事態にまで発展している
当然ながらこういった辛い経験をしてきた私は受験にも失敗し理系の単科大学に進学したのだが、研究室配属後の指導教官が今にして思うととんでもない人物であった
これははっきりさせておくが私は上記のような苛烈な経験のため全く「普通」に出来ない。論理的には中学の時学級生徒38名により形成された「そのクラスでの普通」は知的障害の生徒を毎日殴ったり近づいて匂いを嗅ぐ仕草をし「臭い!」と言ったり、授業中に教師がその知的障害の生徒の順番を飛ばして当てると「順番を飛ばすなんて差別じゃないですかー?」などと発言するというような行為であった。極端な状況下では普通なんて概念は容易に崩壊するということなので私は決して「普通」には振る舞えない、として私の行動は説明される
ところが私の指導教官はそういう私に対して
「お前は変だからもっと普通にしろ」
「空気を読め」
「周囲に合わせられないことで君はとても損をしている」
「君の態度を見るに君は発達障害ではないか」
などの発言を毎日のように繰り返してきたのである。この指導教官の言葉は私の耳には「周囲に合わせてみんなと一緒に知的障害の生徒を殴ってれば一時の快楽を味わえたよね」という極めて邪悪な意味にしか聞こえなかった。「空気を読め」なる言葉は通常その意味では発せられないにも関わらずである。それだけならまだしもあろうことかトラウマ障害で歪みまくっていたとしか思えない私の指導教官の言葉の解釈は完全に正しかったことが後年証明された
そもそも周囲に合わせて普通にしてても研究なんてできるはずがないし私の「おかしな振る舞い」を見ていれば何らかのつらい過去が原因でこういう風になっているのなんて容易に想像できるのになぜ眼の前の人物は「空気を読め」とか「周囲に合わせろ」とか連呼してくるのか当時は全く理解できなかった
挙げ句その指導教官は
「つらい目にあった人物は負け犬として慎ましく生きろ」
とまで私に言ってきた。流石に何かが変だぞもしかしてトラウマ障害で明らかに異常な私とは別な観点がこの指導教官との間にはあるのではないかと思い始めたのはこの頃である
もう既にこの時点で指導教官の「空気を読め」「周囲に合わせろ」という発言は私の耳には
「1930年代のドイツに異世界転生したら空気を読んで周囲に合わせてみんなと一緒にナチスとヒトラーを支持しよう」
という極めて極端な意味にしか聞こえなくなっていた。今から思うと理系は論理とエビデンスを重んじてその系の中で議論するのだから「空気を読むことは正しい」「周囲に合わせて和を乱さないのは正しい」と言う体系で生きているこの指導教官が「1930年代のドイツに生まれたらヒトラーを支持する」というのは完全に正しい解釈だったのだが、どうせ指摘しても「そういうセンシティブな話題をしてはいけない。空気を読め」とはぐらかされるだけだったと思う
修士課程を出た後、やはりこの指導教官はなにかおかしいぞと思い再度会話したのだが
「知っての通り私は吃音持ちで障害者です。やまゆり園で植松聖死刑囚による障害者へお凄惨な事件がありましたが、『普通の人』であるあなたならば当然その場にいたら植松聖死刑囚を止めますよね? そうするのが『普通』の態度ですよね?」
『君の言う通り私は『普通の人』であり弱い。その場にいても刃物を持った人物なんて止められるはずがない」
なんとトラウマ障害で普通にできない人物に向かって「普通にしろ」「周囲に合わせろ」と連呼してきた人物の言う「普通」とは植松聖死刑囚の凶行も止められないようなものだったのだ。恐ろしいことに彼(ちなみに教授職)はその意味で私に「普通にしろ」と言ってきていたのだ
本書を読んでこのやり取りの意味がより明確になったのだが、ここで私は「理念」としての『普通』について述べているのに理系の鑑であるこの指導教官はエビデンスベースファクトベースで「自分に植松聖死刑囚を止める能力なんてない。普通に考えれば分かるだろ」と述べている。そしてこういう客観性やエビデンスを重視する理系的な「普通」の世界では結局ナチズムの台頭は止められない。身も蓋もないい方をしてしまえば私達は弱く大勢には逆らえないという「客観的事実」を受け入れるのが科学的に正しい態度だからである
おかしいのがこの指導教官だけであればこれ自体が普遍化は出来ないかなり特殊な体験で終わってしまったのかも知れないのだが、実は私の大学では次に述べるような事件もあった
予め述べておく。この人物は講師として大学に雇われていたため学費から給料が支払われている。また特攻隊員の遺書を印刷したアジビラとしか言いようのない講義資料なども全て学費で印刷されている
私の大学は何故か就活セミナーの講師として元自衛官を雇い、就活指導を始めた。何故就活セミナーのために元自衛官を雇ったのかだが今にして思うと科学にとって重要な客観性と大日本帝国の国体思想の相性の良さが指摘できる。つまり個性を潰し数字に置き換えることで客観性を担保しエビデンスとする科学的手法と、個人は国家に奉仕する道具であり全体として機能するという大日本帝国の国体思想は関係づけようと思えば出来てしまうのだ
そして更に問題なのがこの元自衛官の就活セミナーでの講義内容である
・国旗に敬意を払え
・君たちが就職するのは国威のためだ
・旧日本軍礼賛
・(上記に関連して)特攻隊賛美
・日本には武士道という素晴らしい思想がある
・神社の参拝の仕方を通して日本の素晴らしさを知ろう
挙げ句この元自衛官は特攻隊員の遺書とかを印刷して就活セミナーで読ませていた
繰り返すがこれは戦前戦後思想とか政治思想とかの講義ではなく就活セミナーである
先述した通り客観性の担保の際に個性は潰され普遍性が要求されるという事実と大日本帝国の国体思想は相性がいいため理系の単科大学、すなわち教授陣が全員理系のような大学では「右翼になれば就職できるよ!」「全体をより良くするために自分は尊い犠牲になろう!」のような思想に陥ってしまう危険性は十分にある
私の経験はいくらなんでも極端すぎて再現性がないと思っていたら何かSNSで触れ合ってる私なんかよりずっと格上の総合大学を出てる理系も女性差別発言を繰り返したりしてるし差別被害を訴えても「証拠がないから信じられない」とかいう耳を疑うような発言をしたりするのがたくさんいるしなんか変だなと思っていた疑問が本書を読むことで完全に氷解した
確かに個人の「差別されたという経験」はただのその人の話であり、そこには何の客観性も普遍性もない。したがって科学的手法による限り「吃音持ちで差別されてきました」とか言われても普遍性もない事実の採用のしようがないのである。彼らに言わせれば「だから何だって言うんだよ…差別されたって言われても特殊事例過ぎて困るんだよ…」となってしまうのである
個人的には10年来の疑問だった何故理系的手法、すなわち論理的手法では逆に差別を再生産してしまうのかという疑問に答えが出たため大満足の一冊であった
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Kohsh1
VINEメンバー
5つ星のうち2.0
タイトル違い ~ 客観性の落とし穴、ではなく「主観性バンザイ」では。
2023年9月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
客観的データ、統計は絶対ではない!に同意するところではあります。
だからこそタイトルを見て本を購入したのですが、
「客観性の落とし穴」が書中に展開される論理で説明できますか???
客観性への反論の組み立てが自分にとっては違和感に満ちあふれており、
内容には同意できませんでした。
「はじめに」を読み返してみて違和感の原因が少しはっきりしましたが、
本書で言わんとしていることは、
「客観的なデータではなかったとしても意味がある事象はあるはずだ。」
個人の境遇、経験や心情など主観で語られることも大切なんだ、ということなのですね。
つまり、「客観性を取り扱う際の落とし穴」を主眼として語っているわけではなく、
「客観性データ *vs* 非客観性データ」の観点での語りなのだと気付いて腑に落ちました。
データだけ見ていては個別の経験や心情がないがしろにされてしまう。
データに埋もれるマイノリティが疎外されてしまう。
それはそういうケースもあるでしょう。
なにかにつけ「エビデンス」という言葉だけが一人歩きすることは
非難されるべきではありますが、
個人の経験や心情への「寄り添い」が過剰に価値があるようにみなされることも
同程度に非難されるべきことではないでしょうか。
判断に客観性を要求される場面で、両論併記のように、いやいや経験や心情も大事、
あるいはそれらこそが大事だというのはちょっと違うだろうよと思います。
客観性の落とし穴、とは
「客観的でないものが、客観性やエビデンスを「装って」語られている」
「客観的なデータが、それを適用すべきでない場面で語られている」
ことが実際のところ大きいのではありませんかね。
そういったことは**本書には全く書かれておりません**ので、
それを期待されている方には本書はお勧めできかねます。
また、主観性大事!を言うなら、せめて主観性の落とし穴については
しっかり記載していただきたいところですが、それもありませんでしたので、
いずれにしろ、「落とし穴について書かれた本では全くありません」ということを
理解したうえでの購入をお勧めします。
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Sky Snow
5つ星のうち4.0
さらっと読めて
2023年7月2日に日本でレビュー済み
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色々考えさせられる本。
マイノリティの意見は大事。
国に飼い慣らされた思考を捨てよう。
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鈴蘭
5つ星のうち5.0
エビデンスも違うのではないかと思う発想で書かれている。
2023年8月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
どんどん細分化された医療などリスクと可能性の中で私達の選択肢が狭まって行く危険性もかいてあり頷いてしまう。統計的に機械化された現実の中でハッキングも数値化されているので予測可能になりうると書いている。リズムは単一ではないと書いてあり多様な部分を内部からの視点で見ることの大切さを書いている。満足度の高い作品でした。
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たぬたん
5つ星のうち1.0
エビデンスだけでなく、時代背景も障害者も社会的弱者も無視している
2023年11月6日に日本でレビュー済み
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エビデンスに依存して改善した話を全て無視して、まるでエビデンスに依存する事が悪いかのように書いている箇所がいくつもある、とても酷い本。
未熟児が生存しやすくなった事はエビデンスによるものだし、発達障害者など、障害者が発見できて社会に適応できているのは、確実にエビデンスのおかげだ。
優生思想について書いているが、当時の未熟な時代背景を無視している。そして優生思想が現在否定されているのはエビデンスのおかげだ。
フィンランドの学校でまるで成功例のように書かれているが、学校が襲撃される事件が多発している事も、分数ができない小学校卒業者が8割以上いる事も体罰や暴行や強姦も触れていない。フィンランドの公立教育は失敗している。
この作者は、本当は人々の幸せなどどうでも良いのだと根拠を持って言える。この人は、自分の言う通りに社会が動けば多くの被害が出る事を解ってて、あえて社会を悪くしようとしている。
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とらきち
5つ星のうち3.0
もっと深掘って
2024年1月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
正直、帯に釣られて購入しました。モヤモヤが残ってる感じ。「ひろゆきワード」について、もう少し深掘って欲しかったです。
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オトカム
5つ星のうち3.0
個別性をどう記述するか、は書かれているがどう扱うか?の方法論は書かれていない。
2023年7月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
私自身は客観性は仕事上(福祉系)でも重要だと思うが、そこではとらえきれないものや、客観性のいびつさも感じており、アンチテーゼを聞きたくて購入。
著者も客観性は否定しておらず、
1. 客観的データから零れ落ちるものがあり、客観性により得られたものは事実そのものではない。
2. 客観性偏重の社会の傾向がマジョリティ優先の社会を作りマイノリティが疎外されている。
という主張、と理解した。
1.は同意。個別の事象から認識を経て抽出されたカテゴリーが事実自体の訳はない。ランラン、カンカン(古い?)はいても「パンダ」はいない、という議論は昔からあるし。「パンダ」というカテゴリーがあることで何かメリットがあるということで、人間の認識力は事実把握の道具ではなく、むしろ生存のための道具なので仕方がない。
2.はどうなんだろう?近代以降の人間疎外は客観性の発展の結果による社会的なものという問題意識のようだが、では10世紀ごろは、さらには1万年前は人間疎外はなかったのだろうか?
客観性がマジョリティの武器たるなら、(著者も例に挙げている通り)少数権威者の支配から
多数を守るためにもなっているはずで、客観性は、良くも悪くも民主主義の基盤として機能しているのではないか。
ひょっとすると客観性が人権について語ることを許し、権力者の理不尽、恣意、私欲を防ぐ側面もあるのではないか。
同じものが毒にも薬にもなるなら、結局使う側の見通しと使い方が重要なのだと思う。
学生から「先生の言うことに客観性はあるんですか?」と聞かれたら
「ないよ?何かまずい?ここで大事なのは、どう証明するかではなく、何をするかであってそう解釈する人がいること自体だよね?」と返せば良いだけででは。
客観性の重要な機能は
①相手と対等な立場に立てること(だからこそ良くも悪くも力勝負。でも力勝負自体は無くせない)。
②他人と世界を共有し理解しあう認識の基盤整備。
なのではないか。
具体的な目の前の問題への取り組みとしては、個別性を無視できないのは事実だが、
客観化の結果何が起こり、客観化のメリットデメリットを整理しておかないと、
どう補完するべきかが分からないし、
案外、本人たちの「語り」が客観性を補完する方法論として妥当で充分に機能するかもわからない。
結局、どのように丁寧に実施したとしても、言語に落とし、文字化した時点でリアリティの本質はかなり失われてしまうのではないかという直感はある。
言語に落とす作業自体、事実の客観化なのではないかなあ?
著者もそこら辺はうっすらお気づきのようで論理破綻しないように「客観」でも「主観」でもない「経験の内側に視点を取る方法」という概念を提出しているが、そもそも最初から客観性自体を批判対象に持ってきた「形」になってしまい、「客観性」に対する価値として「倫理性」を持ってきている議論の立て方が問題に見えます。
「客観的」でなければ「倫理的」?「客観的」と「倫理的」は両立しない?
ちょっと論点がずれてしまっているのではないかなあ。
客観性とは、自分を含め、誰かの恣意私欲を他人に強制することを抑制する働きもあると思います。
議論の立て方として、
・世界を共有する方法論としての客観性の問題、または、
・真に批判されるべきなのは客観性に寄りかかって、無批判であること、想像力にかけること、責任回避をはかること
と、問題化した方が議論として生産的だったのではないでしょうか。
私としては前者の問題意識、質的研究でしか拾えないことや量的研究の補完のしかたや量的研究データの批判的検証の仕方みたいな話を期待してたんですけどね。
議論としてはまだ煮詰まっていないと感じます。まだ客観性は捨てられない。
まあ自分の考えを整理するきっかけにはなった。
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