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完訳 鍼灸大成 東洋医学古典 単行本 – 2005/6/1
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カルテ集楊氏
乙卯歳、至建寧。藤柯山,母患-手臂不挙、背-悪寒,而体-倦困。雖,盛暑、喜穿-棉襖。諸医、倶作-虚冷,治之。予,診其脈-沈滑、此-痰在経絡也。予,鍼-肺兪,曲池,[足]三里穴、是日,即覚-身軽,手挙、寒,亦不畏、棉襖-不復着矣。後投-除湿化痰之剤、至今康健、諸疾不発。若作虚寒、愈補,而痰愈結、可不慎歟!
1555年、福建省の建寧は藤柯山にて、母の腕が挙がらなくなり、背中が悪寒して身体が怠い。盛夏だというのに綿入れを着ている。医者は誰しも虚冷と診断して治療していた。私が脈を診ると沈滑である。これは経絡に痰がある脈象だ。私が肺兪,曲池,足三里穴へ刺鍼すると、その日から体が軽くなって手が挙がり、寒けもなくなって綿入れを着なくなった。そのあと除湿化痰の薬剤を投薬し、今も健康で、諸病が起こらない。もし虚寒と診断すれば、補うほどに痰が勢いを得て凝結する。慎重にすべきだ!
*虚冷とは陽虚。滑は湿の脈、肺は貯痰の器、脾は生痰の器だから、脾胃の足三里を取る。痰は実証。
戊午春、鴻臚,呂小山。患結核-在臂、大如柿、不紅不痛。医云「是,腫毒」。予曰「此是,痰核-結於皮裏,膜外、非薬-可愈!」。後鍼-手曲池、行六陰数、更灸二七壮、以通-其経気、不数日,即平妥矣。若,作-腫毒、用以-托裏之剤、豈不傷-脾胃,清純之気耶?
1558年春、鴻臚の呂小山は、リンパ結核が腕にある。大きさは柿ほどで、赤くもなくて痛みもない。医者は「オデキだ」という。私は「これは痰核[痰の塊]が皮膚内部の膜外に固まったもので、薬では治らない!」と言った。あとで曲池へ刺鍼し、六陰の数で運鍼したあと、さらに灸を二十七壮すえて、数日もしないうちに消滅した。もしオデキと診断して托裏の薬剤[毒を追い出す薬物]を使っていたら、どうしたって脾胃の清純な気を傷つけてしまうだろう。
己巳歳,夏。文選,李漸庵-公祖夫人、患-産後血厥。両足,忽腫-大如股、甚危急。徐,何-二堂尊,召予,視之、診其脈-?而歇止。「此-必得之,産後悪露-未尽、兼風邪-所乗。陽陰,邪正-激搏、是以厥逆、不知人事、下体腫痛。病勢-雖危、鍼-足三陰経、可以無虞」。果如其言、鍼行飯頃,而蘇、腫痛,立消矣。
1569年の夏。編集の李漸庵夫人が、産後に意識がなくなった。急に両足が大腿のように腫れて、非常に危険である。徐と何の二人は、私を召し出して診察させた。その脈は?で、時々止まる。「これは産後の悪露が出尽くす前に、風邪が侵入したものである。陰陽の正と邪が激しく戦って失神し、意識がなくなって下半身が腫れて痛む。病状は危険だが、足の三陰経に刺鍼すれば心配ない」と言った。果たして言葉どおり、刺鍼して30分ほどで蘇生し、たちどころに腫痛も消えた。
*恐らく三陰交へ刺鍼したと思われる。
甲戌,夏。員外熊,可山公、患痢,兼吐血-不止。身熱,咳嗽、繞臍一塊痛,至死、脈気,将危絶。衆医云「不可治矣」。工部正郎-隗月潭公、素善。迎予,視其脈-雖危絶、而胸尚暖。臍中一塊,高起,如拳大。是日,不宜鍼刺、不得已。急鍼-気海、更灸,至五十壮,而蘇、其塊-即散、痛-即止。後治痢。痢愈、治嗽血、以次,調理-得痊。
次年,陞職方、公問-其故。予曰「病有標本、治有緩急。若拘於日忌、而不鍼-気海、則塊,何由而散?」-「塊既消散、則気-得以疎通、而痛止,脈復矣。正所謂,急則治標,之意也。公体,雖安、飲食後,不可-多怒気、以保和-其本。否,則正気乖,而肝気盛、致脾土,受尅、可計日,而復矣」
1574年の夏。員外熊である可山公は、下痢と嘔吐が止まらない。発熱して咳嗽し、臍の周囲が死にそうに痛くて、脈気が絶えようとしている。医者たちは「治しようがない」という。土木部の役人である隗月潭公は、やさしい性格である。私を迎えた。その脈を診ると、危険ではあるが、まだ胸が温かい。臍中に拳大のシコリが盛り上がっている。その日は刺鍼すると悪い日だから治せないはずである。しかし、すぐに気海へ刺鍼して、灸を五十壮すえると蘇生し、シコリも消えて痛みも止まった。そのあと下痢を治し、下痢が治ったら喀血を治して、最後に養生すると治った。
翌年は昇級し、公は理由を尋ねた。「病には標本があり、治療には緩急があります。刺鍼して悪い日などに捕らわれて気海に刺鍼しなかったら、シコリはどうして消えましょう? ......シコリが消えたのだから、気が流通できて痛みが止まり、脈が回復しました。それが急ならば標を治すという意味なのです。公の身体は安泰ですが、飲食したあと立腹してはならず、本を平和に保ちます。さもなくば正気が乖離し、肝気が盛んになって脾土が虐られ、月日が至れば再発するでしょう」と私は答えた。
- 本の長さ642ページ
- 出版社三和書籍
- 発売日2005/6/1
- ISBN-104916037758
- ISBN-13978-4916037756
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商品の説明
著者からのコメント
原文は厚いので、それを印刷するとコストが膨大なものになります。ほとんどの人は原文など読まないから、安く上げるために原文掲載は止めようという話になりました。
これは訳者として、非常に不本意でしたが、販売の面からすると、そうしたこともあるかと思います。
そこで『鍼灸大成』が出版される前から、訳者はホームページに原文をアップしています。これは無料なので、それを印刷して参照してください。10巻に分かれています。
内容(「BOOK」データベースより)
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
中国医学翻訳家、鍼灸師(北京堂鍼灸)。1985年学生時代に三寸三番を使った大腰筋刺鍼を開発。1987年明治東洋医学院鍼灸科卒。1990年北京中医学院針推系進修生修了、北京堂を開業。1998年北京堂ホームページを開設。治療法を公開。三寸鍼を使った大腰筋刺鍼で知られている。日本で唯一、胃下垂を治せる針灸師として有名(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 三和書籍 (2005/6/1)
- 発売日 : 2005/6/1
- 単行本 : 642ページ
- ISBN-10 : 4916037758
- ISBN-13 : 978-4916037756
- Amazon 売れ筋ランキング: - 280,307位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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誤訳のことは分かりませんが、「虚では圧すると心地よく、実では圧すると痛いのは何故か?」など、理由が分からなかったことが解説されていて良かったです。
学生の私には疑問がいろいろあるのですが、その疑問が解説されているのが本書と『鍼灸学釈難』でした。
これは歴史の教科書にも載っている良書ということですが、確かに良い本でした。
『鍼灸大成』を中国語で読むのは、私にはとても無理です。
頂肘さんが、きちんと日本語に訳された『鍼灸大成』を出していただければ、最高です。
日本内経医学会の幹部の方々や、東洋学術出版の常連翻訳者の方々が訳された『鍼灸大成』は、どうやったら買うことができますか? いくらぐらいでしょう?
是非買って、読み比べてみたいです。
でも「単純な誤訳」が、どこにあるのか教えて貰えると、もっとうれしいです。カキコして使えますから。
とりあえずは、知らないことが色々と解説されていたので、評価は高いです。
だけど、誤訳がそんなにあれば、評価は4つ星かな?
教えを受けた何人かの老中医に、勉強すべき本を尋ねると、
決まって「鍼灸大成」と言われたものでした。
「鍼灸大成」に載っている標幽賦や金鍼賦は、中国鍼灸史上、
重要な文献ですが、日本で鍼灸に携わっている人たちの中で、
名前も聞いたことがない人が結構いるのではないでしょうか。
「鍼経指南」や「鍼灸大全」などにも掲載されていますが、
残念ながらどれも日本語には訳されていません。
また「鍼灸大成」には、著者の楊継州の臨床経験も載せられており、
大成の名にふさわしい内容となっていると思います。
今まで、本書が日本語に翻訳されなかった事に、ずっと疑問を持っていました。
しかし、今考えてみれば、このような大作の翻訳に首を突っ込むのは、
余程の奇特な人しかいないだろう事がよく分かります。
内容的に、問題のある部分もあるでしょうが、
なにより、これだけの大作を日本語に翻訳してくれた、翻訳者に敬意を表したい。
本来なら古典は翻訳書・注釈書ではなく、白文を自分で辞書を引きながら読んでいくことが王道であろう。しかし今まで日本ではほとんど紹介されておらず、まして現代中国においても現代語訳がなされていないとなれば日本語訳から着手するほかないだろう。
訳者は鍼灸師らしく、中薬関係の翻訳には苦労している箇所も見受けられるが、鍼灸大成はそもそも鍼灸の書物である。本書は注釈書としてではなく翻訳書として、鍼大灸大成がどのような書物なのか、また現代中国鍼灸はどのような歴史的流れによって形成されてきたのか、日本の鍼灸教科書がどのような出展からの寄せ集めであるのか、一読の価値のあるものである。また翻訳内容に関しても百花繚乱のごとく意見が交わされることで、さらに新たな解釈が出現するであろうし、またそうあるべきである。
それにしても、よくこれだけの内容のある書物を翻訳したものである。訳者の熱意に敬意を表したい。





