本としては、高価な方に入るので迷いましたが、それでも購入したのは、バルザックの時代の古地図が見たかったからです。
バルザックの話の前置きは、地理や登場人物の説明がくどくど長く続くものが多く、パリの描写でも地名や通り名が頻出されると、何故か頭から離れなくなってしまい、どの辺にあるのか知りたくなり、パリ観光で使った、地球の歩き方のパリ編や、メルキュール(Mercure)のマップで探しましたが見つからず、鹿島先生の著作で、ナポレオン三世とオスマン男爵によるパリ改造でパリは変わってしまったとは知っていたものの、
ミシュラン(MICHELIN)のPARIS STREET MAPと、
PARIS PRATIQUE (ストリート、メトロ、RER、バス、トラム、トイレの地図)
を更に取り寄せ、探しましたが、やはり見つからず、これらマップに3千円弱もかかっているし、時間的制約もあり、ここで断念しました。
それが、今年になって鹿島先生が古地図をまとめてご公表、しかも、「バルザックの時代」とうたい、解説もなさるとは、感激ものでしたので購入を決断しました。
探していた地名や、通りも見つかりました。
一例を挙げますと、パリ4区、オテル・ド・ヴィル (Hôtel de Ville)にあった、本書「失われたパリの復元」索引に載っていない通り
トゥルニケ通り
(「オノリーヌ」 バルザック 大矢タカヤス訳 ちくま文庫 第二話「二重の家庭」P.142)
洋書では、
Rue du Tourniquet
(A double family Honoré de Balzac Reprint from the collections of the University of California Libraries
Produced by Amazon Printed in Japan P.5)
本書「失われたパリの復元」P.199 下の古地図に小さく
R du Tourniquet
とありました。
入り組んだパリの地図で固有名詞を探すのは、まるで「ウォーリーを探せ」のようです。
バルザック作品で読むべきといわれる、パリが舞台の「ゴリオ爺さん」「従妹ベット」辺り、バルザック以外にも、ユゴー、ゾラ、フローベールなどのパリ描写について、小説の一文を引用し、パリ改造前の街並みが描かれたマルシアルの銅版画、古地図と照合しながら、歴史、風俗、建築法などを踏まえた解説が十分に配慮されていると思いますので、登場人物の足取りも街並みも想像しやすくなり、読書が進捗することと思われます。
本書の、失われたパリというのは、オスマン男爵の改造が始まる1853年より前のパリ、つまり、インフラ整備や区画整理で壊されたパリの街並みのことです。
バルザックは、1799年に生まれ1850年に亡くなっていますから、小説には、この改造前のパリが描かれているわけです。しかし、バルザックをはじめ、フランスの小説家は、改造前から改造中のパリをリアルに描写しているところがあり、登場人物が、どこに住んでいて、どんな格好で、どこの食堂の、何をいくらで食べ、どの道を歩いた、馬車に乗った、どんなたまり場に行ったなど、しっかりと想像できていないと、パリの物語の醍醐味を味わえないのです。それを、本書は、手引きしてくれます。
本書で取り上げられている、パリが描かれた作品名を挙げますと、(全部ではありませんが、)
バルザック(1799年生~1850年没)
「あら皮」「従妹ベット」「暗黒事件」「田舎のミューズ」「浮かれ女盛衰記」「娼婦の栄光と悲惨 悪党ヴォ―トラン最後の変身」「ゴリオ爺さん」「禁治産」「ガンバラ」「そうとは知らぬ喜劇役者たち」「幻滅」「三十女」「シャベール大佐」「十三人組物語」「セザール・ビロトー」「ゴプセック」「現代史の裏面」「パリのグラン・ブールヴァールの歴史と生理学」
フローベール(1821~1880)
「感情教育」
ユゴー(1802~1885)
「レ・ミセラブル」「ノートル=ダム・ド・パリ」
プルースト(1871~1922)
「失われた時を求めて」
ゾラ(1840~1902)
「居酒屋」「パリの胃袋」「獲物の分け前」「ナナ」「テレーズ・ラカン」
デュマ・フィス(1824~1895)
「椿姫」
ユイスマンス(1848~1907)
「ビエーヴル、ゴブラン、サン=セヴラン」「サン=セヴラン界隈」
モーパッサン(1850~1893)
「ベラミ」
ネルヴァル(1808~1855)
「ボヘミアの小さな城」
シュー(1804~1857)
「パリの秘密」
ボードレール(1821~1867)
「悪の華」
映画「天井桟敷の人々」
さらに、バルザック、フローベール、ユゴーのパリの住まいについての解説もあります。
バルザックの時代の各フランス小説の行間の解読、洞察の方法として、鹿島先生のフランス哲学的な考え方も勉強になります。
三十数年かけて、入手が困難な古地図、資料、マルシアルの銅版画などを集め(特記したもの以外は、すべて著者蔵!)ご丁寧にもベタベタ、古地図、風俗画などを貼付、引用解説し、鹿島先生の狙う失われたパリの街を読者に視覚的に復元させるという、熱い思いがひしひしと伝わってきます。
巻末の索引は、地名、建物名、人名、作品名から、引くことができます。
ページの数字の表示が、芸術的見映えの為なのか、余白の制限の為なのか分かりませんが、右ページ右端中央のみにあり、中にはページ数字がないページもある為、索引から素早くページを探すことができない、本文中の解説で引用元のページを指定していますが、指定ページへすぐに飛べないという所が、少し不便に思われました。
尚、マルシアルの銅版画「いにしえのパリ」全300枚は、「19世紀パリ時間旅行 失われた街を求めて」青幻舎 3,456円 の巻末で、小さいですが、見ることができます。
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