上位の批判的レビュー
5つ星のうち3.0答えは簡単!天皇は祭司王ではないからです。
2013年10月28日に日本でレビュー済み
粟酒といったトリビアルに関しては興味深い洞察がみられ、朝鮮には朝鮮の神を祀る神社を作るべきだと主張した人々の事績を紹介するなどのよい点はある。善良な人なのでしょうが、残念ながら著者は歴史を「国体」色眼鏡で見ている。
天皇の本業は神官ではないことは様々な資料から明らかです。例えば、花園天皇宸記。読んで下さい。
順徳天皇の『禁秘抄』は神事を先としてという言葉だけが一人歩きするが、仏事より先ではないです。順徳天皇は承久の変で鎌倉幕府を倒す為に神々の加護を得る為に自分が関わることのできる公事の中で神事を優先させるように命じたのは当たり前のことにすぎない。彼は花園天皇のような学識深い人物ではなく、まだまだ若造だった。
歴代天皇や皇族で義務として神官の修行をした人々は皆無ですし、宮中三殿に到っては明治維新でそれまでの宮中僧侶と神官を全てクビに
してから作られて擬古的な紛い物です。
ちなみに祭司王という言葉はフレイザーの『金枝篇』の priest kinngをそのまま右から左へ訳した訳語です。金枝篇に出て来るのは王の他に守に別の王がいるというものであり,人間である必要はない。鹿でも猿でもいいことになる。チンパンジーを天皇にしますか?
ある意味善良なこういう人々がファシズムの担手となり、満州を独立させることに失敗したばかりか日本に敗戦を齎してしまった元凶の一つとなるですが、昔の公教育の犠牲者を引き摺っていると言えないこともない。