主人公ピョートル・アンドレーイチ・グリニョーフは17歳。貴族階級の家庭で何不自由なく育った。
ある日蜂蜜のジャムが煮上がるのを舌なめずりしてながめていた彼に、退役軍人の父が申しわたす。「軍務につけ」
気楽な子供時代を終えたピョートル。彼の波乱の人生が幕をあける・・・
前情報なしで読んだため、牧歌的な序盤に油断していた。すると急転直下史実である「プガチョーフの乱」が勃発。国境警備隊のピョートルたちは反乱軍に急襲され、味方は壊滅するという衝撃的展開に。血生臭さも予想以上で肩に力が入る。
プーシキンは歴史家としての側面も持っていて、この作品の執筆を一時中断してプガチョーフの乱について自身で調査を行った。現地調査におもむき「プガチョーフ反乱史」を書き上げる。その後「大尉の娘」を完成させた。
それゆえ反乱のなりゆきも詳細に物語のなかに組み入れられていて、臨場感もある。
それだけでなく乱の首謀者プガチョーフの人物像もこまかく描かれている。
主人公ピョートルと深く関わらせ、完全なる敵・完全なる他者としてでなく、ロシアに根付いた人間として心を寄せる描写になっている。かえって同じ貴族階級だが嫉妬深く卑劣なシヴァーブリンの浅ましさをこそ蔑んでいる。
自身が貴族階級であったプーシキンがこうした描出をおこなった事が興味深い。プーシキンの書いた作品はデカブリストたち革命家の精神的支柱となる。彼がロシアの国民的作家であると言われるゆえんの断片をかいま見る。
主人公ピョートルの冒険譚に欠かせない要素が「大尉の娘」マリヤだ。17歳の彼が恋した上官の娘は愛らしい容姿の無邪気な女の子。心すこやかなる男の子と心やさしくつよい女の子が助け合う姿はおとぎ話のようで心温まる。
また脇役のキャラの濃さ、特におっかさんの存在感は自分の好きなドストエフスキー流おっかさんを彷彿。かかあ天下の口うるさく容赦ない実務家ヴァシリーサとその夫(大尉)の夫婦漫才ぶりがたのしい。
さて上記の物語以外の周辺情報は、すべて本書の訳註や解説から得た。
ほかの出版社から出た「大尉の娘」と読み比べてみたが、この坂庭訳の文中に付けられた訳注の情報量の多さは特筆に値する。
ロシア史やプーシキン周りの人物(ゴーゴリ)の発言だったり、風俗なども知れる饒舌な註もあって楽しい。
物語単体でも読ませる本作だが、周辺情報とあわせるとより読み応えの増す作品だったので、プーシキン入門者はこの古典新訳版で読むと得るものが多いと思う。
一人称が「ぼく」のピョートルで若々しさを感じられるのも特色とのこと。ご堪能あれ。
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