作家自身が述べているように、本作の核は「夕凪」ではなく「桜」の方にある。
もちろん、歴史的背景を誠実に描くことでその時代の人物の喜怒哀楽を元あったはずの文脈の通りに再現しようとするこうのの叙述は、いつも通り見事なものだ。これは紛れもなく、優れた歴史家の仕事である。
とはいえ、「夕凪」に描かれる悲劇自体は、これまで何度も書かれてきたものであり、皆実が原爆を投下した米軍に対する怒りを直截的に表現する点以外は、既に見慣れたところである。
これに対して「桜」の世界は、多くの人にとって新たな衝撃を与えたはずだ。2000年代になっても、被爆に由来する差別が(なんと東京においてさえ!)極めて鋭利な形で生き残っており、原爆症で肉親を失ったかもしれない人がごく若い世代にもいる、というのは、恥ずかしながら意識化したことすらなかった。
本作のクライマックスは、末尾近くで七波が、十年も耐えた末にようやく結ばれた若き日の両親の姿を想起しながら、生まれる前の自分がこの二人を親として生まれてくることを選んだのだ、と独白するくだりである。
見開き2頁を充てたこの1コマは、評者がこれまで見た漫画の中で最も美しいシーンだと思う。
差別を受け肉体的被害にも怯えなければならない立場に産み落とされた運命を恨むのではなく、自ら選んだのだと言い切ることができたのは、両親をはじめとする家族が被爆に伴う様々な試練に勇気をもって立ち向かってきたからであり、その姿を七波が自らの一部として受け入れることができたからである。
もちろんこんなハッピーエンドが全ての被爆者家族に訪れるわけではないだろう。
しかし奇跡じみたこの結末は、原爆という何の救いもない歴史的破滅に一条の光を差すものであり、従って「片隅に」の結末(原爆孤児を引き取って家族で育てる)とほぼ完全に符合している。
やはり、一連の広島モノでこうのが描きたかったのは、原爆でも戦争でも被爆者でもなく、近現代日本の歴史を生きてきた家族の物語なのだろう。実証的な歴史叙述の上にささやかな奇跡を載せてみせることで、家族という社会制度(つまりフィクション)が達成しうる美徳にリアリティを与えようとした。その試みが成功したからこそ、今なお家族を信じたい多くの日本人から圧倒的な支持を得たのだと思う。
夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス) (日本語) コミック – 2004/10/12
こうの 史代
(著)
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本の長さ103ページ
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言語日本語
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出版社双葉社
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発売日2004/10/12
-
ISBN-104575297445
-
ISBN-13978-4575297447
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カスタマーレビュー
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2018年9月9日に日本でレビュー済み
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67人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2019年6月5日に日本でレビュー済み
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夕凪の街 桜の国 2つの物語はシンクロしていて素晴らしいです。
どちらか一つだけでは、この物語の良さが十分に伝わらなかったでしょう。
反戦漫画と呼ぶには主人公が素朴過ぎます。この時代にたまたま広島に生まれてそういう環境で生きていくしかなかった人々の呼吸のような、ため息のような物語です。それだけに胸にグッとくるものがあります。
壮絶なドラマでは決してないけど、このような歴史の狭間で死んでいって人たち、生き残ったと思っていたけど実はそうではなかった人たちの叫びが聞こえてきそうな、また生きていた人、これからも生きていく人たちそれぞれの複雑な思いが伝わってくるようなそんなお話です。
戦争を知らない私たちにこれからもずっと語り伝えていってほしい漫画です。
どちらか一つだけでは、この物語の良さが十分に伝わらなかったでしょう。
反戦漫画と呼ぶには主人公が素朴過ぎます。この時代にたまたま広島に生まれてそういう環境で生きていくしかなかった人々の呼吸のような、ため息のような物語です。それだけに胸にグッとくるものがあります。
壮絶なドラマでは決してないけど、このような歴史の狭間で死んでいって人たち、生き残ったと思っていたけど実はそうではなかった人たちの叫びが聞こえてきそうな、また生きていた人、これからも生きていく人たちそれぞれの複雑な思いが伝わってくるようなそんなお話です。
戦争を知らない私たちにこれからもずっと語り伝えていってほしい漫画です。
2018年10月14日に日本でレビュー済み
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あとがきに感銘したと書くとどうも何か申し訳ない気持ちになります。ただ、私が以前からいだいてきた部分に重なりレビューを書こうと思いました。
私も歳を経ていくごとに祖父の戦争中の足跡に関心が高まり、時々ブログやSNSにその事や平和に対する思い書いています。実際に体験を話せる方はどんどん去っていきます。教育では近代史を学びません。例えばドイツの様に日中戦争や太平洋戦争について学ばない。右にしても左にしても怒号が飛び交うだけで、記号としての原爆などの言葉しか目立たない。あの日、あの年で被害は終わらなかったという本作は体験記では無い。私達が覚えるべき事は日付や被害の数値ではなく、人の気持ちであろうと強く感じます。だから、あとがきに書いてあった思いに深く感じ入りました。資料的評価では、時代を超えて作品を作り続けられない。クリエイターは時代ごとにこうした姿勢が求められていくのだろうと思います。それを思いながら読み返し、髪をすく「女性」と「少女」の絵をしばらく見ていました。最近とてもハマっている「赤毛のアン」に見るような家族では無い者同士の愛情、人同士の愛情を重ねていました。この作品全体はそうした愛を描いてるように思えてきました。平和をうったえるというのは、そうした愛を語らう事なのかもしれないと思います。
私も歳を経ていくごとに祖父の戦争中の足跡に関心が高まり、時々ブログやSNSにその事や平和に対する思い書いています。実際に体験を話せる方はどんどん去っていきます。教育では近代史を学びません。例えばドイツの様に日中戦争や太平洋戦争について学ばない。右にしても左にしても怒号が飛び交うだけで、記号としての原爆などの言葉しか目立たない。あの日、あの年で被害は終わらなかったという本作は体験記では無い。私達が覚えるべき事は日付や被害の数値ではなく、人の気持ちであろうと強く感じます。だから、あとがきに書いてあった思いに深く感じ入りました。資料的評価では、時代を超えて作品を作り続けられない。クリエイターは時代ごとにこうした姿勢が求められていくのだろうと思います。それを思いながら読み返し、髪をすく「女性」と「少女」の絵をしばらく見ていました。最近とてもハマっている「赤毛のアン」に見るような家族では無い者同士の愛情、人同士の愛情を重ねていました。この作品全体はそうした愛を描いてるように思えてきました。平和をうったえるというのは、そうした愛を語らう事なのかもしれないと思います。
2019年8月6日に日本でレビュー済み
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『夕凪の街』
原爆の災禍から10年、未だ爪痕が残る昭和30年代の広島を舞台に、一人の女性の小さな魂が大きく揺れる。
「わかっているのは『死ねばいい』と誰かに思われたこと」……シンプルなだけに鋭利に突き刺さる。
銭湯では身体の傷痕が晒され、生き残った後ろめたさに囚われながらも、毎日を精一杯生きていた皆実。
淡々として描かれてるのに原爆の悲惨さが静かに深く強く胸に迫る。
白いコマやちょっとした動作、背景にも意味があり、読み返す度に新たな発見。
『桜の国』
昭和〜平成の東京に住む弟の一家の話。
野球の練習中に出た鼻血が、家族にとって微妙な意味を持つ事を感じる七波。
被爆2世の偏見と不安が描かれていて、淡々とした日常描写も、優しい絵柄も相まって胸にじわじわと来る……。
静かな怒りと淡い悲しみと……薄いコミックに量り知れぬ重み。
直接的な表現はないが、一つ一つのセリフ、コマ割りや書き込み……言葉以外の表現も駆使した作者の壮絶な迄の想い……。
無駄なコマ無し。薄い本ながら、大切な事を教えてくれます。読めば必ず何かを感じるはず。
原爆の災禍から10年、未だ爪痕が残る昭和30年代の広島を舞台に、一人の女性の小さな魂が大きく揺れる。
「わかっているのは『死ねばいい』と誰かに思われたこと」……シンプルなだけに鋭利に突き刺さる。
銭湯では身体の傷痕が晒され、生き残った後ろめたさに囚われながらも、毎日を精一杯生きていた皆実。
淡々として描かれてるのに原爆の悲惨さが静かに深く強く胸に迫る。
白いコマやちょっとした動作、背景にも意味があり、読み返す度に新たな発見。
『桜の国』
昭和〜平成の東京に住む弟の一家の話。
野球の練習中に出た鼻血が、家族にとって微妙な意味を持つ事を感じる七波。
被爆2世の偏見と不安が描かれていて、淡々とした日常描写も、優しい絵柄も相まって胸にじわじわと来る……。
静かな怒りと淡い悲しみと……薄いコミックに量り知れぬ重み。
直接的な表現はないが、一つ一つのセリフ、コマ割りや書き込み……言葉以外の表現も駆使した作者の壮絶な迄の想い……。
無駄なコマ無し。薄い本ながら、大切な事を教えてくれます。読めば必ず何かを感じるはず。
ベスト1000レビュアーVINEメンバー
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『この世界の片隅に』を読んだ後に読みました。描かれたのは、『この世界の片隅に』よりも前のようですが、『この世界の片隅に』のエピローグ的な時間軸の話です。
広島や原爆の話は、日本人であれば誰しも学校で教わりますが、本当に「知っている」かと言えば、疑問があります。
「あとがき」に書かれているように、広島以外に住んでいる人や、広島にいても身近でない人にとっては、それは「よその家の事情」だったと思います。私自身も、今までの人生で関わることはなかったので、実際に他人事でした。
しかし、世界の中で見た時、日本人として、唯一の被爆国の住人として、それは知っておくべき物語だと思いました。
特に、原爆が落とされて何年も経ってから始まる物語もあります。
本作品としては、『この世界の片隅に』よりも前に描かれていることや、ボリュームも少ないことから、日常の風景やストーリーの描き方としては、若干、『この世界の片隅に』の方がよい気がしました。
それでも、「夕凪の街」と「桜の国」の関係や、人間一人のどうしようもなさなど、「社会」の中で生きる人間が「世界」と直面した時の体験が伝わってきます。
日本人であれば、『この世界の片隅に』と合わせて読むべき本だと思いました。
広島や原爆の話は、日本人であれば誰しも学校で教わりますが、本当に「知っている」かと言えば、疑問があります。
「あとがき」に書かれているように、広島以外に住んでいる人や、広島にいても身近でない人にとっては、それは「よその家の事情」だったと思います。私自身も、今までの人生で関わることはなかったので、実際に他人事でした。
しかし、世界の中で見た時、日本人として、唯一の被爆国の住人として、それは知っておくべき物語だと思いました。
特に、原爆が落とされて何年も経ってから始まる物語もあります。
本作品としては、『この世界の片隅に』よりも前に描かれていることや、ボリュームも少ないことから、日常の風景やストーリーの描き方としては、若干、『この世界の片隅に』の方がよい気がしました。
それでも、「夕凪の街」と「桜の国」の関係や、人間一人のどうしようもなさなど、「社会」の中で生きる人間が「世界」と直面した時の体験が伝わってきます。
日本人であれば、『この世界の片隅に』と合わせて読むべき本だと思いました。
2018年9月25日に日本でレビュー済み
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星10つけたいです。
何回も読む程に、深く理解しあの世界に入り込んでいく自分がいます。
馴染みの薬局に原爆症うんぬんのお知らせがあり、あの被爆漁船かな位に見てました。
どなたかのレビューにネームだけのページに涙が とありましたが、その前の足元がもつれるシーン、河を死体が流れるシーン 裸足のげんとダブルシーンが でもそれ以上はなく、あのネームだけのシーンで発症から亡くなるまでを克明に表現してくれています。凄いです。教科書にして欲しいと思います。
あの住まいはいわゆるバラックと思います。自分もあんな住まいにしばらく住んでました。
何回も読む程に、深く理解しあの世界に入り込んでいく自分がいます。
馴染みの薬局に原爆症うんぬんのお知らせがあり、あの被爆漁船かな位に見てました。
どなたかのレビューにネームだけのページに涙が とありましたが、その前の足元がもつれるシーン、河を死体が流れるシーン 裸足のげんとダブルシーンが でもそれ以上はなく、あのネームだけのシーンで発症から亡くなるまでを克明に表現してくれています。凄いです。教科書にして欲しいと思います。
あの住まいはいわゆるバラックと思います。自分もあんな住まいにしばらく住んでました。
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