広島・戦争とくれば即座に"原爆"とくるのが普通ですが、広島市から瀬戸内沿いに東へ行った忠海から渡れる国民休暇村「大久野島」は、美しい瀬戸内の風景と島内に住むウサギの可愛らしさの影に悲しい歴史が隠れていた事を知り、この本を読んで化学兵器が核兵器並みの悲劇を生んだ事実を知りました。今でも島内の地下には埋没処理された化学兵器が、そして周辺の海底からは今でも投棄された化学兵器が見つかります。原爆と並んで二度と繰り返してはならない歴史を綴った貴重な1冊です。
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地図から消された島: 大久野島毒ガス工場 単行本 – 1987/5/1
武田 英子
(著)
図書館のリサイクル本です。背表紙下部に小さな図書分類シールが貼ってあります。裏表紙左下に「エコーBOOK」シールが貼ってあります。本体は若干スレと少しヨゴレはありますがほぼ普通です。中身はきれいです。
- 本の長さ234ページ
- 言語日本語
- 出版社ドメス出版
- 発売日1987/5/1
- ISBN-104810702499
- ISBN-13978-4810702491
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登録情報
- 出版社 : ドメス出版 (1987/5/1)
- 発売日 : 1987/5/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 234ページ
- ISBN-10 : 4810702499
- ISBN-13 : 978-4810702491
- Amazon 売れ筋ランキング: - 818,944位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 106,163位社会・政治 (本)
- - 136,589位ノンフィクション (本)
- - 231,347位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
星5つ中4.8つ
5つのうち4.8つ
7グローバルレーティング
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トップレビュー
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2012年10月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
日本帝国軍が毒ガス製造基地としていた大久野島について、初めて公式出版された本。
731部隊に並ぶ秘密部隊、516部隊が存在したようだが、その516部隊が扱った毒ガス兵器の生産地である。
軍事上の機密として、当時の地図から消されている。
チェルノブイリで働かされた(そして死んだ)多くの人たちと同じように、危険性を十分知らされず、ずさんな安全管理のもとで毒ガスを作らされた人たちがいた。そして戦後補償も、毒ガス兵器があったことを政府が公式に認めると国際法上まずいという理由で、公式な認定をされないまま闇に葬り去られようとした。
有志の医師たちの奮闘も記述され、その後の事実の発掘についての尽力にも触れられている。
まだまだ戦中の闇は深い。
ただ、資料性は高いが、読み物としては少し肩がこる。
731部隊に並ぶ秘密部隊、516部隊が存在したようだが、その516部隊が扱った毒ガス兵器の生産地である。
軍事上の機密として、当時の地図から消されている。
チェルノブイリで働かされた(そして死んだ)多くの人たちと同じように、危険性を十分知らされず、ずさんな安全管理のもとで毒ガスを作らされた人たちがいた。そして戦後補償も、毒ガス兵器があったことを政府が公式に認めると国際法上まずいという理由で、公式な認定をされないまま闇に葬り去られようとした。
有志の医師たちの奮闘も記述され、その後の事実の発掘についての尽力にも触れられている。
まだまだ戦中の闇は深い。
ただ、資料性は高いが、読み物としては少し肩がこる。
2022年1月28日に日本でレビュー済み
読書仲間の小楠あゆみさんに薦められた『地図から消された島――大久野島 毒ガス工場』(武田英子著、ドメス出版)を手にしました。
本書によって、戦時中、広島県の大久野島に陸軍の毒ガス工場があったこと、ここで作られた毒ガスが戦場で使用されたこと、そして、毒ガス傷害に苦しむ工場関係者が多数いることを知りました。
「いまも、毒ガス傷害に苦しむ人たちが数千人もおられると知って強い衝撃を受けた。旧従業員、徴用工、動員学徒、動員児童、女子挺身隊、勤労奉仕体など、軍のきびしい管理のもと、『国のために』と刻苦して働き抜いた人たちの、その障害とはどのようなものか。いったいどのようにして、陸軍は化学戦への道を歩み、非人道な毒ガス戦を行ったのか。しかもそれが東京裁判でも免責され、戦後もずっと埋もれたままだったのはなぜか。いくつもの問いを抱いて、私はそれから何度も現地を訪れ、多くの方たちを訪ねた。大久野島毒ガス問題を問うことは、過去の真相を知るのみならず、今日に及ぶ化学戦の実体を問う意味からも重要なのだが、当時まだその全容は不明だった。手がかりは毒ガス傷害者の方たちの証言や、その治療と毒ガス後遺症の追究を続ける医師たちの話、教師たちの掘り起しの報告などであった」。
「毒ガスそれ自体環境を汚染し、人体を侵蝕する恐るべき激毒物である。万全の防護対策はあり得ず、少しの手落ちや予知予測のゆるみがあれば、毒ガスは手加減なく人体に浸透する。毒ガス製造は機械化されてはいたが、手作業の部分もかなり多く、筒類の仕上げや火薬関連の作業、発煙剤の製造工程などの防護対策や装備など、『これでは危険だ』と思うことがしばしばあったと、何人もの声を聞いた。毒物との接触が多くなるため被害は多発する。・・・大久野島全島に毒ガス汚染は深まっていた」。
第二次世界大戦では国際条約で毒ガス使用が禁止されていたにも拘わらず、満州の陸軍731部隊(隊長は悪名高き石井四郎)により毒ガスの実験が行われていたこと、大矢野島毒ガス工場で製造された毒ガスが731部隊に提供されていたことにも言及されています。
二度と戦争はしてはいけないという思いを強くしました。
本書によって、戦時中、広島県の大久野島に陸軍の毒ガス工場があったこと、ここで作られた毒ガスが戦場で使用されたこと、そして、毒ガス傷害に苦しむ工場関係者が多数いることを知りました。
「いまも、毒ガス傷害に苦しむ人たちが数千人もおられると知って強い衝撃を受けた。旧従業員、徴用工、動員学徒、動員児童、女子挺身隊、勤労奉仕体など、軍のきびしい管理のもと、『国のために』と刻苦して働き抜いた人たちの、その障害とはどのようなものか。いったいどのようにして、陸軍は化学戦への道を歩み、非人道な毒ガス戦を行ったのか。しかもそれが東京裁判でも免責され、戦後もずっと埋もれたままだったのはなぜか。いくつもの問いを抱いて、私はそれから何度も現地を訪れ、多くの方たちを訪ねた。大久野島毒ガス問題を問うことは、過去の真相を知るのみならず、今日に及ぶ化学戦の実体を問う意味からも重要なのだが、当時まだその全容は不明だった。手がかりは毒ガス傷害者の方たちの証言や、その治療と毒ガス後遺症の追究を続ける医師たちの話、教師たちの掘り起しの報告などであった」。
「毒ガスそれ自体環境を汚染し、人体を侵蝕する恐るべき激毒物である。万全の防護対策はあり得ず、少しの手落ちや予知予測のゆるみがあれば、毒ガスは手加減なく人体に浸透する。毒ガス製造は機械化されてはいたが、手作業の部分もかなり多く、筒類の仕上げや火薬関連の作業、発煙剤の製造工程などの防護対策や装備など、『これでは危険だ』と思うことがしばしばあったと、何人もの声を聞いた。毒物との接触が多くなるため被害は多発する。・・・大久野島全島に毒ガス汚染は深まっていた」。
第二次世界大戦では国際条約で毒ガス使用が禁止されていたにも拘わらず、満州の陸軍731部隊(隊長は悪名高き石井四郎)により毒ガスの実験が行われていたこと、大矢野島毒ガス工場で製造された毒ガスが731部隊に提供されていたことにも言及されています。
二度と戦争はしてはいけないという思いを強くしました。
読書仲間の小楠あゆみさんに薦められた『地図から消された島――大久野島 毒ガス工場』(武田英子著、ドメス出版)を手にしました。
本書によって、戦時中、広島県の大久野島に陸軍の毒ガス工場があったこと、ここで作られた毒ガスが戦場で使用されたこと、そして、毒ガス傷害に苦しむ工場関係者が多数いることを知りました。
「いまも、毒ガス傷害に苦しむ人たちが数千人もおられると知って強い衝撃を受けた。旧従業員、徴用工、動員学徒、動員児童、女子挺身隊、勤労奉仕体など、軍のきびしい管理のもと、『国のために』と刻苦して働き抜いた人たちの、その障害とはどのようなものか。いったいどのようにして、陸軍は化学戦への道を歩み、非人道な毒ガス戦を行ったのか。しかもそれが東京裁判でも免責され、戦後もずっと埋もれたままだったのはなぜか。いくつもの問いを抱いて、私はそれから何度も現地を訪れ、多くの方たちを訪ねた。大久野島毒ガス問題を問うことは、過去の真相を知るのみならず、今日に及ぶ化学戦の実体を問う意味からも重要なのだが、当時まだその全容は不明だった。手がかりは毒ガス傷害者の方たちの証言や、その治療と毒ガス後遺症の追究を続ける医師たちの話、教師たちの掘り起しの報告などであった」。
「毒ガスそれ自体環境を汚染し、人体を侵蝕する恐るべき激毒物である。万全の防護対策はあり得ず、少しの手落ちや予知予測のゆるみがあれば、毒ガスは手加減なく人体に浸透する。毒ガス製造は機械化されてはいたが、手作業の部分もかなり多く、筒類の仕上げや火薬関連の作業、発煙剤の製造工程などの防護対策や装備など、『これでは危険だ』と思うことがしばしばあったと、何人もの声を聞いた。毒物との接触が多くなるため被害は多発する。・・・大久野島全島に毒ガス汚染は深まっていた」。
第二次世界大戦では国際条約で毒ガス使用が禁止されていたにも拘わらず、満州の陸軍731部隊(隊長は悪名高き石井四郎)により毒ガスの実験が行われていたこと、大矢野島毒ガス工場で製造された毒ガスが731部隊に提供されていたことにも言及されています。
二度と戦争はしてはいけないという思いを強くしました。
本書によって、戦時中、広島県の大久野島に陸軍の毒ガス工場があったこと、ここで作られた毒ガスが戦場で使用されたこと、そして、毒ガス傷害に苦しむ工場関係者が多数いることを知りました。
「いまも、毒ガス傷害に苦しむ人たちが数千人もおられると知って強い衝撃を受けた。旧従業員、徴用工、動員学徒、動員児童、女子挺身隊、勤労奉仕体など、軍のきびしい管理のもと、『国のために』と刻苦して働き抜いた人たちの、その障害とはどのようなものか。いったいどのようにして、陸軍は化学戦への道を歩み、非人道な毒ガス戦を行ったのか。しかもそれが東京裁判でも免責され、戦後もずっと埋もれたままだったのはなぜか。いくつもの問いを抱いて、私はそれから何度も現地を訪れ、多くの方たちを訪ねた。大久野島毒ガス問題を問うことは、過去の真相を知るのみならず、今日に及ぶ化学戦の実体を問う意味からも重要なのだが、当時まだその全容は不明だった。手がかりは毒ガス傷害者の方たちの証言や、その治療と毒ガス後遺症の追究を続ける医師たちの話、教師たちの掘り起しの報告などであった」。
「毒ガスそれ自体環境を汚染し、人体を侵蝕する恐るべき激毒物である。万全の防護対策はあり得ず、少しの手落ちや予知予測のゆるみがあれば、毒ガスは手加減なく人体に浸透する。毒ガス製造は機械化されてはいたが、手作業の部分もかなり多く、筒類の仕上げや火薬関連の作業、発煙剤の製造工程などの防護対策や装備など、『これでは危険だ』と思うことがしばしばあったと、何人もの声を聞いた。毒物との接触が多くなるため被害は多発する。・・・大久野島全島に毒ガス汚染は深まっていた」。
第二次世界大戦では国際条約で毒ガス使用が禁止されていたにも拘わらず、満州の陸軍731部隊(隊長は悪名高き石井四郎)により毒ガスの実験が行われていたこと、大矢野島毒ガス工場で製造された毒ガスが731部隊に提供されていたことにも言及されています。
二度と戦争はしてはいけないという思いを強くしました。
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