橋本治氏の本は、不思議なもので、参考文献をほぼ明記していない。
これは、自身が語る内容に、よほど自信があるか、
周囲がそれでも良いと認めているか、どちらかだ。
私は、後者だと思う。
固定ファンがいるのもそうだが、誰も氏に対して、
批判できないほど、橋本氏は、「他者の人」である。
この本で引用されてる文献も、
福沢諭吉の『学問ノススメ』だけである。
これだけの文献で、国家を語れる人は、そう多くない。
たぶん、現存する日本の知識人では、両手に数えられるぐらいだろう。
また、氏は、徹底的に権威というものに興味を示さなかった人で、
もし示した人ならば、大学教授になり、テレビのコメンテーターになり、
日本文化庁長官になっていただろう。
ただ、橋本氏は、もう故人である。
本当に、惜しい人物を失った。
氏の問題意識は、非常にシンプルで、
この著作で貫かれている論理は、
「国家は、国民のものだよ」、ただそれだけである。
国家=国民である。当たり前と言えば、当たり前だが、
私たちは、その実感があまりない。
それは、なぜだろうか?
橋本氏は、国家=国民この等式を、理解できないと、
大変なことになるよ(なっているよ)と言っている。
この等式を、わかってもらうためだけに、この本を書いている。
普通は、国家=国民という図式を、( )に入れて、政治を語る。
そこには、国家=国民を前提としている。
しかし、氏は知っている、政治を語る上での前提条件、
国家=国民ということを、たぶん、誰もわかっていないじゃんと。
その前提で、政治を語ったら、わからないだろう!ただでさえ政治は難しいのに!
と思ったのかは、定かではないが、ある問題の前提を、
しっかり理解する上で、氏のアプローチは、非常に王道である。
この点で、この著作は、明らかに啓蒙書である。
だから、日本で一番読まれた啓蒙書『学問ノススメ』を引用したんだろう。
学問ノススメは、明治、戦後すぐによく読まれた。
それは、日本人が新しい政治を必要としている時だからだろう。
また、新しい生き方のヒントに。
氏は、まず国家の成り立ちを、その字が意味する所から説明し、
また、国家が国民のものでなかった時代を日本の古代史から現代史まで、
語り、そして、国民国家の発祥の地である、
欧州の状況を、その成立前後から説明し、
最後に、天皇と国家の関係を、これまた、
日本の神話時期から、戦前、戦中の天皇と国家の関係、
そして現在の改憲のことまで。
独特な例えで説明している。
なぜ、これほど広範に語れるかというと、
氏が天才であることもそうだが、
氏のこれまでの創作物が、枕草子や源氏物語、平家物語などの、
古典中の古典の現代語訳(というか、橋本語)での実績、また、
それに付随するような日本文化、文学、美術、はたまた文体史から、
純文学まで、幅広い著作を残しているからだろう。
これほど、多岐の分野に渡る作品群を残している人は、
果たしているんだろうかというぐらい、質もさることながら、
空前絶後の量を残している。
氏は、徹底的に理解する人で、わからないことを、わかろうとする人だった。
こういう姿勢を貫ける人は、あまりいない。
氏の著作は、わかり易く書かれているが、決して、
簡単にわかる内容ではない。
一種の橋本式・理解モデルを提示しているに
過ぎない。あとは、君たちが考えてねと言っている。
少なくない人が、「考えること」を、できないでいる。
難しい、わからない、習ったことがない、知らないよである。
そうこうしているうちに日本は、政治はもちろんだが、経済も、
教育も、何もかも、停滞している、というか衰退している。
日本もおかしくなっているが、日本人もオカシクなっている。
まさに、国家=国民である。
絶望している人は、たくさんいるが、その絶望の原因と理由を、
個人に求めてもどうしようもない、
また、政治や経済、社会に求めても意味がない。ただ、文句を言って、
絶望を口にしても、何も変わらない。
こういった状況を何とかしたい!せめて自分だけでも、、、という人が多いが、
考える上での、知識もない、方法論もない、また自信もないわけで、
昨今は、ますます世俗的(経済的なメリット、デメリットだけで物事を考える)になっている。
「すぐ稼げる」、「すぐわかる」、「大丈夫!、これだけやれば」、
「ありがとうと言えば、幸せになれるよ」など、
今の日本は、中世か、はたまた、戦中のような盲目さが、国民全体、
そして、国家全体を覆っているみたいである。
情報は、毎日、洪水のように溢れているが、本当に自分にとって、
家族にって、友人にとって、地域にとって、社会にとって、
日本にとって役立つ情報は少ない、というか、ほぼない。これを理解するためにも、
「国家は国民のものだよ」という政治を考える上で当たり前とされているの前提と、
この著作で語られる氏のアプローチは非常に参考になる。
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国家を考えてみよう (ちくまプリマー新書) Kindle版
-
言語日本語
-
出版社筑摩書房
-
発売日2016/6/10
-
ファイルサイズ264 KB
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
国家や政治を考えるのはむずかしい。国民なのに…なぜだろう。日本の国の歴史をたどれば自ずとその理由が見えてくる。今こそ、自分の頭で国家を考えてみよう。
--このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
橋本/治
1948年東京生まれ。東京大学文学部国文科卒業。在学中の68年に描いた駒場祭ポスター「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」でイラストレーターとして注目される。77年『桃尻娘』で講談社小説現代新人賞佳作受賞。以後、小説・評論・戯曲・古典の現代語訳・エッセイ・芝居の演出などで精力的に活躍中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
1948年東京生まれ。東京大学文学部国文科卒業。在学中の68年に描いた駒場祭ポスター「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」でイラストレーターとして注目される。77年『桃尻娘』で講談社小説現代新人賞佳作受賞。以後、小説・評論・戯曲・古典の現代語訳・エッセイ・芝居の演出などで精力的に活躍中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B01GJM60V0
- 出版社 : 筑摩書房 (2016/6/10)
- 発売日 : 2016/6/10
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 264 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 98ページ
-
Amazon 売れ筋ランキング:
- 78,529位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 134位ちくまプリマー新書
- - 564位日本史 (Kindleストア)
- - 3,086位日本史一般の本
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Amazonで購入
27人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2016年6月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この夏からの参政権の年齢引き下げを前に、国家というものの
考え方のお浚いをしてくれる本です。
その内容たるや、若年層向けに留まらない、素晴らしいもので
した。
「国家」を思考するうえで重要となるポイントが、全て網羅さ
れているように感じます。
それらが、各用語の定義や位置付けを明確にしたうえで、その
歴史的な変遷を踏まえながらも、平易な言葉を駆使しているの
で、大変判り易く説明されて行きます。
18歳を前にして、このような重要な内容の本を読める若者たち
のことを、とても羨ましく感じました。
考え方のお浚いをしてくれる本です。
その内容たるや、若年層向けに留まらない、素晴らしいもので
した。
「国家」を思考するうえで重要となるポイントが、全て網羅さ
れているように感じます。
それらが、各用語の定義や位置付けを明確にしたうえで、その
歴史的な変遷を踏まえながらも、平易な言葉を駆使しているの
で、大変判り易く説明されて行きます。
18歳を前にして、このような重要な内容の本を読める若者たち
のことを、とても羨ましく感じました。
2019年2月13日に日本でレビュー済み
橋本治氏が亡くなられたので、密かに追悼の意味を込めて、出来るだけ時間を見つけて氏の作品を読んでみようと考えている。
新書でこの限られたスペースのなかで深みのある、歴史の視点をもらった。
そして何よりずっと思っていた『もう、このシステムでは社会はまわらない。そろそろ民主主義に変わる新しい政治システムが必要なのでは』『民主主義というシステムを再興するには人類がもう一度、奈落の底に落ちるところから始めなければならないのか』への答えがあったこと。
もちろん、これは氏の意見にとどまるものたのだが、
私にとっては「たしかに」と思えたことだった。
〜〜
民主主義の弱点とは民主主義が「民主主義というものがよくわからない人達」に対して、強制的で罰則付きであるような「民主主義教育」をしないということにあります。
〜〜
という文章のあとにわかりやすい言葉で、共産主義では思想教育を徹底するのに、何故民主主義ではそういった教育をしないのかや、
“共産主義は民主主義国家を発展さ”せようとした先のものである。といったことなど
橋本氏の解釈は歴史や政治を捉える枠組みを大きく揺るがしてくれた。
薄いけど読み応えあります。
新書でこの限られたスペースのなかで深みのある、歴史の視点をもらった。
そして何よりずっと思っていた『もう、このシステムでは社会はまわらない。そろそろ民主主義に変わる新しい政治システムが必要なのでは』『民主主義というシステムを再興するには人類がもう一度、奈落の底に落ちるところから始めなければならないのか』への答えがあったこと。
もちろん、これは氏の意見にとどまるものたのだが、
私にとっては「たしかに」と思えたことだった。
〜〜
民主主義の弱点とは民主主義が「民主主義というものがよくわからない人達」に対して、強制的で罰則付きであるような「民主主義教育」をしないということにあります。
〜〜
という文章のあとにわかりやすい言葉で、共産主義では思想教育を徹底するのに、何故民主主義ではそういった教育をしないのかや、
“共産主義は民主主義国家を発展さ”せようとした先のものである。といったことなど
橋本氏の解釈は歴史や政治を捉える枠組みを大きく揺るがしてくれた。
薄いけど読み応えあります。
VINEメンバー
2016年6月10日が初版第1刷の日付となっている。本日(7/10)の参院選挙を意識して急遽発行された本であるようだ。巻末ちかくに、次のようにある。《 この夏から、参政権ーつまり選挙権は18歳にまで引き下げられます。政治に参加するのが「権利」であるのは、国民が長い間政治から排除されて、権力者の言いなりになっていたことの結果なのです。// 参政権を与えられるということは、政治に参加する義務を与えられたことで、「自分達がこの政治を支えていかなければならない」ということを自覚させられることです。// ちゃんと考えられるだけの頭を持たなければ、ちゃんとした政治を支えることはできません。ちゃんとした判断力を持たなければどうなるのでしょう? 「民主主義はバカばっかり」と言われる、その「バカ」の一人になるだけです。// はっきりしているのは、「たいせつなことはちゃんと考えなければならない」-これだけです。・・ちゃんと考えて、うっかりして人に騙されないようにしなければならない 》。
著者『あとがき』には、執筆の意図が次のように明らかにされている。《 「誰かに決めてもらう前に、自分で決めておかなければなりません。どうしてかと言えば、国家というものが「我々国民」のものだからです。だから、大事にしなければいけないし、ちゃんと考えなければいけないのです。なによりも大事なのは、そのことです。「国家は我々国民のものである」-このことをはっきりさせるために、私はこの本を書きました。・・略・・》
若い人向けに、身近なたとえを用いつつ話しかけるような書きぶりで、《私の話はあっちへ行ったりこっちへ行ったりしているので、そろそろ「この人はなにを言おうとしているんだろうか?」と思う人も出て来るかもしれませんが、話にはいろいろと段取りがあるので、私も大変です》などと、ある。
その「段取り」が、その「大変」なところが、たいへん興味深い。(以下、たいへんひどく大雑把な要約というか、“当方なりに”まとめたものにすぎないのだが、あえて記すと・・)著者は「国家を考える」にあたって国家を考えないことを前提にしようとする。「国家」というとき、それはひとつの「家」であり、家は家長(というリーダー)を必要とする。そのような呪縛のもとに、我々はあり、第二次大戦後までそれはつづいた。「国家」における家長は天皇であり、国家は天皇のものであり、そして事実(実質)上は、国家は天皇を擁した政府のものであり、そうした政府のもと、国民は(臣民として)いいようにあしらわれてきた。戦後、日本国民は、臣民ではなくなったハズだが、その延長(伝統)上にいまだにいて、「うっかりして」「騙され」バカにされ、いいようにあしらわれる可能性は高い。それゆえ、ちゃんと自分の頭で考えなければならない・・・。
著者は、漢字の「國(国)」という文字のこと、封建制度のこと、大政奉還・王政復古の大号令のこと、福澤諭吉の「学問のすすめ」のことなどなど「あっちへ行ったりこっちへ行ったりして」話しを進めていくのだが、著者と共に考え、思いを深めていく醍醐味が、まさにそこに存するように思う。
若い人たちだけではなく、誰もが(とりわけ「民主主義における政治参加は『権利』であって『義務』ではない」などと思っている方は特に)読むべき本に思う。
著者『あとがき』には、執筆の意図が次のように明らかにされている。《 「誰かに決めてもらう前に、自分で決めておかなければなりません。どうしてかと言えば、国家というものが「我々国民」のものだからです。だから、大事にしなければいけないし、ちゃんと考えなければいけないのです。なによりも大事なのは、そのことです。「国家は我々国民のものである」-このことをはっきりさせるために、私はこの本を書きました。・・略・・》
若い人向けに、身近なたとえを用いつつ話しかけるような書きぶりで、《私の話はあっちへ行ったりこっちへ行ったりしているので、そろそろ「この人はなにを言おうとしているんだろうか?」と思う人も出て来るかもしれませんが、話にはいろいろと段取りがあるので、私も大変です》などと、ある。
その「段取り」が、その「大変」なところが、たいへん興味深い。(以下、たいへんひどく大雑把な要約というか、“当方なりに”まとめたものにすぎないのだが、あえて記すと・・)著者は「国家を考える」にあたって国家を考えないことを前提にしようとする。「国家」というとき、それはひとつの「家」であり、家は家長(というリーダー)を必要とする。そのような呪縛のもとに、我々はあり、第二次大戦後までそれはつづいた。「国家」における家長は天皇であり、国家は天皇のものであり、そして事実(実質)上は、国家は天皇を擁した政府のものであり、そうした政府のもと、国民は(臣民として)いいようにあしらわれてきた。戦後、日本国民は、臣民ではなくなったハズだが、その延長(伝統)上にいまだにいて、「うっかりして」「騙され」バカにされ、いいようにあしらわれる可能性は高い。それゆえ、ちゃんと自分の頭で考えなければならない・・・。
著者は、漢字の「國(国)」という文字のこと、封建制度のこと、大政奉還・王政復古の大号令のこと、福澤諭吉の「学問のすすめ」のことなどなど「あっちへ行ったりこっちへ行ったりして」話しを進めていくのだが、著者と共に考え、思いを深めていく醍醐味が、まさにそこに存するように思う。
若い人たちだけではなく、誰もが(とりわけ「民主主義における政治参加は『権利』であって『義務』ではない」などと思っている方は特に)読むべき本に思う。