2007年の「悪人」の後、吉田修一は長期低迷に入ったように私には思えた。「路」「怒り」を除けば平凡な作品で、この2作さえ「悪人」の感動には及ばなかった。しかし、考えてみれば「悪人」のような高い完成度の作品を次々に発表するのは無理というものだ。だが、10年たってようやく「悪人」を凌駕する作品が現われた。「国宝」は、歌舞伎界という設定もユニークなら、そのストーリー、構成、文体にも凝った作者渾身の作品である。何より、上下巻700頁を一気読みの面白さなのだ。これは吉田修一の新たな代表作であり、現代日本の小説のなかでひときわ光彩を放つ傑作である。
任侠一家に生まれた少年・喜久雄が歌舞伎界に入り、稀代の女形として芸に生き抜き、歌舞伎の頂点を極め人間国宝になるまでを描いた小説である。喜久雄は長崎を出て、大阪を経て東京へと移り、歌舞伎俳優の息子の俊介と切磋琢磨しながら、次々に襲い掛かる苦難を乗り越えてひたすら芸の道を極めようとする。悪魔と取引してでも、世俗の欲や幸せに背を向けてひたすら芸に打ち込み、だれも見たことのない世界へと歩を進める。そして、極めるほどに喜久雄は孤独の境地へ向かう。芸を極めるとは何と業の深いことか。挑戦し続ける狂気のような役者心理が見事に描かれている。ラストの花吹雪舞い散る中に閃光を浴びながら花道を行く喜久雄の姿の妖しいほどの美しさに、私は胸が震えた。
当然ながら舞台の場面が多い。演目ごとに解説が入り、役者の踊りと演技が描写されるが、舞台や衣装、身のこなし、役者の顔つきまでの詳しい説明は臨場感にあふれ、役者の踊りを髣髴とさせる。この作品の取材のために作家は黒子として舞台を務め、全国を廻って200演目を観たという。物語は喜久雄と俊介を中心に進んでいくが、彼らの親、子、友人、師匠、ライバルたちの人生も並行して語られる。どの登場人物にもドラマがあり、各々の人物像がくっきりと描かれていてこの小説を重厚なものにしている。また、東京オリンピック以降の時代の変化もしっかり書き込まれていて、作家の視界の広さと目配りの確かさに感嘆する。
すでに指摘されていることだが、この小説の特徴は「語り」にある。一人称でも三人称でもなく、講談風の語りがこの小説の案内人になって読者を導くのだ。それが時間と空間を超えて、自由自在に物語を運んでいく。演目の解説もこの語りが受け持つことで自然な流れとなっている。「国宝」の成功は講談風語りの発見によるところも大きいはずである。
本作は、身を削るようにして芸道を極めた役者の怒涛の人生を描いた作品である。吉田修一も同様の決意をもってこの小説の執筆に臨んだのではないか。その労苦の末に彼の最高傑作が生まれた。新しい手法を駆使して、自分の限界を打ち破り頂点をめざして孤独な作業を続ける作家の姿を私は読みながら思い浮かべた。この小説に出会えたことを喜ぶとともに、本作が多くの人々に読まれることを私は願っている。
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国宝 (上) 青春篇 単行本 – 2018/9/7
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吉田修一(『悪人』『怒り』)最新作
作家生活20周年をかざる新たな最高傑作
1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」――侠客たちの怒号と悲鳴が飛び交うなかで、この国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄。任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み、喜久雄の人生を思わぬ域にまで連れ出していく。舞台は長崎から大阪、そしてオリンピック後の東京へ。日本の成長と歩を合わせるように、技をみがき、道を究めようともがく男たち。血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り。舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜け、数多の歓喜と絶望を享受しながら、その頂点に登りつめた先に、何が見えるのか? 朝日新聞連載時から大きな反響を呼んだ、著者渾身の大作。
鳴りやまぬ拍手と眩しいほどの光、人生の境地がここにある。
作家生活20周年をかざる新たな最高傑作
1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」――侠客たちの怒号と悲鳴が飛び交うなかで、この国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄。任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み、喜久雄の人生を思わぬ域にまで連れ出していく。舞台は長崎から大阪、そしてオリンピック後の東京へ。日本の成長と歩を合わせるように、技をみがき、道を究めようともがく男たち。血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り。舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜け、数多の歓喜と絶望を享受しながら、その頂点に登りつめた先に、何が見えるのか? 朝日新聞連載時から大きな反響を呼んだ、著者渾身の大作。
鳴りやまぬ拍手と眩しいほどの光、人生の境地がここにある。
- 本の長さ351ページ
- 言語日本語
- 出版社朝日新聞出版
- 発売日2018/9/7
- 寸法18.8 x 12.8 x 2.5 cm
- ISBN-104022515651
- ISBN-13978-4022515650
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」―侠客たちの怒号と悲鳴が飛び交うなかで、この国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄。任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み、喜久雄の人生を思わぬ域にまで連れ出していく。舞台は長崎から大阪、そしてオリンピック後の東京へ。日本の成長と歩を合わせるように、技をみがき、道を究めようともがく男たち。血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り。舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜け、数多の歓喜と絶望を享受しながら、その頂点に登りつめた先に、何が見えるのか?朝日新聞連載時から大きな反響を呼んだ、著者渾身の大作。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
吉田/修一
1968年長崎県生まれ。97年に『最後の息子』で第八十四回文學界新人賞を受賞し、デビュー。2002年には『パレード』で第十五回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第百二十七回芥川賞を受賞。純文学と大衆小説の文学賞を合わせて受賞し話題となる。07年『悪人』で第六十一回毎日出版文化賞と第三十四回大佛次郎賞を受賞。10年『横道世之介』で第二十三回柴田錬三郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1968年長崎県生まれ。97年に『最後の息子』で第八十四回文學界新人賞を受賞し、デビュー。2002年には『パレード』で第十五回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第百二十七回芥川賞を受賞。純文学と大衆小説の文学賞を合わせて受賞し話題となる。07年『悪人』で第六十一回毎日出版文化賞と第三十四回大佛次郎賞を受賞。10年『横道世之介』で第二十三回柴田錬三郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 朝日新聞出版 (2018/9/7)
- 発売日 : 2018/9/7
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 351ページ
- ISBN-10 : 4022515651
- ISBN-13 : 978-4022515650
- 寸法 : 18.8 x 12.8 x 2.5 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 216,286位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 7,512位日本文学
- カスタマーレビュー:
著者について
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1968年9月14日、長崎県生まれ。法政大学経営学部卒。
1997年「最後の息子」で第84回文學界新人賞を受賞。同作が第117回芥川賞候補となる。2002年『パレード』で第15回山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で第127回芥川賞を立て続けに受賞し、文壇の話題をさらう。2007年『悪人』で大佛次郎賞と毎日出版文化賞を受賞した。
他に『東京湾景』『長崎乱楽坂』『静かな爆弾』『元職員』『横道世之介』など著書多数。
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VINEメンバー
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78人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2018年10月4日に日本でレビュー済み
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私の歌舞伎好きを知っている同僚から勧めてもらい、どっぷりはまって一気読みしてしまいました。
もともと吉田修一さんの『悪人』以前の本が好きで読んでましたが、しばらく手に取ってなかったのですが、こちらは抜群に面白く、その世界に引き込まれてしまいました。
主人公は、長崎の任侠の世界に生まれて女形の歌舞伎役者になる喜久雄。
彼を中心に、人情味あふれる弁慶役の徳次や、ライバルの政党は歌舞伎の血を継ぐ俊ぼう、春江など、魅力的な登場人物がそろいます。
この舞台装置そのものが歌舞伎の世界のよう。登場人物という役者がそろい、華やかでありながら、どこか作られていて、歌舞伎調の語りを含めた文体が、どこかよそよそしくかしこばってる感じがします。
歌舞伎を知らなくても、その世界観にどっぷりはまり、喜久雄とともに激動の時代を共に生きることができると思いますが、歌舞伎好きであればより一層、興味深く楽しく読めると思います。
舞台や舞台裏、客席やロビーの描写を読んでいると、生き生きと脳裏に劇場の雰囲気がよみがえり、いくつもの演目の描写シーンでは頭の中に浄瑠璃が聞こえ、ひいきの役者で見た歌舞伎が思い出されます。
作者の吉田修一さんのインタビューを読むと、中村鴈治郎のところで黒衣となって取材されただけあって、そのリアルさには、歌舞伎の世界ではまだまだ知らない舞台裏があって、だからこそ舞台の上では、THE歌舞伎なのだなーと納得しました。
ちなみに、、特定の役者さんをモチーフにされているわけではないと思いますが、女形だからか玉三郎さんに重ねることが一番多かったかも!
特に、喜久雄と俊坊が初めて踊る「京鹿子二人娘道成寺」は、歌舞伎座の初演時に見た玉三郎と菊之助の衝撃的な二人道成寺をイメージしながら読んでました。あの二人道成寺の初演を見られたことは、私の歌舞伎観劇史の中でもかなり思い出深いできごとでした。。
もともと吉田修一さんの『悪人』以前の本が好きで読んでましたが、しばらく手に取ってなかったのですが、こちらは抜群に面白く、その世界に引き込まれてしまいました。
主人公は、長崎の任侠の世界に生まれて女形の歌舞伎役者になる喜久雄。
彼を中心に、人情味あふれる弁慶役の徳次や、ライバルの政党は歌舞伎の血を継ぐ俊ぼう、春江など、魅力的な登場人物がそろいます。
この舞台装置そのものが歌舞伎の世界のよう。登場人物という役者がそろい、華やかでありながら、どこか作られていて、歌舞伎調の語りを含めた文体が、どこかよそよそしくかしこばってる感じがします。
歌舞伎を知らなくても、その世界観にどっぷりはまり、喜久雄とともに激動の時代を共に生きることができると思いますが、歌舞伎好きであればより一層、興味深く楽しく読めると思います。
舞台や舞台裏、客席やロビーの描写を読んでいると、生き生きと脳裏に劇場の雰囲気がよみがえり、いくつもの演目の描写シーンでは頭の中に浄瑠璃が聞こえ、ひいきの役者で見た歌舞伎が思い出されます。
作者の吉田修一さんのインタビューを読むと、中村鴈治郎のところで黒衣となって取材されただけあって、そのリアルさには、歌舞伎の世界ではまだまだ知らない舞台裏があって、だからこそ舞台の上では、THE歌舞伎なのだなーと納得しました。
ちなみに、、特定の役者さんをモチーフにされているわけではないと思いますが、女形だからか玉三郎さんに重ねることが一番多かったかも!
特に、喜久雄と俊坊が初めて踊る「京鹿子二人娘道成寺」は、歌舞伎座の初演時に見た玉三郎と菊之助の衝撃的な二人道成寺をイメージしながら読んでました。あの二人道成寺の初演を見られたことは、私の歌舞伎観劇史の中でもかなり思い出深いできごとでした。。
ベスト500レビュアー
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まるで講談のような話し言葉で書かれた文体で、これまでの吉田修一作品とは随分違った印象を持ちますが、魅力的な登場人物らの生き生きとした会話文に、やはり吉田修一らしい巧さが感じられます。
吉田修一の文体は、自然でリアルな会話文が非常に魅力的で、特に本書では、主人公喜久雄の故郷である長崎弁と芸養子先の関西弁でのテンポの良い会話のやり取りが、まるで目の前でやり取りがなされているかのように生き生きとした情景が浮かびます。
本書上巻「青春篇」は、主人公喜久雄が、原爆の爪痕がまだ残る長崎で生を受け14年、昭和39年の任侠の世界における新年会での大乱闘の場面から物語が始まり、芸養子として関西に出た後、歌舞伎界の新星として一躍注目を浴びるも運命に翻弄され続ける波乱万丈な半生が描かれています。
喜久雄を「ぼっちゃん」と呼ぶ任侠時代からの腐れ縁である徳次が、唯一の喜久雄の理解者としての存在感をみせ、この二人のやり取りがとても良く、徳次が登場するたびに雰囲気が明るくなります。
また本来なら親の後を継ぎ、三代目半二郎を襲名すべき「俊ぼん」こと俊介の人生も一筋縄では行きません。
第二の主人公たる「俊ぼん」の凄まじさは、本書後半から下巻にかけて展開されます。
それにしても主人公喜久雄への本書後半での仕打ちは、あまりにつらい。
そんな仕打ちをうけることを予言するかのごとく、芸親かつ師匠である白虎が喜久雄にかける言葉が
「どんなに悔しい思いをしても芸で勝負や。ほんまもんの芸は刀や鉄砲より強いねん。おまえはお前の芸でいつか仇とったるんや。」
芸を愛し芸に取りつかれた、そんな喜久雄の物語です。
吉田修一の文体は、自然でリアルな会話文が非常に魅力的で、特に本書では、主人公喜久雄の故郷である長崎弁と芸養子先の関西弁でのテンポの良い会話のやり取りが、まるで目の前でやり取りがなされているかのように生き生きとした情景が浮かびます。
本書上巻「青春篇」は、主人公喜久雄が、原爆の爪痕がまだ残る長崎で生を受け14年、昭和39年の任侠の世界における新年会での大乱闘の場面から物語が始まり、芸養子として関西に出た後、歌舞伎界の新星として一躍注目を浴びるも運命に翻弄され続ける波乱万丈な半生が描かれています。
喜久雄を「ぼっちゃん」と呼ぶ任侠時代からの腐れ縁である徳次が、唯一の喜久雄の理解者としての存在感をみせ、この二人のやり取りがとても良く、徳次が登場するたびに雰囲気が明るくなります。
また本来なら親の後を継ぎ、三代目半二郎を襲名すべき「俊ぼん」こと俊介の人生も一筋縄では行きません。
第二の主人公たる「俊ぼん」の凄まじさは、本書後半から下巻にかけて展開されます。
それにしても主人公喜久雄への本書後半での仕打ちは、あまりにつらい。
そんな仕打ちをうけることを予言するかのごとく、芸親かつ師匠である白虎が喜久雄にかける言葉が
「どんなに悔しい思いをしても芸で勝負や。ほんまもんの芸は刀や鉄砲より強いねん。おまえはお前の芸でいつか仇とったるんや。」
芸を愛し芸に取りつかれた、そんな喜久雄の物語です。
2021年3月5日に日本でレビュー済み
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私は歌舞伎を見たことがありません。
いや正確に言うなら、松竹大歌舞伎を一度だけ見たのですが、途中からずっと寝ていました。
だからこそ、吉田修一氏は大好きな作家なのですが文量もあるし、テーマは歌舞伎だしということで、この本を読むことに相当覚悟がいりました。
しかしいざ読み始めると主人公があらゆる時代を駆け抜けていく様がリアルにそして感情移入して読み進めることができました。また登場人物も個性的で魅力的な人物ばかり。
男の物語と思っていましたが、実は女性のたくましい生き方を描いていたりと、読み応えたっぷりであっという間に読了していました。
いや正確に言うなら、松竹大歌舞伎を一度だけ見たのですが、途中からずっと寝ていました。
だからこそ、吉田修一氏は大好きな作家なのですが文量もあるし、テーマは歌舞伎だしということで、この本を読むことに相当覚悟がいりました。
しかしいざ読み始めると主人公があらゆる時代を駆け抜けていく様がリアルにそして感情移入して読み進めることができました。また登場人物も個性的で魅力的な人物ばかり。
男の物語と思っていましたが、実は女性のたくましい生き方を描いていたりと、読み応えたっぷりであっという間に読了していました。
殿堂入りVINEメンバー
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のっけから申し訳ないのだが著者の作品はいくつか読んだものの正直「悪人」以外はいまいちピンと来なかった。が、本作は歌舞伎座皆勤賞の私としては外せないので発売日に購入、即読了。
最終的には実力が物を言うと言いつつも世襲が軸になる歌舞伎の世界に血縁無く大名跡の部屋子として飛び込んだ主人公・喜久雄。その大名跡の御曹司・俊介と鎬を削り高みを目指す。
芸を極めることと家・血の継承。歌舞伎を愛し、人生の激しい浮き沈みを乗り越えて芸の道に精進する内、二人は愛した歌舞伎に埋没・自身を磨き、ともすれば摩滅させて終いには歌舞伎と一体化・同化して行くような迫力の筆致。中途で巻を措く能わず。
四百年の間、人々を魅了し続けてきた歌舞伎の魅力・魔力は、何人もの役者・喜久雄や俊介を食い尽くし、咀嚼・消化することで育まれてきたかのような錯覚を覚えた。これこそが歌舞伎の「業」なのだろうか。
登場する役者は全て架空ではあるが、随所に散りばめられる歌舞伎の人気演目名場面を演じる彼らの描写はまるで歌舞伎座の舞台を見物しているよう。著者は執筆にあたり、役者の中村鴈治郎の知遇を得て三年間歌舞伎漬けの日々であった由でこの完成度は納得。
因みに作中の興行会社「三友」のモデルは松竹。そう、歌舞伎は上場会社が仕切る純然たるビジネスであり、文化の継承だけでなく利益を上げなければ継続できない宿命を持つ。裏返せば四百年間、そうして生き続けてきたと言うこと。本作の「三友」にも歌舞伎を続けて来られた松竹のノウハウ・冷徹さを垣間見ることが出来る。
個人的には著者の最高傑作ではないかと思う。
最終的には実力が物を言うと言いつつも世襲が軸になる歌舞伎の世界に血縁無く大名跡の部屋子として飛び込んだ主人公・喜久雄。その大名跡の御曹司・俊介と鎬を削り高みを目指す。
芸を極めることと家・血の継承。歌舞伎を愛し、人生の激しい浮き沈みを乗り越えて芸の道に精進する内、二人は愛した歌舞伎に埋没・自身を磨き、ともすれば摩滅させて終いには歌舞伎と一体化・同化して行くような迫力の筆致。中途で巻を措く能わず。
四百年の間、人々を魅了し続けてきた歌舞伎の魅力・魔力は、何人もの役者・喜久雄や俊介を食い尽くし、咀嚼・消化することで育まれてきたかのような錯覚を覚えた。これこそが歌舞伎の「業」なのだろうか。
登場する役者は全て架空ではあるが、随所に散りばめられる歌舞伎の人気演目名場面を演じる彼らの描写はまるで歌舞伎座の舞台を見物しているよう。著者は執筆にあたり、役者の中村鴈治郎の知遇を得て三年間歌舞伎漬けの日々であった由でこの完成度は納得。
因みに作中の興行会社「三友」のモデルは松竹。そう、歌舞伎は上場会社が仕切る純然たるビジネスであり、文化の継承だけでなく利益を上げなければ継続できない宿命を持つ。裏返せば四百年間、そうして生き続けてきたと言うこと。本作の「三友」にも歌舞伎を続けて来られた松竹のノウハウ・冷徹さを垣間見ることが出来る。
個人的には著者の最高傑作ではないかと思う。
ベスト1000レビュアー
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『怒り』を戦慄と興奮をおぼえながらひきずりこまれるようにして読んだ。その体験からいうと『国宝』はなぜか最後まで没頭できなかった。極道出身の天才女形を中心とした歌舞伎三代物語という強烈な題材を扱いながら意外と単純な話の展開になっている。そのわりに上方風のねっとりとした語りのクセが強すぎてすっと入ってこない。相当な勉強をして書いたのだと思うが、歌舞伎の解説が多すぎて煩く感じた。最後まで読みとおしたが、ワイドショーを途切れ途切れに見ているような印象しか残っていない。因果がめぐるサーガ系の小説で昨今面白いものに出会わないので期待していただけに残念。新境地にチャレンジしたのだと思うが、あまりよさがでていないと思った。
2019年3月31日に日本でレビュー済み
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戦後の匂いが残る1950年の長崎。愚連隊あがりの極道の息子喜久雄が、父を抗争の挙句に無くし、縁を伝って歌舞伎の道に入り、女形として芸の道を究めていく。
上方歌舞伎の名人二代目花井半二郎の部屋子に入り、その実子俊介と競い合って芸を磨く。
長崎の女春江、ともに悪さをする徳次、大阪での遊び仲間弁天ら歌舞伎の外の人々、半二郎、その妻幸子、女形の名人万菊、鶴若、江戸歌舞伎の大御所千五郎、歌舞伎の家の中で役者を支える黒衣、女たち。そうしたキャラクターのいちいちが素晴らしい。
父である権五郎を撃って長崎のヤクザたちのトップに立った辻村と喜久雄の関係、歌舞伎界での養い親である半二郎の跡目をめぐる喜久雄と俊介の関係が物語の焦点なのだが、およそ下巻のあたまにはこのヤマを越えてしまい、ゴールを見失ってしまう。
半二郎の跡目を喜久雄が襲名し、春江を伴って逐電した俊介がドサ廻りから復活してくる辺りで終わればよかったと思うのだ。
上方歌舞伎の名人二代目花井半二郎の部屋子に入り、その実子俊介と競い合って芸を磨く。
長崎の女春江、ともに悪さをする徳次、大阪での遊び仲間弁天ら歌舞伎の外の人々、半二郎、その妻幸子、女形の名人万菊、鶴若、江戸歌舞伎の大御所千五郎、歌舞伎の家の中で役者を支える黒衣、女たち。そうしたキャラクターのいちいちが素晴らしい。
父である権五郎を撃って長崎のヤクザたちのトップに立った辻村と喜久雄の関係、歌舞伎界での養い親である半二郎の跡目をめぐる喜久雄と俊介の関係が物語の焦点なのだが、およそ下巻のあたまにはこのヤマを越えてしまい、ゴールを見失ってしまう。
半二郎の跡目を喜久雄が襲名し、春江を伴って逐電した俊介がドサ廻りから復活してくる辺りで終わればよかったと思うのだ。
2021年12月7日に日本でレビュー済み
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狂言回しの文体が苦手。とか言いながら読み進めたら引き込まれるように読んでいるかもしれない。そうしたら評価変えます。今は2。
その後→だいぶ読み進めておもしろくなってきました。ササッとページ数だけ確認してポチッたので内容はあまり知らずに買って文体に閉口しましたが任侠と梨園が舞台なので何となく納得しました。戦後の芸能人が実名で登場したり、争乱の場面が芝居がかった表現だったり、食いつきどころが頭に映像でうかぶようになったのでほぼ大丈夫。
この映像がフルカラーになったら完璧です。
ちなみに解説は最後に読むようにしています。さあ、続きは. . 。
その後→だいぶ読み進めておもしろくなってきました。ササッとページ数だけ確認してポチッたので内容はあまり知らずに買って文体に閉口しましたが任侠と梨園が舞台なので何となく納得しました。戦後の芸能人が実名で登場したり、争乱の場面が芝居がかった表現だったり、食いつきどころが頭に映像でうかぶようになったのでほぼ大丈夫。
この映像がフルカラーになったら完璧です。
ちなみに解説は最後に読むようにしています。さあ、続きは. . 。