アメリカが「天皇」になり替わってしまった今の日本
「国体」などという、死語同然になっていた言葉をタイトルに冠した新書が今、大きな注目を浴びている。政治学者・白井聡さんの新刊『国体論―菊と星条旗』だ。「国体」といえば、万世一系の皇統。しかし、敗戦を契機に日本の「国体」の中にアメリカが滑り込み、今やアメリカが「天皇」になり替わってしまっている。そんな衝撃的な仮説を、明治以降150年の歴史を検証しながら、『国体論』はじっくり展開していく。
「アメリカが『天皇』になった帰結だけを手短に示せば、安倍首相がトランプ大統領に懸命に媚びを売る一方で、天皇の退位の意向を蔑ろにする。あるいは右翼が、街頭デモで日の丸とともに星条旗を振り回す。ある種の人々にとっての精神的な権威が、“菊"ではなく“星条旗"となっていることが、誰の目にもとまるようになってきました」
前著『永続敗戦論』では、日本の「自発的」な対米従属を俎上に載せ、従属がもたらす社会の腐食作用を暴き出した。
「アメリカにNOを言えない国家は数多あるけれど、日本の従属ぶりは異常です。“思いやり予算"“トモダチ作戦"などの情緒的な用語に象徴されるような“日本を愛してくれるアメリカ"という幻想に溺れたまま、支配されていることを否認する。この“支配の否認"という日本独特の歪みが、どこから来ているかを考えたのが『国体論』です。結果、戦前の“国体"が日本人にもたらした心理構造にいきつきました。天皇と臣民の関係を親密な“家族"にたとえ、“家族の中に支配はない"とばかりに、支配の事実を否認させたのが戦前の“国体"。しかし、支配を否認している限り、人々は自由への希求を持ち得ず、知恵を働かすことができません。“国体"は、人々を愚鈍にするシステムなのです」
平成時代以降の日本の衰退は、こうした「国体」の欠陥に起因するという。『国体論』では、明治維新以降、「国体」について考え抜き闘ってきた人々の思想と行動が、通史として描かれているが、本書の冒頭と最後に登場するのが今上天皇だ。
「あの“お言葉"は、我々にこの国の在り方を真剣に考えてほしいという呼びかけだと、私は受け止めました。“失われた30年"によって国民の統合は壊され、いまや国家の統治も破綻しています。“国体"の欠陥を考え、知恵を取り戻すことが、長いトンネルを抜け出すために、必要なのです」
評者:「週刊文春」編集部
(週刊文春 2018年05月17日号掲載)
対米従属の精神構造
4月の日米首脳会談から帰った安倍首相は、表情がさえなかった。モリカケ&セクハラ問題もあるが、会談でなにひとつ成果がなかったからだろう。鉄鋼・アルミ製品の輸入制限は適用除外にならず、北朝鮮問題でも蚊帳の外。「ネクタイの柄をそろえ、いっしょにゴルフまでしたのに。こんなにアメリカ様のことを想っているのだから、悪いようにはされないだろうと信じていたのに……」という心の声が聞こえてくるよう。
白井聡の『国体論 菊と星条旗』は、この安倍首相のような対米従属的精神構造がいかにして形成されたのかを解き明かす本である。
国体。もちろん国民体育大会のことではない。国家体制、あるいは、天皇を頂点とした国家という理念である。そんなものは敗戦とともに消滅したのでは?なんて思ったら大間違い。いまもしっかり生きていて、日本人を縛っているのだと白井はいう。
かつて頂点にいたのは天皇だったが、戦後はそのポジションにアメリカが就いた、と白井はいう。明治維新から敗戦までの天皇と国民の関係。敗戦から現在までのアメリカと日本の関係。両者がそっくりであることを、歴史を追って論証していく過程がスリリングだ。
安保条約や地位協定などは政治的かつ戦略的に選択されたというよりも、国体というフィクションを維持するためにある。戦前の天皇と同じように、「慈悲深く保護してくださるアメリカ様」というイメージが日本人の心に染みついているのだ。誰かに庇護されなければ不安でたまらない。対米従属とは奴隷根性の別名である。
評者:永江朗
(週刊朝日 掲載)
明治維新から現在に至るまで、日本社会の基軸となってきたものは「国体」である―。象徴天皇制の現代社会で「国体」?それは死語ではないのか?否、「国体」は戦後もこの国を強く規定している。一九四五年八月、大日本帝国は「国体護持」を唯一の条件として敗戦を受け容れた。ただし、その内実は激変した。「戦後の国体」とは、天皇制というピラミッドの頂点に、アメリカを鎮座させたものなのだ。なぜ、かくも奇妙な「国体」が生まれたのか。「戦後の国体」は、われわれをどこに導くのか。『永続敗戦論』の白井聡による、衝撃作!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
白井/聡
1977年、東京都生まれ。政治学者。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。専攻は政治学・社会思想。京都精華大学人文学部専任講師。『永続敗戦論―戦後日本の核心』(太田出版)で、石橋湛山賞、角川財団学芸賞、いける本大賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)