三浦建太郎さんが逝去され、
長期連載の漫画家たちは、
自身の連載が未完で終わる世界を、
一度は想像したのではないかなと、
勝手に思っています。
小説にも同様に、
長期連載の作品はあるでしょうし、
小説家たちも、
同じように感じたのだろうか。
と、
なぜかこの作品を読み終えて、
考えてしまいました。
なぜかしら。
たぶんですが、こんなに、
いつ、どこででも終われそうな、
ミクロの集合体な作品は、
初めて見たからです。
解説ではこの作品を、
「群像劇」だとしていますが、
どうかな? と、
首をひねりました。
たとえば主役を描く、
えー、と、
群像劇の対義語ってなに?
わからん、ので、
仮に「独像劇」とするとして、
(する意味ないけども)
それを塊のステーキとしたら、
群像劇はサイコロステーキか。
でもこの作品は、
もっと細切れな気がしました。
大きな肉塊に対しての、
挽肉のような。
挽肉をぽそぽそと粒でつまみ食べ、
同じ肉なのに、
ここまで細切れにせんでもと、
途中まで食べて、
少し皿から顔を離し、
最後まで、
この食べ物が続くのかを確認し、
まあ、楽しいからいいかと、
この食感を個性だと考えつつ、
最後まで同じ味、
同じ食感を咀嚼しました。
小粒なので、
ほぼ噛まずに飲み込めます。
で、
これ、いつ終わってもいいなと、
読み終えてまず、
『ベルセルク』の未完を嘆いたと。
作家としては、
どっちが幸せなのかな。
永遠に惜しまれ続ける未完か、
忘れられたとしても、
確実に与え続けた満足か。
もらう側としては後者ですが、
与える側は少し前者にも、
憧れるのではないかしら。
そう考えると、
この作品は永遠に続けられるなと。
解説の後に続けられた、
おまけのショートショートを読み、
皿に残っていた肉粒を、
もうひとつまみ食べ、
でもそれ、書くのも読むのも、
面倒だろうなと。
続いている文章のように、
一息のままに場面転換するので、
最初はナニコレと混乱し、
50ページくらい読んですぐ、
また最初から読み直しました。
慣れないとつい、
文字だけを追ってしまいます。
粒肉はつい、
ハンバーグとして食いたくなる。
でも、そうすると、
粒のひとつひとつは味わえない。
個性こそが価値だと考えるので、
この一滴もない肉汁の連続も、
キライではないです。
実際の災害や事件も、
粒の中の味になるので、
小骨が粉砕された挽肉?
食感とか栄養価のためか? と、
成分を確認したくなったりして。
挽肉のお返しに、
細切れな感想にしてみました。
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問いのない答え (文春文庫) 文庫 – 2016/7/8
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静かなやさしさが皆をつなげる長編小説 震災の直後にネムオがツイッターで始めた言葉遊び。会ったことはないのにつながっている人々の日々を描き、穏やかに心を揺する傑作。
- 本の長さ336ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日2016/7/8
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104167906546
- ISBN-13978-4167906542
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
何をしていましたか?ツイッターに投げられた質問に思い思いの答えを返す人たち。問いの全文が知らされるのは答えが出揃ってから―小説家のネムオが震災後に始めたそんな言葉遊びが、さまざまな場所にいるさまざまな男女の人生を丸くつないでゆく。この著者にしか書けない、静かだけれど力強い長編小説。
著者について
1972年生まれ。2001年「サイドカーに犬」で第92回文學界新人賞、02年「猛スピードで母は」で第126回芥川賞受賞、07年「夕子ちゃんの近道」で第1回大江健三郎賞受賞。他の著作に『フキンシンちゃん』『問いのない答え』など。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
長嶋/有
1972年生まれ。2001年に「サイドカーに犬」で第92回文學界新人賞を受賞しデビュー。02年に「猛スピードで母は」で第126回芥川賞を受賞、07年に『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1972年生まれ。2001年に「サイドカーに犬」で第92回文學界新人賞を受賞しデビュー。02年に「猛スピードで母は」で第126回芥川賞を受賞、07年に『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2016/7/8)
- 発売日 : 2016/7/8
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 336ページ
- ISBN-10 : 4167906546
- ISBN-13 : 978-4167906542
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 75,655位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 1,444位文春文庫
- - 2,548位日本文学
- - 8,059位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1972年生まれ。2001年に「サイドカーに犬」で第92回文學界新人賞を受賞しデビュー。02年に「猛スピードで母は」で第126回芥川賞を受賞、07年に『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞を受賞した(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 エロマンガ島の三人 (ISBN-13: 978-4167693046 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
5つ星のうち3.8
星5つ中の3.8
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トップレビュー
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2015年6月12日に日本でレビュー済み
なにをしていましたか?
先週の日曜日に、学生時代に、震災の日に―――
様々な問いと答えを「言葉遊び」にして、緩やかに交流する人々
それぞれの場所で同じ時間を過ごす彼らの生を描いた長編群像劇
緩い群像劇です
震災発生の三日後、小説家のネムオはネット上で「それはなんでしょう」という言葉遊びを始めます
一部だけ明らかにされた質問文に、出題の全容がわからぬまま無理やり回答する遊び
設定した時刻になりネムオが問題の全文を明らかにしたとき、参加者は寄せられた「問いのない答え」をさかのぼり、解釈や観賞を書き込み、画面上はひとしきり賑わいます
参加するのは、庭師(女性です!)、カルチャースクールの講師、高校生、派遣社員などなど、日本各地で暮らす老若男女
ハッピーど真ん中にいる人は1人もいないというのがいいです
傍から見たらハッピーのそのもののような人も心の奥では違和感を持っていたりするのです
互いのリアル状態は脇に置いておいて、同じ感想に嬉しがったり、全く違ってがっかりしたり、噛み合わなかったり、何故だか励まされたり
言葉遊びがガス抜きになることもあるのでしょう
「それはなんでしょう」は『ねたあとに』にも出てくるゲームです
ネムオというのは勿論長嶋有さんご本人でネムオの母親も登場します
例によってあの別荘も舞台になります
そういうわけで本書は長嶋有をよく知る読者ほど楽しめる内容になっているかと思います
緩く進む話の中、何度も取り上げられるのが「秋葉原通り魔事件」です
犯人がネットに求めたものは何だったのだろう、とネットを使って検索を繰り返すカルチャースクールの講師
彼が求めていたものは何だったのか
いくら検索しても回答は出てきません
長嶋さんは本書でこの事件について触れずにはいられなかったのでしょうか
これまで、何でもない日常を淡々を描いた作品を発表してきた長嶋さんにしては『異色』です
ラストの母親のつぶやき
日常に溢れるとりとめの無い言葉の中にかすかな希望が見えるのが救いです
先週の日曜日に、学生時代に、震災の日に―――
様々な問いと答えを「言葉遊び」にして、緩やかに交流する人々
それぞれの場所で同じ時間を過ごす彼らの生を描いた長編群像劇
緩い群像劇です
震災発生の三日後、小説家のネムオはネット上で「それはなんでしょう」という言葉遊びを始めます
一部だけ明らかにされた質問文に、出題の全容がわからぬまま無理やり回答する遊び
設定した時刻になりネムオが問題の全文を明らかにしたとき、参加者は寄せられた「問いのない答え」をさかのぼり、解釈や観賞を書き込み、画面上はひとしきり賑わいます
参加するのは、庭師(女性です!)、カルチャースクールの講師、高校生、派遣社員などなど、日本各地で暮らす老若男女
ハッピーど真ん中にいる人は1人もいないというのがいいです
傍から見たらハッピーのそのもののような人も心の奥では違和感を持っていたりするのです
互いのリアル状態は脇に置いておいて、同じ感想に嬉しがったり、全く違ってがっかりしたり、噛み合わなかったり、何故だか励まされたり
言葉遊びがガス抜きになることもあるのでしょう
「それはなんでしょう」は『ねたあとに』にも出てくるゲームです
ネムオというのは勿論長嶋有さんご本人でネムオの母親も登場します
例によってあの別荘も舞台になります
そういうわけで本書は長嶋有をよく知る読者ほど楽しめる内容になっているかと思います
緩く進む話の中、何度も取り上げられるのが「秋葉原通り魔事件」です
犯人がネットに求めたものは何だったのだろう、とネットを使って検索を繰り返すカルチャースクールの講師
彼が求めていたものは何だったのか
いくら検索しても回答は出てきません
長嶋さんは本書でこの事件について触れずにはいられなかったのでしょうか
これまで、何でもない日常を淡々を描いた作品を発表してきた長嶋さんにしては『異色』です
ラストの母親のつぶやき
日常に溢れるとりとめの無い言葉の中にかすかな希望が見えるのが救いです
2014年1月16日に日本でレビュー済み
震災後の持て余したような時間にtwitterで始まった「言葉遊び」で知り合った人々の日常を描く。
実際にも会う仲間も入れば、誰とも会わない、名前だけが登場する人物もいる。言葉遊びとは無関係の人も登場する。
群像が描かれているが、「劇」ではない。
転勤したり、かつての職場と今の派遣先のコーヒー(のカップの容器)を比べたり、葬儀に参列したり、教師だった頃の生徒を思い出したり、新幹線の座席の隙間から前の座席の女性が見るDVDの映像が気になったり、不規則に散らばった点のような日常を追っているうちに、時系列が分らなくなった。ものすごく多くの人、出来事、感情が層になって詰まっている。その層は上下にも左右にもつながっていて、切り替えようがない。
はしゃいだ気持ちと悲しみ、寂しさ、付き合いのわずらわしさ、切り替わるのではなく相反する感情は地続きだ。淡々と時間は流れるけれど、突然発せられた固有名詞で読んでいる者の記憶も想起される。
時々どきり、とする本だ。
実際にも会う仲間も入れば、誰とも会わない、名前だけが登場する人物もいる。言葉遊びとは無関係の人も登場する。
群像が描かれているが、「劇」ではない。
転勤したり、かつての職場と今の派遣先のコーヒー(のカップの容器)を比べたり、葬儀に参列したり、教師だった頃の生徒を思い出したり、新幹線の座席の隙間から前の座席の女性が見るDVDの映像が気になったり、不規則に散らばった点のような日常を追っているうちに、時系列が分らなくなった。ものすごく多くの人、出来事、感情が層になって詰まっている。その層は上下にも左右にもつながっていて、切り替えようがない。
はしゃいだ気持ちと悲しみ、寂しさ、付き合いのわずらわしさ、切り替わるのではなく相反する感情は地続きだ。淡々と時間は流れるけれど、突然発せられた固有名詞で読んでいる者の記憶も想起される。
時々どきり、とする本だ。