本書の前書きに、週刊朝日の橋下問題で一時筆を絶った佐野が、現場から離れた書き方に安住してしまっていたことを反省し、現場に執着することで本書を復帰の第一作とするのだ、というようなことが書かれている。
唐牛とは言うまでもなく、60年安保闘争時に全学連委員長だった唐牛健太郎のことである。
本書は、唐牛の足跡を追いながら、彼の人生が何だったのかを描こうとする。
だが、それが、『東電OL殺人事件』『『甘粕正彦 乱心の曠野』『阿片王』などの彼の他の仕事と比して、あまり成功しているようには感じられなかった。
唐牛は、栄光の元全学連委員長という幻影、あるいはそこからの落ちた偶像というイメージを周囲から押し付けられ、それを半ば演じてみせるという生涯を送ったのだ、と佐野は結論付けるのだが、それくらいのことであれば、容易に想像できることである。
ただ、それとは別に、唐牛へのぼく自身の個人的な関心はあった。
唐牛健太郎とは直接の面識はないものの、周囲には彼を知る人は多かった。
また、本書でも重要な役割を担っている、真喜子夫人とは10年ほど前に何度か酒席をともにする機会があった。
その席で「センキはブントじゃないわね」とか言われて、「ブントは唐牛の私党でもなければ、あなた自身はブントで活動したわけでもなく、そんなことを言われる筋合いはない」と、憤ったものだ。
ところが、その後、また会う機会があって、その時の憤りを話したら、あっさり謝られて、腹の太い気持ちのいいおばさんだなぁと感じたものだった。
本書でも、真喜子夫人はとても逞しく、おおらかで、唐牛のすべてを受け入れ赦し、北国の漁師でも、南国の洞窟生活でも、すべての人生を共にする様子が描かれている。
彼女がいたからこそ、唐牛は生きられたのだと。
それは、おそらく真実なのだろうと、本書を読みつつ思った。
ただ、本書では唐牛に出会う前の真喜子さんについての記述は全くない。
他の登場人物が、さまざまな出自を紹介されているのとは対照的ですらある。
彼女自身の生涯は、それ自身が一つの小説になるほどのものだとも漏れ聞くが、想像するにそうしたことを彼女は佐野に書くことを禁じたのではないだろうか。
その意味では、佐野の失敗というよりも、こうした評伝は書くのが難しいのかもしれない。
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唐牛伝 敗者の戦後漂流 単行本 – 2016/7/27
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革命なんて、しゃらくせえ!
「昭和の妖怪」岸信介と対峙し、
「聖女」樺美智子の十字架を背負い、
「三代目山口組組長」田岡一雄と
「最後の黒幕」田中清玄の寵愛を受け、
「思想界の巨人」吉本隆明と共闘し、
「不随の病院王」徳田虎雄の参謀になった
全学連元委員長、47年の軌跡。
ノンフィクション作家・佐野眞一が北は紋別、南は沖縄まで足を運び、1984年に物故した60年安保のカリスマの心奥を描く。
「唐牛健太郎を書くことは私自身の過去を見つめ直す骨がらみの仕事だった」――著者3年ぶりの本格評伝
「昭和の妖怪」岸信介と対峙し、
「聖女」樺美智子の十字架を背負い、
「三代目山口組組長」田岡一雄と
「最後の黒幕」田中清玄の寵愛を受け、
「思想界の巨人」吉本隆明と共闘し、
「不随の病院王」徳田虎雄の参謀になった
全学連元委員長、47年の軌跡。
ノンフィクション作家・佐野眞一が北は紋別、南は沖縄まで足を運び、1984年に物故した60年安保のカリスマの心奥を描く。
「唐牛健太郎を書くことは私自身の過去を見つめ直す骨がらみの仕事だった」――著者3年ぶりの本格評伝
- 本の長さ395ページ
- 言語日本語
- 出版社小学館
- 発売日2016/7/27
- 寸法14 x 3 x 19.5 cm
- ISBN-104093897670
- ISBN-13978-4093897679
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
六〇年安保を闘った若者たちは、「祭り」が終わると社会に戻り、高度経済成長を享受した。だが、唐牛健太郎だけはヨットスクール経営、居酒屋店主、漁師と職を変え、日本中を漂流した。なぜ彼は、何者かになることを拒否したのか。ノンフィクション作家・佐野眞一が北は紋別、南は沖縄まで足を運び、一九八四年に物故した全学連元委員長の心奥を描く。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
佐野/眞一
1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。09年『甘粕正彦 乱心の曠野』で講談社ノンフィクション賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。09年『甘粕正彦 乱心の曠野』で講談社ノンフィクション賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 小学館 (2016/7/27)
- 発売日 : 2016/7/27
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 395ページ
- ISBN-10 : 4093897670
- ISBN-13 : 978-4093897679
- 寸法 : 14 x 3 x 19.5 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 466,383位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 6,201位政治入門
- - 46,216位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1947(昭和22)年東京生れ。
出版社勤務を経てノンフィクション作家に。主著に、民俗学者・宮本常一と渋沢敬三の交流を描いた『旅する巨人』(大宅賞)、エリートOLの夜の顔と外国人労働者の生活、裁判制度を追究した『東電OL殺人事件』、大杉栄虐殺の真相に迫り、その通説を大きく覆した『甘粕正彦 乱心の曠野』『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』など多数。
カスタマーレビュー
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盗作問題で批難にさらされた佐野の新作である。佐野の著書が好きな僕としてすぐに購入した。
感想は二点である。
一点目。佐野は回復したのかどうかが終始気になりながら読み進めた。結論的にいうと、かなりの復活の
度合いが感じられてうれしかった。
僕にとって佐野が盗作したかどうかは二の次で佐野の本を読んできている。佐野の作品は時に薄い
ものも散見されるが、時折出される渾身の大作の迫力には息をのむものがあった。読売新聞の正力松太郎や
ダイエーの中内を扱った著作がそれにあたる。
それらの記述の中に、ジャーナリストとしてあるまじき行為があったにしても、作品自体には、ある意味では
関係ない話ではある。佐野が叩かれてきた際にも「内容が間違っている」という批判は僕の聞いている中には
無かったと記憶している。
本作での佐野の取材は執拗を極めていると僕は読んだ。徹底的に足で稼ぐ佐野の姿がくっきりと浮かんできた。
そこに佐野の復活を見てもおかしくないと僕は思う。
二点目。唐牛という方について。
僕は唐牛という方は名前を知っているだけだったので今回彼の人生を俯瞰出来て良かった。但し、俯瞰した
結果として、唐牛という方の人生は何だったのかと考えこんでしまった。上手く言い表せないが、唐牛が何と闘おうと
したのかが分からないからだ。
学生運動、漁師、パソコンの販売という脈絡の無さであるとか、彼がもっていた人脈の華麗さといかがわしさ。私生活
に関しても、破天荒というしかないと小市民の僕は思う。但し、だからこそ、本書が面白く成立している。そう考える
しかないのだろう。
いつの時にも、その時代が、その時代の寵児を作るものだと僕は思う。唐牛もそんな寵児の一人だったに違いない。
彼にどこまでの思想や哲学があったのかは本書からは読み取れない。見えてくるのはある種のトリックスターとしての
唐牛である。唐牛自身にもそれは分かっていたのではないかと、僕は、思う。そんなある種の虚しさも本書から
立ち上る「妖気」の一つである。そこが本書の読みどころだ。
佐野には頑張ってほしい。今後にも期待する。
感想は二点である。
一点目。佐野は回復したのかどうかが終始気になりながら読み進めた。結論的にいうと、かなりの復活の
度合いが感じられてうれしかった。
僕にとって佐野が盗作したかどうかは二の次で佐野の本を読んできている。佐野の作品は時に薄い
ものも散見されるが、時折出される渾身の大作の迫力には息をのむものがあった。読売新聞の正力松太郎や
ダイエーの中内を扱った著作がそれにあたる。
それらの記述の中に、ジャーナリストとしてあるまじき行為があったにしても、作品自体には、ある意味では
関係ない話ではある。佐野が叩かれてきた際にも「内容が間違っている」という批判は僕の聞いている中には
無かったと記憶している。
本作での佐野の取材は執拗を極めていると僕は読んだ。徹底的に足で稼ぐ佐野の姿がくっきりと浮かんできた。
そこに佐野の復活を見てもおかしくないと僕は思う。
二点目。唐牛という方について。
僕は唐牛という方は名前を知っているだけだったので今回彼の人生を俯瞰出来て良かった。但し、俯瞰した
結果として、唐牛という方の人生は何だったのかと考えこんでしまった。上手く言い表せないが、唐牛が何と闘おうと
したのかが分からないからだ。
学生運動、漁師、パソコンの販売という脈絡の無さであるとか、彼がもっていた人脈の華麗さといかがわしさ。私生活
に関しても、破天荒というしかないと小市民の僕は思う。但し、だからこそ、本書が面白く成立している。そう考える
しかないのだろう。
いつの時にも、その時代が、その時代の寵児を作るものだと僕は思う。唐牛もそんな寵児の一人だったに違いない。
彼にどこまでの思想や哲学があったのかは本書からは読み取れない。見えてくるのはある種のトリックスターとしての
唐牛である。唐牛自身にもそれは分かっていたのではないかと、僕は、思う。そんなある種の虚しさも本書から
立ち上る「妖気」の一つである。そこが本書の読みどころだ。
佐野には頑張ってほしい。今後にも期待する。
2017年4月10日に日本でレビュー済み
佐野眞一氏の著作はほとんど読んでいるつもりです。例えば「誰が本を殺したか」「カリスマ」「東電OL殺人事件」等の作品群の多くはノンフイクションとして傑作と言えるレベルに達しているものが多く、ある意味でファンでもありました。ただ、時として、少々手を抜いたと思われる作品も多くあるようです。例えば「業界紙諸君」等は文章の書き方のあまりに玉石混交ぶりに疑問を持ちます。又、極端に思い込みの過ぎた作品には(例えば宮本常一に言及したものの中に多く思われます。)少々偽善を感じることさえあります。最近は時として、著者の文体と書く物に少々物足りなさを感じていました。
この本のプロローグで著者自身が「傲慢になっていた」とはっきりと反省を述べ、この人物伝にとりかかったようです。しかし、橋本知事に触れた問題の反省から、「初心に帰る」というその経過と理由がよくわかりませんが、この人物を取り上げた意図は理解できますし、結果として成功作となっているようです。今迄以上に著者自身の足で、関連する人々に取材してその証言を読み易く披露しています。特にブンド関係者への聞き取りは、60年安保の記録として誠に読ませます。かつ、田中清玄や山口組との関係をはっきりと書いているのは、初めて知る情報が多く、誠に面白く興味深い記述でした。最近の佐野氏の著作の中では、快作と言えるのではないでしょうか?
ただ、最近の著者の癖なのか、満州で甘粕氏を阿片で里見氏を取り上げた際にも言えることですが、著者自身のその人物への解釈の底に妙に温情が感じられると思うのは自分の偏見でしょうか?「結局は個人は歴史に翻弄されているものなのだ。」という風な・・・・・。それがなんだか著者自身の筆をあいまいにしているように感じられるのです。その結果、主役の人物像がどうにも不鮮明になってしまっているような・・・・・もっともそれでこそ、小説ではなくノンフイクションと言えるのかもしれませんが・・・・・そう言えば、「カリスマ」などは甚だ小説的でした。
この本のプロローグで著者自身が「傲慢になっていた」とはっきりと反省を述べ、この人物伝にとりかかったようです。しかし、橋本知事に触れた問題の反省から、「初心に帰る」というその経過と理由がよくわかりませんが、この人物を取り上げた意図は理解できますし、結果として成功作となっているようです。今迄以上に著者自身の足で、関連する人々に取材してその証言を読み易く披露しています。特にブンド関係者への聞き取りは、60年安保の記録として誠に読ませます。かつ、田中清玄や山口組との関係をはっきりと書いているのは、初めて知る情報が多く、誠に面白く興味深い記述でした。最近の佐野氏の著作の中では、快作と言えるのではないでしょうか?
ただ、最近の著者の癖なのか、満州で甘粕氏を阿片で里見氏を取り上げた際にも言えることですが、著者自身のその人物への解釈の底に妙に温情が感じられると思うのは自分の偏見でしょうか?「結局は個人は歴史に翻弄されているものなのだ。」という風な・・・・・。それがなんだか著者自身の筆をあいまいにしているように感じられるのです。その結果、主役の人物像がどうにも不鮮明になってしまっているような・・・・・もっともそれでこそ、小説ではなくノンフイクションと言えるのかもしれませんが・・・・・そう言えば、「カリスマ」などは甚だ小説的でした。
2017年1月12日に日本でレビュー済み
唐牛健太郎に対する関心の薄れ、関係者の死亡や高齢化による情報ソースの消失などによって、今後この著作以上に正確で詳細な唐牛伝というのは現れないのではないか。逆に、将来何か新しい資料や情報が得られたところで、ここに描かれた唐牛像が変わることは無いと思う。唐牛とは、外見は裕次郎並に格好が良く、話が面白く大酒飲みでかなりいい加減なところはあったものの、どんな他人をもひきつける絶大な魅力をもった人間だったのだろう。そして本人がどこまで望んだのかは分からないが、全学連委員長に就任するという「運命のいたずら」によって、彼の人生が大きく変わりまた日本社会にも種々のインパックトを与えた。極論すれば、あの時あの役割を演ずるためだけに神がこの世に贈った人間だったのではないだろうか。だからその後の放浪人生は「ちょっと訳ありおじさん」に過ぎなかったのだろう。自分は彼の10年後輩に当たる北大の同窓生であるが、もちろん彼とはなんの接点も無く、単に名前をボンヤリと記憶していただけであった。当時、北大出で世間的に有名なのは、スキーの三浦雄一郎と「雪は天からの手紙」と言った低温科学専門の中谷宇吉郎、そして唐牛の三人だと思っていた。40年以上経った今もあまり変わり映えせず、せいぜいノーベル化学賞を受賞した鈴木章先生が加わった程度か。そんな個人的な思い出とともに、大変面白く読んだ。著者の足まめな取材や綿密な資料調査には敬意を表したい。
2016年8月6日に日本でレビュー済み
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今でこそ、デモといえばSEALDsだけど、半世紀前の主役はブント全学連だった。もちろん両組織は主張もちがえば、成り立ちもちがうが、世の中の矛盾や政治のきな臭さに真っ先に気づくのはいつの時代も若者ということだろう。かといって、この本が唐牛健太郎率いる全学連の成功譚に終始するわけではなく、むしろ「祭り」のあと、安保の「影」をひたすら歩まざるを得なかったカリスマの後ろ姿を丹念に描いている。かつては成功者の評伝を派手に書くことを好んでいた著者がこのテーマに行き着いたのは、著者をめぐる環境の変化も大いに関係しているに違いない。橋下徹氏をめぐる週刊誌連載がもととなり休筆を余儀なくされ、3年間の雌伏のときを過ごした著者の傷跡と悲哀と、そして意地を感じさせる渾身のノンフィクションである。
ベスト1000レビュアー
Amazonで購入
60年安保闘争において、全学連委員長として闘った、いわば伝説の男。
本書では、闘争後の人生が中心に描かれる。
63年2月にTBSラジオで放送された「ゆがんだ青春-全学連闘士のその後」のあと、についても書かれている。また、その後、居酒屋店主、漁師など、どちらかと言えば場末の
職業を転々としながら、北海道から沖縄まで流浪した男の人生を追う。
60年安保を闘った若者たちは、あたかもそれが「革命」ではなく「宴」であるかもように、
さっさと社会に戻り、多くは出世していった。
しかし唐牛健太郎だけはサラリーマンにもならず事業を興すでもなく、
日本中を漂流した。なぜか……。
本書ではその答えの一端が垣間見られる。珍しく佐野眞一がおさえた筆致で、
しかしときに佐野眞一らしく対象に迫る。「相変わらず無茶だなあ」というところも多いが……。
何年か前に、知り合いに連れられて新宿のバーに行った。
連れて行ってくれた人は、「ここのママは唐牛健太郎のオンナだったらしい」
と言った。ホントかどうかはわからないが、
謎が多い人物だけに、いろいろな話がまことしやかに流れるのだろう。
私は70年安保時代に田舎の高校生だったから、唐牛のことは名前しか知らない。
だが、70年安保の秋田明大(いまは故郷で自動車修理工場を経営しているらしいが)
と並んで、いわばヒーローのようなものだったかもしれない。
そういう時代だったのだ。
橋下問題で休筆せざるを得なかった佐野眞一が、
満を持して(という表現は適当ではないいかもしれないが)書いた一冊。
初期の頃の佐野眞一に似た感じを持ったのは私だけだろうか。
本書では、闘争後の人生が中心に描かれる。
63年2月にTBSラジオで放送された「ゆがんだ青春-全学連闘士のその後」のあと、についても書かれている。また、その後、居酒屋店主、漁師など、どちらかと言えば場末の
職業を転々としながら、北海道から沖縄まで流浪した男の人生を追う。
60年安保を闘った若者たちは、あたかもそれが「革命」ではなく「宴」であるかもように、
さっさと社会に戻り、多くは出世していった。
しかし唐牛健太郎だけはサラリーマンにもならず事業を興すでもなく、
日本中を漂流した。なぜか……。
本書ではその答えの一端が垣間見られる。珍しく佐野眞一がおさえた筆致で、
しかしときに佐野眞一らしく対象に迫る。「相変わらず無茶だなあ」というところも多いが……。
何年か前に、知り合いに連れられて新宿のバーに行った。
連れて行ってくれた人は、「ここのママは唐牛健太郎のオンナだったらしい」
と言った。ホントかどうかはわからないが、
謎が多い人物だけに、いろいろな話がまことしやかに流れるのだろう。
私は70年安保時代に田舎の高校生だったから、唐牛のことは名前しか知らない。
だが、70年安保の秋田明大(いまは故郷で自動車修理工場を経営しているらしいが)
と並んで、いわばヒーローのようなものだったかもしれない。
そういう時代だったのだ。
橋下問題で休筆せざるを得なかった佐野眞一が、
満を持して(という表現は適当ではないいかもしれないが)書いた一冊。
初期の頃の佐野眞一に似た感じを持ったのは私だけだろうか。





