本書は、哲学の入門書としては、比較的新しいもので、2014年に刊行されたものです。
著者は、名古屋大学大学院の現役教授として、活躍されており、科学哲学を専門とする、哲学者です。
これまでの哲学入門ですと、概ね、ギリシア哲学から始まる、哲学の歴史を辿り、それぞれの思想を紹介するような内容のものがありますが、そうしたものは、既に数多く書かれているので、本書は、そうした内容ではありません。
そこで、本書で取り上げる哲学者としては、よく知られている、プラトンやニーチェ、デカルト、ヘーゲルといった方々は、ほとんど登場しません。
その代わり、デネット、ミリカン、ペレブームなど、一般に知られてはいないが、現役で活躍中の哲学者が取り上げられています。
つまり、本書は、「現代の」哲学入門となっていることになります。
このため、哲学の本当の基礎の基礎から学びたいという方は、本書の前に、これまで多く書かれてきた哲学の歴史と思想の紹介を行っている書物を読んだ方がよいと思います。
私は、既にそうした入門書は読んだうえで、本書を読んでみることにしました。
本書で著者は冒頭、哲学の中心主題は、「ありそでなさそでやっぱりあるもの」について考えることだ、と述べています。
この書き方からして、文章はとても平易で、そうした意味では、入門書と呼べると思います。
また、自分の哲学的思考も明らかにしていて、「唯物論的・発生的・自然手記的観点」からの「哲学入門」だと宣言しています。
ここまでが、「序 これがホントの哲学だ」であり、以下、「ありそでなさそでやっぱりあるもの」である、「第1章 意味」「第2章 機能」「第3章 情報」「第4章 表象」「第5章 目的」「第6章 自由」「第7章 道徳」と論を進めていきます。
そして、最後に、「意味」に戻って、「人生の意味──むすびにかえて」となるのですが、著者は、科学哲学が専門ということもあり、思考法として、「科学的知見と科学的方法を使いながら哲学」する、というスタイルです。
このため、入門ではあるけれど、章が進むにつれて、「科学的知見と方法」が複雑に絡み合ってくるため、図表での説明はあるものの、論理的思考をかなり求められる内容となっていると感じました。
既存の哲学入門は、「哲学の知識の伝授」であり、本当に哲学を学ぶには、「論理的思考」が必要となってきます。
このため、本書は、「哲学の知識」の基礎を吸収した方が、哲学の基本である「論理的思考」を学ぶ「入門書」と呼べるのではないでしょうか。
哲学入門 (ちくま新書) (日本語) 新書 – 2014/3/5
戸田山 和久
(著)
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本の長さ448ページ
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言語日本語
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出版社筑摩書房
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発売日2014/3/5
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ISBN-10448006768X
-
ISBN-13978-4480067685
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商品の説明
出版社からのコメント
序 これがホントの哲学だ
第1章 意 味
第2章 機 能
第3章 情 報
第4章 表 象
第5章 目 的
第6章 自 由
第7章 道 徳
人生の意味――むすびにかえて
参照文献と読書案内
あとがきまたは謝辞または挑戦状
第1章 意 味
第2章 機 能
第3章 情 報
第4章 表 象
第5章 目 的
第6章 自 由
第7章 道 徳
人生の意味――むすびにかえて
参照文献と読書案内
あとがきまたは謝辞または挑戦状
内容(「BOOK」データベースより)
神は死んだ(ニーチェもね)。いまや世界のありようを解明するのは科学である。万物は詰まるところ素粒子のダンスにすぎないのだ。こうした世界観のもとでは、哲学が得意げに語ってきたものたちが、そもそも本当に存在するのかさえ疑わしい。「ことばの意味とは何か」「私たちは自由意志をもつのか」「道徳は可能か」、そして「人生に意味はあるのか」…すべての哲学問題は、根底から問い直される必要がある!科学が明らかにした世界像のただなかで人間とは何かを探究する、最もラディカルにして普遍的な入門書。他に類を見ない傑作です。
著者について
戸田山和久(とだやま・かずひさ)
1958年東京都生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学。現在、名古屋大学大学院情報科学研究科教授。
専攻は科学哲学。科学者と哲学者の双方からうさん臭がられながらも、哲学と科学のシームレス化を目指して奮闘努力中。
著書に『論理学をつくる』(名古屋大学出版会)、『知識の哲学』(産業図書)、『科学哲学の冒険』『新版 論文の教室』(以上、NHKブックス)、『「科学的思考」のレッスン』(NHK出版新書)などがある。
1958年東京都生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学。現在、名古屋大学大学院情報科学研究科教授。
専攻は科学哲学。科学者と哲学者の双方からうさん臭がられながらも、哲学と科学のシームレス化を目指して奮闘努力中。
著書に『論理学をつくる』(名古屋大学出版会)、『知識の哲学』(産業図書)、『科学哲学の冒険』『新版 論文の教室』(以上、NHKブックス)、『「科学的思考」のレッスン』(NHK出版新書)などがある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
戸田山/和久
1958年東京都生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学。現在、名古屋大学大学院情報科学研究科教授。専攻は科学哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1958年東京都生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学。現在、名古屋大学大学院情報科学研究科教授。専攻は科学哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2014/3/5)
- 発売日 : 2014/3/5
- 言語 : 日本語
- 新書 : 448ページ
- ISBN-10 : 448006768X
- ISBN-13 : 978-4480067685
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Amazon 売れ筋ランキング:
- 18,089位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 52位哲学・思想の論文・評論・講演集
- - 61位ちくま新書
- - 95位哲学 (本)
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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VINEメンバー
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32人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2018年8月3日に日本でレビュー済み
この本、初版は2014年3月10日。割と出てすぐに購入したつもりでしたが、すでに5月20日で第4刷、売れてますね。で、読み終えたのがつい数日前。なんでこんなに時間がかかったかというと、分厚すぎてビビったのと、カバンに入れて持ち歩くと重かったから。読み終えた結論、内容充実すぎてコストパフォーマンス最高。著者も本屋も元が取れんやろ!感想はそこかい!!
著者は中学生の時に谷村新司やさだまさしを好むような人間になるまいと決めたとのことですが、私も中学生の時にそれまでの長嶋ファンをやめて、東京在住でありながら自由意志で広島カープのファンになった唯物論者ですから、議論がいちいちスッキリくるのでした。自由を唯物論的に位置付けるために、関心領域を拡大することに自覚的な哲学者たちが様々に取り組んできたことが良くわかりました。意味、機能、情報から始まって膨大なな議論がポパー的に反証可能性に開かれていることを丁寧に追いながら、最終章の人生の意味まで繋がって行くところが、まさに戸田山先生の志向性、目的手段推論そのものを体現しています。それにしても、最終章に近くなってそれまでのクールなオタク的な議論が、熱い(良い意味でですよ)議論になってきます。「我々は普通人生に真剣に取り組んでいる。ふざけた態度でその日を能天気に暮らしている人ですらそうだ。だって人生がもたらすその時々の必要に応じて、次から次へと目的手段推論を行って最善と判断した行為を継続しているのだから。ビールを飲みたいからパーマ屋に行く、というのが真にふざけた生き方だ。…われわれは…おおむね自分の人生を生きるに値するものとしてまじめに追求している」いいなあ!!
「自己啓発書の大嫌いな唯物論者が書いた本当の自己啓発書」を書いてくれれば読みたいですね。
著者は中学生の時に谷村新司やさだまさしを好むような人間になるまいと決めたとのことですが、私も中学生の時にそれまでの長嶋ファンをやめて、東京在住でありながら自由意志で広島カープのファンになった唯物論者ですから、議論がいちいちスッキリくるのでした。自由を唯物論的に位置付けるために、関心領域を拡大することに自覚的な哲学者たちが様々に取り組んできたことが良くわかりました。意味、機能、情報から始まって膨大なな議論がポパー的に反証可能性に開かれていることを丁寧に追いながら、最終章の人生の意味まで繋がって行くところが、まさに戸田山先生の志向性、目的手段推論そのものを体現しています。それにしても、最終章に近くなってそれまでのクールなオタク的な議論が、熱い(良い意味でですよ)議論になってきます。「我々は普通人生に真剣に取り組んでいる。ふざけた態度でその日を能天気に暮らしている人ですらそうだ。だって人生がもたらすその時々の必要に応じて、次から次へと目的手段推論を行って最善と判断した行為を継続しているのだから。ビールを飲みたいからパーマ屋に行く、というのが真にふざけた生き方だ。…われわれは…おおむね自分の人生を生きるに値するものとしてまじめに追求している」いいなあ!!
「自己啓発書の大嫌いな唯物論者が書いた本当の自己啓発書」を書いてくれれば読みたいですね。
2018年11月3日に日本でレビュー済み
前向きに生きていこう、とそんな気になれる。科学の発達、DNAやら量子力学やら、ですべてが科学で乗り切れる、そんな時代の気分が一方にある。そして、いやいや、生きる意味・・とか、意識は科学では解明できないとか、そんな気分の人々もいる。そんな二つの流れをぐっとまとめてひとつに(止揚)しようという・・・本来ならすごく面倒くさい話を独特の語り口で納得させてくれました。
AIについての議論からドイツ観念論を推す論調もある(「AI原論」)このごろですが、やっぱり科学の時代を生きたわたしには、唯物論の枠の中でも生きる指針が見いだせる戸田山先生の話は腑に落ちる。
哲学とは、個々の人生の超越的な無意味さ(たとえば、どうせ死ぬのになぜ生きるとか、人類史の中でのちっぽけな自分なんて無意味とか)にどんな形で納得できる解釈を与えるのかということだと思う。観念論もひとつの答えだし、戸田山先生が紹介する唯物論で押し切るのもひとつの答えかと思う。
最終的にはそれぞれ個人がよりよき生き方ができるか、ということだが、考え方の幅を広げるには学びは必要。唯物論側からの考え方を学ぶにはベスト。
AIについての議論からドイツ観念論を推す論調もある(「AI原論」)このごろですが、やっぱり科学の時代を生きたわたしには、唯物論の枠の中でも生きる指針が見いだせる戸田山先生の話は腑に落ちる。
哲学とは、個々の人生の超越的な無意味さ(たとえば、どうせ死ぬのになぜ生きるとか、人類史の中でのちっぽけな自分なんて無意味とか)にどんな形で納得できる解釈を与えるのかということだと思う。観念論もひとつの答えだし、戸田山先生が紹介する唯物論で押し切るのもひとつの答えかと思う。
最終的にはそれぞれ個人がよりよき生き方ができるか、ということだが、考え方の幅を広げるには学びは必要。唯物論側からの考え方を学ぶにはベスト。
2016年3月10日に日本でレビュー済み
本書は、「科学の成果を正面から受け止め、科学的世界像のただなかで人間とは何かを考える哲学」として、「意味」「道徳」「自由」といった哲学的主題をいかにして自然科学的、物理的な世界と調和させるかを論じるものである。章立ては以下の通り。
序「これがホントの哲学だ」は、本書の問題関心と構成について。
第1章「意味」は、意味とは何か、「心的表象」としての意味を理解するとはどういうことかについて。チューリング・テスト、サールの「中国語の部屋」、ルース・ミリカンの「目的論的意味論」を取り上げる。
第2章「機能」は、目的論的意味論における機能の意味について。ミリカンの「起源論的説明」を中心に取り上げる。
第3章「情報」は、情報とは何か、つまり「解読者を前提としない情報」=「自然的情報」をどのように理論化するかについて。シャノンの情報理論、フレッド・ドレツキの情報理論などを取り上げる。
第4章「表象」は、「志向性」概念を導入し、自然的情報からいかにして表象が生じるのかについて。ミリカンのドレツキ批判などを取り上げる。
第5章「目的」は、表象の進化について。「目的手段推論」「オシツオサレツ表象」「アフォーダンス」などを取り上げる。
第6章「自由」は、「自由と決定論の問題」について。ダニエル・デネットの両立論を中心に取り上げる。
第7章「道徳」は、「道徳的に重要な自由意志」について、自由意思がなくなると道徳もなくなるのか、という問いを中心に論じる。ダーク・ペレブームのハード非両立論などを取り上げる。
「人生の意味――むすびにかえて」
「参考文献と読書案内」
以下、簡単な批評。
1) 著者によれば、本書は「唯物論的・発生的・自然主義的観点からの哲学入門」であるという。しかし、本書の課題は「発生的観点」に基づいて、科学的・物理的には実在しそうにないと思われる「意味」「情報」「自由」「道徳」といったものを、物理的対象と物理的相互作用から成るモノだけの世界にいかに描き込むのかにあり、一般に「名指し」されるような何がしかの哲学思想あるいは哲学者について、分かりやすく紹介する類の「入門書」ではない。
2) 本書の特徴の1つは、著者独特の軽妙な文体である。非常な難解な議論を、分かりやすい言葉や例に置き換え、ジョークを交えつつ、しっかりと論を進めている点は特筆に値するが、他方、文体に惑わされているようでもある。その上、全446ページと新書としてはなかなかのボリュームである。
3) 本書は、「発生的」観点について多く議論しているが、「自然主義」「唯物論」に関しては紙幅をあまり割いていない。そのため、著者のいう自然主義が科学主義とどのように異なるのか判然としない。本書は、著者の立場である「発生的な唯物論プラス自然主義」を出発点として描かれているため、それに対する批判や反批判といった議論はなく、所与とされているのである。この点で本書は通常の「入門書」とはいえない。
4) しかし、本書は著者自身の哲学をコンパクトに分かりやすく論じたという意味で「入門書」といえる。また、デネット、ミリカン、ドレツキ、ペレブームなどあまりなじみのない哲学者らの議論を紹介しており、非常に勉強になる。
序「これがホントの哲学だ」は、本書の問題関心と構成について。
第1章「意味」は、意味とは何か、「心的表象」としての意味を理解するとはどういうことかについて。チューリング・テスト、サールの「中国語の部屋」、ルース・ミリカンの「目的論的意味論」を取り上げる。
第2章「機能」は、目的論的意味論における機能の意味について。ミリカンの「起源論的説明」を中心に取り上げる。
第3章「情報」は、情報とは何か、つまり「解読者を前提としない情報」=「自然的情報」をどのように理論化するかについて。シャノンの情報理論、フレッド・ドレツキの情報理論などを取り上げる。
第4章「表象」は、「志向性」概念を導入し、自然的情報からいかにして表象が生じるのかについて。ミリカンのドレツキ批判などを取り上げる。
第5章「目的」は、表象の進化について。「目的手段推論」「オシツオサレツ表象」「アフォーダンス」などを取り上げる。
第6章「自由」は、「自由と決定論の問題」について。ダニエル・デネットの両立論を中心に取り上げる。
第7章「道徳」は、「道徳的に重要な自由意志」について、自由意思がなくなると道徳もなくなるのか、という問いを中心に論じる。ダーク・ペレブームのハード非両立論などを取り上げる。
「人生の意味――むすびにかえて」
「参考文献と読書案内」
以下、簡単な批評。
1) 著者によれば、本書は「唯物論的・発生的・自然主義的観点からの哲学入門」であるという。しかし、本書の課題は「発生的観点」に基づいて、科学的・物理的には実在しそうにないと思われる「意味」「情報」「自由」「道徳」といったものを、物理的対象と物理的相互作用から成るモノだけの世界にいかに描き込むのかにあり、一般に「名指し」されるような何がしかの哲学思想あるいは哲学者について、分かりやすく紹介する類の「入門書」ではない。
2) 本書の特徴の1つは、著者独特の軽妙な文体である。非常な難解な議論を、分かりやすい言葉や例に置き換え、ジョークを交えつつ、しっかりと論を進めている点は特筆に値するが、他方、文体に惑わされているようでもある。その上、全446ページと新書としてはなかなかのボリュームである。
3) 本書は、「発生的」観点について多く議論しているが、「自然主義」「唯物論」に関しては紙幅をあまり割いていない。そのため、著者のいう自然主義が科学主義とどのように異なるのか判然としない。本書は、著者の立場である「発生的な唯物論プラス自然主義」を出発点として描かれているため、それに対する批判や反批判といった議論はなく、所与とされているのである。この点で本書は通常の「入門書」とはいえない。
4) しかし、本書は著者自身の哲学をコンパクトに分かりやすく論じたという意味で「入門書」といえる。また、デネット、ミリカン、ドレツキ、ペレブームなどあまりなじみのない哲学者らの議論を紹介しており、非常に勉強になる。