3回読んだが何度読んでも知的刺激に溢れかつ佐藤氏の同志社神学部に対する愛に溢れている。
最後外交官試験に合格し、教授と飲みに行くところ、野本教授が佐藤氏に言う、「いつでも帰って来なさい。私達はいつも君と共にいる。」これは復活したイエスがガリラヤの山で使徒たちに命じたマタイ伝の大宣教命令の最後の言葉だ。この本は学生運動を荒っぽくやっていた佐藤氏たちを大きな愛で包み込むような教授たちと、佐藤氏達の関係の物語でもある。
大学院の初めに緒形教授の授業で関係の類比が分かり、そうすると様々な神学上の疑問が全て解けていったと述懐している下りも有るが勿論神学の入門書でもある。バルトがどうも好きになれないところがあり、キリスト者と社会に関心がある所を見て野本教授よりフロマートカを読むよう勧められ今もその影響下にある経緯なども、明らかにされる。
実に純粋な大学生である。自分と比べるとただ己の将来に不安になっていただけで恥づかしい思いだ。
購入オプション
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません 。詳細はこちら
Kindle Cloud Readerを使い、ブラウザですぐに読むことができます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
同志社大学神学部~私はいかに学び、考え、議論したか~ (光文社新書) Kindle版
| 価格 | 新品 | 中古品 |
- Kindle版 (電子書籍)
¥0 Kindle Unlimited 会員は、このタイトルを追加料金なし(¥0)で読み放題 ¥902 Kindle 価格 獲得ポイント: 9pt - 単行本
¥4,980
獲得ポイント: 249pt¥61 より 30 中古品 ¥4,980 より 3 新品 - 新書
¥1,012
獲得ポイント: 31pt¥117 より 26 中古品 ¥1,012 より 35 新品 ¥2,024 より 2 コレクター商品
神学は、人間の役に立たない「虚学」だ。虚学であるが故に、危機的な状況で人間の役に立つ神学という不思議な知を、わたしは、同志社大学神学部で、全人格を賭して教育に従事するすぐれた神学者たちと、他者を自己よりもたいせつにする友人たちから学んだ。――「知の巨人」の原点。鬼才・佐藤優はこうして誕生した!
- 言語日本語
- 出版社光文社
- 発売日2015/10/20
- ファイルサイズ2160 KB
商品の説明
出版社からのコメント
◎「知の巨人」の原点。鬼才・佐藤優はこうして誕生した!
――神学は、人間の役に立たない「虚学」だ。虚学であるが故に、危機的な状況で人間の役に立つ神学という不思議な知を、わたしは、同志社大学神学部で、全人格を賭して教育に従事するすぐれた神学者たちと、他者を自己よりもたいせつにする友人たちから学んだ。
【内容紹介】
虚学である神学を学ぶことによって、人間は自らの限界を知る。そして、その限界の外部に、目には見えないが、確実に存在する事柄があることに気づく。このような外部に存在する超越性のおかげで、人間は自らの狭い経験や知識の限界を突破し、自由になることができる。わたしは神学の勉強を通じて自由になることができた。この自由が、外交官になり、ソ連崩壊や新生ロシアの混乱を観察するときも、また鈴木宗男事件に連座して獄中生活を体験したときも、わたしが拠って立つ基盤になった。(「まえがき」より)
【目次】
まえがきにかえて──光文社新書版
まえがき
第1章 時代遅れの酒場
時代遅れの酒場
1969年の公開大衆討論
仲間たちとの出会い
『蒼ざめた馬』の衝撃
先輩活動家がかけた電話
神学部教授たちが見ていた光
神学部教授会の亀裂
高橋和巳が語った「祈願の体系」としての宗教
宗教と文学の欺瞞性
第2章 同志社大学 神学部
野本教授の「愛のリアリティ」
緒方教授の「政治における固有の悪」
田邊元『歴史的現実』
藤代泰三教授の復活宣言
藤代教授の「主観主義キリスト教精神史」
アナロジーで考える
存在の類比
関係の類比
第3章 「フィールドはこの世界だ」
第4章 エクソドス(外に出る)
【著者紹介】
佐藤優(さとうまさる)
1960年東京都生まれ。85年に同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在英国日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、本省国際情報局分析第一課において、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部に逮捕され、05年に執行猶予付き有罪判決を受ける。09年に最高裁で有罪が確定し、外務省を失職。現在は、執筆活動に取り組む。05年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮文庫)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。06年に『自壊する帝国』(新潮文庫)で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著者多数。 --このテキストは、kindle_edition版に関連付けられています。
――神学は、人間の役に立たない「虚学」だ。虚学であるが故に、危機的な状況で人間の役に立つ神学という不思議な知を、わたしは、同志社大学神学部で、全人格を賭して教育に従事するすぐれた神学者たちと、他者を自己よりもたいせつにする友人たちから学んだ。
【内容紹介】
虚学である神学を学ぶことによって、人間は自らの限界を知る。そして、その限界の外部に、目には見えないが、確実に存在する事柄があることに気づく。このような外部に存在する超越性のおかげで、人間は自らの狭い経験や知識の限界を突破し、自由になることができる。わたしは神学の勉強を通じて自由になることができた。この自由が、外交官になり、ソ連崩壊や新生ロシアの混乱を観察するときも、また鈴木宗男事件に連座して獄中生活を体験したときも、わたしが拠って立つ基盤になった。(「まえがき」より)
【目次】
まえがきにかえて──光文社新書版
まえがき
第1章 時代遅れの酒場
時代遅れの酒場
1969年の公開大衆討論
仲間たちとの出会い
『蒼ざめた馬』の衝撃
先輩活動家がかけた電話
神学部教授たちが見ていた光
神学部教授会の亀裂
高橋和巳が語った「祈願の体系」としての宗教
宗教と文学の欺瞞性
第2章 同志社大学 神学部
野本教授の「愛のリアリティ」
緒方教授の「政治における固有の悪」
田邊元『歴史的現実』
藤代泰三教授の復活宣言
藤代教授の「主観主義キリスト教精神史」
アナロジーで考える
存在の類比
関係の類比
第3章 「フィールドはこの世界だ」
第4章 エクソドス(外に出る)
【著者紹介】
佐藤優(さとうまさる)
1960年東京都生まれ。85年に同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在英国日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、本省国際情報局分析第一課において、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部に逮捕され、05年に執行猶予付き有罪判決を受ける。09年に最高裁で有罪が確定し、外務省を失職。現在は、執筆活動に取り組む。05年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮文庫)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。06年に『自壊する帝国』(新潮文庫)で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著者多数。 --このテキストは、kindle_edition版に関連付けられています。
著者について
佐藤優(さとうまさる) 1960年東京都生まれ。1985年に同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在英国日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、本省国際情報局分析第一課において、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部に逮捕され、2005年に執行猶予付き有罪判決を受ける。2009年に最高裁で有罪が確定し、外務省を失職。 2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。2006年に『自壊する帝国』で第5回新潮ドキュメント賞。第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』『交渉術』『外務省に告ぐ』『国家の「罪と罰」』『人間の叡智』『読書の技法』など著者多数。 --このテキストは、kindle_edition版に関連付けられています。
内容(「BOOK」データベースより)
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
佐藤/優
1960年東京都生まれ。1985年に同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在英国日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、本省国際情報局分析第一課において、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部に逮捕され、2005年に執行猶予付き有罪判決を受ける。2009年に最高裁で有罪が確定し、外務省を失職。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、kindle_edition版に関連付けられています。
1960年東京都生まれ。1985年に同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在英国日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、本省国際情報局分析第一課において、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部に逮捕され、2005年に執行猶予付き有罪判決を受ける。2009年に最高裁で有罪が確定し、外務省を失職。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、kindle_edition版に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B017VF01ZK
- 出版社 : 光文社 (2015/10/20)
- 発売日 : 2015/10/20
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 2160 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 329ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 39,268位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 37位神学 (本)
- - 50位キリスト教・ユダヤ教 (Kindleストア)
- - 284位光文社新書
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

元外交官で文筆家。ロシア情報収集・解析のエキスパート。魚住昭/ジャーナリスト。ノンフィクションに著作多数。青木理/ジャーナリスト。元共同通信記者。『日本の公安警察』『絞首刑』など著作多数。植草一秀/経済学者。日本経済、金融論が専門。(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 誰が日本を支配するのか!?政治とメディアの巻 (ISBN-13:978-4838721566)』が刊行された当時に掲載されていたものです)
この本を読んだ購入者はこれも読んでいます
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
カスタマーレビュー
5つ星のうち4.0
星5つ中の4
46 件のグローバル評価
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2018年4月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書は、著者が同志社大学神学部、同大学院に在籍した時代の自身の活発な行動、交友関係、進路と神学について深い思考を縷々記録した、自伝エッセーです。内容は大変濃く、新書で373ページと比較的大部、単行本は2012/11/17刊。
まえがきに、「50歳になったころから、人生の残り時間が気になりはじめた。」とあり、著作家としてはこれからこそが脂の乗った良い時代なのではないか、なのに残り時間を話題にするとはなぜか、健康をひどく害しているのか、と納得できずにいました。
また、「若い世代への伝言となる作品を優先して出す」ともありましたが、著作家として著者が人生をかけ書きたいものは、神学か歴史かマルクスにかかわることの研究書であるべきではないのか、なぜ本書のような自伝エッセーか、と疑問に思いつつ読み進めました。
しかし、本書最後の文章が、神学部教授の言った「どうしても耐えられなくなったらいつでも神学部にきなさい。僕たちはいつまでも君のそばにいるからね」であることから、教授職の定年前に同志社大学神学部でフルタイムの研究者兼教育者として活動することに当てたい、と考えているのではないか、本書は同志社大学神学部教授職採用担当者へのラブレターだ、と考えれば、まえがきの言葉が腑に落ちることに気が付きました。
新書版の「まえがきにかえて」には、新島襄宛の手紙と位置づけた、学生と教育産業関係者への神学教育推進のメッセージがあります。これも、同志社大学神学部への巧妙なラブレターと読めます。自己発揚欲が旺盛で、毒があり、インテリジェンスの経験のある著者ならではの複層的な冗談かもしれません。
実際、 悪魔の勉強術 年収一千万稼ぐ大人になるために (文春文庫) によると、著者は2016/6-8に同志社大学神学部で特別講義をしたそうで、同志社大学のサイトによれば、既に神学部客員教授でいらっしゃいます。
ともあれ、自伝エッセーなのに同志社大学神学部という教育機関を説明したかのような具体的な書名は、内容を的確には表しておらず、混乱を招きかねないことがたいへん悔やまれます。
(追記) 思考法 教養講座「歴史とは何か」 (角川新書) には、本書の目的は「現代神学への入門」であるとのこと。自伝エッセーでも同学同学部の紹介でもないのです。内容的に学問への入門とプライベートな記録がごちゃ混ぜで、書名がそのいずれでも無いとは、わかりにくいなあ。
佐藤氏の著作は書名を変えて再出版されることも頻繁にあります。書名の変更や本書のように紛らわしい書名が多くあることは、書名はこれしかない、という焦点を絞ったメッセージの選び方や、そういう構成や、発想ないし思考を著者がしていないことを示唆します。このアプローチは、文学的でも学術的でもありません。読者の便宜にも適いません。デビュー直後の著作の書名はなるほどと肯くものだったのに、残念なことです。星一つ減点。著者の別の自伝エッセーである、 先生と私 (幻冬舎文庫) も、書名と内容がややずれています。
さて、ようやく本題に入って、本書の内容を述べますと、著者がキリスト教、マルクス主義、神学に関心を持ったのは、それぞれ、沖縄出身の母上の信仰、社会党員で地方議員だったおじさんの影響が発端であること、中学生時代の教会の牧師や先生の指導を受けながら哲学としての神学を勉強したこと、プロテスタント教徒として実社会で行動することにこそ価値を置くこととし、ついては生き方としてあえて宗教家や研究者になるのではなく、宗教的生活のフィールドとして外務省を選び、チェコの神学者フロマートカを外務省専門職職員として研究することにしたこと、努力して合格したものの、ロシア語の習得を命じられたことまでです。
本書には大量に神学とマルクス主義およびそれらを勉強することにかかわる著者の思考が記録されており、これは大いに知的で面白く、刺激になります。書物の紹介も多いです。著者が深く考えること、読書量の多いことには大変驚き、感銘すらします。同志社大学神学部が牧師養成学校ではなく、人文科学、哲学としての神学を勉強する機関であることが説明されていることも興味深いです。
なお、学生運動における学生と神学部教授との混乱した問答の長い記録は読み辛いです。引用後、きわめてわかりやすい著者の要約がなされていますので、彼らの問答の混乱の様子が分かればよく、長い引用は不要だったでしょう。書名同様、著者の編集方針が混乱することがあること、あるいは冗談が好きであることの証左といえるでしょう。
メモとして、以下:
浅田彰「構造と力」を評価しています。
外務省面接での着眼点の解説が面白いです。著者が勉強法、自己啓発にかかわる派生的な書物を書く眼力と筆力があることがわかります。
まえがきに、「50歳になったころから、人生の残り時間が気になりはじめた。」とあり、著作家としてはこれからこそが脂の乗った良い時代なのではないか、なのに残り時間を話題にするとはなぜか、健康をひどく害しているのか、と納得できずにいました。
また、「若い世代への伝言となる作品を優先して出す」ともありましたが、著作家として著者が人生をかけ書きたいものは、神学か歴史かマルクスにかかわることの研究書であるべきではないのか、なぜ本書のような自伝エッセーか、と疑問に思いつつ読み進めました。
しかし、本書最後の文章が、神学部教授の言った「どうしても耐えられなくなったらいつでも神学部にきなさい。僕たちはいつまでも君のそばにいるからね」であることから、教授職の定年前に同志社大学神学部でフルタイムの研究者兼教育者として活動することに当てたい、と考えているのではないか、本書は同志社大学神学部教授職採用担当者へのラブレターだ、と考えれば、まえがきの言葉が腑に落ちることに気が付きました。
新書版の「まえがきにかえて」には、新島襄宛の手紙と位置づけた、学生と教育産業関係者への神学教育推進のメッセージがあります。これも、同志社大学神学部への巧妙なラブレターと読めます。自己発揚欲が旺盛で、毒があり、インテリジェンスの経験のある著者ならではの複層的な冗談かもしれません。
実際、 悪魔の勉強術 年収一千万稼ぐ大人になるために (文春文庫) によると、著者は2016/6-8に同志社大学神学部で特別講義をしたそうで、同志社大学のサイトによれば、既に神学部客員教授でいらっしゃいます。
ともあれ、自伝エッセーなのに同志社大学神学部という教育機関を説明したかのような具体的な書名は、内容を的確には表しておらず、混乱を招きかねないことがたいへん悔やまれます。
(追記) 思考法 教養講座「歴史とは何か」 (角川新書) には、本書の目的は「現代神学への入門」であるとのこと。自伝エッセーでも同学同学部の紹介でもないのです。内容的に学問への入門とプライベートな記録がごちゃ混ぜで、書名がそのいずれでも無いとは、わかりにくいなあ。
佐藤氏の著作は書名を変えて再出版されることも頻繁にあります。書名の変更や本書のように紛らわしい書名が多くあることは、書名はこれしかない、という焦点を絞ったメッセージの選び方や、そういう構成や、発想ないし思考を著者がしていないことを示唆します。このアプローチは、文学的でも学術的でもありません。読者の便宜にも適いません。デビュー直後の著作の書名はなるほどと肯くものだったのに、残念なことです。星一つ減点。著者の別の自伝エッセーである、 先生と私 (幻冬舎文庫) も、書名と内容がややずれています。
さて、ようやく本題に入って、本書の内容を述べますと、著者がキリスト教、マルクス主義、神学に関心を持ったのは、それぞれ、沖縄出身の母上の信仰、社会党員で地方議員だったおじさんの影響が発端であること、中学生時代の教会の牧師や先生の指導を受けながら哲学としての神学を勉強したこと、プロテスタント教徒として実社会で行動することにこそ価値を置くこととし、ついては生き方としてあえて宗教家や研究者になるのではなく、宗教的生活のフィールドとして外務省を選び、チェコの神学者フロマートカを外務省専門職職員として研究することにしたこと、努力して合格したものの、ロシア語の習得を命じられたことまでです。
本書には大量に神学とマルクス主義およびそれらを勉強することにかかわる著者の思考が記録されており、これは大いに知的で面白く、刺激になります。書物の紹介も多いです。著者が深く考えること、読書量の多いことには大変驚き、感銘すらします。同志社大学神学部が牧師養成学校ではなく、人文科学、哲学としての神学を勉強する機関であることが説明されていることも興味深いです。
なお、学生運動における学生と神学部教授との混乱した問答の長い記録は読み辛いです。引用後、きわめてわかりやすい著者の要約がなされていますので、彼らの問答の混乱の様子が分かればよく、長い引用は不要だったでしょう。書名同様、著者の編集方針が混乱することがあること、あるいは冗談が好きであることの証左といえるでしょう。
メモとして、以下:
浅田彰「構造と力」を評価しています。
外務省面接での着眼点の解説が面白いです。著者が勉強法、自己啓発にかかわる派生的な書物を書く眼力と筆力があることがわかります。
2013年6月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
著者は同志社大学神学部を出て外交官になったと言う異色の経歴の持ち主で現在作家活動をしている。表題から自らの経歴を基にした私小説かと思って読み始めてみたが結構重たい内容でキリスト教に関心のない人にはお勧めしない。同志社の神学部は他と違い非キリスト教信者あるいは無神論者すらをも受け入れる小宇宙でやってくる学生も規格外の人間が多い。高校時代にすでに左翼運動に手を染めていた著者もここで無神論を研究しようとしてやってきたのだが学んでいくうちにキリスト教の奥深さ、神はキリスト教信者だけでなく無神論者にとっても神であることに気が付く。ここで神学各論の解釈や同志社における左翼運動の流れなどの記述はいささか冗長で門外漢は振り落とされそうになるが、著者がフロマートカというチェコの神学者の思想に行き着いてからは森の中から急に視界が開けたように興味をそそられるようになる。社会主義国の中にあっての神学者であったフロマートカはマルクス主義者との対話によって「人間の顔をした社会主義」を彼らと共有し1968年の「プラハの春」へと導いていった。著者はこれに共鳴しその思想に触れるために自らチェコに赴き現地で学ぼうとするがそれを実現するためには外交官になるしかないと思い立つ。大学で神学を学びつつ外交官試験合格のために猛勉強をする記述は圧巻である。普通に考えて外交官になるには本道から外れたコースだろうが聖書学と憲法・国際法の構成は非常によく似ていると言う。神との接点を悟ればどのような道へも人は進める。これこそが神の力なのであろう。
2014年3月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
少し難しいかったですが、佐藤優さんの本に興味があって購入しました。早く、理解のできるレベルまでいきたいです。
2012年12月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
学生時代の、学生時代らしい情景描写が満載です。
物語の最後、外務省の職員が訪ねてくる場面も、非常にリアリティがあります。
居酒屋の雰囲気、友人との会話、将来の不安。
神学に関する専門的な議論は、適宜飛ばしました。それでも十分面白いと思います。
(※)彼の著書を非専門家の人間(私のような)が読む場合、自分が興味がある一つのテーマだけを念頭に置くといい気がします。たとえば、繰り返しでてくるカントとヘーゲルの違いなど。
最後になぜ、佐藤優氏が外交官になったのか、今までずっと謎でしたが、少しだけ理解できた気がしました。
キリスト教徒として、机上の学問とすることに限界を感じたのではないかと思います。
一人の人間として、泥臭く生きながら、いかにキリスト教徒として生きるかということが自分の人生を深めるのではないかとおもったのではないか?
私はキリスト教徒ではありませんが、机上の学問、理論も実践を伴うことで理解が深まることはよくわかります。
物語の最後、外務省の職員が訪ねてくる場面も、非常にリアリティがあります。
居酒屋の雰囲気、友人との会話、将来の不安。
神学に関する専門的な議論は、適宜飛ばしました。それでも十分面白いと思います。
(※)彼の著書を非専門家の人間(私のような)が読む場合、自分が興味がある一つのテーマだけを念頭に置くといい気がします。たとえば、繰り返しでてくるカントとヘーゲルの違いなど。
最後になぜ、佐藤優氏が外交官になったのか、今までずっと謎でしたが、少しだけ理解できた気がしました。
キリスト教徒として、机上の学問とすることに限界を感じたのではないかと思います。
一人の人間として、泥臭く生きながら、いかにキリスト教徒として生きるかということが自分の人生を深めるのではないかとおもったのではないか?
私はキリスト教徒ではありませんが、机上の学問、理論も実践を伴うことで理解が深まることはよくわかります。




![佐藤優外伝 (紙の爆弾2009年10月号別冊 ) [雑誌]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/91N9TYKBQ0L._AC_UL160_SR160,160_.jpg)
